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第七章「神の陣営」

 いつも語尾に「にゃー」とつけて喋る愛らしい崇拝子ちゃんですが、彼女はもともとそのような話し方をする娘ではありませんでした。

 何度も言いますが、崇拝子ちゃんは普通の子供だったのです。

 実はこれは悪魔王様の指示によるものなのです。

 悪魔王様が神との戦いに必要だとして指示される事に、崇拝子ちゃんは従います。

 いわく。

(崇拝子。これからお前は語尾に「にゃー」とつけて喋るのだ)

 何という事を言うのだろう。やはり悪魔と契約などするべきではなかった。と、崇拝子ちゃんは少し後悔しました。悪魔王様は崇拝子ちゃんの疑念に気づき、それをそのままにはせず、きちんと理由を説明しました。

(勘違いするな。何も我が、猫耳美少女ににゃーをつけて喋ってもらうのが大好物の変態という訳ではない。先の戦いでお前が悪魔ランチャーを放った際の掛け声。あれはなかなかいいなと、インスピレーションがわいたのだ。日本を拠点として活動するのであれば、やはりそれに合わせた演出は必要。お前の可愛らしさで、この国で最も秘めたる才能を持つ種族、「萌え豚共」を虜にし、悪魔の陣営に引き入れる為に活用するのだ!)

 との事です。

 それ以来、崇拝子ちゃんは語尾ににゃーをつけて喋っています。最初のうちは語尾を忘れてしまったり、照れたりしてしまって上手く出来なかったのですが、繰り返すうちに段々と自然に出来るようになりました。努力とは人を変えるのです。

 しかし、やはりこれは演技であります。崇拝子ちゃんはそれがミーちゃんを保護してもらうのに必要だと思っていたからこそ、そうしていたのであり、やらないで済むのならそれにこした事はないのです。故に、悪魔王様との契約がミーちゃんを神から遠ざける事に機能していないと悟った今、それに従う事を心が拒みました。

 だから彼女はこう言ったのです。

「どういう事なの悪魔王」

 にゃーがなくなり、可愛らしい声音、雰囲気が抜けて、見た目の年齢よりもやや大人びた声で詰問しました。

(先ほども言った通りだ崇拝子。お前の妹は自ら望んで神と接触した。うむ。今、部下から詳細な報告が届いた。お前とも共有しよう)

 悪魔王様のお力により、崇拝子ちゃんの記憶にミーちゃんについての情報が反映されます。

 なるほど。確かに悪魔王の部下はよくやっていたと思える。かりそめとはいえ父母の役を担っていた二人はミーちゃんを真剣に愛していた事も理解できる。学校行事の中でトナカイ教団員と意気投合するのがイレギュラーな事態であった事も理解できる。と思いました。

「だが納得できない」

 崇拝子ちゃんは悲しみと怒りが混ざった声で言います。

 その言葉をきっかけにしたのか、闇夜に紛れ、これまで気配を消して隠れていた集団が一斉に姿を現しました。その人影の数は八。

 その内の一人が話しだし、続いて残りも言葉を発します。

「そう言ってやるな崇拝子」

 それは筋肉凄まじき肉体に、ふんどしとトナカイを模した仮面をつけただけの男でした。髪は真っ白ですが若い男の声でした。

「俺様たちとしても、さすがに悪魔王には同情する」

 それは青い髪の女。トナカイの仮面をつけ、ライフルを持っています。

「努力が必ず報われるとは限らない。恥じる事はないさ。結果として僕たちの神が悪魔王よりも上手(うわて)だったというだけの事」

 それはトナカイの仮面をつけた、長い髪を三つ編みにした中年の男でした。

「これが神魔戦争だ。『これで大丈夫だ』などと、油断するから負けるのさ」

 それはトナカイの仮面をつけた水着の女でした。

 筋肉凄まじき男が名乗りをあげます。

「我ら、トナカイ五星将! 筋肉のコメット!」

「人形のドンナー!」

「狂言のブリクセン!」

「悦楽のヴィクセン!」

 思い思いにポーズを取り、夜だというのに大声で叫びました。ビシィという擬音さえ目に見えそうな、よく訓練された動きです。なお、五星将の最後の一人は、この場にはいない黒煙のルドルフです。

