カイキ荘のヤサカニさん
都会の片隅でひっそりと佇む、旧き良き木造建築の集合住宅「皆奇荘」。
時が停まったようなこの場所で、一族から「穢れた」として追放された少年と、心優しき令嬢が出会う。
過去の出来事を依代とした必然に導かれた2人の恋心は、様々な障害を越えて結びつき、花開くのだろうか──?
突然誘拐されかけたり、変な人達に拉致監禁されかけたり、ハニートラップで殺されかけたりもしたけれど、僕は元気です。
いきなりなんのことか全然分かりませんよねごめんなさい。初めまして、多分、この物語の主人公の皇シンゴといいます。
さっきの事を説明すると、この数ヶ月、三日に一度は誘拐未遂だったり、拉致監禁されかけてなんとか逃げ出したり、凄く可愛い娘に付き合ってくださいって告白されて(これで僕も彼女ができる!)と思ったら「意訳:今からお前を殺す」っていう殺害宣言だったりと、嫌な方向に充実した青春を送ってます。
ちなみに告白してきた相手は、いわゆる「男の娘」でした。ドキッとしたこっちの純情を返せよぉ!!
そんなわけで、僕が学校に「正しい時間に」通学できると、みんなが驚くんです。朝から誘拐未遂や拉致監禁されかけると、そんな奴らから振り切るために通学路を外れて逃げなきゃいけないので遅刻常習犯になっちゃうのも仕方ないんですよね……こっちは普通の中学生としての生活をしたいだけなんですけど。
先生達の反応は、僕の状況と事情を知ってるので「出れなかった授業の分は宿題増しとくから」って奴です。理不尽すぎる。
「シンゴ君、今日も朝から大変だったみたいだね? お疲れ様」
「あー、うん。心配してくれてありがとう」
そんな中、こういう風に気遣ってくれる友人が出来たのも、これも一つの青春なのかなぁ、と思います。
……その相手が『僕を秘密裏に暗殺しようとしてた男の娘』じゃなかったら、もっと良かったんですが。
「でも、助けてくれたら一番だったんだけど?」
「あはは、助けたくも同業者相手だと、こっちも後から命を狙われかねなくてさぁ……」
──蒼野伊織。
僕の目の前で気まずそうに頭を掻いているクラスメートがそうなんだけど、普通に女子にしか見えないくらいに「女子の制服を違和感なく着こなしている」中性的な見た目の男子です。
女子と一緒になって化粧品のアレコレや駅前のスイーツ雑談をしている姿は、僕があの時に見た「冷徹な暗殺者」としての姿からは全く想像出来ないんですけども。
そんな彼?がどうして「暗殺対象だったはずの僕」と普通に会話をしているのかというと……まぁ、一言では言いきれないくらいの事情と理由があるのだけど、分かりやすくまとめると、彼も騙されていた、という僕と同じ「被害者」だったそうです。
その罪滅ぼしも兼ねて、学校にいる間の警護を買ってくれている……のだけど、今朝助けてくれなかった件については、そこは裏の業界の事情というものが関係しているらしい。知りたくないし聞きたくないけど。
「とりあえず家まで送り届ければ安全でしょ」
「いつも助かってます」
「いやいやいや、助かってるのはこっちだから、ホントに」
ガクガクと震えながら首を横に振る伊織くん。
小声で「あんなヤバい奴らと正面から戦えって言われたら勝ち筋なんか全然見えないし死ぬのはこっちだよマジでなんであんな存在が人間社会に溶け込んでるのさおかしいよ」とか聞こえるんだけど、誰のことを言ってるんだろう?
僕には両親がいない。
正確には、身の安全を案じた両親の手で遠く離れた、この本古和町に住む知り合いに預けられたので「両親の生死が分からない」というのが正しいのだけども。
両親の非常識さは、僕が一番知っている。
父親は普通に殴り合いのケンカをした人の家に上がり込んではいつの間にか仲良くなってたり、三日くらい姿を見せなかったと思ったら大きな猪を三頭くらい手懐けて帰ってきてたり。
母親も母親で、トライアスロンに出て優勝した翌日にはフルマラソン走ってトップでゴールテープを切っていたりする。二人とも、どんな体力オバケなの?
