第五章「崇拝子ちゃんのアルバイトが終わり、そして戦いが始まります」
夕方になりました。
空は薄暗くなり、段々と夜に近づいていきます。
道は街頭で照らされるようになり、仕事帰りの人達も加わった事で、スーパーマーケット前の通りは、昼間よりもごちゃごちゃしているように見えました。
ルドルフと崇拝子ちゃんは、そのスーパーの近くの公園の、さらに隅っこのほうで待ち合せました。一度学習したルドルフは、人目を避ける事に配慮したのです。
「ここで会ったが百年目! 悪魔王! 今日こそお前を倒し、教団の悲願を達成してくれるわあ!!」
昼にも一度会っているのですが、ルドルフとしては無かった事にしたかったのか、あるいは別の口上のパターンを持っていないのか、疑問は尽きませんがとにかく力強く宣戦布告しました。
(むう。汝は黒煙のルドルフ。生きていたのか)
悪魔王様はそれに乗っかってあげました。なんてお優しいのでしょう。
崇拝子ちゃんは正直もうこのトナカイの着ぐるみマンとは関わり合いになりたくなかったのですが、悪魔王様のご意向には逆らえないので仕方ありません。
「にゃー。恥ずかしいにゃ」
「普段からにゃーとか言ってる娘っ子に恥ずかしがられるとは心外だが、まあいい、さて、では早速勝負だ!」
「あ、ちょっと待って下さいにゃ」
崇拝子ちゃんは、自分の背後に視線をやりました。
そうして促されて前に出てきたのは六歳くらいの女の子です。
「…なんだ、その娘は?」
ルドルフは少々の不安を抱きながら質問します。
「どうも迷子みたいですにゃ。あちきがバイトしてる時に、いつまでも同じような所をうろうろしてるから話を聞いてみたら、お母さんが見つからないそうですにゃ」
崇拝子ちゃんの今回のお仕事はチラシ配りでした。しかし、これは街頭に立って通行人に渡していくようなスタイルのものではなく、各家庭を回って郵便受けに投入するものです。
いわゆるポスティングと呼ばれるお仕事ですが、基本的な相場はチラシ一枚で2円から3円と言われています。百枚のチラシを配り終えてようやく200円程度の稼ぎになる、とても大変なお仕事ですね。ただ、これはマンションなど集合住宅をターゲットにすれば短時間で多くを配る事が出来る為、担当する地区によっては少ない労力で稼ぐことも可能です。
しかし、崇拝子ちゃんの配っているチラシは一枚で5円の価値を持つ、不動産関係のチラシだったのです。
チラシの内容を簡単に説明しますと、お客様がお持ちの土地や家を売りに出しませんか、どこの業者よりも高く買い上げさせていただきますどうかご検討下さい、ご連絡をお待ちします、というもの。そういう性質のチラシである為に、特殊な場合を除いて、一軒家以外に投入できないチラシなのです。土地や家を売却したい人に向けたチラシなのですから、集合住宅に住んでいる人には殆ど関係が無いのですね。その為、崇拝子ちゃんはとにかく広範囲を歩き回る事になります。千円を稼ぐのに200件の家を巡らなければいけませんので、それはもう町中を歩きます。そうして住宅街を歩いていた時、この迷子の女の子を見つけて保護したのです。
その説明を聞いてルドルフが言いました。
「事情は分かったが、それは交番に届ける案件ではないのか?」
意外にも正論でした。
これに女の子が答えます。
「おまわりさん。きらい」
「…これくらいの少女にしては珍しい反応だな」
(どうも、父親が痴漢で逮捕された経験があるようでな。父親はこれを冤罪だとして最後まで裁判でも否認していたが有罪判決を受けている。今は社会復帰を果たして新しい職場で元気にしているようだが、当時の憔悴ぶりは大変なものだったらしい。親族も集まって、警察の酷い対応に強く抗議したが聞き入れてもらえず、裁判が終わるまでの数か月間、保釈すらゆるされず収入を断たれて追い詰められ、たまに面会にいく度に拘置所での辛い生活を聞かされていたらしい。お父さんと一緒に食べた美味しいクッキーを差し入れに用意したが、それを渡す事は許可されず、とても悲しかったそうだ。この娘から断片的に得られた情報を総合すると、そういう判断になる。日本ではよくある事件だな。特に痴漢冤罪は無罪証明が難しい)
