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第十六章「最弱の天使。その名は黒煙のルドルフ」

 悪魔通信によって唯一必死祈願たちが神を打倒した事が伝えられ、悪魔王様が控える対策本陣は、歓喜と安堵に包まれました。

 神の手下として現れたミーちゃんはその場に座り込み、泣き始めました。

「ごめんなさいお姉ちゃん。ごめんなさい…」

 伏兵を警戒して残ったミーちゃん連合の何人かは、その悲しみを理解しました。

 急激に上がった熱が、同じくらいの速度で冷めていきます。

 神の手下であったミーちゃんは、かつての戦いで神剣により別次元の悪魔王様を滅しました。

 それゆえに、実際には悪魔王様は彼女自身や姉を救う為に行動した事、そして姉は妹である自分を救う為に行動した事、そして自分は、それらを台無したのだという事に気づくのに、長い時間を必要としたのです。

 これまで彼女は沢山の悪魔や悪魔の眷属を神剣で滅し続けました。その中には、消費税増税に反対する者や、感染症を理由にした人権制限に反対する者、国民を番号管理する事に反対する者、資産凍結の危険性を訴える者、戦争美化に反対する者などが含まれました。すると、法人税減税で喜ぶ者や、薬剤の製作販売に関わる者、漏洩した個人番号から他人になりすます者、経済弱者を食い物にする詐欺師、戦争を美化する危険な者が喜び、旨味を得て、一気に増えた活動資金を背景に勢力を増し、彼女が元居た次元では、ついに民族一つが丸ごと潰れる事態が引き起こされたのです。

 そうなってようやく彼女は気づきました。「疑う事は大切な事だった」のだと。

 神はきちんと約束を守り、悪魔の手から姉を守ってくれましたが、戦争が始まって物資が高騰し、増税され、感染対策をしなければ買い物すらできない制限の中で、正規の治験を満了していない特例承認された薬剤でも接種しなければならない、そもそも元あった資産が失われた上に国から動向を監視される社会からは守ってくれませんでした。

 そうして、絶望に打ちひしがれていた時に、この次元へ召喚され姉と戦う事になり、ついに感情が爆発して澁谷を切ったのです。

 あれ?もしかして澁谷さん、とばっちり…い、いえ、深く考えてはいけません。結果として彼女は正しい事をしたのです。いかなる事情があったにせよ、神に与した澁谷は断罪される運命、敗北する運命にあったと言えるでしょう。

 さて、そんな澁谷さんですが、どうやら動脈などの急所はそれていたらしく、命に別状はないようでした。

 ミセスクインが応急処置をして止血まで完了しています。

 今ではもう立ち上がって剣を構える事ができるくらい元気です。

 そして澁谷は言いました。

「ふざけるなよ。こんな結末は認めん。私は神に与えられた力で世を正すと決めたのだ。ろくな裁判もされず『とりあえず逮捕すれば有罪に出来る』ような世の中を変えるのだ。それまで家族の元にも帰らないと決めた。私は諦めない。諦めてなるものか、あああ!」

 敵ながらその執念はあっぱれ。悪魔王様もいたく感心された様子ですが、澁谷の敵対行動を認める訳にはいきません。

「よしなさい。国際法に基づき治療は行うが、そのまま戦闘を行うのならば容赦は出来ない」

 これは脅しでもブラフでもなく本当です。澁谷にはそれがよく理解できました。人間の警察官でも無抵抗な人間を攻撃できるのです。悪魔であればどのような反撃があるかと警戒します。かつて逮捕される際、「抵抗する意思がなくなったと判断されるまで」いつまでも地面に頭を叩きつけられる経験をした澁谷は、反射的に後ずさりしました。

 その時です。

「お前の考え。よくわかるぞ」

 そんな澁谷に合意する者が現れました。

 これは澁谷にとっても予想外で、声がした方に目を向けます。

 そこには、ようやくこの場に追いついたダンサーたちの姿がありました。

「何を言っているんだダンサー!?」

「神の手先に同調するつもりか?」

 ブリクセンとヴィクセンも慌てています。戦士としての教練を受けた自衛官であるドンナーと、高齢故に人生経験豊富なダッシャーは、何となくこうなる事が分かっていたようで静観していました。