なので正直、僕は二人が死んでいるとは思っていないのだ。
どっちかっていうと、自分から騒動の真ん中に飛び込んでぐっちゃぐちゃにかき回していきそうな人達なので。
何に狙われていたのかは分からないけれども、事が終わったらひょっこりと顔を出してくれるんだろう。
そう信じて、僕は妹の皐月と一緒に、この木造アパートの「皆奇荘」で預けられた日からずっと過ごしている。
「──お兄様!」
そんなことを考えながら伊織くんと一緒に皆奇荘の前まで来ると、先に帰ってきていた妹の皐月が手を振っていた。
あんな非常識な両親から生まれたとは思えないくらい常識的で、家族目線だとしても兄目線だとしても可愛いとしか言えない、自慢の妹です。
そして皐月の隣に立っているのは、この皆奇荘の管理人であるジェミリア・トルボ・ナナリーさん。両親の古くからの知り合いで、突然預けられた僕と皐月を何も言わずに「ワタシにまかせなサーイ!」と引き受けてくれた、女神様みたいな人です。
「ただいまー!」
「ヘイ、シンゴ! おかえリナさい! イオリもシンゴのボディガード、サンキューね!」
「いっ、いえっ! 僕が迷惑をかけてしまった分の罪滅ぼしとか、そういうものですからっ!」
ナナリーさんのハグに、直立不動で敬礼をする警察官みたいな感じで伊織くんはガッチガチになりながらも答える。
ナナリーさん、外国の人っていうのもあるけど、見た目は完全に二十代前半にしか見えないからなぁ。僕と皐月が横に並ぶと「年の離れた姉弟みたい」だって商店街のおばちゃん達には良く言われるくらい。
それでいて、普段からゴリッゴリにいかつい大型バイクを乗り回してるので、普段着がほぼピッチピチのライダースーツ。思春期真っ只中な僕らはまぁまぁ目線の置き場所に困るし、しかもこのフレンドリーさである。クラスメートの中には、僕の事を血涙流して羨ましがってる男子もいるらしい。
……ナナリーさんの年齢?
多分、自分の命が大事だったら絶対に聞いてはいけないと思います。はい。
「うーん……」
「どうしましたサツキー?」
夕ごはんのあと、お兄様が皆奇荘から少し離れたところにある銭湯へ行くのを見送ってから。
私、皐月は考え込んでいた。
「なんで、お兄様だけが狙われてるのかなって」
性質だけで言えば、私もそれなりに需要があるはず。けれど、お兄様と比べられると「後回しにしても構わない」──それくらいの差があるんだって。
……悔しい。
けれど、同時に誇らしくもある。それだけ、お兄様が秘めた力は人を惹き付けるのだって分かるのだから。
「シンゴだけがトクベツではないデスよー? ワタシにはサツキもトクベツデスよ?」
「うん、ありがとうナナリーさん」
ナナリーさんに頭を撫でて貰う。お兄様は恥ずかしそうに受け入れてたけど、私はナナリーさんはお姉さんのように思っているから別に恥ずかしくないわ。もう一人のお姉様もいるし。
──パァン!!
その時、部屋の中に破裂した音が響いた。
音の元は人型に切られた紙、陰陽術などで使われる形代と呼ばれるもの。
命すらも狙われるお兄様を守るため、私は陰陽術を学び、お兄様を陰ながら補佐してきた。この形代も、お兄様に降りかかる危機の強さに応じて破れるように呪をかけている。
それが、原型が残らないほどに弾け破れているのだ。破れ方が酷いほど──お兄様の命が危ない。
「よかった、君は無事か……!」
そこに、別の仕事で帰ったはずの伊織さんが現れた。
但し、血を流し、ボロボロになった身体を引きずりながら……という満身創痍の状態で。
「伊織さん!?」
「メディカルキット、とってクルよ!」
とりあえず横にさせて、何があったのかを聞かなくちゃ。
「君のお兄さんが、拐われた」
「お兄様が!?」
「実は、彼が1人で外に出た際の監視も僕の仕事でね……突然、所属不明の集団に襲われたんだ。僕を引き離すのが目的だったらしい、戻った時にはこれしか残されていなかったよ」
取り出したのは、お兄様が銭湯に行くときに持っていく桶や石鹸……の、残骸。痕跡を残さないよう、徹底的に砕かれたのでしょうか。
「メディカルキット、もってキマシタ!」
そこに、救急箱を持ってナナリーさんが戻ってくる。その後ろには、私のもう一人のお姉様が。
「……さっきの話、本当なの?」
八尺瓊護子お姉様。
同じ皆奇荘に住む仲間で、ナナリーさん同様にお父様達と知り合いであった人の、娘に当たる方。
そして……私だけでなく、お兄様とも縁の深い人。
その方が、静かに怒っています……!
「人の恋路を邪魔するのなら……祟り殺されても文句は言わないわよね?」
瞬間、護子お姉様の身体から溢れ出すのは「妖気」。
息苦しさを覚える圧倒的な威圧感に、部屋が冷え込むほどの殺気。
それを向けられる側になる敵には、御愁傷様としか言えないですね。
「皐月ちゃん、必ずシンゴくんを連れて帰ってくるから、ここで帰りを待っていてくれる?」
私がついていっても足手まといにしかならないので、頷いておきます。
それに、ここは「かいき」荘。
日本各地の「怪奇」が集まる場所。
それはつまり、ナナリーさんも護子お姉様も「人ではない」ということ。
「ワタシもいきますよ、マモルコ」
「久々にナナリーの走りが見れるのね……ぽぽぽ、楽しみね」
お兄様、ご無事でいてください。
護子お姉様が。
貴方が助けた「八尺様」が、助けにいきますので。