 残りの四人も続けて名乗ります。

「トナカイ四天王。夢想のダッシャー!」

「破壊のダンサー!」

「知恵のプランサー!」

「奇跡のキューピッド!」

 トナカイの仮面をつけた全身タイツの老人、トナカイの仮面をつけた黒いマントの男、トナカイの仮面をつけた魔女のような衣装を着た赤髪の女、トナカイの仮面をつけた緑髪の女がそれぞれポーズを取って叫びます。

 トナカイ五星将と四天王を合わせて九天使という事のようです。

 筋肉のコメットが言いました。

「黒煙のルドルフを倒したようだが調子にのるなよ。あれは俺たち九天使の中でも最弱」

「左様。もはや戦力を出し惜しみする理由もありません。我らの総力をもって悪魔王を倒し、崇拝子ちゃんを不死の呪縛から解き放ってあげましょう」

 奇跡のキューピッドがコメットに続きます。どうやらこの二人が、五星将と四天王のリーダー的存在のようですね。

(……)

「悪魔王…」

(すまんな崇拝子。お前は今、冷静ではない。少し眠っていてもらうぞ)

「な!? がっ…!」

 うめき声をあげて崇拝子ちゃんがその場に倒れました。

 その様子を見て、仲間割れと思ったのか、トナカイ九天使はそれぞれあざけるように笑いました。

 筋肉のコメットが力強くジャンプします。

 その姿は夜空のシンボルたる月に重なり、その位置で一度宙返りをし、落下の勢いをつけて飛び蹴りの姿勢を作りました。これはコメットの奥義の一つ「スーパーサイコーキック」です。

「愚かなり悪魔王! 自分の手足となって動く眷属を気絶させるとはな。その首、このコメットがもらい受ける!」

 キックが悪魔王様に命中するかどうかというその時でした。

「な、なにぃ!?」

 目に見えない力のようなものが蹴りの勢いを押しとどめ、威力を倍増させてコメットを弾き飛ばしたのです。

「ぐうあああ!」

 愚かなのはコメットでした。普段、崇拝子ちゃんが扱う力は悪魔王様が「貸し与える力」です。当然、貸さぬまま扱う事だって出来ます。

(何か、勘違いをしているようだから教えてやろう。我が崇拝子を通して活動するのは崇拝子の教育の為である。いつか、我がこの次元を離れる日が来た時、一人でも悪魔崇拝をきちんと広める事が出来るように、崇拝子自身に体験させる事が重要だからだ。もし、崇拝子がいなければ、我がただ空中に浮いているだけの牛の頭骨だと思っていたのなら、それは誤解である。認識を改めるがいい)

 その言葉が終わると同時に、悪魔王様の仮のお姿である牛の頭骨が輝き始めました。

 その光は数秒間、あたりを昼間のように照らし、あまりのまぶしさにトナカイ九天使は目をつぶったり、手で光を遮ったりして対処します。

「く、目くらましか」などと誰かが言いました。

「もちろん違う。そう思ってしまうのも無理からぬ事だがな」

「な!? 今の声は」

「んん! …あー、あー、よし。久しぶりの受肉であるが、上手くいったようだな」

 それは、これまでは頭の中に直接響く声として聞こえていた声でした。それが今は、耳から聞こえてきます。野太い印象ですが通りがよく、音の一つ一つがつぶだっていて、多少濁った発音でもはっきりと聞こえる「歴戦の声優」のような美しい声でした。

