第十三章「頑張れ神の戦士。SDGS!・前編」
順調に神官戦士を量産しつつ、悪魔王が今頃どのように困っているだろうかと想像を膨らませ、残虐超神ツエラは思わず笑ってしまいました。
(ふははは。今頃あ奴はほとほと疲れ果てているだろうな。たまたまの偶然だが、神の戦士として優秀な思想をもともと持っていた人間が日本に多くて助かったぞ)
わざわざそのような思念を飛ばされて、知恵のプランサーは辟易しながらも「そのように素晴らしい人材が埋もれていたのですか」と言葉を返します。空気振動で聞こえる言葉と違い、神や悪魔王様がお使いになる頭に直接響く声は、聞こえないという事が無いので無視するととっても感じが悪いのです。プランサーは正直に言ってこの神が嫌いになっていましたのでなるべく話したくないのですが、その気持ちを一瞬で殺して応対します。
これはプランサーの特技の一つ「自在自己洗脳術」と言います。
簡単に説明すれば、強烈な思い込みによって自己を封じ、人格を矯正する手法です。
接客業を務めている方にはこの自己洗脳の達人が多く、それ故に、モラルも常識も倫理観も持たないような迷惑な客を毎日七時間くらい相手にしても日々平静で仕事が出来るのです。禁煙席に座っているのに料理が乗っていた皿を灰皿にして喫煙を始めるような客や、具体的に態度の何が悪いのか指摘しないまま「態度が悪い」の一点張りでクレームをつけ、いつまでも金を払わずレジカウンターの前で自分語りを始めるような頭が狂っているのかとしか思えない客を相手にする人たちは、こういった技能を持っていないと辛くて続けられないのです。
例えば、お客様は神様だと思い込んで人間としての分を意識し、謙虚な姿勢を持つに至る方法や、もしかしたらこの迷惑な客にも何か辛い過去があってこういう行動に至っているのかもしれないと思って同情する方法など、様々なやり方があります。
プランサーは多くの場合で、この残虐超神の事を「紙様」だと思うようにしています。あるいは「諭吉」です。つまり「一万円札」というイメージですね。
昔、少しの間だけ働いていたキャバクラで先輩に教えてもらった方法でした。先輩曰く。「いいか。あの不健康なオヤジ共はあたしらくらいしか話を聞いてくれる相手がいない可哀想な奴等だ。特に中身も無い長話をしてくるが真剣に聞く必要はない。あのオヤジ共の99%は意見を求めている訳ではなく発言を肯定してもらいたいだけだ。とりあえず『そうなんだ。すごい。わかる。えー、どうして?』と、どれか一個を返していれば後は向こうが勝手に話を続けてくれる。『もっと聞きたいな』も効果的だ。後は経験を積んでバリエーションを自分で増やせ。そうしていれば勝手に一万円札をわんさか落としてくれる希少生物だから、くれぐれもストレスを与えないように、それだけ気をつけろ。もし挫けそうになったら『お客様は紙様です』と思い出せ」という事だそうです。
この自己洗脳術は仕事を変えても有効に機能しました。辛い仕事をしている時でも、一万円を稼ぐために騒がしい動物を相手にしているお仕事なのだと思えばやり過ごせたので、プランサーの性格に合っていたようです。プランサーの信仰が神に疑われなかったのは、これを一瞬で行える領域にプランサーが達していたからです。今では表層意識の裏側で全く別の事を思考できるようにまでなっています。
気をよくした神は、プランサーにその思想とやらについて教えてくれました。
貧困を無くそう。
飢餓をゼロに。
全ての人に健康と福祉を。
質の高い教育をみんなに。
ジェンダー平等を実現しよう。
安全な水とトイレを世界中に。
エネルギーをクリーンに。そしてみんなに。
働きがいも。経済成長も。
産業と技術革新の基盤を作ろう。
人や国の不平等をなくそう。
住み続けられる街づくりを。
作る責任。使う責任。
気候変動に具体的な対策を。
海の豊かさを守ろう。
緑の豊かさも守ろう。
平和と公正を全ての人に。
パートナーシップで目標を達成しよう。の、17項目を謳ったものだそうです。
これはその思想を分かりやすい標語にしたものだそうですが、最後のパートナーシップだけよく意味が分らなかったのでプランサーは尋ねました。
