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第十八・最終章「我らの戦いはまだ始まったばかりだ」

 あの戦いからしばらくして。

「ねえねえ悪魔王様―。そういえば別次元から来たミーちゃん達は何十人もいたみたいですけど、次元て、そんなに数があるもんなんですにゃ? 悪魔王様は13次元から来たから、それより高次の所からも来てたんですにゃ?」

(うん? ああ、あれは別次元と呼んでいるが、高次元や低次元の存在という訳ではない。ちゃんと3次元のミーちゃんだよ。5次元まで干渉できるようになると、現在過去未来に加えて「分岐した世界線」の観測と移動ができるようになる。つまり平行宇宙だな。「お前たちが生まれ育ったこの宇宙」という「箱」以外にも、沢山の「宇宙という箱」があるとイメージすると分かりやすいかな。正確に表現するなら「別の3次元」から来たミーちゃんだったのだ。だから神や悪魔が使うような時間干渉や空間跳躍は基本的にできない。あの時は別次元の神々や悪魔が協力したからできたのだ)

「なるほど! ……ああ、じゃあもうミーちゃん達に気軽に会えるとかできないんですにゃー。ちょっと残念ですにゃ。もっとお話ししておけば良かったですにゃ」

 薄暗い室内でお二人がそのように談笑していたのですが、ここで会話に割り込んできた人がいました。かつてトナカイ教団四天王の、破壊のダンサーと呼ばれた男です。

「いや崇拝子ちゃん。君がとても好奇心旺盛で、とりあえず思った事を何でも質問して知ろうとする事はとても素晴らしい性格だと思うんだが、時と場合は考えようと助言させてもらうぜ。『面会時間は限りがあるんだ』から、そこはマジで注意してくれ」

 ここはとある拘置所の面会室でした。

 畳二畳程度の部屋が、間にアクリル板を挟んで合体したような構造の部屋です。アクリル板には声を通す為の穴があいているのですが、アクリル板は一枚ではなく二枚使われており、ぞれぞれの板に空いている穴はバラバラです。面会の時に、こっそり丸めた紙幣や針などを、穴を通して受け渡しさせたりしない為の工夫なのです。もしかしたら崇拝子ちゃんは、この沢山の穴を見て、先程の質問を連想したのかもしれません。

 ダンサーは少し前に行われた選挙において、無所属で初参加ながら人々からの評判も良く、順調に目標に近づいていると思われていました。

 公務員を厳しく監視するという事がいかに国民のメリットに繋がるかと、自らの政策の素晴らしさを熱心に伝え歩き、支持者を増やしていったのですが、教団が行っている経済困窮者への炊き出しボランティアの視察の最中に、うっかり丼を渡しながら「よろしくお願いします」と言った場面をメディアにすっぱぬかれてしまい、これを賄賂の公職選挙法違反だとして扱われたのです。

 ああ何という事でしょう。崇拝子ちゃんは「またしても失敗してしまった」のです。

 崇拝子ちゃんがプレゼンした選挙への参加が、ダンサーを犯罪者とする原因になってしまいました。

「あちきとしてもダンサーさんがそこまで頭残念だとは思ってなかったですにゃ。え。ちょっとまって下さいにゃ。これあちきが駄目なんですにゃ?」

「だいたい、悪魔王が政治関係は助言してくれる約束だっただろう。あれはどうなったんだ」

(確かに約束したが、あのプレゼンは崇拝子の立ち上げたものだ。責任は崇拝子にある。内容が内容なので、不足する知識については質問されれば何でも答える気でいたぞ。だが汝は「質問しなかった」ではないか)

 きっと、そもそもやっていけない事だとすら認識していなかったので質問できなかったのですね。可哀そうに。

「ええ!? 失敗してもいいって言ったのは、悪魔王様が責任取ってくれるって意味ではなかったのですにゃあ」

(失敗してもいいさ。我はお前を許すぞ崇拝子。では次のステップだ。このような場合にどうやってクライアントに対して誠意を示して納得してもらうか、経験を積んで帰るのだ)

 これからダンサーには裁判という、ある意味で神魔戦争よりも難しくて恐ろしい戦いが待っています。日本の検察には起訴した人間の99%を有罪にできるノウハウがあります。すでに裁判の経験値を積んだ澁谷さんや、業界柄、裁判に詳しくならざるを得なかったブリクセンも知恵を貸し、ドンナーも警察関係者の知り合いに働きかけてくれているそうです。

