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回復術士派遣会社《ヒーラーギルド》の平社員

 回復術士はなぜ冒険者パーティに入り、死ぬかもしれない場所に行こうとするのだろう。

 そう、疑問に思ったことはないだろうか。


「みんなをお守りしたいの!」


 そんなボランティアばかりではない。色々と事情はあるものだ。

 しかし、その戦闘力は低い。独りでは何もできない。


 だったら、なんとかパーティに参加できないだろうか。


 しかし、パーティに回復術士は一人で十分。理由は簡単。

 パーティを護る防御力、敵を蹴散らす攻撃力、そもそも近づけさせない遠距離破壊力は高ければ高いほど傷つく事はない、攻撃は最大の防御。多少のダメージなら回復アイテムを使う。

 戦闘力の高い者を増やすのが得策だ。


 需要と供給バランスは崩れ、あぶれる回復術士が出てくる。


 そこで一人が考えた。


「行き場のない人に登録してもらって、派遣すればいいんじゃないかしら~」


 ここに回復術士派遣会社が誕生した。

 剣と魔法、神と魔物と冒険者たちの幻想世界「ナーロ」。

 この世界では兵士や冒険者など、戦いに携わる人々には王国やギルドから特別な魔法アイテム『ステータス』を貸与される。小さな魔法石だ。


 この『ステータス』には驚異の機能が付いている。

 持ち主の体力や魔力、そして冒険者としてのレベルを数値化、可視化するのだ! しかも『ステータス』を持つ者同士ならそれを確認する事さえできてしまう。その者に運命づけられた職も目に見えるようになるのだ。


 やがて、偉大な冒険者たちは各々が大切な『ステータス』を加工する。ある者は指輪などの魔法の装飾具に。ある者は魔法武具に埋め込んだ。

 それは『ステータスシンボル』と呼ばれた。




(なーんて事を言われたけど、そもそも俺、向いていないんだろうな……)

 もう何度目になるかわからない。自分の死体のそばに立って、ため息をつく。


 軽装で小柄、典型的な新人冒険者姿の男がスケルトンの攻撃を受けて倒れていた。

 『ステータス』の表示は、

 

支援魔法士(バッファー) グローリー・ブラン』

 LV_2 HP_0/30 MP_0/30


 そのレベル2の表示がにじんで……レベル1に変わった。冒険者は死ぬとレベルが半減するのだ。


(せっかく4レベルまで戻せたのに、夜の『アーセナルの闇墓地』第3地区まで入り込んじゃうだもんなあ……)


 頭から足先までを無彩――グレーのフードとコートですっぽり覆った無個性な姿。

 今まで居た『ナーロ』は今や薄暗いグレー一色の世界となっていた。

 静かな亡霊のような影が、現実世界との狭間にとどまる全員共通の姿だ。


 『アーセナルの闇墓地』は墓地ではない。墓地でもないのになぜか無尽蔵に低レベルのスケルトンやゾンビなどが湧き出てくる窪地で、冒険初心者から中級者が不浄の者どもへの実践訓練する場所になっていた。



 グローリーの目の前――の現実世界では、先ほどまで一緒に戦っていた――いや、お荷物だったのかもしれない――冒険者パーティが今もスケルトンやゾンビを何とか斬り潰している。


 戦士二人がパーティメンバーを護りつつ敵を潰す。神官姿の回復術士がゾンビを浄化しつつ治癒魔法を使う。

 独特な軽装ドレス風の防具を装備した女の子――俺と同い年くらいだけど派遣の回復術士(ヒーラー)だって言ってたっけ――も、治癒魔法を連続詠唱している。

 無音無彩の世界を今も戦闘中のパーティメンバーがすり抜けていく。


支援魔法士(バッファー)なんて地味な職、大成した奴なんて聞いたことないし…なんで俺、こんな職が適正だったんかなあ。)



 全滅の危機だったパーティは持ち直したようだった。

 グローリーがかけていた支援魔法(バフ)は攻撃力や防御力などを増加していたはずだが、大した違いはなかったようだ。


(このまま2アーワ経てば本当に死んじゃうし……これが運命だったってことか)


 『ステータス』を所有する者は死んでもすぐには消失することはない。『ステータス』の持つ不思議な力だ。

 あれだけあった痛みもこの幽霊になってしまえば、全く感じない。

 『ステータス』の所有者は死――ヒットポイントが0になってもしばらくは霊としてこの世界に留まれる。2アーワまでに高レベル回復術士の蘇生魔法を受ければ再び生き返ることができる。そう、受けられれば……。