(世界中の国や人が協力して16の項目を達成しようという事らしい)
プランサーは「これ考えた奴は馬鹿なのか」と思いました。言葉の通りそのまま理解すれば、パートナーシップとやらが目標に上がっているという事は、今現在はそのパートナーシップとやらは実現しておらず「国際的な緊張状態にある」という事だからです。国際的な協力が出来ていない事を前提にしていなければ、国際的な協力を目標にするという言い回しは成立しません。
プランサーはしばらく考えて、正直な感想を言いました。
「なるほど。これは悪魔王も苦戦しそうですね」
ふはははと笑い、残虐超神はとても愉快そうでした。
さて、戦場となった街へシーンを移しましょう。
プランサーが予見した通り、悪魔王様率いる悪魔軍は苦戦しておりました。
ミーちゃんのかりそめの両親のように、国の様々な所に潜伏している悪魔の方々も、突然の神官戦士の大量発生と暴走の対処に当たっておりました。
殆どの場合で意思疎通も難しい程に気が高ぶっている戦士が相手でしたが、時々それなりに会話が出来そうな戦士もいました。その会話の一部を抜粋しましょう。
「うおおお! 平和と公正を全ての人に!」
そう言って暴れる人に腕ひしぎ十字固めを見舞うのは、ミーちゃんのかりそめの父でした。
「平和と公正を願うのは全人類の共通の理想だ。願わない人でなしが一部にいるのはその通りだが、だからと言って暴れて何になる!」
ミーちゃんの教育について悩む必要がひとまず無くなったお父さんは、とても理性的に対処していました。
「この理想を理解できない人でなしなど全員死んでしまえばいい! 攻撃される前にこちらから攻撃して全滅させれば世界は平和だ!」
「戦争になればこちらも無傷とはいかんぞ。戦時特別税が課税されるだけでなく、戦闘部隊への優先的物資の流通で物価も高騰し、経済で人が殺される。第二次大戦で最も人を殺したのは原爆と銃弾ではない。飢餓と病気だ! 攻撃される側の国にだって、大勢の平和主義者がいるだろうさ。それが貴様の望んだ平和と公正か!」
「理想の為なら少々の犠牲はつきものだあ!」
「貴様のようなやからの理想に付き合って殺される人間が不憫でならん。よ!」
よ。と言いつつ首の後ろに当て身をして相手を気絶させます。
また別の場所ではミーちゃんのかりそめの母が対処しておりました。うつ病というのは基本的に趣味の行動等、ストレスのかからない行為はさまたげませんので、戦闘民族出身の彼女も出動したのです。
その相手はこんな事を言っていました。
「平和と公正の為に全ての国から武器を取り上げるべきなのよ! そうして歩み寄り、世界を統一して共通の政府、そう世界政府を創設して、その世界政府に法による支配をしてもらうのよ!」
ミーちゃんのお母さんは小外刈りで相手を倒して言います。
「国内での騒乱だって抑え込めない国が統一されたって、今度は世界政府とやらの中で起こる内戦という形で人が死ぬだけよ。そもそもね、日本みたいな島国はともかくとして、中国やロシアみたいに地続きなのに別の国で、言語も完全に違うようなのはどうしてだと思うの。文化も思想も全部違うから『あんたらとは仲良くやれない』って事で別々に生きる事にして平和的に解決したからよ。お互いの領分を侵害しない限りそうすればいつまでも平和だわ。文化の基盤が違うから法律も憲法も全部違うわ。それを今更武器捨てて歩みよれば仲良くできる? 寝言ほざいてる間に寝首かかれてどちらかが滅ぶわ」
「そんな事ないわ。全ての人が愛に目覚めて同じ考えになれば、争いの愚かしさが理解できるはずよ」
「全ての人が愛に目覚めてから言いなさい。違う文化を尊重する事もできない人間が愛だとか片腹痛い。争いが愚かだと理解できない人間が次から次へと生まれてくるから、国民を守る為に武装して警戒するお仕事が必要なのよ!」
お母さんはそのまま脇固めに移行し、相手の意識を落としました。
その後も、賄賂などを封じ、汚職などを減少し、差別的な法規を無くし、透明性の高い公共機関を発展させて犯罪を無くす為に国家間で協力すべきなのだ。法の支配を強化すべき。政府がそう言っていた。と声高に叫ぶ者を「そもそもそれ全部、法で規制されているが、それでもそれを無くせない政府がそれを主張している事に疑問を持たんのかあ!!」と、何だか面倒くさくなって顎をかすめて殴り、脳を揺らして眠らせるなどしました。
