僕と脳内彼女の異世界奮闘記
「貴方は異世界転移の幸運に恵まれました〜!!」
そんな発言と共に僕は女神を自称するクソ野郎に誘拐された。
荘厳な神殿の最奥にあった玉座のような豪奢な椅子に腰掛けたそいつは、僕の目の前で百面ダイスを掲げてみせた。
「でも〜普通に強い力を授けても見てる私が楽しくないので、貴方の権能はこのダイスで決めようと思いま〜っす!」
そうして女神がダイスを振った結果、僕は――――
(ハズキさん大事件です! 緊急速報です!! ハズキさんの胃と腸に寄生虫がいます!!! 人の家に勝手に住み着こうとする不届き者がいます!!!!)
「いや、この身体はお前の家じゃないからね? 僕の身体だからね? あとお前も勝手に住み着いた不届き者と同類だからね? 分かってる??」
――――脳みそに寄生虫をぶち込まれて異世界に放り出された。
異形の化け物が我が物で闊歩する過酷な世界に。
青い空。
白い雲。
生い茂った草木は瑞々しく。
吹き抜けていく風は初夏の気配を思わせる。
あゝ、死ぬにはなんて良い日なんだろう。
いや別に今は死ぬ気も、死にたい訳でもないけどさ。
(きこえますか…聞こえますか………選ばれし勇者よ……)
しかしどこをどうすれば、僕がこんな酷い目に遭うハメになるんだろうか。
なんで僕がこんな酷い目に遭わなくちゃいけないんだろうか。
もし前世が原因だと言うのなら、きっと僕は世紀の大悪党だったのだろうか。いや、僕のことだからしょうもない悪徳をひたすら積み重ねてきた小悪党に違いない。
(…私は…女神の……御使いです……今…私は……あなたの……脳内に………直接………)
ただそれは飽くまでも偶然だったらの話。
でも今回は違う。
だって僕はこんな事になった理由を、こうなるように仕向けた奴を知っている。
全ての元凶。
諸悪の根源。
悪の権化。
善意と言う名の押し売り誘拐サービスをしてくれやがった――――
(居ます!!)
「そのネタ何回目よ」
――――女神と、その御使いを名乗る寄生虫のせいだって知っているんだから。
これまで何回したか分からないぐらい繰り返してきた自問だけど、寄生虫って何なんだよ。
いや、確かに特別な能力なりなんなりを得て、異世界転移とか転生したりするっていう妄想はしてきたよ。
その力を使ってかっこよく人を助けたり、色んな女の子に惚れて惚れられ……なんていうご都合主義な展開を想像もしたりもしたさ。
僕だって男の子だもん、そんな妄想ぐらいするさ。
でもその“特別”が寄生虫って。
寄生虫ってなにさ。
女神を自称する奴にいきなり呼び出されて、いきなり異世界に行けって言われて、賽子っていうクソみたいな方法で寄生虫を頭に入れられる事が決められて、反論する間もなく送り出される。
こんな酷い話はなかろうよ。
百歩譲って異世界に飛ばされるのは納得するさ。
どんなに酷い世界に飛ばされる事になったとしても、女神にも事情はあるだろうし、誠心誠意説明してくれれば渋々ながらも了承したさ。
でも賽子でテキトーに決められて、勝手に脳みそに寄生虫入れられて、異世界を一人で旅することになるって誰が想像できるよ。
予想外過ぎて腰抜けるわ、そんなん。
実際僕は小一時間ぐらい動かなかったもん。
(ふっふっふっー、ハズキさんは分かっていませんね。こう言うのは何度も繰り返すから面白いのですよ)
「いや、一回で十分だから。二回も三回もしなくていいから。何回も言ってるとどんどん寒くなるネタだからソレ」
でも僕にはこの不条理を嘆くことしかできない。
あまりに理不尽で一方的なこの状況だけど、仮に解決する手立てがあったとしても、僕は女神と女神の御使いに従うことだろう。
(ぶーぶー、ハズキさんはいつも冷たい人です。超冷感です。でも私にそんな冷たく当たっていいんですか?私の協力なしで超弩級貧弱一般通過男性であるハズキさんは生き残れるんですか?)
「………それを持ち出すのはズルいでしょうよ」
泣きそうになる。
何が悲しくて人の頭の中を不法占拠して生きてる寄生虫を頼らなくちゃいけないんだ。
僕がなにをしたって言うんだ。
悔し涙で滲む目を周囲に向ければ、周りには化け物と化け物と化け物の群れ。
人のような形をした奴も居れば、猪みたいな奴や、狼みたいな奴もいて統一感は無い。
でも共通してるのは奴らが生き物じゃありえない造形をしている事だ。
例えば、人型の奴は表面に肉塊ができては破裂し、破裂した肉塊の下に新しい肉塊ができてを繰り返してる。
例えば、猪型の奴は身体のあっちこっちに人の歯に似た口が現れては消えてを繰り返してる。
なんで僕はこんな奴等に囲まれてるんだろうなぁ。
ハハハ、やばい……改めてこんな化け物達に今囲まれてる現実を直視したら余計泣きたくなってきた。
(ほらほら、いいんですか〜? 私の力を借りないとこの獰猛な化け物たちにむしゃむしゃ美味しく食べられちゃいますよ〜?)