 そんなドンナーですが、残虐超神を討伐してからしばらく、忙しい日が続きました。

 かつて崇拝子ちゃん姉妹が巻き込まれた事件の時のように、多くの人々に記憶された事件について隠ぺいする作戦に参加したのです。

 これにはダッシャーや、元神官戦士の山田やフェニックスも動員され活躍しました。

 神魔合同で連携し人々の記憶を改ざんするのですが、中には魂の力が強すぎて、ダンサーのように悪魔王様に匹敵するような能力者もいたのです。

 そういった強敵を相手に遠距離から攻撃し、一時的に自立行動を不能にして誘導する為に、ドンナーの権能は制限を解除されました。こういう時の為の非殺傷型の能力です。

 さてダッシャーはと言いますと。そうして集められた人々に事件と全く同じ夢を何度も見せて、最終的に全部夢だったと誤認させるのがお仕事でした。お金も貰えるのでとてもはりきっていたようです。

 不意を突いてとはいえ、パワードスーツを身に着けたブリクセンを一撃で昏倒させる程のフィジカルを持つ山田も、その山田と互角に戦えるミーちゃんを追い詰めたフェニックスも、この一件における減刑を条件に奮闘しました。殆ど捨て駒のような扱いで死ぬような思いをしたそうですが今も元気に生きています。

 死ぬような思いと言えば、キューピッドの権能で蘇生された別次元のルドルフですが、一酸化炭素中毒による後遺症が残り、満足に歩く事もできない状態となりました。やはり恐ろしい攻撃だったのです。皆様におかれましても、安易に練炭自殺なぞ試みないように気を付けて下さい。死の淵から戻った場合に、とんでもない地獄がまっています。

 しかし、彼は戦いの経緯を大きく反省し、今では反戦を呼びかける運動に熱心だそうです。神の為に戦って死ぬなぞとかっこいい事をのたまっても、かっこよく死ねる人間なんか少ないのだ。自分の判断で自分が不幸になるのならいざしらず、誰かを不幸にする可能性を肯定的にとらえるべきではない。と、毎日不自由な体で世間に伝えています。これが一定の成果を出したあかつきには、悪魔契約に基づき、彼の肉体の全快が約束されています。ルドルフは別次元のルドルフの活動を支えて、ともに頑張っています。しかしこのように恐ろしい攻撃の犠牲に自分もなるかもしれなかったので「プランサー。テメエは許さん」と、強く念を飛ばす事を忘れた日はありません。

 そのプランサーですが、一度は教団を抜けたものの、事件のどさくさに紛れてトナカイ教団の教祖がどこかへ逃げてしまったので、その手腕を買われて復帰しました。

 彼女もまた深く反省していました。やはり他人の不幸を利用して甘い蜜を吸うようなやり方はよくないと。「これからは誰も不幸にせず甘い蜜だけを吸いにいく時代だ」と思ったのです。

 最初は変更点を少なく、徐々に大きくトナカイ教団の教義や活動内容を変えていき、最後には完全に別物の団体として組織されました。

 畑の管理や作物の販売、流通について学び、インターネットを使った宣伝、動画活動の要点を学び、音楽や演劇など芸術の基礎、健康づくりや工作や料理、もちろんボランティア活動も、様々な文化を学ぶ事のできる「カルチャースクール」となったのです。

 幸いな事に、それらを教える人材はすでに揃っていました。

 トナカイ教団はそうして事実上解体され、やがて人々の記憶からも忘れられていったのです。

 なお、あの戦いの後で最も心情に変化があったのはヴィクセンかもしれません。

 一度は諦めていた歌手になるという夢が、歌いたいという情熱が戻ったのです。

 性風俗で働くかたわら、ギターの練習を再開しました。

 戦いを通して、世間には自分の知らない不幸に苦しんでいる人が沢山いる事を意識した彼女は、そんな人たちにメッセージを届けたいと思ったのです。歌で人を励ますなんて傲慢な事は言いません。彼女はただ「一人で悩まないで」「ここにあなたの言葉を聞く人がいるから」と伝えたかったのです。夢を諦める事の寂しさも、悔しさも、理由も、諦めた先にある虚しさも、諦めない事で続く苦しみも、何一つ隠さない、正直な気持ちを歌にしました。

 それは元トナカイ教団の人達の協力を得て動画となり世界中に発信され、なんとヒットしたのです。

 その歌は、かつてキューピッドと呼ばれた女性が書いた小説のアニメ版の主題歌として起用されました。

 このアニメ出演者オーディションをきっかけに、ドンナーは自衛官を辞めて役者となりました。まだこの一本しかレギュラー作品がないので生活は苦しいのですが、プランサーの経営するスクールの講師バイトを兼業しながら頑張っています。

 さてそのアニメの肝心のストーリーですが、それは、緑色をした髪を持つ猫耳少女が、上司に叱咤激励されながら成長し、おもしろおかしい仲間とともに、やがて大きな困難を解決する。そんなお話でした。