読者の皆様におかれましても、知人や家族が逮捕された時の心構えは把握しておくのが良いかと思われます。衣類や本などの差し入れは殆どが許可されますが、逆に殆ど許可されないのが飲食物です。逮捕時の所持品だったとしても拘置所には持ち込む事ができず、例えば、ポケットに入れていたプロテインバーのような賞味期限の長い物でも、腐敗する可能性があるとして拘置所では保管されません。捨てられます。許可された物しか食べさせてもらえないので、その場で食べる事もできません。しかも、処分する事への同意書にもサインさせられます。拘置所の前に入れられる留置所では、所持していた飲食物は多くの場合で保管して貰えますが、これは留置期間が、長くても一月程度の短期間である事に起因するのでしょう。そして、拘置所に移動する日時や、変化するルールについてなど、直前まで知らされる事はありません。家族はおろか、実は弁護士にだって移動の連絡はされないのです。殆どの場合で、留置所で面会しようとして、急に拘置所に移ったと知る事になるのです。もしも逮捕された時に、捨てられたくない好物を所持していたなら、留置期間中の早めに、家族や友人に引き取りをお願いするのが宜しいかと思います。
(という訳で、この娘を説得している間に約束の時間が迫ったのでな、一旦連れてきたのである。これ以上暗くなって、子供を一人にするのはよくない)
悪魔王様は子供にとても優しいのですね。
(そこでだ、この娘の母親を探すのを汝にも手伝ってもらいたい)
「な、なぜ私がそんな事をせねばならんのだ」
「あれあれー? トナカイ教団は正しい心をもった子供に贈り物をする聖人を運ぶ、聖獣トナカイを信仰するのではないですにゃ? なのに子供を助けないのですにゃー?」
崇拝子ちゃんがいやらしい笑顔でルドルフに言います。なんて悪魔的なのでしょう。
「く、卑怯な」
などと言いつつも、結局ルドルフは少女の母親探しに参加してくれる事になりました。ただ、これを勝負として行い、崇拝子ちゃんが敗れた場合、悪魔王様の身柄を教団に引き渡す事が条件となりました。
(よかろう、黒煙のルドルフ。その勝負、受けて立つ!)
こうして始まった「迷子の母親探し勝負」ですが、はてさてどうなるのでしょうか。ワクワクしますね。
(では我々はあちらを見て回る。反対側は頼んだぞ)
そう言って悪魔王様と崇拝子ちゃんは少女を連れて公園を出ていきます。
ルドルフはスーパーマーケットに向かいました。
「ふ、王といえども所詮は悪魔よ。浅はかなり! 親が子供を連れて歩く理由など、そう多くは無い。公園に遊びにいくか、散歩か、あるいは買い物。代表的なものはこれだろう。まずはこの三つから検証し、その他についても消去法で可能性を潰していけばいずれ正解にいきつく。この公園には母親らしき人影は見当たらなかった。では散歩か? だがそれは捜査範囲が広すぎるので後に回す。次に調べるべきは商店だ! 迷子センターにもアナウンスしてもらおう」
悪魔王様には当初、雑魚と認識されていたルドルフですが、雑魚らしくあれという期待を裏切ってまともに推理して事にあたります。もしかしたら日が暮れてからの方が、頭が冴えるタイプなのかもしれません。
一方その頃、悪魔王様一行はと言いますと。
(ふ、愚かなり黒煙のルドルフ。これは勝負であるというのに、最初から我に行動を誘導されていると気づかなかったらしい。我の反対側を見て回れと言う指示に素直に従いおったわ)
なんと、悪魔王様は既に先手を打ってルドルフより優位に立っていたようです。
「え、でも悪魔王様。マジであっちにお母さんがいたらどうしますのにゃ?」
(その可能性は低いな。あくまで可能性の話だが)
「どうしてですにゃ」
(この少女が商店や商店街といった場所で迷子になったのなら、店の入り口で母親を待つか、店内でずっと探し続けるほうが自然。我々は住宅街を移動中に少女を保護したのだ。迷子になったのは恐らく移動中であろう。その母親がとんでもない鈍感な人間で、娘がついてきていない事に気づいていないのであれば話は別だが、娘の不在に気づいた上で買い物をするとは考えにくい。せめて迷子センターにアナウンスさせ、商店街のスピーカーも使うはずだが、我はそれを聞いておらん。…というかだな、崇拝子。その娘は母親が見つからないと言っているが「家がわからない」とは言っていないな?)