 やがて光の勢いが弱まり、そのお声を発する、受肉した、すなわち人間の体を得た悪魔王様のお姿が見えました。

 身長は165センチ前後。遠目には陶器のようにも見える美しい肌。整った顔の輪郭と鼻筋、そして蠱惑的な唇を持ち、長いまつ毛が印象的な切れ長の眼。ポニーテールにした緑の髪は見事なつやに輝いています。そしてスカートをはいていました。

「ん」と、コメットが、ちょっと理解が追い付かないぞという意思を込めて呟きました。

 そうです。悪魔王様は男の娘だったのです。

「ちょっとまて、その姿で『声が野太い』ってやべえだろ」

 そうでしょうか。筆者としましてはとても個性的で素晴らしいと思うのですが。

「うろたえるなコメット! 戦闘中だ!」

 そう叫んだのは人形のドンナーです。彼女はライフルで攻撃します。その弾丸には「侵食する核」と呼んでいる秘密の技術が用いられており、それを撃ち込んだ生物の意識を奪い、思いのままに操るのが彼女の戦い方です。ゆえに人形のドンナー。彼女が放つ弾丸を受けた者は従順なる操り人形になってしまうのです。

 それを悪魔王様は「ぬうん!」と言いながら全身を力ませるだけで弾きました。肉体は人間の物ですが、悪魔力で表面を薄く覆い、防御能力を高めているのです。

「ほう。これは神よりもたらされた技術だな。さすがは九天使ともなると、装備も潤沢よのお」

 かつて、セントクロース事件の頃にはただのインチキ宗教団体であったトナカイ教団が、今や、聖獣トナカイが本当の神格を得る程に信仰を集め、高次元存在の神と交流を持つまでに至り、悪魔の陣営の庇護下にある筈の人間が奪われ、ついに攻撃までされているのですが、悪魔王様の声は冷静でした。

「我も認識を改めよう。規模が収縮したとはいえ、それでも残っている信者の信仰心を侮っておった。我が崇拝子に与えるのと同等の神格武装を複数人に下賜(かし)できる程の信仰とはな。恐れ入る」

 トナカイ九天使は一斉に襲い掛かりました。誰もが声を発する時間さえ惜しんでの攻撃です。悪魔王様に、自分達の武装がどの程度のレベルなのか看破された事がそう判断させたのです。小出しに攻撃して相手に情報を与えるような愚はもうおかせない。誰がどのような攻撃手段を持つのか知られていない内に決着をつけるべきだと全員が瞬時に判断したのです。

 一斉に行動したとはいえ、当然それぞれの立ち位置や、運動速度によって攻撃の到達する順番は違います。最も早かったのは水着の女。悦楽のヴィクセンでした。

 彼女が手に付けているグローブからは特殊な電磁波が放射され、相手の頭部に触れるだけで「あらゆる外的刺激が快楽に変換される」という恐ろしい攻撃を可能とします。出力を最大にすれば、衣擦れの感触だけで性的絶頂に達し、それがいつまでも繰り返されるのです。彼女はこの能力を駆使して何人もの人間を快楽で支配し、教団に誘導しました。なお、彼女の職業はSMクラブの女王様です。まさにうってつけの能力ですね。今日、水着で来ているのは、今日がそういう衣装で働く日だったからです。最近は感染症対策だと言われて行政の監視が厳しくなり営業しにくい環境が続いているのですが、彼女の尽力で何とか採算を維持しているそうです。

 人形のドンナーも、本来の仕事は自衛官です。トナカイ教団の幹部だという事がバレるととても困るので秘密にしています。侵食する核を用いて秘密裏に信者を増やし、教団に貢献してきました。

 さて、解説している内に次の攻撃です。ヴィクセンの掌底が悪魔王様の額に届くかと思われた刹那、三つ編みの男、狂言のブリクセンと、全身タイツの男、夢想のダッシャーが、左右から迫りました。