「勘違いするなよ。オレは元々、腐敗した世界を正す力を求めて、この機械の体を手に入れたのだ。残虐超神やその信徒と戦ったのは、なりゆきだ。襲われた事や、崇拝子ちゃんを暗殺する際に、充分な情報が与えられなかった事をきっかけに神に不信感を持った事と、オレが戦う動機は切り離して考えて欲しい。というか、お前達はどうなんだ? 確かに残虐超神は信仰するに値しない神だった。しかし、だからと言ってお前たちのそもそもの目的は変わらないだろう。このまま悪魔王の眷属となって望みが叶うならそうしたらいい。だが、オレの望みは、悪魔王には叶えられないとはっきりしている」

「あ」


「それは出来ん。人々を洗脳し、自由を奪い、魂の輝き無き世界を作る事は、悪魔の王として、断じて出来ん」


 あの戦いの後に聞いた、ダンサーと悪魔王様が交わしたやり取りの事を思い出して、ブリクセンは、まずい事になったと思いました。

 実はドンナーの権能である「侵食する核」がSDGSとの戦いで機能しなかったのは、相手が神官戦士であった事もさることながら、契約先が悪魔王様に変わっていた事が関係しています。これまでのような強力な効果は、厳しく限定された条件下でのみの使用しかできなくなっているのです。

「一時的にでも、神と戦う為に悪魔の力を貸してくれた事には礼を言う。有難う。だが悪魔王、オレの目的は変わらないし、そこの神剣を握った男を、オレは正しいと思う」

 悪魔王様はダンサーを見つめて言いました。

「まるで我との戦いも辞さないと言いたそうな雰囲気だな。わざわざ言葉を挟まずに、不意打ちでもやればいくらか勝機があったものを。なぜ、そんな事を言ったのかね?」

「お前は正々堂々とした男だった。だからオレもそうすべきだと思った」

「そうか」

「それで、どうするんだ?」

「どう、とは?」

「このままオレの機械の体を停止させるか?」

 緊迫した状況。しかし、この場に似つかわしくない可愛らしい女の子の声が、その会話を遮りました。

「パパ!」

「パパだと?」「パパだって?」「パパとな?」等など、一同がそれぞれの反応を示しながら声のする方を見やります。

 そこには、以前崇拝子ちゃんが助けた迷子の少女がおりました。

 神官戦士、澁谷の娘さんです。

 そしてその傍らには黒煙のルドルフがいました。

「ここで汝が出るのかね」

 悪魔王様は、ある意味で最高の好敵手と認める天使を見て、わずかに顔をほころばせました。


 少しだけ昔の話をしましょう。それは、黒煙のルドルフの過去のお話です。

 ルドルフはとても道徳心の強い少年でした。

 強者が弱者を虐げるのを見過ごせず、助け合いの精神を尊び、いつだって他者の為に行動する少年でした。環境汚染や地球温暖化が問題視されている事をテレビで知り、何か自分たち一人一人にできる事は無いだろうかと真剣に考えるような子供です。

 彼が小学六年生の時、全学年合同遠足で登山をした時の事。「来た時よりも山を綺麗にして帰りましょう」と先生に言われて、彼は、それはもう熱心にゴミ拾いを頑張りました。自分達が持ちこんだゴミだけでなく、どこの誰が捨てたのかも分からないゴミを拾う義務なんかあるかと、不満をもらす児童も多い中、彼は率先してゴミを拾いました。六年生である自分は、下級生の模範にならなければという気持ちもあったようです。ゴミ拾いの範囲として指定された山頂の公園の中だけでなく、公道や、その反対側のゴミまで拾いに行ってしまい、先生方の目の届かない所に行ってはいけませんと後で怒られるのですが、しかしその気持ちは立派だと褒められて、彼はとても嬉しかったのです。