「…は!?」
崇拝子ちゃんはそのお言葉で、最も先に確認しなければいけない可能性に思い至り、慌てて少女に問いました。
「ねえねえ、お嬢ちゃん『お家の場所はわかります』にゃ?」
「うん。あっちー」
そう、少女が迷子だというのは崇拝子ちゃんの早とちりだったのです。
「ぐああああ。恥ずかしいですにゃー!」
(日が沈み、約束の時間との兼ね合いがあったので一時的に同行させたが、我々は娘を家に無事送り届けた後、母親を捜索する。家人の誰かがいれば、そのまま電話で連絡を取ってもらうなど、いくらでもやりようはあるだろう)
という訳で、問題の半分以上がマッハで解決いたしました。悪魔王様としては母親探しの勝負についてはどうでもよくて、子供を早く家に帰す事こそが優先されるべき事なのです。警察に関わりたくないという少女の意向を汲みつつ安全を確保する為に同行しているのですから、その愛は計り知れません。まるで伝説にうたわれる神のよう。
少女は少しばかりの反省と共に、崇拝子ちゃんに感謝の言葉を伝えました。少女なりに、今自分が大人の人達に面倒をかけていると察したのでしょう。
少女としては、母親は自分と行動している最中にいなくなったのだから、それを見つけるのは自分の役目で責任だと思っていたのですが、こうして崇拝子ちゃんに手を引かれて家に帰る結末を迎え、自分の行動は浅はかなものだったのだと思いました。
ただ黙って歩いていても寂しいので、崇拝子ちゃんは色々な話をしました。
自分には妹がいる事や、並行世界の別の妹と出会った事、その異世界でのサバイバル生活の大変さなどを話しました。少女が特に興味を示したのは、サバイバル生活の必須知識といえる「樹皮鍋」についてでした。
「きのかわで、なべがつくれるの? もえないの?」
「そうですにゃ。水は絶対に100度をこえないから、100度以下では溶けたりしない薄い素材ならなんでも鍋にできますにゃ。代表的なのが樹皮にゃ。これをはがして、熱でちょっとずつ柔らかくしながら歪めて鍋の形にしますにゃ。これに水を入れて火にかければ、熱エネルギーは中身の水を温められる事に使われるから、水が完全に蒸発して、からっからに乾燥してしまわない限り燃えませんにゃ」
崇拝子ちゃんは鍋という発明品の重要性を語りました。現代人の弱体化した胃腸では、川の水をそのまま飲むような事をすればたちまち病気になってしまいかねず、緊急時であっても、必ずろ過機を通した上で煮沸消毒しなければならないと教えました。薬が無い状態では些細な体調変化が死につながるのです。他にも様々な苦労を話し、最後に人里を発見し、そこで異世界の妹と出会った事を話したところで、少女が言いました。
「きっと、かみさまが、めぐりあわせてくれたんだね」
少女はとても良い事を言ったように笑顔ですが、悪魔王様と崇拝子ちゃんは苦笑いです。
これまでの会話で悪魔王といったワードが聞こえていない筈はないのですが、まあ、これくらいの少女だと宗教的な概念はまだまだ難しいのかもしれませんね。
崇拝子ちゃんは優しく諭すように言いました。
「ううん。神様は何もしてくれなかったにゃ。というか、合格祈願をしても不合格になる人は沢山いるし、恋愛成就を祈願しても上手くいく話ばかりではないですにゃ。誰もが健康で末永く生きていたいと願っているけれど、事故や病気は無くならないし、税金を取るくせに国民の為になる事をしない政治家にはいつまでも天罰はくだらないですにゃ」
崇拝子ちゃんは具体的な例をあげて少女を諭します。
「でも、かみさまはいつもみまもってくれてて、いいことをずっとつづけていれば、いつかむくわれるんじゃないの?」