 ブリクセンの普段のお仕事は芸能事務所のプロデューサーさんです。これまで多くのアイドルを担当してきましたがどれも鳴かず飛ばずで、上手くいっていません。そういった売れないアイドルを「トラブルにならないようにエッチな動画に誘導する」のも彼の重要なお仕事です。勘違いしてほしくないのですが、彼のお仕事は決して珍しいものや特別なものではなく、芸能界では普通です。芸能人とは仕事が無ければ収入が発生しないので、日々食べていく為にはどうにかしてお仕事をしなければなりません。ですが、能力の不足や、時勢、あるいは単純な運によって仕事が取れない人には、18歳未満には販売できないような過激な表現を用いた映像作品への出演を紹介される事があります。もちろん、こういったお仕事は本人の意思で拒否できます。しかし、そうなると普段はアルバイトなど別の仕事をしなければならなくなり、それはもう普通の人と何も変わりません。出演する当人としても、下手な断り方をして印象を悪くしたくないという気持ちもあります。芸能業界という場所で顔を繋ぎ、芸を磨くという観点からすれば、どのような形であれ映像作品への出演は無駄にはならないのです。それでもトラブルが尽きない業種でありますから、ブリクセンのようなベテランは重宝されます。売れるアイドルを発掘する才能はない彼ですが、女性的魅力の審美眼は確かなもので、彼の紹介する女性は皆、アダルトビデオ界では売れっ子になれるそうです。そんな彼の武器は取り出し自在のパワードスーツです。普段は異空間に収納されているそれを、いつでも装着し、また瞬時に収納できます。まるでロボットのような姿で戦います。悪質なストーカーに女優が狙われた場合や、マフィア等の恐ろしい人たちともめごとを起こした時など、彼はこのスーツを用いて姿を偽り、殺害してきました。

 そんなブリクセンの逆側から迫り、二本のサーベルを振りかざすのは夢想のダッシャー。

 彼は武装ではなく権能を与えられたスーパーサイキック戦士であり、限りなく魔法に近い催眠術を用います。人と目を合わせるだけで相手を眠らせ、その夢の内容まで自在に操作出来ます。彼はこの催眠術を用いて何度かテレビ出演しており、それが縁でブリクセンともプライベートで親しくしております。しかし、テレビでもイベントでも、今どき催眠術の需要なぞ殆どなく、彼は眠った人を思いのままに操るだとか、そういった事は出来ないのですぐに世間から飽きられました。年に数回の仕事があればいい方なので、普段は教団の受付係をしているのが現状です。体験入団した人々に夢を見せ、都合のいい認識を刷り込んで信者を増やす手法は彼にしか出来ない芸当と言えるでしょう。しかし、彼はこの神より与えられし権能を強盗だとか犯罪行為に用いる事は決してしません。教団の為にしか使いません。テレビやイベントでの披露であれば教団のアピールをする機会もあるかもしれませんが、犯罪行為に及んでそれをやればむしろ教団のイメージダウンにつながるのでやりません。それが彼の信仰の証明なのです。

 ダッシャーは悪魔王様に勢いよく切りかかるふりをして、注意を自分に向けさせようとしました。上手くいけば視線を合わせて催眠術をかけられるし、そうでなくとも、ブリクセンのパワードスーツの一撃を当てやすくなるかもしれません。仲間の行動まで意識した見事な連携と言えましょう。

 しかしダッシャーは不思議に思いました。先ほどのコメットやドンナーとの攻防を見るに、悪魔王は戦士としても一級の技量、対応力を持っているように見えた。だが今、目の前の悪魔王は「殆ど棒立ち」ではないか。「動く気配がない」のは何故だろう。これでは子供でも攻撃できそうではないか。と、そう思ったのです。