 しかし、その遠足の帰り道で、同級生に悪口を言われてしまいます。

「決められた場所も覚えていられない、ゴミ拾いが大好きなゴミ拾いマン!」と、そのように言われて彼は憤慨しました。

「ゴミ拾いの何が悪いんだ!」

「悪いなんて誰も言ってませんけど? ゴミ拾いが好きみたいだからゴミ拾いマンって言っただけですけど? 勝手な感想で怒らないでくれますか?」

 ルドルフは知らなかったのですが、その悪口を言った子供の言い回しは、当時流行していたネットインフルエンサーの言い回しそのままでした。

「他人に勝手な通称をつけて呼ぶな」と言えば、「誰を何と呼ぼうと自由でーす。嫌なら裁判でも何でもすればあ?」などと言われ、終始この調子でルドルフは悪口を言われ続けました。まだ少年のルドルフには裁判のやり方なんか分かりません。いよいよ殴ってやろうかと思ったその時、騒ぎに気づいた先生が近寄ってきました。そして、その時になって悪口を言っていた児童は「ごめん言いすぎた」と笑顔で謝罪したのです。片方が謝罪した姿勢を見せた事で、先生も、これでこの騒ぎは解決したのだなと判断しました。ルドルフにも「こう言ってるんだから許してあげてね」と言い、それが更にルドルフを怒らせるのですが、先生が相手に加わったとなると、さすがに分が悪いと判断するしかありません。

 遠足の帰り道では、それ以降、悪口を言われる事はなかったのですが、その児童と顔を合わせる度にゴミ拾いマンと言われ、それに怒ると相手が謝罪して逃げるという事が卒業まで繰り返されました。

 彼はすっかり人間不信になり、中学校では保健室登校を行い、そのまま中学校を卒業しました。高校生になった彼は、少しだけ社交性を取り戻しました。そんなある日、彼は近所の清掃ボランティアを行っていたコメットと出会います。

 彼はつい声をかけてしまいました。

「あんた。何やってんだ?」

「うん? 見ての通りゴミ拾いだが。何か不可解な事でもあったかな少年?」

 ルドルフはゴミ拾いそのものに疑問を持ったのではなく、ゴミ拾いをしている人物が、筋骨隆々な、ふんどししか身に着けていない男である事に疑問を持ったのですが、なるほど、確かに質問の仕方が悪かったのかなと反省しました。

 ふんどしは水着としても機能するが、基本的には下着のカテゴリーだと思うので、祭りでもないのにこれで街中を歩いて警察に職質されんのだろうかと思いましたが、あまりにも突飛な事で、うまく伝える自信がなく、結果として当たり障りのない話題をふる事にしました。

「ゴミ拾いなんかしたって、何も良い事は無いぞ」

「どうしてそう思うんだ?」

「どうしてって、経験則さ」

 ルドルフは自分の身に起きた事をコメットに伝えました。

「なるほど。それは確かに嫌な経験をしたな少年」

 コメットはゴミ拾いをしながら話を聞き、ルドルフはそれについていきながら話をして、いつの間にか二人は海岸沿いの道に至りました。自販機でコメットが二人分のコーヒーを買い、それを飲みながら休憩しつつ、お互いに海を眺めながら話を続けます。

「仮に、神がいたとして、その対となる悪魔がいるのなら、どうやって善なる者を陥れると思う?」

「宗教の話か?」

「まあ宗教の話だが、君の考えでいいよ。悪魔はどうやって善なる者を陥れるのかな?」

「誘惑をするんじゃないのか? 気持ちのいい事や、楽な選択肢を提示して、人が正しい行いをするよりも、堕落した方が得だと感じるように仕向けるんじゃないのか?」

「そうだな。そういうのもいる。だが時々、君のように、楽な事や、気もちのいい事になびかずに、率先して模範的な行動を取る者もいる。君みたいなのを相手に、楽な提案や、快楽の提供など、殆ど効果はないだろう。すると、悪魔は次にどう出るかな?」

 ルドルフは、何となくこの筋肉質な男が言いたい事が分かりました。

「…心を折る。のか?」

「そうだ。悪魔の提案に乗らないのなら、善なる行動をしないように、その行いが無駄で無価値でただの徒労だと思うように仕向ける。選挙に行くのが無意味だと誰もが思って、本当に誰も選挙に行かなくなったら、組織票を持っている党の独裁が実現するように。人が諦めるというのは、悪魔にとって都合がいいのさ」

「でも、選挙なんか、どうせ不正だらけで、票は操作されてるんだろ?」

「だが無意味じゃない。票が操作されたとしても、為政者は反対票がどれだけ出たかを知る事になる。その数は牽制として役に立つ。投票数は、政治に不満を持っている人間の数を表し、それは反乱がおきた時の敵の数を表す。為政者がいつまでも好き勝手をやれば、これだけの数が敵になるぞと、脅しをかける事ができる。それに選挙に行くと、自治体によっては食事クーポンがもらえたりするんだぞ。俺の所ではポケットティッシュだったのでなんでだよクッソオと思ったが、行って損をするという事は無い」

