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このパーティは恋愛禁止です!

世界各地に突如としてダンジョンが現れて四半世紀。

探索者控除無しに十分な収入を確保することが難しくなった時代。

岩谷美白(いわたに みしろ)たち東州総研の同期で組んだパーティは渋谷迷宮に潜っていた。

そこで美白はパーティ解散の憂き目に遭う。


「もう恋愛なんて、するのも巻き込まれるのもこりごり」


これは仕事に育児に恋愛に頑張る探索者のサクセスストーリー。

 今日という日は昨日までと同じ何気ない日常の繰り返しだったのに、岩谷美白(いわたに みしろ)にとっては特別ツイていない一日だった。


「はあ~っ」


 何度目かわからないため息を吐くが、周囲から気遣う声がかかることもない。

 重苦しい空気が圧し掛かる。

 ああ、嫌な雰囲気……、早く家に帰ってお風呂に入りたい。


 美白たち東州総研の同期で組んだパーティは渋谷迷宮と呼ばれるダンジョンから地上へと帰還した。

 誰も彼もが満身創痍。

 モンスターとの戦闘中に増援が次々に現れて、命からがら逃げだしたからだ。

 体の傷は回復魔法で癒せるが、装備の類はほとんど全損で使い物にならない。

 収支を計算するまでもなく完全な大赤字。

 振り込まれたばかりのボーナスは息つく暇もなく口座から飛び去るだろう。

 ため息のカウントだけが貯まっていった。


 世界各地に突如としてダンジョンが現れて四半世紀。

 ほとんどの社会人は普通の仕事と探索者を両立させていた。

 それもこれも所得税がとんでもなく上がり、探索者控除がなければ暮らしが立ち行かないからだ。


 ダンジョンのモンスターから得られる虹色の結晶体――魔石。

 それは化石燃料に代わるクリーンなエネルギー源として今ではなくてはならない資源となっていた。

 政府が安定した魔石の確保を目指して探索者優遇政策をとるのも仕方のないことなのだろう。

 そのせいで美白たちは陽の光が届かない暗い地の底に潜るはめになっている。


「あー、お疲れさん。んじゃ、ちゃっちゃと反省会でもやるか。シッシッシ」


 地上の待機所にたどり着くなり、ケンケンが空元気を総動員したように笑い声をあげた。

 そこそこイケメンで営業部のホープと呼び声が高いケンケンだが、嫌らしい笑い方だけは治らない。


「今日の狩場って全然美味しくなくない? 誰よ、オークなんか狩りに行こうって言ったのは」

「あー、それな。俺も思ったわ。ここは適性レベルじゃないって」


 眉をひそめて不満を露わにするショートボブの女。

 彼女は総務部で三人の同僚をメンタルダウンからの休職に追い込んでいたため、悪魔の一柱としてクマモンの名が与えられていた。


「……だからビートルを狩りに行こうって言ったじゃない。それを虫が嫌だって」

「はあっ!? 虫なんてあり得ないんですケド。あんな足がわさわさ動く生き物、考えられない!」


 美白の反論をクマモンは切って捨てた。

 狩場の選定は調整が面倒で誰もやりたがらない。

 結果、美白にお鉢が回ってきていた。

 旅行先はどこでもいいと言っておきながら旅行プランにケチをつけられた気分になる。

 幹事役なんてなるもんじゃないと深く胸に刻み込んだ。


「まあ、それよりも増援からの撤退の方が問題じゃないか?」


 万年睡眠不足で目の下に隈を作っている研究職のオッコトはこめかみを指で揉みながら疲れた声を出す。


「なんでまた、増援なんて来たんだよ。周りにはいなかったはずだろ?」


 ケンケンの指摘はもっともだ。

 周囲の安全は事前に確認していたはずだった。


「音を聞きつけて来たんじゃない? かなり大きな音を出していたから」

「はあっ!? あたしの魔法がいけないっていうの?」


 クマモンが美白の発言に噛みついた。

 自分が悪者にされてはたまったものじゃないとの思いが透けて見える。


「爆裂じゃなくて、もっと静かな魔法もあるでしょう?」

「オッコトが危なかったんだから仕方ないじゃない!」


 自己主張の激しいクマモンと物静かなオッコトは結婚まで秒読みだった。

 まったく正反対の性格だが結構上手くやっているようだ。

 そんなわけでクマモンはオッコトのこととなると周りが見えなくなる。


「あれぐらいオッコトなら捌くわよ。それよりも敵の数を減らす方が……」

「ミクロに任せたらいつまでかかるかわからないって。てんで明後日の方向に矢を射ってるんだもの」


 色黒で身長が低い美白はミクロと呼ばれていた。

 オッコトを助けるのに夢中になって射線に飛び出してきたのはクマモンだったが、それを指摘したところで何かが変わるとも思えなかった。


「大体、なんで弓なんて使ってるんだ? 魔法の方が汎用性高いだろ?」

「あー、それな。俺も思ってたわ。ミクロちゃん、ちょっとお荷物? シッシッシ」


 オッコトの援護射撃にケンケンが悪乗りする。

 推しキャラが弓使いで弓道部に入ったんだから仕方ないじゃないとの言葉を飲み込んだ。


「安全な位置で攻撃できるんだから、弓は悪くないでしょう?」