 その物語における少女の決め台詞は次の通りです。

「それじゃあ! 明日も元気にぃぃぃぃ、悪魔崇拝にゃー!」


 ぶつん。


 電源が落とされた真っ黒な画面のテレビは、鏡のように部屋の様子を映しています。

 部屋には二人の少女がいました。

 暗い画面越しに見てもわかる、美しい金髪をもった二人の少女です。

 どうやら二人は姉妹のようです。

「あー。今週も『この爆』は面白かったにゃあー!」

 女の子の一人、髪をツーテールにした子が言いました。アニメの影響なのでしょうか、登場人物の口癖を真似している姿がとっても可愛いですね。

 もう一人がその感想に反応して言います。

「え。お姉ちゃん、これ『この爆』って略すの? 『悪魔コメディ』じゃないの?」

「え。わかんないですにゃ。このアニメ見てる人が学校にもいないからあちきは勝手にそう言ってたけど、悪魔コメディが世間的には正しいのですにゃ?」

「え。ううん。わかんない。このアニメとは別のビッグタイトルに引っかかりそうな気がしたから勢いでつっこんだけど、でもお姉ちゃんがそれで言いやすいんなら、それでいいんじゃないかな」

 妹さんは正直、興味がなさそうに答えます。

 大好きなお姉ちゃんが好きなアニメだから、お姉ちゃんが喜んでいるのを見るのが楽しいので一緒に見ていましたが、この、元宗教団体の幹部が書いたという小説を原作にしたアニメ自体には「なぜだか強い忌避感がある」ので視聴に身が入らないのです。

 そもそも世界観が気に入らない。

 人の迷惑を考えずにゴミを捨てるような人間や、そんな人間にもへつらって対応しないといけない商業施設や、高い税金を取るのに経済困窮者を援助しないどころか段階的な救済措置すらない国や、その高い税金を払うのが当然だと子供の頃から教育する大人や、選挙のシステムを義務教育の段階で伝えない制度や、人の不安を煽るだけ煽ってやっている事が子供だましの思想の押し付けなのにそれを疑わない脳が子供のままという人間だらけの社会という舞台設定なんて、「そんな馬鹿な世界観があってたまるか」と思っているのです。

 何より「姉が大好きだという設定の別次元の妹」が、大量に召喚されたにもかかわらず、殆ど姉と交流しないまま敵と戦うだけで終わって帰ってしまう演出に納得がいきません。

 別次元から召喚されたのだから、それこそ色々な世界観で違う人生を歩んだ妹の、それぞれ違う「姉への愛」を表現すべきでは? 例えば、澁谷とかいう神の手先が神剣で切られるシーンとか。


 彼女は血走った目で言いました。

「ざっけんなよクソ神があ! お姉ちゃんといちゃいちゃラブラブ食べたり食べられたりできる無限ループ夢空間を提供してくれるっつうから協力したのによお。よりにもよってお姉ちゃんと戦えたあどういう了見だこらあ!」

「にゃあ。あの娘は何を言ってるのですかにゃ悪魔王様」

「世界には様々な嗜好がある。次元を超えているのだからそれはもう本当に様々な嗜好があってしかるべきだ崇拝子」

「のー? 神よ。それで手駒は終わりか? いきなりフレンドリーファイヤかまして裏切る気満々に見えるそこの少女で万策尽きたのか? ……妾が言うのもアレじゃが、こう、不憫じゃのー」

「ふ。所詮は新参の神。まだまだ人という存在への理解が足りないようですね」

「左様。おおかた、特殊な性癖の娘であったから、姉妹で切り結ぶくらいやってくれるだろうと、その程度の認識だったのではないでしょうか」

(くそう。くそう。くそう。くそう。こうなれば。こうなればあ!)

 もはや神と言うよりはその辺のチンピラのような事を口走り始めた神。


 みたいなシーンを入れるくらいしてくれてもいいのではないだろうか?