 ルドルフは驚きました。周囲の人間は誰もが政治には諦めていて、同級生はおろか両親でさえ関心を持たないというのに、この筋肉質な男の考えはとてもためになると思えました。

 コメットの話は続きます。

「君の同級生が悪魔だとまでは言わんが、善行に勤しむ者に嫌な思いをさせ、それを繰り返したと言うのなら紛れもなく悪だったのだろう。飲み込みにくい話かもしれんが、君は確かに悪に負けたのだ。君は中学の三年間を、人間を嫌ったまま過ごした。それは、もしかしたらゴミ拾いをする君の姿を見て感化され、同じように善行をしたかもしれない人たちの機会損失に繋がったかもしれない。誰かと話をして、多くの経験と知見を得る機会を失ったかもしれない。悪魔は、そうやってずっと人々を脅かし続けているのだ」

「じゃあこっちが悪いって言いたいのか!」

「そんな事は言っていない。君は善行をした。だがそれを悪魔のような人間の言葉によって続けられなくなった。君は、下級生の模範になりたかったのではなかったのか? 先生に指定された範囲を超えてでもゴミ拾いをする情熱があったのではないか? それは続けられているか? 保健室登校をしていた三年間で、君は君の目的を達成できたのか?」

「どうしたら良かったって言うんだよ!」

「俺は君じゃないから、当時の君の環境の全てを知らん。だからどうすれば良かったのかという質問には答えられん。だが、今、目の前にいる君が何をすべきかなら答えられる」

「なんだよ!」

「今度こそ勝ちなさい」

「!?」

 その言葉はルドルフにとって衝撃でした。

「悪との戦いが一度で終わると思っているのなら、それは漫画の影響を受けすぎだ。善なる者が次から次へと生まれるように、悪もまた生まれ続ける。君は生きているが、何もしないのなら死んでいるのと同じだ。行動し、成長し、目的に近づき、喜びを得る事こそが人間として生きると言う事だと俺は思う」

 それからルドルフとコメットは一緒になってゴミ拾いをしました。缶などは換金してトナカイ教団に寄付され、燃えるゴミは焚火にして、コメットが買ってきた芋を焼き芋にして食べました。

 その焚火の煙を見ながらルドルフは思ったのです。この黒い煙が天に上るように、あらゆる悪を浄化して天国に送り、人々の糧と変えるような、そう、炎のような人間になりたいと。

 やがてトナカイ教団九天使の末席となったルドルフに与えられた権能は「炎」でした。

 悪魔王様を暗殺するのに武器を持っていなかったのは、武器など持たずとも悪魔を浄化の炎で滅却できる能力があったからです。

 ただし彼の炎は体から完全に離れた状態ではすぐに消えてしまうものでした。漫画のように火の玉を投げるような仕様だと、誤射した場合の被害が甚大なものになるからです。彼自身はその炎によって損害を被ることはありませんが、通常の炎と同じように周囲の酸素を消費して燃えるので、長時間大火力で使用すると酸欠の危険もあります。

 それでもルドルフは、悪魔を滅却するのにさばおりを仕掛けたり、コブラツイストをかけたりして動きを封じ、敵を拘束して、体を密着させて戦います。

 戦う時は常に煙の中にあって、ただ一人生きて帰る者。ゆえに黒煙のルドルフなのです。


 あれから随分と時は流れました。

 ルドルフは、あの悪魔王様との勝負の後、終電をのがしてしまったので翌日までネットカフェで時間を潰しました。

 日が昇って随分と経ったとはいえ、空には雲がかかって薄暗い中を歩きます。

 すると、前方から灯りを伴ってトナカイの着ぐるみが歩いてきます。

 その着ぐるみの片手からは炎が出て揺らめいており、周囲を照らしておりました。

 暗い道を照らすトナカイ。その姿はまるで彼が信仰する聖獣のようだと思い、そのような平和利用もあるのだなと、自分の認識の甘さを反省します。

 ルドルフはすぐにこの事態について察しました。ネットカフェで過ごしている間にキューピッドからメールによる連絡を受けていたからです。悪魔の陣営との戦いが休戦状態になった事やその理由を考えれば、何かしらの動きがあると予想していたものの、まさか別次元の九天使を召喚するとは驚きました。

