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第四章「トナカイ教団の刺客。その名は黒煙のルドルフ」

 トナカイ教団。それは、年に一度の聖なる夜に、心正しき子供たちに贈り物をする「聖なる(ころも)をまとう聖人。セントクロース」を運ぶトナカイを「聖獣」として祀り上げる宗教団体である。

 最近は便利な時代となり、スマホ一つで商品の注文から支払いまで完結する世の中になったが、何もスマホが物を運んでくれる訳ではない。注文者が気楽に自宅で発送を待っている間にも、実に多くの人の手によって物は運ばれ、様々な場所を経由して、長い旅の果てに到着するのだ。車や飛行機や船といった輸送手段の確立と発展こそが経済成長の根幹を支えており、原始の時代より連綿と続く、より多く、より早く、より遠くへという渇望と情熱こそ礼賛されるべきであり、その象徴として「聖獣トナカイ」があるのです。…というのが、その教団の主張らしいです。

 この中途半端にインテリを気取った人間が適当に考えたような教義をかかげたトナカイ教団ですが、この混迷を極めた21世紀初頭の時代、何が当たるかわかったものじゃないという決まり文句の意味する通り、意外にも勢力を拡大し、年間で数千万円のお金を集める組織となっておりました。

 もちろん世界三大宗教と比べれば小さなものですが、新興宗教である事を考えれば充分に成功したと言っていいでしょう。

 一抹の真実を含む教義である事が、若年層の支持を集め、政府の横暴によって自由に商業に取り組む事の出来なくなって追い詰められた自営業者や、全国的な不景気から転職に踏み切れないブラック企業に勤める人と、それらの家族を取り込む形で、更に、もともとこの国に浸透していた某宗教の祭事によく似ていた事も相まって、その勢いはとどまる事を知らないのでは、と有頂天になっていた頃に、我らが悪魔王様は「セントクロースなぞという者はいない!」と子供たちに言って回り、その夢を完全粉砕しました。それをきっかけとして信頼が下落し、メインの資金源を失う事になった教団はそれ以来、悪魔王様と崇拝子ちゃんを恨み、付け狙っているのです。

 そのトナカイ教団には「トナカイ九天使」と呼ばれる幹部がおり、その一人である「黒煙のルドルフ」は現在、スーパーマーケット前で風船配りのアルバイトに勤しんでおりました。生活費の捻出に苦労しているのは崇拝子ちゃんだけではなかったのです。

「ええい。栄えある九天使の末席たる私がなぜにこんな事を…」

 ルドルフは年がら年中トナカイの着ぐるみを着て生活しています。ルドルフとしては、熱心な信者であればむしろ当然の姿勢だと思っているのですが、その痛々しい情熱の抱き方は、同じ教団幹部の仲間内でさえ浮いております。

 しかし、何が功を奏するか分らないもので、その奇抜な風貌がむしろ人の目を引くという事で風船配りの仕事を手に入れ、資金繰りの厳しい教団の役に立てるのですから、文句は言いながらも内心は複雑でした。

 子供。正確には子供に喜んでもらうという(てい)で、その子供を連れた親にお店に良いイメージを持ってもらい、来店へと誘導するのが今の彼の使命です。武器は風船と、愛想のいい身振り、元気な声、それらを駆使して働き、いよいよお昼休憩になろうかというその時でした。

「むむ!? あれに見えるは悪魔王と崇拝子ではないか!」

 トナカイ九天使は、その神通力とも権能とも呼ばれる超感覚で、ステルスモードでいらっしゃる悪魔王様をも見る事ができるのです。インチキ臭い教団だったとしても、それなりに宗教家らしい特徴を持つという事なのでしょうか。

 崇拝子ちゃんもまた、アルバイトを休憩してお昼を食べようかと思っていた矢先、この突然の邂逅に少々驚きました。

「やい、悪魔王。崇拝子…!」

「うわあ! 変な人に声をかけられたにゃ。あちきの防犯ブザーが火を噴くにゃー!」

 びぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!

「まてえ! それはガチで面倒な奴だからやめてくれえ!!」

(む。汝は黒煙のルドルフ。生きていたのか)

 悪魔王様だけは宿敵らしいリアクションをしてくれた事に、ルドルフは安堵します。

(あと崇拝子。防犯ブザーは火を噴かない。お前は度々表現が危ういな。気をつけなさい)

「ごめんなさいですにゃー」

「ここで会ったが百年目! 教団がこうむった損害を、今日こそあがなわせてやるぞ!」

「こいつ誰ですにゃ?」

(覚えとらんのも無理はない。我を以前、温泉で暗殺しようと企んでおったが、ずさんな計画ゆえに我に看破され、病院送りになった雑魚である)

 かつてルドルフは、湯治でくつろいでおられた悪魔王様を暗殺する為、湯もみの係に扮して近づいた、までは良かったものの、返り討ちにあった過去を持ちます。

 その時のやり取りを一部抜粋してお送りしましょう。


(ぬうん! 悪魔アロー!)

