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第十章「神の戦士の目覚め」

お待たせしました。前回から間が空き申し訳ない気落ちで一杯です。興味本位でツイッターなぞ始めたら、それにかかりっきりになってしまい時間が取れなくなったことが原因です。今では反省しています。

 例えば都心部におけるハロウィンの夜のような。多くの人がごったがえしている夜の街中で、君が痴漢の容疑で逮捕されたとしよう。君はその無罪証明ができるだろうか。

 ああ、そうだな。出来はしない。そして君はこう思うだろう。「痴漢の証明は訴えている側の人間だって出来はしない。だから気にしなくていい」と。

 概ねその通りだ。では、ハロウィンの陽気に当てられて気持ちよくなった、承認欲求の強いどこかの馬鹿が「私は見ました。確かにあの人は痴漢をしていました」と証言したらどうなると思う。その発言は証拠として扱われ、これを裁判で覆すのはほぼ不可能だ。

 最近は指紋採取の技術も進歩して、衣服などからでも証拠を摘発できるそうだが、これは犯罪行為の根拠にはなるが、無罪の根拠にはならない。もっと詳しく言うと、指紋が取れれば、それは指紋の持ち主の手指がその場所に触れていたという動かぬ証拠だが、指紋が取れなかったからといって無罪証明にはならず、「警察は犯罪者を摘発する為に努力したが、こすれたか何かの理由で消えてしまったらしく指紋は採取できなかった」となるのだ。

 もし、逮捕や捜査に関わった警察官が正義の心に熱く燃える人間であれば容疑者の人権を守る為、不当逮捕の被害者を救済する為に尽力してくれるかもしれないが、そうでなかったらどうなると思う。

 先の一例の通り、してもいない痴漢で現行犯逮捕され、目撃証言は証拠として提出され、数日か、数か月後の裁判で負ける事になる。

 だから全ての人達に私は伝えたい。してもいない犯罪行為で逮捕されそうになったら、話し合いだとか、警察を信じて大人しくしていようとか考えずに、全力で走って逃げろと。

 携帯電話を操作して、SNSにそのような書き込みをした男は、しばらく何かしらの反応が無いか画面を見つめ、やがて、諦めのため息をついて空を見上げ、そのまま電話を胸の内ポケットにしまいました。

 彼が今しがた入力した内容は、彼自身の実体験によるものでした。察しのいい方はもうお気づきでしょう。そうです、彼は崇拝子ちゃんが助けた迷子の少女の父親なのです。

 彼はとても心が消耗しておりました。

 逮捕されてしばらくの間は警察署内部の留置所(りゅうちじょ)にて寝起きする事になるのですが、日本国憲法に記載されている、健康で文化的な生活をする権利とはいかなるものなのかと疑問に思わざるを得ない生活でした。

 朝ご飯の弁当は、容器の中身が殆ど白米で、申し訳程度に小さな魚の切り身やさつま揚げが入っているような質素なもの。ワカメの欠片が浮いているだけの味噌汁などでした。お茶だけはおかわり自由でしたので、せめてビタミンCを取ろうと何度もおかわりして職員に嫌な顔をされたのを覚えています。

 昼食も酷いもので、食パンが四枚と、マーガリンなどの小袋入り調味料がランダムで渡され、半分に切ったコロッケと、それと同じくらいの重さの焼きそば等が、小さな使い捨てタッパーに入れられて渡されます。最初はパンのおかずに何故焼きそばなのだと思ったのですが、他の被害者がパンに挟んで、焼きそばパンにして食べているのを見て納得しました。納得しましたが、それなら最初から焼きそばパンを出してくれればいいのにと思いました。

 夕食だけはコンビニ弁当くらいのボリュームがある物が出ますが、このような食事が少なくとも数週間、毎日続くとなれば、栄養面で心配になるのは必然と言えましょう。

 また一日の殆どを檻の中で過ごすので心身の衰えは尋常なものではありません。何故か留置所や拘置所(こうちしょ)では檻という表現は使われず、居室という表現が使われるのですが「普通に檻」でした。部屋の三方が壁で、残る一方が鉄格子と鉄網によって構成され、24時間の監視がついている環境が檻でなくて何なのでしょう。寝食の様子どころかトイレさえも人の目を感じながらの生活は大変な苦痛でした。

 起訴されて、裁判をする事が決定してからは拘置所に移されました。

 留置所よりはいくぶんかマシな生活になりましたが、やはり健康的とは言えない毎日です。

 食事は弁当ではなくなり、近くの調理場でこしらえた物が食べられるようになったのは良いのですが、調理場から台車に乗せて、何百とある居室に順番に運ぶ労力の問題なのでしょう「いいかんじに伸びたラーメン」や「ぬるいカレー」を引き当てる事になった時の悲しみは忘れられません。そもそも出来上がってから運ぶまでに時間がかかる事が分かっているのにラーメンを選択して調理するのはどういう事なのか。嫌がらせなのかと思いました。