 ルドルフがこれを別次元勢力の攻撃と判断したのには、トナカイの着ぐるみ以外にも理由があります。別次元のルドルフの左右には、二人のプランサーがいたのです。彼女に双子の姉妹がいたという話は聞いていませんし、手から炎を出している着ぐるみが出てくるのであれば、恐らく自分の想像は的を射ているだろうとルドルフは思いました。

「…しかし、どうして私を相手に三人がかりなんだ?」

 プランサーが答えます。

「あまり驚いていないのだな。どうやら自分の立場については理解したようだが」

「驚いてはいるさ。だがこうなった以上、慌てても仕方ない」

「そうかい。特別に教えてやろう」

 片方のプランサーが近づいてきます。

 ルドルフは疑問に思いました。おかしいな? プランサーは自分の能力を知っている筈。一撃で敵を戦闘不能にできるヴィクセンや、損傷を恐れずに戦えるコメットは別格にしても、接近戦を自分に挑む理由が分からない。もしや、何か道具でも使って無力化してくるのか? と考えを巡らせて警戒します。何よりも不可解なのは、別次元のルドルフや、もう片方のプランサーも慌てていた事でした。予定と違う行動だと言うのか? 知恵のプランサーらしからぬ行動だ。そう、あれこれ考えているうちに、ついに手を伸ばせば届く距離です。彼女が触れた瞬間に炎の権能を発動させようと思った時です。

「私はこの次元のプランサーだ。そして今からとても重要な事を伝える。いいか。よく聞け」

 そして驚きの事実が伝えられます。

「別次元から召喚された九天使それぞれに、対応する天使が向かっている。しかし、プランサーだけは余る。これがいつまでもどこにいるのか所在不明の戦力だと面倒なので、数的優位を活かしてどれかの天使を撃破しようと持ち掛けてここまで誘導してきた。その為にこれまで仲間のふりをしてきたんだ。ルドルフ。さあ、反撃開始だ。共に我らをなめくさった神に対し、中指立てて目に物見せてやろうぜ!」

 その刹那、プランサーの足元から煙幕があがります。事前に仕込んでいた装置を作動させたのです。

「正気か貴様! 神を裏切ってタダで済むと思うのか」

 煙を振り払いつつ、別次元のプランサーは動揺して言いました。プランサーが答えます。

「知恵のプランサーらしかならぬ問答だな。今どきパワハラしてくる会社に長居する時代じゃないよ。給料はとても魅力的だったが、信仰が失われたと判断されれば殺されるような勤め先にいつまでもいられるか!」

 至極真っ当な理由でプランサーはトナカイ教団からの脱退を表明しました。

 そのまま彼女はルドルフに指示を出します。

「あの建物の脇にガレージが見えるな?あそこまで走れ!」

 二人は走り出し、それを二人が追います。

「あのガレージに何があるんだ?」

「多分、何もない。ただのガレージさ。欲しいのは密室だ。ついでに教えてやる。向こうのルドルフは、炎の権能を使っている間は呼吸を必要としない。更には燃焼に対する完全耐性を持っている」

「なんだと。自身の炎で焼かれないばかりか、他の要因でも燃える事が無いという事か」

「そうさ。だがやりようはある。とにかく走っ…ぬう!?」

 プランサーが転びます。別次元のプランサーが道端に落ちていた瓶を投げつけて、それが足に当たったのです。皆さん。路上にゴミを捨てるのは、やめましょう。

「プランサー!?」

「振り向くな。走れ!」

 別次元のルドルフはそのままプランサーを追い越して行きました。その場には二人のプランサーが残され、対峙します。しかし、片や足を負傷したばかり。権能の差がある上にこれでは勝負にならないかもしれません。

 転んだ拍子に、プランサーの懐から小麦粉の袋が落ちていました。それを見て、別次元のプランサーは彼女をあざ笑うように言います。

「くくくく。おおかた、粉塵爆発でもおこしてルドルフを仕留める気だった。という所かな。なるほど。確かに燃焼への完全耐性があっても爆風は別だ。だがこの通り貴様は取り残され、ルドルフは一人でガレージに立てこもる事になった。もう勝負は見えたな」