 と。そのように思っていました。

 お待ちなさい。妹さん。もしかしたら作者は入れようとしていたのかもしれません。ただ尺の問題であるとか、その後の展開をテンポよく進める為に、泣く泣く削ったエピソードなのかもしれませんよ。

 妹さんは、「よし。いつか同人誌とかでそういうのがないか探してみよう。無ければ書くのもいいかもしれない。そうすればお姉ちゃんも妹への愛に目覚めるかもしれない。好きなアニメの同人誌なら読んでくれる可能性は大いにある。あれ。もしかしてこれナイスアイデアなのでは? 次からはちゃんとアニメを見るようにしよう」と、想像を膨らませています。何がきっかけで視聴のモチベーションになるかは、本当に人それぞれですね。

 髪がツーテールのお姉ちゃんは、何が理由で興味なさそうにアニメを見ていた妹が瞳を輝かせ始めたのかよく分からなかったのですが、最愛の妹が幸せそうなら、何が理由でも別にいいかと納得しました。

 これは、崇拝子ちゃんたちが戦った次元とは違う場所での物語。

 何か小さな違いで、何か小さな違いが重なって、争いの絶えない世界とは違う、仲の良い姉妹がいつまでも仲良く暮らせていける世界があったのかもしれません。そのような、どこかの誰かの祈りが実現したかのような、夢のような世界のお話です。

 ではここで「この爆」だとか「悪魔コメディ」だとか略されているアニメの主題歌の、その一部をお届けしましょう。


「一人きりで歩いた道。振り返って暗がりに目をこらす」

「気づかなかった、足跡が、一つじゃない、増えていた」

「隣には誰もいなかったけど、ついてきてくれる人がいたんだね」

「ねえ見える? 増えた足跡に、集まる人がまだいるよ」

「あなたの背中を追う人を、追う人が続いていくんだよ」

「無駄だって言われたけど。そうじゃなかった」

「誰かの先を行く事に胸を張っていけばいい」

「逃げたいなら逃げればいい」

「行きたいなら行けばいい」

「自分で選べない事こそが敗北。誰かに決められる事こそが敗北」

「自由とはそういう事」

「あなたを縛る鎖の重さが、いつかあなたを潰したとしても」

「それでも前に進むあなたに、憧れる人がきっといる」

「へたれるあなたを笑う声が、どんなに大きなものだろうと」

「もっと大きな声で言ってやろう」

「やかましい! そこを通せ!」

「もっと大きな声で言ってやろう」

「お前が嫌いだ! お前の言い分なんか知った事か!」

「やってやる! 必ずやってやる! いくぜ、さあ! 世界を救いに……」


 世界的にヒットしたアニメの主題歌を口ずさみながら、かつてトナカイ教団の本部と呼ばれた建物の屋上で風に当たりつつ、地上の広場で様々な習い事を受ける人々の姿を眺めている女性がおりました。

 彼女は仮面を身に着けており、表情はうかがえません。

 かつて奇跡のキューピッドと呼ばれた女傑、ミセスクインです。

 彼女はそっと呟きます。

「さあ、世界を救いに行こうか」

「まて」

 彼女が言葉と共に歩き出そうとした所を、呼び止める男がおりました。

 それは筋肉凄まじき、ふんどしのみを身に着けた男でした。

「おやこれは意外。なにか御用ですか。コメット」

「間違っているなら笑ってくれていい。お前さん、もしかしてこのままどこかに、いなくなるつもりなんじゃないか?」

 ミセスクインは正直に答えました。

「私は、害悪を振り撒く存在『ガイアァク』という組織を追って旅をする戦士。この世界にも奴らが関わっていました。SDGSとの戦いで現れた『オーバーバーカー』が証明です。残虐超神を打倒した事で奴らの戦力を大きく削ぐことが出来ましたが、まだ決定打とはなりません。私の戦いはまだ終わってはいないのです」

「それに俺も連れて行ってくれ」

「なんですって?」

「もともと俺が教団に所属していたのは、この体を世の為、人の為に使いたかったからだ。その為なら場所なんかどこでも良かった。だが教団が不当な事をしているのにも気づかずに、崇拝子ちゃんや悪魔王と戦うような愚を犯してしまった。修業不足を痛感したよ。だからお前さんの戦いについていきたい。見分を広げたいんだ」

 ミセスクインは少し戸惑いつつも、やがて、ふっと笑ったような雰囲気をともなって答えます。

「あなたは本当に『どこででも変わらない』のですね」

「え?」

 コメットにはその言葉の意味がよく分かりませんでした。

「あちらの次元のコメットも、きっと同じような反省に至るのでしょうね。……ああすみません、話がずれていますね。ではコメット。あなたは『この次元に居たミセスクイン』を手助けしてあげて下さい。悪魔王様の暗示が解けた事で、彼女もいずれ本来の戦いに戻る事でしょう。しばらくは小説の仕事を完遂する事に注力するでしょうが、敵が放っておく筈もありません。その筋肉で守ってあげてください」

 ミセスクインは(きびす)を返し、今度こそという気持ちで歩みだします。

「まてミセス! というかお前さん、別次元のミセスだったのか。いや、そうじゃない。俺はお前と……!」

 ミセスクインは屋上の手すりに乗り上げると、勢いをつけてジャンプします。その先の建物の壁を蹴って勢いの方向を変え、でっぱりに指をかけて体を持ち上げ、建物の屋上に向かって転がるような動きで移動しました。パルクールと呼ばれる移動技術の応用です。