その時でした。道の先、遠くに見える女性が手をふって、何か言っています。それに気づいた少女が顔をほころばせた事から察するに、どうやら母親のようです。もしや本当に神が、この無垢なる少女に加護をお与えになってめぐり合わせて下さったのでしょうか? いいえ、もちろんそんな事はありません。この母親もまた、少女がいなくなった事に気づいてからずっと、それまでに歩いた道を逆にたどるなどして捜索していたのです。なお、誰にも認識されないこの事件の真相ですが、少女は母親とはぐれた後、「母親がどこかにいった」という認識でした。どこかで自分が道を外れたとか、本当は母親が曲がり角を過ぎて姿が見えなくなっただけだとか、そういう発想には至っていませんでした。その為「母親の不在を認識した地点を中心に捜索」するという行動に至ってしまい、それが原因で行動順路を外れてしまったのです。少女は想定した円内をぐるぐると探すのに、母親は歩いた線上を探すのですから、お互いにそれで行き違いになっていたのです。悪魔王様の、先ずは家に向かうという方針は正しかったのです。もちろん、ルドルフの行動も間違っていた訳ではありません。彼は与えられた情報からよく考えて行動していました。ナイスファイト。
少女は満面の笑みで、手を引く崇拝子ちゃんを追い抜いて、むしろ手を引いて、早く、早くとせかします。
崇拝子ちゃんは少女に向かって言いました。
「よく覚えていて欲しいにゃ。今回、君を助けてくれたのは神様ではないですにゃ。悪魔ですにゃ。君がお母さんに会いたいと願ったから、悪魔がそれに応えたのですにゃ」
(うむ。今回ぶっちゃけ、お前は娘の手を引いて歩いただけだが、悪魔崇拝を広めるチャンスを貪欲に掴みにいくそのスタンスやよし!)
悪魔王様は少々厳しい事を仰いますが、その声音は、少女の安全が確保された事をお喜びの様子でした。
かくして、少女は母親に手を引かれ、元気に手をふりながら帰っていきました。
「ばいばーい! おねえちゃん! ほねのひとー!」
骨の人、という単語に母親が慌てた様子で娘をたしなめていますが、最終的には、崇拝子ちゃんとの間でだけ通じる暗号のようなものなのかと納得したようです。
(ふ、骨の人か。なかなかに表現力のある娘であるな)
「あれ、そういえば悪魔王様が間に入った会話にも、特に疑問を持っていない様子でしたにゃ」
(まあ、才能があるのだろうな。神への信心が強い者には珍しくもないよ)
少女は緑の髪のお姉ちゃんに色々な話を聞いた事や、手助けをしてもらった事を母親に報告しています。それに母親が答えました。「言った通りでしょう、良い子にしていれば、ちゃんと良い事が帰ってくるのよ」と。それが聞こえてしまい、崇拝子ちゃんは悲しい気持ちになりました。
(崇拝子)
「はいですにゃ?」
(なぜ、痴漢冤罪で捕まった父親は法で罰せられたのに、神が助けてくれなかった事を言わなかったのだ?)
「…今言う事でもないかなと思いましたし、それが本当に冤罪かどうか調べるには悪魔力を使わないと真実がわかんないですにゃ。わかんない事を理由には何も話せないですし、あの子の魂を使えばはっきりさせられたでしょうけど、父親の問題解明にあの子の魂を使うのも違うと思いましたにゃ。しかも、本当に痴漢していた場合には、その真実を受け止める事があの子にはできないかもしれないですにゃ。父親の話を出して、そういう話をしたら、そういう事が出来るという事も話さないといけませんにゃ。そうしたら、あの子は、やりたいって言ってしまうかもしれないですにゃ。それが怖かったのですにゃ」
(それだけか?)