「くう。ただの一般人でこの戦闘能力。いったい悪魔王様はどれほど恐ろしい敵と戦っておられるのだ」
一方その頃。突然覚醒したミセスクインの攻撃を起点に、別次元の九天使を奇襲して辛くも勝利した一行と、ミーちゃん達四人は悪魔王様に合流し共闘の体勢に入っていました。
今は近くにあったデパートの地下駐車場に身をひそめ、SDGSに追い詰められている状況ではあるものの、防御陣形を構築出来ています。その為、相談する余裕がありました。
「えへへ。お姉ちゃんと一緒。嬉しいな」
「あちきは本当は反対なんですがにゃ」
「致し方あるまいな。この状況では単独で行動する方が危険だ。騒動が収まった後、再び契約の履行について相談しよう」
「この俺の筋肉。存分に活かしてくれ」
「ふ。腐った世の中を正すつもりで戦っていたのが、何の因果で警察を助けるような事になってしまったのやら」
「僕も微力ながら戦うよ」
と、ミーちゃんチームと悪魔王様チーム。
「理不尽に抗うは正義の味方の見せ場なれば」
「左様。無知なる人々を扇動し利用する手口。許す事はできません」
と、二人のミセスクイン。
「俺様は正直に言うと帰りたい。だがこのまま帰ってもどうせまた襲われるんだろ。あの宗教団体とはもう関係ありませんと言っても通じんだろうしな。だったら協力して壊滅するまで見届けて安心する為に行動するさ。明日も仕事があるんだ」
「まて、トナカイ教団そのものが無くなっては、生活基盤が教団に寄っている者が大変だ」
「そうだな。これまでの道中でも、教団の人間が暴れているのは見ていない。彼らに罪は無い。解決すべきは神と一般人の暴走だ」
と、ドンナー、ダッシャー、ヴィクセンの非殺傷トリオ。
悪魔王様がまとめます。
「宜しい。では眼前のSDGSを突破し、コメット達を追ってくる別次元勢力が到達する前に、いずれかが教団深部に侵攻し、神を叩く。しんがりはコメット、ダンサー、ブリクセン、汝らに任せる。一度でも交戦経験がある者が対処すべきだろう。SDGSは恐らく、数を活かして全方位殲滅攻撃を選択するだろうから、暇になるという事もあるまい。状況に応じて、遠距離攻撃手段を持つ者が援護せよ」
「心得た!」
と、全員が作戦内容を共有し終え、心が固まった所で、悪魔王様と二人のミセスクインが大きな声で言いました。
「「「さあ世界を救いに行こうか!!!」」」
悪魔王様率いる急ごしらえの悪魔軍が一斉に飛び出します。
既に建物へ通じる道は破壊されており、一行は車が出入りする為の道を進むしかありません。
SDGSもタイミングを見事に合わせ、全方位からの攻撃を開始します。
彼らなりの気持ちを上げる言葉なのか、何か標語のような言葉を叫んでいました。
残虐超神がプランサーに言っていたのと同様の言葉です。
それを聞いた殆どが「何を言っているんだこいつら」と感想を持ちましたが、すぐに「なるほど。そういう信仰か。それを力の源泉として神の力を振るえるようになっていると見た」と共通の理解を示しました。さすがは宗教団体の幹部と悪魔の集団です。
それら信仰を挫きつつ、物理的にも無力化する作戦を同時に行わなければなりませんが、どんなに難しくともやらなければなりません。
その一人目はこのように言っていました。
「気候変動に具体的な対策を! 全ての国々において、気候に関する危険な災害の適応について対策を強化し、教育を行い、世界的な投資先として気候基金を作り上げて解決に導くのだあ!」
これを叩くのは、袖から銃を取り出して戦う女傑。ミセスクイン。
「笑止! 気候災害への対処なぞ、大昔から受け継がれてきた技術の延長。住む場所が違えば対策も変わるのが必然。金が必要だと言うのなら、それこそ各自治体に要求されたように分配できる政策こそが必要な筈。教育も各地で行う事だ。日本国内でさえろくすっぽ出来ていないような事を一足飛びに世界でまとめてやろうなぞと、大言壮語が過ぎてもはや滑稽なり!!」
「ぐあああ!?」