 パルクールの発祥はフランスと言われ、体のみを使って障害を乗り越え、あらゆる場所を踏破するスポーツです。近年人気を高めており、教えてくれる教室も増えているそうなので、興味がある方は新しい趣味の習い事として検討してはいかがでしょう。

「あいつ、あんな動きもできたのか」

 コメットは動揺しつつもなお追いかけようとします。

 ミセスクインは移動しながらコメットに向かって言いました。それは、走りながらであるのに全くぶれる事のない声で、遠くからでもよく通る、実力派の声優のような発声でした。

「ああ、そういえばトナカイ教団は解体されたのに、いつまでも筋肉のコメットではおかしいですね」

「なんだー! こんな時にー!」

「あなたに名を与えましょう。名はとても大事です。あなたは今日より『忍者戦士シャドウ』を名乗りなさい。あなたは目立ち過ぎますから、それくらいの意識でいたほうが丁度よいでしょう」

「全く意味がわからんぞー!!」

 シャドウは大きな声で答えますが、その声が建物に反響して返ってくる頃には、もうミセスクインの姿は見えなくなっていました。

 シャドウも一個隣の建物へ飛び移る程度まではなんとか出来ましたが、そこから先は建物の高さや構造の問題から、飛び移る難易度が変わり、落ちたらただではすまないという恐怖から行動に至れませんでした。

 すでに教団は解体されており、それゆえに、トナカイ教団信者に限定されていたキューピッドの蘇生の権能は使えなくなっているのです。

「……なるほど。これからは権能に頼った戦いはできない。自分の身一つで出来る事を底上げしていかなければならない。そういう意味か。だから忍者なんだな? 今のお前のように、素早く身を隠し、相手を一方的に観察し、必要なら逃げる。戦うか戦わないか、相手に選ばされるのではなく、自分で選ぶ立場に常に身を置く。そういう事を念頭におけと。そういう事なんだな」

 こうして彼は、この次元におけるミセスクインの守り手。筋肉自慢の忍者戦士シャドウとなったのです。


 さて一方その頃。

 重傷を負った等の理由がない別次元のトナカイ教団の戦士を、無事、元の次元へ送還するお仕事を完了した悪魔王様と崇拝子ちゃん。

 仕事熱心なお二方は、ダイエット中なのにステーキハウスに入ってお肉を食べるかどうか悩んでいる30代の男性に悪魔ウィスパーで囁いておられました。

(ユー。タベチャイナヨ)

 悪魔ウィスパーなんて名前ですが、やっている事は普段の頭の中に直接響く声でした。

 崇拝子ちゃんが疑問に思って違いを質問した所、エコーとかの効果をつけるのが少しだけ簡単なのだ、とのことです。

「これが噂に聞く悪魔の囁きか!? だが負けはせん。負けはせんぞお! 必ずこの誘惑に勝って、スマートボディを手に入れるのだあ!」

(ほう。今どき珍しい強い意思を持った男だ。見上げたものだな)

「悪魔王様―、なんだか虐めてるみたいで心が痛いですにゃー」

(よく見ておけ崇拝子。前提認識を欠いた者を説得するには、まさにその前提認識を改めさせる事が重要だ)

「前提認識だと? 一体どんな前提を欠いていると言うんだ!」

(汝、そのダイエットを始めてからどれくらい経つ?)

「ふ。何を藪から棒に。今日で丁度、一か月だ」

(それまでずっと一日の接種カロリーを制限して暮らしていたのだな?)

「そうだとも。聞いて驚け、毎日1200キロカロリー以内に抑えた健康食の毎日だ。そして毎日の有酸素運動としてウォーキングを欠かさない。これで5キロ落としたんだぞ。このまま10キロ落とすのが目標なんだ。邪魔をするな!」

(汝、「体組成計」は持っておるか?)

「なんだと?」

(体組成計である。体重だけでなく、体脂肪率や筋肉の割合も計測できる機械だよ)

「いや、もっていないが」

(ぬうん! 悪魔メーター!)