「当たればね。今日の敵だって、あたしの魔法で倒したじゃない」


 腕を組んだクマモンは勝ち誇ったように口角を上げた。

 それぞれの役割を果たさなければ、パーティは機能しない。

 反省会は連携を良くするためにやっていたはずだが、いつの間にやら糾弾の場となっていた。


「これはアレだな。冒険性の違いってことだ!」


 突然、ケンケンがわけのわからないことを言い出した。

 独特の感性を持っているケンケンは周りを巻き込むのが上手い。

 これも注目を集めるための手のひとつだろう。


「……冒険性?」

「ミクロは安全マージンを取りつつ、負担を他のメンバーに押し付けている」

「そんなわけないじゃない」

「そう思っていなくても、そう見えるってことだ。つまり、みんなは負担をシェアしているが、君はそれにタダ乗りしようとしてる」

「えっ、本当にそう思っているの?」

「そういう疑いを持ってしまったら、信頼関係なんて築けないってことさ」


 美白は開いた口が塞がらなかった。

 疑われるだけで問題があるなんて時代錯誤もはなはだしい。

 反論を口にしようとした美白をケンケンは手で制した。


「冒険性が違うんだ。このままではやっていけない。パーティを解散しよう!」

「まっ、仕方ないわね」

「そうだな。こだわっているだけでは生産性が悪い」


 いつの間に口裏を合わせたのか、次々に賛成票が投じられる。

 ふうっとため息混じりの長い息を吐いて美白は白旗を揚げた。

 半ば自棄になって隣に立つセミロングの女に声をかける。


「ミスミスはどうなの?」

「……ケンケンの言うことなら、それがいいと思います」


 三歩下がって師の影を踏まずではないが、霞夫人の名に恥じない答えだった。

 ケンケンと付き合っているミスミスがこちらにつくことがないのは自明の理だ。


「それじゃ、パーティ解散だな。みんな、ありがとう!」


 ケンケンの声が待機所に空しく響いた。

 どうせ美白抜きで集まって、新パーティを結成することはわかりきっていた。

 生きていくためには、探索者を辞められない。

 パーティを組まなければ、探索者は生き残れない。

 美白も新しいパーティを探す必要があった。


「はあ~っ」


 パーティを解散しても会社で顔を合わせると思うと気が重い。

 振り返ってみれば、二組のカップルに寄生する形の歪なパーティだった。

 いや、パーティを組んだ頃はただの同期の集まりでしかなかったはずだ。

 勝手にカップルが成立して取り残されたのは不運と言えるだろう。

 自分は悪くないと美白は自分自身に言い聞かせた。





 電車を乗り継いで美白が足早に向かった先は保育所だった。

 夕食時を過ぎていたが、子供たちの楽し気な声が聞こえてくる。

 世のお父さん、お母さんはまだ仕事を頑張っているのだろう。


「まろんちゃん、お姉さんが迎えに来たわよ!」

「遅くなってごめんね。まろん、帰ろうか」


 まろんは勢いよく走ってきて、しゃがんで手を広げる美白の胸に飛び込んだ。

 止まる術を知らないように、絶対の信頼を持って。

 寂しい思いをさせたかと心配していたが、機嫌は良さそうだった。


「あのね。今日はみんなでお歌を歌って踊ったの」

「いいなあ。何の歌を歌ったのかな?」

「お空の星の歌だよ。キラキラ光ってるの」


 まろんを抱き上げて保育士の女性に頭を下げる。

 探索者をしていてレベルが上がったせいか、まったく重さを感じなかった。

 年々、大きくなっているので、成長を実感できない寂しさも同時に感じる。


 まろんが実家に来て早三年。

 奔放な妹は娘を実家に預けて男の家を渡り歩いている。

 たまに連絡はあっても帰る気はなさそうだ。

 父親との折り合いが悪いのは昔からだった。

 母親が亡くなってからは特に酷く、実家に寄り付きもしない。


「お父さん、帰ったわよ。すぐにご飯にするね」


 奥の書斎からああとも、ううともつかない返事があった。

 教授だった父親は根っからの研究者で身の回りのことは全て母親に任せていた。

 退任した後は日がな一日、執筆に明け暮れる毎日だ。

 放っておくと、食べることさえ忘れてしまう。


 用意していたおかずを温め直して味噌汁を作り始める。

 まろんは器用にタブレットを操作して動画を見ていた。

 手がかからないことが良いのか悪いのか不安になることもある。

 手探りでより良い方向を探りながら、同じ悩みを抱える人を参考にするぐらいだ。

 とにかく生活破綻者の父親に任せるわけにはいかなかった。


「はあ~っ」

「おねえちゃん、ため息をつくと、幸せが逃げていくんだよ」

「難しいことを知ってるなあ、まろんは。誰に教えてもらったのかなあ?」

「おねえちゃん!」

「そうでした、あちゃあ」


 少し目を離しただけで、何をしでかすか気が気でない。

 ちょっとした気候の変化で体調を崩すと、周りに頭を下げて早退しなければならない。


 そんな苦労も、まろんの笑顔を見れば、忘れられた。

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