敵は足を銃撃されリタイアしました。
それとほぼ同時、別次元のミセスクインが相手する敵もやはり同様に足を撃たれてリタイアします。彼はこう言っておりました。
「産業と技術革新の基盤を作ろう! 全ての人間に福祉が行き届く社会構築の為、持続可能な産業と、資源の有効利用を促進し、インフラを整備、技術者を育成して安価にインターネットを使える環境を作り上げるのだあ!」
別次元のミセスクインも容赦がありません。
「笑止! インフラと福祉の整備なぞ、そもそも全ての国が優先的に行うべき事。大昔からの命題です。それが出来ていないのなら、それはそれが出来ない事情があるという事です。政治家の資金の横領や無意味なバラマキなどいくらでも原因に繋がる問題は見つかりますよね。根底にある問題を棚上げして持続可能な産業ですって? 持続出来ない産業がどこかにあるのですか? じゃあそれは特に何もしなくても勝手に消えますよ!」
「ぐあああ!?」
先ずは二人倒れました。しかし戦いは連続します。
悦楽のヴィクセンが対峙した敵もかなりの実力者でした。
「住み続けられる街づくりを! スラムを無くし、障害者にも安全な道を作り、持続可能な居住計画を作り、水や大気に関わる環境汚染や災害被害の低減を目指し、都市部や農村部との良好な繋がりを実現するのだあ!」
「じゃあ逆に聞くが、スラムは作ろうと思って作られたのか? 無くそうと思って無くせるのか? 経済的な問題が根底にあると思うのだが、なあ、それに対する解決案は無いのか? 都市部と農村部って良好じゃないのか? 人類は数千年地球上で生きてきたが、今さら持続可能な居住計画って必要なのか? この前来たお客さんも似たような事言っていたが、最初から最後まで『?(はてな)』だったぜ。障害者にも安全な道って部分だけは賛同するよ」
「ぐあああ!?」
災害についてはミセスクインが先に言っていたので割愛したようでした。
ヴィクセンが一瞬だけ額に触れただけの敵はその場で失禁して倒れます。
そのヴィクセンに襲い掛かろうとした敵をドンナーがライフルで撃ち落とします。しかし、悪魔王様の力で機能している筈の「侵食する核」は充分には効果を発揮しませんでした。恐らく神より敵に供与されている力が作用しているのでしょう。物理的な衝撃だけはあったらしく、とても痛そうです。
「ぐ、うう。作る責任。使う責任! 2030年までに天然資源を管理する取り組みを作り、食品の廃棄を減らし、人の健康や環境への悪影響を減じる為に化学物質の廃棄や土壌等への流出を低減し、自然と調和した生活意識を浸透させ、雇用を創出して、化石燃料を使いにくくするのだあ」
「なるほど。御大層な大義名分だな。人工甘味料とかの表示義務なんかを無くさせたり、日本は真逆の事をやっているようだから是非実現してくれ。ところで資源て管理されてないのか? 食品廃棄を減らす為に食品の流通自体を減らしたりしないよう願ってやまない。それをすると買いだめを始める人間が出てきて、食い物が全ての人に届かないって事態が起きる。自然と調和したり、雇用を生んだりとか最高だ。で、これまでやれてこれなかったそれをやろうってんだから、当然これまでにないすげえアイデアがあるんだよな? ないまま言ってるのか? なあ、それって言う意味あるのか? 全部昔から取り組んでる事だろ。それでも色んな人間の都合やらなんやらで出来てこなかった訳だよな。それを何としてでも期限付きで何とかしようってんなら、色んな人間の都合をぶち壊すしかないと思うんだが、そのへんどうよ?」
僅かの間に、17の包囲網の内に四つもの穴をあける事が出来ました。
次はこの穴を押し広げて活路を決定的にする番です。
しかしここで敵に新たな動きがありました。敵の何人かの姿がみるみるうちに全身緑色になり、急激な筋肥大によって巨大化したのです。
別次元のミセスクインが言います。
「むう。あれはオーバーバーカー!」
悪魔王様が質問します。
「オーバーバーカーとは何だ」
「私が元居た次元で戦った強敵です。害悪を振り撒く存在、ガイアァクという組織の作った強化人間、バーカーの発展型です。お気をつけて。あのパワーは恐らくコメットさんやブリクセンさんを上回ります」