「うぐぐぐ……」
化け物たちが嬲るように一歩囲む範囲を狭めて来て、彼らが放つ悪臭が目に染みる。悪臭が目に染みたから涙が出たのであって、決して悔しくて涙を流したんじゃないやい。
………はぁ、仕方ない。非常に非っっっっっっ常に腹立たしいけど、背に腹は変えられないもんな。
「……力を貸してください」
(んん?聞こえませんなぁ?)
コイツッ、人の命を握ってるからって調子に乗ってからにッ!!
あまりの悔しさに憤死しそうだけど、ココは我慢だ。
落ち着け、クールに、クールになるんだ葉月悠介。
今このクソ虫野郎――――いや、声は女っぽいからクソ虫女郎か?――――に文句を言ったら余計に面倒なことになる。
今は下手に出て、いつの日かやって来るかもしれないケチョンケチョンに出来る機会を伺うんだ。
それまでは雌伏の時だ、葉月悠介。
「助けてください、お願いします寄生虫様……」
(ふむ、まぁハズキさんにそこまで言われたら仕方ありませんね。このナイスでビューティーな寄生虫様が助けてあげましょう……って、誰が寄生虫ですかっ!! 私には女神様から頂いたミズティって可愛い名前があるんです、いい加減覚えてください!!!)
「はいはい、この状況から抜け出したら実現に向けて前向きに検討するよう善処します」
(誰もそんな政治家みたいなコメントは求めてませーんっ!! もうっ! もうっ! ハズキはイケずな人です。こうなったらハズキさんに私の力と重要性をもう一度分からせる必要がありますね!!! ワカラセ寄生虫です!!)
「自分で寄生虫って言っちゃってるじゃん……」
寄生虫はふんすっふんすっと鼻息荒く宣言すると、僕の視界がモノクロに変わる。
更に身体から自由がなくなり、ボキボキと音を立てて身体が変化し始める。
脚が倍以上に伸びて逆関節を作りながらも見える視界は高くなり、全身の皮膚を突き破って現れた艶のある黒い甲殻は服を飲み込んで更に膨張する。
指先は爪と一体化したような硬質で鋭いものになり、両の手首から肘を目指して伸びる剣のような刃。
背中からは剣山のような太い棘が生え、蛇腹剣に似た凶悪な尻尾が伸びていく。
目には見えないけど、口は肉食獣みたいな牙と人喰いサメみたいに内側に何列も歯が並んだなものに変わっているだろう。
最初は某変身ヒーローみたいな姿だったのに、どうしてこうなった…
そして最後に肩甲骨辺りから蟷螂みたいな一対の腕が伸びて……って腕?!
「お前ッ!! また勝手に僕の身体イジっただろ?!」
(ぴゅー、ぴゅー、なんのことか私には分かりませんね。ぴゅー、ぴゅー!!)
「その下手な嘘と口笛辞めろ!!」
(そ、そんなことよりハズキさん、今の変身を見て奴さん達もヤル気になったみたいですよ!!)
寄生虫に言われて周りを見れば、今まで余裕しゃくしゃくだった化け物たちが一斉に唸り声を出して臨戦態勢になっていた。
ぐぬぬ、問い詰めたいことはあるけど、今はこの状況をどうにかしなくちゃな。
しかし僕の人生はいつもこうだ。
なにか気になる事があって問いただそうとする度、邪魔が入って聞きそびれるんだ。
「覚えとけよ、後でしっかり辞世の句を聞いてやるからな」
(辞世の句?! それ言ったあと、私死んじゃう奴じゃないですかヤダー!!)
寄生虫の悲鳴を頭の中で響かせながら、身体の自由が戻った僕は今日も生き残るために暴れ始める。
一先ず手近に居た狼型の化け物の頭を引きちぎり、新しく生えた鎌のような腕で跳び付こうとしてきた化け物達を薙ぎ払う。更に群れの中に飛び込みながら化け物を踏み潰し、四腕と尻尾を振り回して局所的な暴力の嵐を作り上げる。
僕は鼻につく鉄錆に似た臭いや化け物たちの断末魔を気にしないようにしながらひたすら暴れ回る。
あぁ、こうして寄生虫の力に頼る僕を見て高笑いするクソ女神の姿が目に浮かぶようだ。
それでもこの力に頼らざるを得ない僕は女神とその御使いがもたらした“特別”を遺憾なく使い、千切っては投げ千切っては投げを繰り返す。
(ふふーん、どうですかハズキさん!! 私の実力を思い知りましたか!!)
程なくして辺り一面を血肉の池に変え、返り血塗れの姿になった僕は寄生虫の言葉を無視しながら思う。
これ、誰かに見られたら僕も化け物判定されるよな、って。
この世界に来てから誰一人として会ってないけど、僕はこの世界で上手くやっていけるのだろうか。
討伐対象になってたりしないよね?