「ぐあああ!?」

 数本の矢が突如出現し、ルドルフに向かって高速で飛び、次々と刺さっていきます。

(動くな。重要な神経と血管は避けて刺した。だが少しでも動けば命の保障はない)

「な、なぜばれたあ!?」

(トナカイが湯もみする温泉なぞあってたまるか!)

 黒煙のルドルフは、かなり一般常識が危うい方のようです。トナカイの着ぐるみを着たまま生活するうちに、その自分の姿に違和感や疑問を持たれるという感覚が無くなったのでしょうか。

「く、おのれ悪魔めえ。これで脅したつもりか」

(これは不思議な事を言う。我が忠告しなければ汝は遠慮なしに動いて、それにより体内で刃が動き、生命維持に必要な機能を損壊させただろう。それでも我の言葉を「脅し」ととらえるのなら動いてみればいい)

 ルドルフは全身から汗を出し、鈍い痛みに顔をしかめ、かろうじて喋る事が出来るらしい事に安堵しつつも、このような精度で矢を操って見せる悪魔王様に恐怖しました。

「…何が望みだ?」

(言葉は選んで使えよ。まるで我が汝に用があるかのように表現するな。襲ってきたのは汝であり、我は迎撃しただけに過ぎない。望みがあったのは汝であり、我は汝に対して何も望まない。むしろ、我を殺そうとした人間の命を奪わずに、生き残るチャンスまでくれてやった。…ああ、そうだな、強いて言えば「我の邪魔をするな」とでも言えば理解できるか?)

「私たちの活動を先に邪魔してきたのはお前だろう!」

(居もしない架空の聖人や、ありもしない因果を捏造し、無知なる人間から搾取するやりようが少しばかり腹に据えかねてな。せめて子供がいる家庭だけでも守ろうと思った次第。それに、我は他の宗教への鞍替えなぞすすめてはおらんぞ。教団から人が抜けるのは自由意思によるものだ)

 当時の調子にのった教団は、経済の振興は全て聖獣トナカイが影響を与えており、その飼料は全て教団への布施(ふせ)でまかなわれている。すなわち、より多くの布施を用意した者にはより多くの恩恵が与えられるというような事を言って勢力拡大に勤しんでおりました。それどころか、どこそこの鉄道会社には教団信者がいて、そのおかげで成功したのだとか、どこそこの運送会社には教団信者がいて、そのおかげで顧客が倍増したのだとか言っていたのです。「もちろん大嘘」です。子供のお小遣い程度のお金でも、集めれば誰かを助ける力になると言って熱心に搾取する様子も見受けられました。そもそも言われる程ご利益のある神が関与しているのであれば、悪魔王様といえども簡単には関われなかったでしょう。他にも多くの詐欺行為を働いていたのを見かねて悪魔王様は行動されたのです。

(信仰は自由だ。全ての人は自身の心に従って信じるものを決めればいい。だが、それに子供を巻き込むのは、やりすぎたな。充分な教養を積んでいない無垢なる心につけこみ、利用しようとする手口は許しがたい)

「より多くの布施を払った者の多くが成功しているのは事実だ!」

(他人より多くの布施を払えるのであれば、そもそも他人より多く稼いでいるのであろう。因果が逆転した話で人心をだまくらかす。政治家も同じような事をよくやるよな)

 ここで悪魔王様にとっても予想外の事が起きました。

 ルドルフに刺さった矢は、あらゆる急所を外れておりましたが、わずかに流れ出た血を見た彼はそれで失神してしまい、倒れた拍子に刃の一つが動脈を破ってしまったのです。

(あ)

 と、思わず悪魔王様も言ってしまい、非常に気まずい雰囲気になりました。

 ルドルフは血が苦手な(たち)だったようです。その後、救急車で搬送されて以降の事は不明だったのですが、どうやら一命をとりとめたようですね。おめでとうございます。

 では、舞台を元の時間軸に戻しましょう。


(あの時はすまなかったな。我の配慮が足りなかった。あと、今の今まで忘れていたよ。重ねて謝罪する)

「あれのせいで私がどれだけ大変だったかお前に分かるか! この悪魔め!」

 そもそも先に悪魔王様を殺そうとしたのはルドルフなのですが、彼はそれを完全に棚に上げて怒っています。

「悪魔王様。こいつ、もしかして馬鹿ですにゃ?」

(そうだな。恐らくそれで間違いない)