 粉塵爆発とは、その名の通り、主に粉塵に着火する事に起因して起こる爆発です。坑道など狭い場所で、可燃性の粉塵が一定以上浮遊している時に起こりやすく、静電気などの小さな着火点からでも連鎖的に燃焼が広がって甚大な被害となります。例えば家庭内でも、小麦粉をうっかりぶちまけてしまい、掃除をしようと明りをつけたらそれで着火して爆発するなどしますので注意が必要な現象です。

 やがて、二人のルドルフが入っていったガレージはシャッターが下ろされて中が見えなくなります。そのうち「くそお。近づくなあ!」といった、ルドルフが激しく抵抗しているような声が聞こえてきました。「ふははははは! 神に背いた罰を受けるがいい!」と聞こえてきます。恐らく別次元のルドルフでしょう。しばらくして、ゆっくりシャッターが開き、黒煙が流れ出てきます。中で炎の権能を使ったようですね。煙をかきわけるようにしてトナカイの着ぐるみを来た人物が、同じトナカイの着ぐるみを肩に抱えて出てきました。そして気だるそうに。本当に疲れたという様子で、抱えた着ぐるみを地面に投げ捨てます。

 投げ捨てられたのは別次元のルドルフでした。

「馬鹿な!? 上位互換の権能を持つルドルフを、密室のタイマンで倒したと言うのか。どうやって!」

 別次元のプランサーは驚きました。

 ではここで、ルドルフがどうやって別次元のルドルフと戦ったのか。振り返ってみましょう。


 プランサーの指示に従い、ルドルフはガレージに向かって全力で走りました。

 そして別次元のルドルフが追い付いてガレージの中に入ってきたタイミングで、シャッターを下ろします。探しやすい位置に開閉のスイッチがあった事は幸運だったと言えるでしょう。

 ここまでは作戦通りです。

 実はルドルフは、プランサーと共に走りながら、彼女が事前に用意していたメモを受け取っていました。メモには、上位互換の権能を持つ敵を相手に戦う秘策が書いてあり、具体的な内容は「密室を作り出せ。そして何でもいいから燃やしまくれ」でした。

 おいおいおいおい本当にこれで別次元のルドルフを倒せるのかと思いましたが、ルドルフはこれを忠実に実行しました。

「くそお。近づくなあ!」

 と言いながら、落ちていた角材のような物を手に取り燃やします。そしてぶんぶんと振り回して見せました。戦うポーズを見せて少しでも時間を稼ごうとしたのです。

「ふははははは! 神に背いた罰を受けるがいい!」

 と、別次元のルドルフは得意げにしています。しかし、燃焼への完全耐性を持っているものの、角材で殴られては普通に痛いので、なかなか近づく事が出来ません。

 角材が燃え尽きてからも、ルドルフはそこらにあったタイヤや布など、手当たり次第に燃やして行きました。落ちていた箒を二本燃やして火炎二刀流、などと心の中で言いながら敵を威嚇し続けました。オレンジ色の綺麗な炎が、振る動きにあわせて空中に軌跡を描き、なかなかに美しい光景でしたが、いよいよ燃やせる物が尽きてしまいました。

 別次元のルドルフは、ようやく勝った。と思い、最後に相手の心をどんな言葉で折ってやろうかと考えを巡らせ、それを言う為に大きく息を吸い。

 ばたーん!

 そのまま倒れました。


 という訳で、別次元のルドルフの身に何が起こったのかと言うと。

「一酸化炭素中毒だ」

「一酸化炭素中毒だと!?」

 プランサーの回答に別次元のプランサーが驚きます。

 一酸化炭素中毒とは、酸素の供給が充分でない環境で燃焼が続き、物質が不完全燃焼をおこす事で二酸化炭素ではなく一酸化炭素が発生し、それを吸い込む事で起きる事故です。

 一酸化炭素は酸素よりも先に赤血球に結びついてしまうので、結果として酸素が運搬されなくなってしまうのです。濃度によっては即座に意識を失い。そのまま死亡します。

 最も恐ろしいのは、無味無臭である為、低濃度だったとしても吸い込んでいるという自覚が無く、手遅れになる事があるのです。

 プランサーはルドルフの権能がどのような理屈で成り立つものか検証する時間がなかったものの、例えば酸素の代替物質が神の力によって送られるものだとしても、運搬役である赤血球を先に使い物にならなくしてやればどうだろうと仮説を立てたのです。