「悪魔王様。これは!? ですにゃあ」

 悪魔王様のお言葉と共に、男性の足元に体重計のようなデザインの物が出現します。

(悪魔メーターはあらゆるデータを赤裸々に暴く悪魔のメーター。知りたい体の組成のみならず、知りたくなかった病気の有無や性癖まで教えてくれるのだ)

「それが本当だったら見ず知らずの女の子の前で乗れる訳ないだろ。マイナンバー制度で個人情報の扱いが雑になった現代でさえ危険だと分かるわ!」

(安心するといい。今回は市販されている体組成計と同等の計測しかできないように設定した。さあ、これまでの自分の努力が正しいものだと自信があるのなら乗るがいい)

「……く、悪魔めえ!」

 話の流れから、男性は悪魔王様が何を言わんとしているか察したようでした。

 哀れ。男性の体重は確かに減っていましたが、体脂肪率は高い数値であるのに、筋肉量は平均以下でした。

(やはりな。汝、体重が減ったと言ったが、恐らく「筋肉も減っている」ぞ)

「なんだって!? 何を根拠に」

(まず汝ほどの年代の男であれば、基礎代謝だけで一日1500キロカロリーを消費する。これに加えて日々の労働、ウォーキングの熱量を加えると、一日1200キロカロリーの食事では疲労を回復する為のエネルギーが足りない)

「だ、だからそれは、貯えられた脂肪を分解してエネルギーにするんだろ?」

(人間の脂肪が燃焼するには、心拍を最大心拍数の60%程度まで上昇させた運動が必要だ。「話をしながらだとちょっとしんどいかな」程度の運動強度だな。だからウォーキングは理にかなっている)

「ほらみろ」

(だが平時においては「エネルギーが不足した場合に先に分解されるのは筋肉」のほうだ。食事のみで体重を落とすとすぐにリバウンドするのは、エネルギーの不足から筋肉が分解され、筋肉が減った事で体重が減り、その減った体重を見て安心し、食事を元に戻した事で、筋肉が減った事で基礎代謝が減った肉体はエネルギーの余りを脂肪に変えてしまうからである)

「悪魔王様はダイエットもプロ級でしたにゃあ!?」

「ばかな!? 俺のダイエットは間違っていたのか」

(しかもウォーキングを毎日おこなっていたな。それもいけない)

「どうしてだ。脂肪を燃焼するのに効果的なんだろう?」

(毎日、長い距離を歩くと持久力がつくよな?)

「ああそうだな」

(持久力がつくという事は、少ないエネルギーでより長い距離を行動できるという事だ)

「うん? そうだな」

(つまり、それまでと同じエネルギーを消費しようとしたら、より長い距離を使って運動する必要が出てくるという事だ)

「なんだってえ!?」

(週に1~2回程度ならともかく、毎日やると脂肪はどんどん「燃焼されにくくなっていく」から注意が必要である)

「なんてこった。俺はずっと間違っていたのか!?」

 男は今にも泣きそうな顔で地面に手をつきました。

(まあそう悲観するでない。ダイエット目的であれば汝の行動は間違いだが、日々運動する習慣そのものは健康作りとして間違いではない。次からは目的にそった行動をできるよう勉強に励むのだぞ。さて、では話を戻すが……)

 悪魔王様は一呼吸の間をおいて言いました。

(ユー。タベチャイナヨ)

「そこに戻ってくるのか!?」

(汝の体は今、カロリーを欲している。持久力を司る遅筋の割合が増えたが、瞬発的なパワーを担当する速筋が回復できていないのだ。筋肉量を増やせば自然と基礎代謝も増える。食事の量を変えずとも、ただ生きているだけでカロリーを消費する夢のようなボディを手に入れたくはないか?)

「て、手に入れたい!」

(ならば先ずは食うがいい。明日からはこの悪魔王が監修したダイエット用トレーニングメニューを用いて鍛え治す。神と戦う悪魔の軍団のトレーニングメニューだ。その為に万全の状態となれ。食って寝るのだ。筋肉を回復させろ!)

「サー! イエッサー!」

 男はなぜか敬礼して美しい動作で反転し、ステーキハウスに入っていきました。

「ねえねえ悪魔王様―。普通、生き物ってただ生きてるだけでカロリーを使うものではないのですにゃ?」

(揚げ足を取るでない崇拝子。こういう時は文脈で理解するのだ。今の場合は余計な脂肪に変わるカロリーを指している。あの者に速やかに食事をさせる為に、あの者が理解しやすいように言ったまでよ)

「あら、お姉ちゃんに悪魔王じゃない。こんな所で奇遇ね」

 通りがかったミーちゃんが声をかけてきました。

「あ。ミーちゃんにゃ。こんにちはにゃー」

(息災であったかミーちゃ……むう!?)

 悪魔王様はミーちゃんから、いえ、ミーちゃんの背後から感じられる「神の気」に対し、崇拝子ちゃんに警戒を促しました。

 崇拝子ちゃんもミーちゃんもこれに即応し、臨戦態勢となります。

 崇拝子ちゃんの手に悪魔シールドが出現し、ミーちゃんはトナカイの構えを取り、悪魔王様はいつでも受肉できるように備えます。

 さて、そうしてミーちゃんの背後に潜んでいた何者かとは?