「黙れえ! さあ私と戦え。悪魔王! そして貴様の首を手土産にして報告し、教団の振興に貢献した私は更なる出世を果たすのだ!」

(うん? 汝の今の目的は教団活動の活性かね)

「そうだよ。それ以外に何がある。そして離脱した信者を呼び戻すのだ」

(我を殺しても、それで教団が活性化するという事にはなるまい)

「…え?」

(『セントクロースはいない事件』の当時ならばいざしらず、我は、今はトナカイ教団には関わっていない。信者が増えないのは単純に汝らが信用されておらんからだ)

「な、ん、だ、と…」

(あと、我を殺した事をどうやって証明するつもりなのだ? 超感覚を持つ九天使なら通用するだろうが、ただの人間にそれ言っても『頭おかしい』と思われてお終いだと思うのだが)

 はたから見れば、13歳くらいの少女に向かって、大声で悪魔だのなんだのとわめいている、あやしげなトナカイの着ぐるみを着て風船を持った男がいる風景が出来上がっている事に、今更ながらルドルフは気づきました。

 その視線の集まりには、もちろん崇拝子ちゃんの防犯ブザーが影響しておりましたが、やはり最大の原因はルドルフ本人でありましょう。

「…おのれえ! はかったな悪魔王!」

(いや、汝が馬鹿なんだよ)

「あんたが馬鹿なんですにゃ」

 ルドルフは恐怖しました。まずい。このままではコンビニの駐車場や深夜の公園、あるいは河川敷等で騒ぐ人間の迷惑行為や、それら迷惑の延長であるゴミの不法投棄の抑止力にすらなっていないくせに、自分達は国民の安全と権利を守っているのだとふんぞり返っている公務員に連れていかれてしまう。国民が武器を携行する事を禁じられているこの国において、最も頻繁に目撃される、武器をちらつかせて人を脅す事のできる特権階級、あの、どこの誰とは詳しくは言えないが、あの、何のために安くない税金を払って支えているのか分からない組織の人間に連れていかれてしまう。総理大臣のやり方に抗議する発言をしていただけなのに「尊宅(そんたく)」して、国民の血税で養われた肉体と戦闘技術と装備を駆使して民間人を捕まえにやってくる奴らに捕捉されてしまう。教団敷地内で、宗教活動の一環であればどのような言動も「そういう宗教ですから」で済ませられるが、今の自分は一介の風船配りに過ぎない。というか、まだお昼休みだ。午後の仕事を抜ける訳にはいかない。そうなってしまっては解雇もありうる。来月の生活費が賄えず、このままでは野たれ死には必至。と、わずか二秒で考えました。

「オーケーわかった。落ち着いて話をしよう」

 ルドルフは一生懸命にとりつくろい、クールを気取って演出しました。

「悪魔……崇拝子ちゃん? たしかそういうお名前だったね。悪魔崇拝子ちゃん。いやー、ごめんねえ、いきなり呼び捨てにしちゃって。おじさん、ちょっとテンション上がっちゃって、あと、咄嗟に名前が出てこなくて、王とか、なんか余計な字も入れちゃったねえ。ごめんねえ。歳のせいかなあ。あと、今日は暑いねえ。これのせいかなあー」

 腐っても宗教団体の幹部。黒煙のルドルフは、アドリブを効かせて言動のイメージを修正しようとしているようです。

(ほう。こいつ。雑魚だと思っていたが、なかなかやるな。上手い奇策だ)

「にゃー。首を手土産に、とか言ってましたが、それもこれで何とかなるんですにゃ?」

(人の記憶なぞ曖昧なもの。殆どの人は詳しく覚えておるまい。そして現代人は忙しい。通行人の殆どは、どこかに目的があっての通行人だ。覚えている人間がいても、多くはすぐにどこかへ消えるだろう)

 こうして、窮地を逃れる事に成功したルドルフでしたが、諦めるつもりはなかったようで、仕事が終わった後で合流する約束を果たしました。

 崇拝子ちゃんとしてはとても面倒であったのですが、悪魔王様はルドルフに一度、致命的な怪我を負わせてしまった事を気にされているらしく、今回だけ応じてあげようと、そういう話になりました。

 崇拝子ちゃんはアルバイトが終わったらすぐに帰ってアニメを見たかったのですが、それが出来なくなってしまい、とても気落ちしています。一日100円貯金を始めて、テレビ番組を録画できる機械を購入しようか真剣に考えました。

 そして夕方に再びルドルフと対峙し、対決し、そして新たな登場人物が加わり、戦いは次のステージへと進むのです。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 前回から話がガラリと変わり、妙な展開になって興味深い。作者様の知識がふんだんに詰め込まれていて、なにかと感心させられる。 [一言] もしかしてこのままバトル物に!?っと思わせるが、作者様は…
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