せっかく開いた包囲の穴でしたが、敵が巨大化した事でむしろ狭くなってしまいました。そして敵はその辺りに落ちていた石を拾って投げる攻撃をしてきたのです。最初からそうしていれば良かったのでは、と思いますが、もしかしたらあの醜い姿を仲間に見られる事を忌避したのかもしれません。それを証明するように、変身していない敵の何人かは酷く動揺していました。
「面白い。では我が相手をしよう。悪魔空手ブラックベルトの真価を見せてくれるわ」
なんと頼もしい。悪魔王様は格闘術においても秀でていたのです。
オーバーバーカーの数は全部で4。
彼らは奇声を上げながら石を投げます。それらを最小の動きで受け流しながら悪魔王様は接近しました。その動きは流れる水のごとく、一切のよどみなく相手の懐に入り込みます。
「質の高い教育をみんなに!」
「そうだな。是非ともやってくれ。だがそれは政府の手によって成されてはならない。特に日本ではな。学校とは文科省の下部組織であり、文科省とは政府の一部だ。その政府の都合で行われる教育にはすべからく政府の都合が含まれる。政府にとって都合の悪い事は教えない、洗脳とも呼べる虐待が実施されるだけだ。特にこの国では義務教育制度によって、学校に行かずに学ぶという選択肢が極端に少ない。ゆゆしき事だな。子供にとって何を伝える事が大切で、社会ではどのような振る舞いをすべきか、それを踏まえてどこに学びに行くか、子供自身と親に選択権がある社会となるよう尽力したまえ」
「え? え? ぐはあ!?」
哀れ。本当はもっと言いたい事があったでしょうに、敵は悪魔王様の奥義、悪魔鼻骨破砕拳によって気絶します。
次なる敵は少し賢いようでした。複数の石を握りこんで同時に投げ、散弾にしたのです。
しかし投げつけたのは悪魔王様の残像でした。九天使と戦った時にも見せた技ですね。
彼が気づいた時にはもう悪魔王様は敵の手を握っておいででした。
「じぇ、ジェンダー平等を実現しよう!」
「そうか。感心な事だな。具体的にはどのようにすべきだと思うね?」
「女性や女児の人身売買や、私的空間における暴力の排除だ!」
「そうか。では男なら人身売買されたり、暴力を振るわれてもいいのかね?」
「そんな訳ないだろう!」
「ならば汝は、女性の、と限定せずに暴力や人身売買を排除するよう努めなさい」
「うるさい。他にも、女性器の切除や、強制結婚など、女性が被害に遭う文化は世界中にあって、これは排除されなければならないんだ!」
「概ね賛同するが、では男性器の切除や、男性の強制結婚はいいのかね?」
「いい訳ないだろう!」
「だったら、それは性器の切除や強制結婚への反対であり、性平等の取り組みではない」
「うるさい。他にも家庭内での仕事の分担や、女性の社会進出を妨げている在り方を変えなければいけないんだ!」
「そうか。強制結婚が解決した社会を前提とするならば、お互いに合意して結婚したのだろう。家庭内の分担なぞ夫婦で相談して決める事だな。他人がしゃしゃり出る事ではない。女性の社会進出にも賛同しよう、具体的には、どうなったらそれは達成されたと判断されるのだ?」
「政治への参加や、経済格差を無くし、男と同様に扱われる社会だ!」
「そうか。既に女性の参政権も獲得し、男女雇用機会均等法も存在する日本は完全にクリアしている問題だな」
「そんなバカな!いまだに女性の平均賃金は男性より圧倒的に少ないんだぞ」
「それは家事の傍らパートで働いているような女性もカウントしているからであるし、どこの会社でも、ポストが同じなら男女で賃金に差がある訳がない。もし差がある所があったら裁判だな。きっと勝てるぞ。あとな…」
悪魔王様が急に怒りの形相を見せ、敵は怯みました。
「その程度の小賢しい認識で男女平等を謳うでない。汝のような奴が声高にそのような事を訴えるから、本当に実力があって社会で活躍している女性が嫌われるようになるのだ。そうやって女性が嫌われる社会の下地を作っているのは汝らだ。汝らこそが迷惑な存在だ。そもそも男と女を同じに扱うだと? それは女性を大切にするという文化をも否定し破壊する事に繋がると分らんのか!」
「ぐはあ!?」