「粉塵爆発を狙っていたのは事実だが、策とは二重、三重に張るものだよ。あたいが落としたこの小麦粉を見て、貴様はあたいの策を看破したつもりになっただろう? そこから想像力を働かせて、あのルドルフに声をかけて止めていたら、少しだけ厄介だった。有難う。おかげで余計な運動をしなくて済んだよ」

「く、くそお!」

 権能を使っている間は呼吸を必要としない別次元のルドルフでしたが、当の本人でさえ誤解していた能力の難点を突かれたのです。「喋る為には息を吸って吐く必要があった」のです。「必要のない行為をいかにして必要とさせるか」だけが問題でしたが、ルドルフと一対一で戦わせ、刷り込まれた優位性に慢心させる事で解決したのでした。

「おい待て。それは私も危険だったのではないか? いつも煙やらでろくすっぽ息を吸えんから、いつも通り息を止めていたから良かったが。奴が倒れた事で毒素について気づく事が出来たが、出来なかったらどうするつもりだった」

「まあその時には、水蒸気爆発とか、バックドラフト現象とか、普通にバイクでひくとか考えていたよ。大丈夫さ。お前が失敗しても、どの道やつは倒せていたんだ」

「私の身の安全には配慮せんのかあああああああああああああああああああああ!!」

「大丈夫だって。こっちには、トナカイ教団限定だが、死人を蘇生できる能力もちがいるだろう?」

「あ!」

 ルドルフは奇跡のキューピッドの顔を思い浮かべました。こんな時、彼女という保険があって本当に助かると思い。しかしプランサー。テメエは許さん。と、強く念を飛ばします。

 そして二人は、二対一という戦力差と、まんまと相手に出し抜かれた事実に打ちのめされて戦意を喪失した別次元のプランサーを倒して、悪魔王様に合流すべく行動を開始したのです。


 さて、シーンは悪魔王様の陣にルドルフが現れた所に戻ります。

「と、言う訳で、とりえずあっちのルドルフを持ってきた。キューピッド。手間だが蘇生を頼めるか?このまま死なれても寝覚めが悪いのでな」

 キューピッドことミセスクインは頷き、さっそく蘇生を試みます。

 ルドルフはあれからの事を簡単に説明しました。

 戦力を合流させる為に教団本部を目指して移動を始めたのはいいものの、そこかしこで異変が起き、電話で連絡をつけようにも一晩ネカフェにいたのが悪かったのか充電が切れており、プランサーはそもそも携帯電話を持っておらず、途中で迷子の少女が泣いてまた迷子になっているのを見つけたので保護して連れて来たのだそうです。

「警察もてんやわんやだったみたいでな。あちこちで戦闘が起きている街中に置いておく事もできんかったので、ここまで同行させたのだが…」

「パパ」

 そう言いながら少女は父親のもとへかけていきます。

 父は少女を抱きとめ、怪我が無いなどの無事を確認して、ルドルフに頭を下げました。

「…どうやら正解だったみたいだな」

「ふ。ルドルフよ。今回は汝の勝ちであるな。我の時は帰り道の途中で母親を見つけた。だが汝は父親の元まで連れてきて見せた。はははは。完敗だよ」

 悪魔王様はたいそう嬉しそうにおっしゃいました。

 悪魔王様は子供が悲しむようなのは嫌なのだそうです。

 もしルドルフが負けていたならば、迷子の少女はもしかしたら戦いに巻き込まれて怪我をしていたかもしれません。それを思うと、ルドルフが勝って本当に良かったですね。

「さて、話がだいぶ脱線したが。澁谷よ。どうする。娘の前でもまだ血生臭い理想を語り、暴力にうったえるかね?」

 これにはさしもの神官戦士・澁谷も、首を横に振るしかありません。

「では。残る問題は…」

 悪魔王様はダンサーを見つめました。


 まさかの展開です。ルドルフって強かったのですね。今回はここまで。次回、世直しに強い執念を持つダンサーを相手に、悪魔王様がどう対応されるのか。楽しみにお待ちください。


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[良い点] すばらしい!!メインキャラじゃないサブキャラをここまで昇華させるとは!さらに4章であった勝負とのキレイなシンクロ…うまいっ!! [一言] 読むのが遅れてしまいましたが、さすがの見ごたえでし…
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