 その時でした。

「それは残像だ」

 ダッシャーの背後から野太い声が聞こえ、聞こえた瞬間にダッシャーは自らの浅慮を後悔しました。

 それはヴィクセンとブリクセンも同様だったらしく、二人とも異変に気づき、浮足立っている様子がダッシャーの位置からはよく見えました。

「くう、これでは目をあわせられ…ぐはあ!」

「よくもダッシャーを…ぐはあ!」

「ブリクセ…ぐはあ!」

 悪魔王様は瞬時に三人を無力化しました。まさか実際に「首の後ろをトンと叩いて人を気絶させる」のを見て、体験できる日が来るとは三人とも思ってもいませんでした。

「やるな悪魔王。どうやら貴様に対抗できそうなのは、この中ではオレとコメットくらいのようだ」

 そう言って対峙するは破壊のダンサー。

 ダンサーは黒いマントを脱ぎすてます。そうして見えた彼の全身に、悪魔王様は少々の驚きを得ました。

 ダンサーはサイボーグでした。

 ブリクセンのような着脱式のパワーアシストではなく、脳以外の肉体を全て機械に置き換えた、闘争と破壊の機能の集合体。それがダンサーだったのです。機械ゆえに飲食の為の味覚は無く、生殖機能もありません。

 ダンサーが抱える苦悩の大きさを感じ取り、少しだけ悪魔王様は同情されました。

「汝、そのような体になってまで、トナカイ教団で何を成そうと言うのだ」

「言えば何かが変わるのか? 貴様が変えてくれるのか? 悪魔王」

「…望むのは変化か。汝は余程この世界が気に入らないと見える」

 ライフルを構えたドンナーと、復帰したコメットが悪魔王様の退路を断つように位置取りをして、ダンサーが戦いやすいように戦場を整えようとしました。

 ダンサーの言は的を射ています。どれ程反則級の攻撃手段を持っていようとも、ヴィクセン、ダッシャーの二人は一般人レベルの身体能力しか持っていません。ブリクセンも反応速度はただの人間です。自衛官として鍛えられたドンナーですら狙撃以外では恐らく有効な攻撃は出来ず、戦士として厳しい鍛錬を積んだコメットか、戦闘特化のスーパーサイボーグであるダンサーでもなければ、悪魔王様の超高速の戦いにはついていけないでしょう。

 ダンサーは、もとはただのオートバイ専門店で働くバイク好きの青年でした。

 しかし、友人が何も悪い事をしていないのに無実の罪を着せられた事をきっかけに、少しずつ人生が変わっていきます。

 ダンサーの友人は、ある丁字路(ていじろ)を車で左折した際、パトカーで待機していた警察官に呼び止められて、必要な地点で一時停止をしなかった道交法違反だと言われました。

 しかし、その道はそもそも一時停止の必要が無い道だったのです。

 周囲は見晴らしがよく、車線のどちらにも動く物は確認できず、標識も道路標示も無い道でしたので、ダンサーの友人はそのまま僅かに減速しただけで左折しました。左折地点から30メートル程離れた先にパトカーが停車しているのは見えていましたが、走行している訳でもなかったので警戒する必要も無いと思ったそうです。残念ながらダンサーの友人は危機意識が少々足りなかったと言わざるを得ません。パトカーのドアが開き、ゆっくり警官が出てきて、身振りで呼び止められた友人は、さすがに「変だな」と思いました。そして問題となっている左折地点から30メートルも離れた所で、あそこは一時停止しなくてはいかんのだと言われても納得できません。なので、じゃああそこまで戻って確かめてみようじゃないかと提案しても「ここから動くな」「逃げるつもりか」「手間を取らせて仕事の邪魔をするようなら公務執行妨害もつくぞ」などと言われて怖くなり、そもそも仕事の為に移動していた途中でしたので、約束の時間に遅れそうだという焦りも手伝って、やむをえず道交法違反を受け入れたそうです。