 また、定期的に「運動の時間」と呼ばれるものが与えられます。留置所では檻の中での姿勢に制限はなかったのですが、拘置所では許可された場合を除き「常に座っていなければならないルールがある」為、とても不健康です。この運動の時間が唯一、人間らしくふるまえる機会なのですが、彼は最初、この運動の時間になって連れていかれた場所を見て愕然としました。畳で言えば三畳ほどのスペースがフェンスによって区切られた場所だったのです。ボールや縄跳びといった道具も無く「ここでどんな運動をすればいいんだ」と尋ねると「腕立て伏せやスクワットかな。まあ何やっても自由だよ」と言われました。何が悲しくて監視されながら腕立て伏せやスクワットをしなければならないのでしょう。ですから彼は殆どの場合で運動の時間を辞退していました。

 風呂にも入れるのは週二回まで。それも施設の都合で中止になる場合もありました。洗濯の頻度もそうです。檻の中に備え付けられた水道でタオルを濡らし、体を拭く事さえ規則で禁じられておりました。清潔な生活自体が困難という有様です。

 そうして気力も体力も削られて裁判を待つ日々を過ごし、弁護士からも無罪を勝ち取るのは難しいと言われてついに彼は絶望しました。その日に食べた夕食はまるで味を感じられず、逮捕された当初は「一緒に頑張っていきましょう」と言っていた弁護士の急な態度の変わりようは、最初から有罪になるのが分かっていて、それを最初に伝えて、自分が自暴自棄になって檻の中で自殺するのを防ぐためだとか、そういう理由だったのではないかと考えました。

 彼は留置所での生活の開始から、毎日神に祈っていました。彼自身は無神論者だったのですが、彼の妻が熱心な信者でありましたので、こうなれば神仏にすがってでも無事に家に帰ろうと思ったのです。もし無罪を勝ち取れたなら、妻と共に教会を訪れ、寄付でも布施でもおおいに払おうと、そう思っていました。

 しかし、それでも彼は有罪となったのです。

 彼の中に少しだけ残り、成長していた信仰は、こうして完全に死に絶えました。

 彼は思いました。もしも本当に神がいるのなら、どうして無実の自分が犯罪者として扱われ、夜中に集まってはしゃいで、いい気になって他人に迷惑をかけるだけの人間が野放しになるのか。神という存在は正しい人を助けてくれるのではなかったのか。間違った人間を戒める存在ではなかったのか。

 彼は心が消耗していたので、自身で存在を確認した訳でもない神という存在に文句をつける事の矛盾に気づいていませんでした。それは完全に不毛な思考でしたが、それでも彼は考えをまとめるのに神という言葉を何度も使いました。

 そしてこう思ったのです。

「神なんか嫌いだ」

 その強い意思は、皮肉にも残虐超神の興味を引いてしまいました。

 やがて、彼の頭の中に直接響く声が聞こえたのです。

(力が欲しいか)

 彼は突然聞こえる神の声にうろたえながらも、何とかして状況を理解しようと努めました。しかし、そもそもこの残虐超神のやりくちは、人の心の隙間に入り込んでいくもの。混乱している人間が混乱しているうちに、ろくな判断力もないうちに取引を持ち掛け、了承を得るというものです。ミーちゃんの時もそうでしたね。やはり同じように、彼に対しても神は殆ど判断材料を与えずに交渉します。

 やがて、契約は完了します。彼の望んだものは自分を陥れた人物の抹消と、自分を追い込んだ挙句に有罪にした警察と司法への復讐でした。それは社会そのものへの攻撃と言って差し支えないでしょう。今の彼には、家族の生活を支える事よりも、娘の成長を楽しみだという気持ちよりも、自分を苦しめた世の中に対する憎悪が勝っていたのです。

 こうして、ミーちゃんに代わり、残虐超神の力を行使する戦士が誕生したのです。


 一方その頃。仕事を午前中で終えた崇拝子ちゃんは、確定申告の為に税務署を訪れておりました。崇拝子ちゃんは複数の仕事を掛け持ちしていますので、年末調整などでは解決できず、こうして毎年税務署に来なければならないのです。

「それにしても悪魔王様―。確定申告って毎年やってるはずですけど、いまだに書類の書き方がよくわかんない時がありますにゃ。あれ絶対、書いてる人のやる気をそいで、次回から確定申告にこないように嫌がらせしてるんだと思うんですにゃ。そうしたら税金を還付しなくていいから国が儲かりますにゃ」