「…多分、あの子はこれから自立するまで色んな人と話をしますにゃ。きっと『司法は正しい』とか、『この国は法治国家として優れている』とか、『そういう教育』を受けますにゃ。それをあちきは止められませんにゃ。仮に悪魔力で父親の無罪を証明出来たら、彼女はこれからずっと司法に懐疑的に生きていきますにゃ。きっと苦痛ですにゃ。もしも司法を信じられない根拠に、悪魔の事を話題に出したりしたら虐められますにゃ。あの子は、警察のやり方には怒っていましたが、判決についてはあんまり言ってなかったですにゃ。…まあ、言ってもどうにもならない事が多分わかっているからなんでしょうけど。それならいっそ、このまま自然に、嫌な事があった記憶なんか薄れていって、気にしなくなるまで待ったほうが、幸せに生きられるのかもしれないですにゃ」
崇拝子ちゃんは、神への信仰を挫く絶好の機会を逃した事を、悪魔王様に叱られるかもしれないと思って一瞬、緊張しました。しかし。
(よくぞ適切な判断ができた。成長したな。崇拝子)
悪魔王様は崇拝子ちゃんを褒めました。
「悪魔王様…」
(神への信仰心はいずれ挫かねばならんが、それよりも優先すべきは人の幸福である。お前は、父親の罪の真偽を証明できる事が、彼女の幸福な人生の妨げになる可能性に思い至ったのだろう? 充分な情報収集もままならない状況でよくぞ判断した)
「申し訳ないですにゃ。別れ際に『今後は悪魔をよろしくね』くらいのニュアンスの事しか言えなかったですにゃ」
こうして、事件は無事解決しました。
ルドルフに勝利の報告をすませ、ついでにスーパーでキムチともやしを購入し、崇拝子ちゃんは家路につきました。ルドルフは悔しがっていました。
その頃には完全に日は落ちて夜になっております。
ルドルフに遭遇してから今日はずっと憂鬱な気分でしたが、最後に女の子を助ける事が出来て、崇拝子ちゃんは少しだけ高揚した気分になりました。帰り道を歩いている間も、自然と鼻歌がでてしまう程です。
(…むう。崇拝子)
「なんですにゃ。悪魔王様?」
(お前との契約内容を確認する。「妹を神の脅威から逃がし、安全を保障。その対価として悪魔王の眷属となり神との戦いに協力する」であったな)
「ど、どうしましたにゃ急に」
(かつて、神魔戦争にお前たち姉妹が巻き込まれたおり、我は確かにお前の妹を救出し、逃がした。しかる後、神による捜索に探知されぬよう術を施した。一人でも生きられるよう、充分な金銭も用意した)
「だから! どうしたんですにゃ、急に、悪魔王様!」
崇拝子ちゃんはとても不安になりました。悪魔王様も、むしろ不安を抱くような声音を使っているように感じられました。まるで、今からとても大変な事を話すから心構えをしろ、と、そう言っているように聞こえました。
(ならば「その妹自身が神との接触を望んだ場合は」我の義務範囲外である)
その言葉の意味する所を瞬時に理解して、崇拝子ちゃんは血の気が失われるような感覚を抱きます。視界が揺れ、目眩のようなものをおこし、立っているのかどうかもわからない状態です。黒煙のルドルフも、かつての戦いの時にはこのような状態で気絶したのでしょうか。
もしもそのまま気絶する事が出来たなら、崇拝子ちゃんは少しだけ楽な時間を過ごせたかもしれません。そうして目覚めた時には家の布団の上で、落ち着いてお茶でも飲みながら今後について建設的な話が出来たかもしれません。
しかし。崇拝子ちゃんの目線の先にいる人物が、それをさせてくれませんでした。
その人物は美しい金髪をしており、少し崇拝子ちゃんに似ていました。
いつの間にかそこにいた女性は、崇拝子ちゃんによく似ているものの、少し大人びた声音で言いました。
「久しぶりだね。お姉ちゃん」
それは、崇拝子ちゃんにとっては会いたくても会えないと思っていた人物の声でした。崇拝子ちゃんが頑張っている限りは、危険にさらされる事無く、平穏に生きている筈の人の声。神魔戦争なんかには関わってほしくない、関わっていてはいけないと思う人の声。
「…ミーちゃん……」
「そうだよ。お姉ちゃん」
崇拝子ちゃんは妹の名前を呼ぶので精一杯でした。思考が追い付きません。
ミーちゃんはかつて「神の依り代となって人格が消滅する予定だった」所を悪魔王様のお力で救出されたのです。そして二度と神魔戦争に利用されないよう、神の手の届かぬ所で安全に暮らしている筈だったのです。それが、こうして自分の目の前に、つまり悪魔王様の目の前に現れたとあっては一大事。
物語は急展開を見せます。悪魔王様のお言葉の通り、「ミーちゃんは自らの意思で神と接触した」のです。そして神の尖兵となり、崇拝子ちゃんの前に現れました。
前章の最後に記述しましたように、新たな登場人物として迷子の少女が現れ、その少女にまつわる事件は解決しました。そして今、回想にしか描写されない筈のミーちゃんが加わった事で、神と悪魔の戦いは新たなステージへ進みます。
彼女の名前は「神野巫女」親しい人からはミーちゃんと呼ばれております。