 結果としてダンサーの友人は仕事に遅刻し、先方の不評を買いました。そして後日その道を確認すると、はっきり一時停止の必要はないと分かりました。あの時の警官は点数稼ぎの為に市民を騙し、脅迫していたのです。この事による抗議は一時期世間でも話題となり、その時の警官は免職されたと報道され、一応の解決をしました。

 しかし、この事件はダンサーの友人の心に深く刻まれ、警察への不信感が根差します。

 現在ではドライブレコーダーの普及によって一部始終が記録されるようになり、こういった警察官による不正行為は減りましたが、無くなった訳ではありません。ダンサーの友人はそういった情報を集めていくうちに更に怒りをつのらせます。なんて悪い奴らなんだ。今までこんな連中を正義の味方だと思っていたのか。自分が恥ずかしい。と、それはもう大変な憤慨ぶりでした。

 ある日の事です。ダンサーの友人は夕方に自転車で走っていました。

 やはり急いでおり、見たいテレビが始まるまでにスーパーで夕飯の材料を買って帰らなければいけなかったのです。人気(ひとけ)も無かったので快走でした。

 そして警官に呼び止められました。

 今度は、夕方で暗くなっているのにライトをつけないで走行している事を注意されました。その後、自転車保険の加入義務は知っているのかとか、家はどこだとか質問されました。

 確かに夕方ではありましたが、季節は夏から秋に変わったばかり、充分に周囲は明るくて、急速に暗くなるような事はないと経験で知っていましたが、警官はそんな事には取り合わず、ダンサーの友人から個人情報を引き出そうとします。そもそも夕方にライトを点灯していない事を理由に呼び止めたのに、周囲はまだ明るいじゃないかという抗議に取り合わないというのはどういう了見なのか。

 そこでダンサーの友人は思い至りました。どうやらこいつらも点数稼ぎの警官かと。

 恐らく家まで知られて逃げられなくしてから心理的に追い詰めて、以前のように丸め込むつもりだな。そしてこういったやり取りをしている間に「本当に周囲が暗くなれば」警官は正当性を得る。そういう事か。なんて悪い奴らだ。こんな奴らに付き合っていられるか。そう思い、ダンサーの友人は警官を押しのけてスーパーに行こうとしました。

 これは完全に失敗でした。ダンサーの友人は、こうして公務執行妨害を行った犯罪者となったのです。

 警官に呼び止められて、たとえそれがどんなに理不尽な嫌疑をかけられたものだったとしても、絶対に警官に触れてはいけません。指紋や皮脂が制服につき、それを警官に対して暴行を行った証拠として扱われれば、否定する方法は殆どありません。誰も人が見ていない所で、警官と自分だけの状況となる事も望ましくありません。パトカーの中で話をするなどもってのほかです。出来るだけ人の多い道を選んで、危険を感じたら誰かに証拠として動画を取ってもらう事も有効かもしれません。

 警官に煽られ、冷静さを失っていたとはいえ、自分は何て事をしてしまったのだと、ダンサーの友人は後悔しました。留置所で弁護士と相談しましたが、無罪を保障してはくれませんでした。

 そして逮捕されて一週間後。ダンサーの友人は薄暗い留置所で自殺したのです。刃物のような、人を傷つける道具は一切持ち込めないのですが、ズボンを脱いで、それで首を吊りました。

 留置所には、ダンサーの友人と同じように逮捕された人たちが沢山いて、その人たちから話を聞き、こんなにも不正は横行しているのかと心をすり減らし、満足な食事も取れず、職場とも弁護士を通してしか連絡が出来ず、弁護士を通した事で、逮捕されたという事、犯罪者だという印象が強くなり、解雇される知らせを受けて、絶望したのが原因だと思われます。皆様も想像してみてください。収入を断たれ、銀行からの料金引き落としが出来なくなり、家賃は滞納する事になり、裁判が終わって家に帰っても、止まってしまった冷蔵庫の中身は腐ってしまい、ガスも止まっていてお風呂にも入れない、その時には預金も残っておらず、弱った心と体で仕事を探さなければならないのです。ダンサーは、一度だけ面会した時に友人からそういった話を聞いておりました。自殺するとまでは思っていませんでした。自殺するかもしれないと、あの時の自分が思い至っていたら、友人には、あの時とは違う言葉をかけられたのではないかと後悔しました。