「あ。コンビニで迷惑行為をしてたおばはんですにゃ」

 それは悪魔王様より仮称バッハと呼ばれていた女性でした。

「くくくく。流石は残虐超神を倒しただけの事はあるな。よくぞ気づいた」

(馬鹿な……以前に観測した時は間違いなくただの一般人だった筈。なぜ汝から神の気が感じられる……まさか!? 神になったつもりの妄想が高じて、この短期間に神格を得る偉業を成したとでもいうのか)

 悪魔王様は恐ろしい可能性に思い至りました。人の身に生まれながら神格化した者として、日本では東郷平八郎や菅原道真が有名でしょうか。もしバッハがそうだとしたら大変です。強敵となりそうな予感があります。

「悪魔王様」

(なんだ)

「おかしいですにゃ。残虐超神を倒したのは唯一必死祈願とミーちゃん連合の筈ですにゃ。正しい情報が行き渡っていないですにゃ」

(そこは今どうでもいい! ダンサーに言われた事を反省しておらんのか。時と場合を考えろ!)

 流石に崇拝子ちゃんはしゅんとなってしまいました。

 大丈夫ですよ、崇拝子ちゃん。失敗を繰り返して人は成長するのです。明日のあなたはきっと、もっと素敵なあなたになっている事でしょう。

「ふ。分らないのも無理はない。我は、14次元の神!」

(な!?)

 悪魔王様よりも高次元の神!?

「絶望したか悪魔王よ! ツエラごとき倒した程度でいい気になっているからこうなるのだ。我が来たからには汝の敗北は必至。手始めに、そこの金髪の娘を我が新たなる依り代としてくれるわ!」

「ぐ!? あ、ああああああああああああああああああああ!!」

 ミーちゃんは何度、神に狙われればいいのでしょう。

 ミーちゃんの体が謎の光に包まれ、髪が風に吹き上げられたように乱れ、苦しそうな声が響きました。

 当然、これに崇拝子ちゃんが怒ります。

「……てめえ。何やってんです。にゃ」

「……え?」

(馬鹿な事をしたものだな。名も知らぬ神よ)

「我は14次元の神だぞ。恐ろしくはないのか。なぜそんな形相で我を睨む!? ガチで怖いからやめて下さいお願いします」

 14次元の神ですら怯むほどの怒りを表情で示しつつ、崇拝子ちゃんが中指を立てて言いました。

「あちきも結構、学んだんですにゃ。考えてみれば、残虐超神の力を借りているだけのダンサーさんだって悪魔王様と互角に戦えたんですにゃ。どんだけ高次元の存在だろうと、低次元で戦争するからにはその低次元の物理に従うしかないのですにゃ。三次元の人は二次元のイラストを破る事ができるけど、二次元のフィールドで戦うのなら、クオリティだとか、認知度だとか、そういうので勝負するような感覚ですかにゃ」

(その通りだ崇拝子。我が普段から行使している力も、物理を逸脱する事はできない。現代人は「この現象の起こし方」や「エネルギーの観測方法」を忘れたが、古代には魔法や魔術と呼ばれ、人間にも扱えた力である)

「だ、だから何だ。我は14次元存在。そこの悪魔王よりも力の扱いには優れて……、ひ!?」

「さっきから数字の大きさでしか優位をアピールできてないですにゃ? 人間だってピンキリですにゃ。ゲームを作るのは人間だけど、作られた側のAIに、作る側の人間がボコボコにされるのなんかよくある事ですにゃ。『つまりそういう事』ですにゃ」

(やれやれ。敵の情報を集める為に狼狽したふりまでしたというのに、崇拝子が思いのほか怒り狂ったので予定がずれた時は困ったものだが、どうやらそれも要らぬ心配だったようだな。このやりとりを見れば、名も知らぬ神よ、汝の程度はだいたい分かった)

「く、どこまでも馬鹿にしてえ!!」

 名も知らぬ神は、ミーちゃんの体を乗っ取る為の最後の一押しをしようと念を強め、全身を力ませました。

 しかし、崇拝子ちゃんは即座に悪魔シールドで神を殴りつけ、その集中を削ぎます。

「が!?」

 たまらず呻く神。反射的に目をつむりました。そして目を開けた時には、崇拝子ちゃんは攻撃の動作に入っており、これを回避する事は出来なかったのです。

「悪魔! ランチャー!! っっっっにゃあああああああああああああああああああああ!!」

 悪魔ランチャーは生殺自在。人間であるバッハの肉体は一切傷つけずに、神の存在のみを攻撃します。

 こうして、悪魔王様と崇拝子ちゃんの前に現れた新たなる敵は消滅しました。

「……悪魔王様、これからはあんなのが次から次へと来ちゃうんですにゃ?」

(可能性はある。更なる高次元存在からの侵攻となると、今回のように感知する事が困難になるやもしれぬな。より気を引き締めねばなるまい)