敵は悪魔王様の奥義、悪魔五指骨折拳を受けて痛みのあまり転がりまくります。
敵にも、さすがに恐怖の気配が濃厚になってきました。
残るオーバーバーカーは二人。その内の一人は攻撃らしい攻撃も出来ずに悪魔王様の接近を許しました。
「あ、安全な水とトイレを世界中に!」
ああ、それでもまだそれ言うのですね。
「そうか、是非とも日本でそれをやってくれ。水道法が改定され、残留農薬やらの規制が緩和された事で、もはや水道水は安全な物とは言えなくなった。浄水器をつけてさえ安心できん。汝の働きには大いに期待する。だが我らをさまたげると言うのなら排除せねばならんが、どうか道を開けてはくれまいか?」
「あ、はい。どうぞどうぞ」
何という事でしょう。ついに敵が道を譲りました。これが悪魔王様の「徳」なのでしょうか。
残るオーバーバーカーが腕を大きく振りかぶり、その巨大な拳を悪魔王様に振り下ろしました。もはや渾身の一撃で葬るより他ないという判断なのでしょう。
悪魔王様はまた残像を見せて回避する事も出来ましたが、あえて迎撃されました。
「悪魔! 眼球抉拳!」
本来は手指の先に力を込めて固定し、顔面に深く突き立てて眼球を抉る技ですが、敵の拳、中指と薬指の間に突き入れてこじ開け、そのまま肉を抉りました。素人は真似をしてはいけません。少しでもタイミングがずれれば、自分の指が破壊されてしまいます。
「ぐはあ!?」
「どうした? お決まりの標語は言わんのか?」
「え、エネルギーをクリーンに。そしてみんなに…」
「で? それは具体的にどうやるのだ?」
「化石燃料への依存をやめて、太陽光発電や、その電気を使った電気自動車への利用に切り替えて持続可能なエネ…」
「汝の言う事も大概よのお」
悪魔王様は冷徹な目で敵を見据えて言います。
「太陽光発電で火力や原子力と同等のエネルギーを得ようとした時、どれだけの規模の土地を切り開いてパネルを設置せねばならんのか計算した事は無いのか? 山一つを丸裸にして太陽光発電をしようとしたはいいが、パネルが破損し、大量のヒ素などの猛毒が土壌を汚染したなぞという事件もあったな。降雹や積雪で破損する事もあるし、地震や台風でも壊れるだろう。で、その度に汚染される土壌や、修復にかかる費用はどうなるのだ? そもそも日本でそれをやるのなら、年間の半分以上が雨か曇りという気候とも付き合う事になるが、それでどうやって安定的にエネルギーを提供する? 電気自動車が安定して動かないと、流通も止める事になるぞ。経済は混乱し、その影響で沢山の人が迷惑し、被害の大きさによっては死人も出るやもな。そもそもパネルを設置した山に住んでいた動植物はどうなる? 皆殺しか? 随分と残酷な決定をするのだな」
「そ、それでもこの地球を美しいまま残し、持続可能な開発目標をしなければ…」
「山を切り開いてという部分を聞き逃したのか? 自然破壊と一体となったクリーンエネルギー開発なぞ愚の骨頂。汝らの言う持続可能とやらは全て欺瞞だ。人を殺す役には立っても、健全なる社会構築の役には立たんし、ましてや地球の為にもならん。場合によっては人が死んでもいいなぞと言う人間の口から出た美しい地球などという言葉も反吐が出る。汝も人間なら、人間を愛し、それを育む事のできる世界を目指しなさい」
「うるさい! 悪魔の言う事など聞くものか!」
「つまり汝は、言葉の内容ではなく、言葉を吐いている相手によって正否を判断すると言うのか。生まれた時、知性を胎に置き忘れてきたか?」
「ぐはあ!?」
無残にも、もう片方の手も悪魔王様に破壊され、ついに最後のオーバーバーカーは痛みで気絶しました。
敵の兵力はほぼ半分になりました。これを好機とミセスクインが号令をかけ、全員で一気に駆けます。駐車場の出入り口を抜けました。日光を、なんだか随分と久しぶりに浴びたような錯覚を得て、それでも気を緩めることなく走ります。後方はコメット達が警戒してくれるとはいえ、まだ暴れている神官戦士の一般人がうろついている可能性もあるのです。
神官戦士の一般人って、凄い表現ですね。これも職業選択の自由がある時代だからでしょうか。さて前半戦はここまで。
次回、後半戦です。乞うご期待。