(はっはっはっは。まあ確かに、手続きが面倒だからと確定申告にこない人間は一定数いるらしいな。だがお前はちゃんと来た。偉いぞ崇拝子)

 税務署には沢山の人が来ていました。

 最近は新型感染症の対策などとのたまい、来所者に入場制限を設けている所も少なくありません。崇拝子ちゃんも入り口近くで整理券を受け取って「では四時間後にまた来てください」と言われ、四時間後、今は長蛇の列に並んで書類記入スペースまでゆっくり歩いているところです。

「ねえねえ悪魔王様―。整理券もらって入場に四時間後とか言われて時給に換算したら五千円くらい稼げている拘束時間の果てに、まだ書類すら書けていなくて、そもそも感染症の対策だって理由なのに建物の中で何十人も密集しているような部屋や廊下を歩くのは、とても、やるせないですにゃー」

(よく見ておけ崇拝子。これが日本人だ。我々はこの人たちを救わねばならん。観察は大事だぞ。「よく知りもしないものには対策出来ない」と、あの者たちが体を張って示しているのだ。この教訓を大事にしなさい)

 そう言われた崇拝子ちゃん。しかしどうにも身が入らないようです。人間観察なぞすぐに飽きて、壁に貼られている紙に目が行きます。

 どうやらそれは、近くの小学校で、習字の授業を使って書かれた物のようでした。沢山の半紙にはそれぞれ、消費税についての考えや意見が標語のように書かれています。税務署らしいですね。小学生だと判断できたのは、文の最後に学年組と名前が書かれていたからです。学校まではわかりませんでした。

 消費税 社会の役に 立っている

 消費税 ぼくらも大事な 納税者

 消費税 誰かの助けに つながるよ

 などなど、小学生なりに消費税について俳句のような書き方で発表しています。

(ふむ。崇拝子。これはとても参考になるな。お前もよく読んでおきなさい)

「ええ、悪魔王様が感心するような要素がどこにあるのですにゃー。あちきは消費税とか買い物の計算が面倒で嫌いですにゃ。どんどん増税されて買い物がしにくくなるし、安いと思ってレジに持っていったら『別に小さく税込み価格の表示があるという罠』に何度引っかかったか解んないですにゃ。というか、社会保障とか言いながらあちきの生活は保障されてないですにゃ」

(いや、これはなかなかのものだぞ。「徹底されたマインドコントロール」とはこういうものを言うのだ)

「これはマインドコントロールなのですにゃ!?」

 本当ですか!?

(人間という生き物はな、一度自分で発した言説を否定する事が難しい生き物なのだ。この場合だと、消費税は社会の役に立つ徴税システムなので賛美しよう、という主旨であろうか。教師がどのように子供たちに教えたのかまでは詳細は分からぬが、この一帯の張り紙を見るに、ろくな事を教えていないようだと推察できる。どれもこれも前提認識を見事に欠いた、妄想レベルの標語だ)

「た、例えばどのへんですにゃ?」

(ぼくらも大事な納税者、なぞ傑作であるな)

「これがですにゃ?」

(そもそも、就労していない児童に納税義務があるのか?)

「……は!?」

 言われてみれば確かに。

(消費税のシステム上、子供も税を払っている、という部分は間違っていない。どこも嘘をついていない。だが本来、納税義務のない子供が納税する事について何の疑問も抱いていないように見受けられるのは少々問題だと我は思う。ましてや賛美するなぞ大問題だ。子供らしく「僕らだけでも非課税にしてよ」と言ってくる方が余程健全だと思うな。まあ、そうなったらなったで、脱税目的で子供に買い物させる親が出てくるので、できんのだろうが、我が言いたいのはそういう事ではなく「子供の思考としてふさわしくない」という事だ。では隣の、社会の役に立っているに目を向けてみよう、ところで崇拝子。お前もさっき言ったが、日本の消費税が社会保障に繋がっているというのは完全に間違いだ。同時期に減税された法人税の穴埋めに使われているだけで、消費税を増税した事で社会保障が拡充したという事実は無い。国民が受給できる年金は減り続けおるし、今なお健康保険税まで徴税しておきながら医療を無償化しておらんし、大学などへの基礎研究費用も削減されたし、2022年、現在に至ってさえ大学進学時に受けた奨学金制度の返済に困窮して自己破産する国民を生み出す始末だ。これは消費税を導入している他の国々では殆ど見られない。例えばヨーロッパの殆どの地域では通院に利用したタクシー代まで保障され、大学に通うだけで月々三万円程度の助成金が受け取れる。当然学費は無料だ。知識に課税せずという原則のもと、書籍には消費税がかからぬし、小麦粉などの人の生活に必需となる品目にも課税しないのが基本である。さて崇拝子。日本では米でも何でもあらゆる物に課税されているが、国民の生活を保障するのに、まだ何か足りないと思えるか?)