 戦闘が終わったようだ。


「Ore ha Mou Iikara Nigetekure」

 現実世界に俺の声は届かない。

 グローリーは自分への不甲斐なさと存在価値の無さにすぐにでも消えてしまいたくなっていた。



 □■


「あんた! それじゃ、この子の死体このままにして逃げるっての?」

「いえ、そういうわけではございません」

「さっきみたいに蘇生は?」

「1日に1回だけの神の御技です。あと、24アーワは必要です」

 独特な赤い軽装ドレス風装備の女の子が、神官姿の優男に食って掛かっている。

 神官の胸元辺りから背伸びをしつつ睨み上げていた。美しかったであろう結い上げた金髪はほつれていて、戦闘の激しさがうかがえた。


「あー! もう! だからこの地区は私たちには厳しいって言ったでしょ!!」

「それは……俺がもっと早くレベルを上げたいって言ったから……すまん」

 強面の斧使いがうなだれる。

「悪ぃ……レベル10の派遣ヒーラーより、レベル15の神官の意見が正しいと思っちまったんだ」


「問題ありません。私もこの程度ならこなせると思いました」

 女の子ヒーラーがついに爆発した。大きく手を広げ、地団太を踏んだりやたらとオーバーアクションだ。


「幸い、全滅はまぬがれています」

 チラリとグローリーの死体を見る。

「この者は大丈夫。2アーワの後、聖なる光神様の御許に向かうことでしょう」

「にゃんですってええーー!?」

「まあ、落ち着け、派遣のお嬢さん。部下の訓練にはやったのは俺も同じだ、すまなかった」

 小さな姿を重装備の戦士がなだめる。

「俺としてもこの子を何とか助けてやりたい」


「戦力はほとんど落ちていません。すぐに逃げるべきです」

 穏やかな表情の優男が派遣ヒーラーを見下ろした。

「あなたも、派遣の回復術士と言うからにはどれくらいの者かと思いましたら――」

「うっさい!」

「我々、『聖なる光神様の御許へ・正教』と比べるべくもなく――」

「うっさい!」

「所詮、野良の集団――」「うっさいわッ!!」

 悔しさのあまり憤怒の形相の女の子。


「この状況、わたしの事をバカにするのはかまわない! でも仲間の事は絶対にバカにさせないからっ!!」

『合格。そこは褒めてやるぞ、お嬢』

 突然、パーティーの誰のものでもない女声が割り込んできた。

「『アネゴ』!?」

『はいは~い、私もいますよ~』

「『おくさん』まで?」

 その場に居ない、声だけの存在に皆が周囲を見回す。


 声はお嬢と呼ばれた派遣ヒーラーの持つ小さなプレート――ギルド身分証から聞こえていた。

『お嬢、緊急呼び出しエマージェンシーコールしただろ?』

「あ……」

『いい判断だった。合格』

 圧の強い姐さん口調だがどことなく余裕がある。


『依頼主のみんな、すまねぇな。今、救助に向かってる。ちょっとだけ待ってくれ』

「アネゴ、街から1日はかかる山の中なんだけど――」

『心配しなさんな、必ず助け出す』

 皆、何を言っているのか付いていけていない。


「アネゴ……ごめんなさい、わたし、治癒優先(トリアージ)を間違っちゃって……死なせちゃったんです」

『そいつぁ、不合格だ。あとでお尻ぺんぺんすっから覚悟しな』


「いや、俺たちが無理したからなんだ。彼女は止めていた」

 重装戦士が話しかける。

『おっと、誰だい? パーティリーダーかい?』

「依頼主のシーガルデンだ。本来なら――」

『どしたい、旦那』

「何か来る……」


 シーガルデンの目が細まる。

 闇墓地のさらに奥からたくさんの冒険者が逃げ出してきた。


 シーガルデンが通り過ぎる冒険者を捕まえて問いただす。

「高レベルの悪霊(レイス)が出たんだよ!」

「なんだと!? こんな場所では出ないはず……」


 今までが遊びだったような大量のスケルトンやゾンビが侵入してきた。その向こうに白いモヤのような姿が見える。

『旦那、話は聞こえている。もうすぐ着く』


 その時、パーティのみんなの耳に遥か彼方から“音”が聞こえてきた。高周波と低周波の繰り返し。『サイレン』というモンスターの泣き声だろうか。あえて表現するなら「ピーポーピーポー」。


『お嬢、無茶はするなよ』

「この新人バッファーの子を……」

『まかしとき』


 突然、土手を乗り超えて巨大な何かが雪崩れ込んできた。

「ホ……ホワイトドラゴン!?」


 長箱型の車両だった。馬車にしては巨大すぎる。人間族の大人が両手を広げて2人並ぶ程の車幅。

 馬の姿はない。合計10輪の車輪で自走しているのだ。天面には巨大な赤い魔法石が強くまぶしい光線を周囲をぐるぐると放射している。

 土手を乗り超える際に3体のスケルトンをその自重で押しつぶし、ゾンビたちを跳ね飛ばして、パーティのそばに巨体を止めた。


 後ろのドアが大きく開くと、若くかわいらしい女性が現れた。肉感的な白と紫の神官服。パーティに居た正教の神官服とは全く異なるデザインだ。


「おくさん!」

「お嬢~、はやくみなさんをお連れして~。新人くんの遺体もね~」

 ゆるふわな雰囲気でひらひらと手のひらを振っている。

「あねご~、次をおねが~い」

 と同時に近づくスケルトンの2体を浄化魔法で消滅させる。


 車両の天井に、東国に伝わる巫女服という白と赤の裳裾をまとったスラリと背の高い女性が現れた。

「あいよ。まかしとき。六根清浄の大祓ろっこんせいじょうのおおはらえ

 手に持った榊の神木を大きく振ると、車両の周囲から霧状の神水が噴射された。

 低レベルの不浄の者どもは近づく間もなく崩れ落ちていく。


 車両の全周に広がるサイレンの音と赤い光線の光に照射されると『全周ステータスモニタ』という範囲魔法効果を現す。周囲のHPとMPの『ステータス』が見えるようになるのだ。


「傷病者2名。2時の方向。距離、20メト。向かえ!」

 パーティを回収した巨大車両は、アネゴの号令に身震いしたかのように動き始めた。

 先には高レベルのレイスが見える。

 天井のアネゴが叫ぶ。

「多弾頭聖水弾、装填! 目標、12時の方向、レベル35レイス周囲3!」

 そして、榊のご神木を振り下ろした。


「ッ()ぇ!」

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