 ダンサーは回想を終え、悔しさをこらえるように拳を握ります。

「あいつ以外にも、警察の不正、検察の不正、政治家の不正の被害を受ける人、それを世に訴える人は沢山いた。だが世の中はいつまでも変わらない。国を相手に裁判をして戦える金銭的余裕のある人間がそもそも少ない。だが奴らは税金という潤沢な資金を背景に行動できる。この世はあまりにも理不尽だ。なあ悪魔王。貴様なら変えてくれるか? 今すぐに、全ての人に善良なる不滅の精神を持たせて、もう二度と、あいつのような被害者を出さない世の中に! 変えてくれるのか!!」

 これに悪魔王様は即答されました。

「それは出来ん。人々を洗脳し、自由を奪い、魂の輝き無き世界を作る事は、悪魔の王として、断じて出来ん」

「だが、神は、願いは叶えられずともオレに戦う力をくれた! オレはこの力で悪魔王、貴様を倒し、次は世にはびこる悪を根絶やしにしてやるのだ!」

「成程、それが、汝が神と交わした契約か、神魔戦争に荷担する対価として、その体を与えられたか」

「いくぞ悪魔王!」

 コメット、ドンナー、ダンサーによる連携攻撃が始まります。

キューピッドとプランサーは、ヴィクセンたちが瞬時に倒され、ダンサーが本気を出す様子を見て、巻き添えを食わないように少し離れました。

 破壊のダンサーは強敵です。トナカイ破壊光線やトナカイ(ケイン)といった武装のみならず、トナカイパンチ、トナカイキック、トナカイジャンプアッパーなどの格闘の技も充実しており、無線で操縦できるバイクを駆使して戦います。

 さすがに騒々しかったのか、この音と振動で崇拝子ちゃんが目を覚ましました。

「う、ううん」

 その声を聴き、筆者すら忘れかけていたこの戦いの第一目的を思い出したプランサーが、崇拝子ちゃんを殺すべく駆け寄ります。

「待って」

 そう声をかけてプランサーを止めたのはミーちゃんでした。

「お姉ちゃんを殺す役は譲らない。あなたたちは悪魔王を相手していなさい」

「……わかった。余計な事をしてすまない」

 プランサーはミーちゃんに進路を譲りました。この時ミーちゃんが発していた迫力は、言葉の雰囲気は、トナカイ四天王ですら「逆らえば先に殺される」と思わされるものでした。

 ミーちゃんは崇拝子ちゃんに近づき、神剣の切っ先を向けました。

「むう!? ぬかったわ。崇拝子! …く、邪魔なあ!」

 悪魔王様は崇拝子ちゃんを守ろうとしますが、ダンサーは超違法改造がなされたバイクの機動力を用いて悪魔王様の行動を阻みます。

 崇拝子ちゃんのぼんやりとした目の焦点が段々と定まり、見上げると、最愛の妹の姿が映りました。

「…ミーちゃん」

「…長かったよね。辛かったよね。今、終わらせてあげるからね。お姉ちゃん」

 さて、これは絶体絶命の大ピンチですね。思いの丈が強さに繋がるなどとは、あまり言いたくありませんが、トナカイ九天使もトナカイ九天使なりに戦う理由があり、覚悟を持ってのぞんでいるようです。悪魔王様が苦戦されるのも無理からぬ事。このままでは崇拝子ちゃんが殺されてしまいます。

 今回はここまで。次回、崇拝子ちゃんがどんな華麗な切り返しでこの窮地を抜けるのか、想像しながらお待ちください。


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