「う。ううん」

「ミーちゃん。気が付きましたにゃ」

「ありがとお姉ちゃん。えへへ。また助けられちゃったね」

「安心するですにゃ。これからも何度だって助けますにゃ。頑張って働いて、悪魔力を蓄えて、美味しいもの食べて、健康で万全に備えて、ミーちゃんを苦しめる奴はぶっ飛ばしてやるですにゃ!」

(うむ。励むがいい崇拝子よ)

 崇拝子ちゃんはこれからも幾多の戦いを越えていくのでしょう。その長い旅路はまだ始まったばかり。その未来に思いをはせ、天に向かって拳をつきあげ言いました。

「それじゃあ! 明日も元気にぃぃぃぃ、悪魔崇拝にゃー!」

 そして。

「う。ううん」

 ミーちゃんとは違う呻き声と共に起き上がるのはバッハです。

 バッハは崇拝子ちゃんを睨みつけて言いました。

「ちょっとあんた。あんたでしょ。私を何か硬いもので殴ったの」

 朧気ながらバッハは神に乗っ取られていた時の記憶が残っているようでした。

「許さないわよ。訴えてやるからね。法治国家の厳しさを教えてやるわこの不良娘!」

「え。えええええええええええええええ!? 嘘でしょにゃあ。あちきはむしろ、神の呪縛から助けてあげたのにですにゃ」

「何わけのわからない事言ってるの! 神だとか、そんな事言ってれば何でも誤魔化せると思ってるの? ちょっと待ってなさい。今、警察呼んでやるから」

 バッハは携帯電話を操作します。

(まずいぞ崇拝子。ややこしい事になった。走れ!)

「ここは任せてお姉ちゃん」

「あ。こら。何すんの金髪の不良娘。あんた緑の仲間なの!」

 崇拝子ちゃんは全力で走ります。事情はどうあれ、悪魔シールドで殴りつけたのは事実ですから、その動作がどこかの監視カメラで録画されていたら崇拝子ちゃんに不利です。いざとなれば悪魔力で事件の記録を改ざんする事も可能でしょうが、このまま警官に現行犯で逮捕されるのは避けるのが得策でしょう。崇拝子ちゃんが言っています通り、崇拝子ちゃんはむしろバッハを助ける行動をしましたが、それが通じるパターンばかりではないのです。先ほどの男性のように、知恵者の言葉に耳を傾け反省する事の出来る人間も居れば、一度敵と認識したなら何があろうと敵だと言い続けるような人も居ます。そしてそれは外見では殆ど判断できません。話してみるまで分からない事なのです。人外が人間社会で生きるとはかくも難しいものなのです。

 走れ、崇拝子ちゃん。負けるな、崇拝子ちゃん。いつか戦いが終わるその日まで。次元は36次元くらいまであるらしいですよ。

「にゃー! やっぱり人間は悪魔よりも恐ろしいのにゃー!」


 もしもこれがアニメなら、遠くに走り去る崇拝子ちゃんの姿が段々小さくなり、画面が端から暗くなり、画面左上あたりに窓のような白い円が表示され、崇拝子ちゃんの顔が映し出されるでしょう。そして困ったような顔でこう言うのです。

「とほほ~。にゃあ」


ここまで読んで下さり誠に有難う御座います。

リアルの知人には既に伝えてある事なのですが、この物語は黒煙のルドルフが出てきたあたりで「当初のプロットを大きく逸脱して」おります(笑)

修正がめちゃ大変でした。

予定ではミーちゃんと崇拝子ちゃんが、どちらが多くの人々の願いに寄り添って悩みを解決するか勝負していく、みたいな内容で、最後は姉妹で揃って神を倒す「魔法少女ネタみたいな話」だったのですが「どうしてこうなった」と筆者自身が思っております。

これがキャラクターが勝手に動き出すと言う現象なのですね。あるいは高次元の神が働きかけてきたのでしょうか。

前作「ミセスクイン物語」から微妙に続いているようで続いていないようで、やっぱり続いているような雰囲気の今作ですが「前作も読み返すと新たな発見があるかもですよ」にこ。

この物語を読んで一人でも多くの人に神と戦う気付きを持ってもらえたなら幸いに御座います。

では、明日も元気にぃぃぃぃ! 悪魔崇拝にゃー!

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