「ごめんさいですにゃ。知らなかった事が多すぎてちょっと理解が追い付かないですにゃ」

(そうか、では後でまたじっくり復習するとして、「充分な徴税をしている筈なのに社会保障は充足していない。これを賛美するのはおかしい」と覚えておきなさい。次、誰かの助けにつながるよ、という「善意を想起させる言葉のチョイス」がまた外道である)

「善意が想起されるのにいけないのですにゃ?」

(これらを書いた子供たちはきっと、将来において、消費税が実はこの国においては社会保障に繋がっていないと知った時に「そんな筈はない。それは嘘だ」と言って、「かつての自分自身を否定したくない」という意思の働きに従い、正しい知見をもたらしたどこかの誰かを攻撃するだろう。ああ、攻撃とは殺傷するという意味ではなく、口汚くののしったり否定したりする事だ。しかる後、その攻撃を正当化する為に、同じように正当化しているどこかの誰かの言葉を引用して理論武装のようなものをして意固地になる。そして納税しないと弱い誰かが困るのだという思想の元に納税し、自らを強者として誇るだろう。納税する事そのものは大切だ。だが善意による行動の殆どは結果をかえりみない。善意による行動そのものを素晴らしいと思っているからだ。自他にとって都合の合わぬ結果にはなるまいと思って行動しているから、振り返って反省するという事が無い。そして、そもそも税金とは善意で収める物ではない。国という組織を運営する為の資金であり、その資金を支払う以上は「国民へ還元される事が原則」である。自分や家族、友人を見て、支払った税金に相応しい生活が出来ているか常に把握していなければならない。そして不当と感じたならば抗議しなければならない。それをしないでいると、いくらでも意地汚い政治家がわいてきて、国民から搾取する政治をしてしまう。このように、国民が政治を監視できていない態勢の事を衆愚政治という。だからこれらの標語は「寝言」や「妄想」に等しい。税について学んだつもりになって、あげくに発した言葉が寝言なのだから可哀想であるな。さっきも言ったが、人は自分で発した言説をなかなか否定できない。既に大多数の人々のマインドコントロールは完了している。しかも子供たちはクラスメイトが書いた他の標語も読んで参考にするだろう。それをもって「色々な人の言葉を参考にした」と認識してしまえば、実は自分が勉強不足なのだという気付きを得る事は、極めて難しいであろうな)

「悪魔王様マジ、パないですにゃ。こんな何気なく張ってある言葉からそこまで読み取るのですにゃ」

(観察は大事だ。今も昔も、宗教のありかたの根底は変わらない。日常のどこに神の策謀が絡んでいるか読み取れなければ、我々悪魔の勝利は難しいぞ)

「え、なんでここで宗教の話が出てくるのですにゃ?」

(おっと、我の話を聞いて気づいていなかったのか。これはまるっきり神への信仰と同じものだぞ)

「え、えええええええええええええ!?ですにゃ」

なるほど。言われてみれば確かに。

(崇拝子。そもそも信仰とは何だ)

「う、それは」

 崇拝子ちゃんは言い淀みます。かつて悪魔王様に教えていただいた事はあるものの、言葉が難しくてなかなか覚えられない内容だったからです。

 悪魔王様はその気配を察して教えて下さいました。悪魔王様は何度も同じことを教えるのは嫌いなのですが、これは悪魔の眷属としてとても大切な事なので覚えられるまで教えなければなりません。

(信仰とは、神や精霊を信じ、自己を委ねる事、それを絶対として疑わない事を言う)

 悪魔王様の雰囲気が少しだけ凄みを増しました。

(正しい事を言っているから神として信頼するのではなく、「神が言っているからそれに委ねて、疑わない」というのは、言い方を変えると「思考停止」というのだ。自己による判断を後回しにして、強い者、立場が上の者に従いその言動の結果について考察しないまま追従するのは思考停止した奴隷だ)

「それ殆どの日本人じゃないですかにゃ」

(その通りだ。続けるぞ。同じ奴隷でも、反逆の意思を内に秘めた者ならばまだ救いがあるが、そうでない者には処置のしようが無い。人は自ら唱えた言説を否定する事がたまらなく苦痛であるから、幸福なのは神のおかげ。神は人を救ってくれる。なぞと一度でも言ってしまえば、以降は「幸福である限り神を根拠として幸福を論じるようになる」し、救われないのは神に認められないからだと言って「神に認められるまで奉仕するようになる」のだ。「余程の事がなければこれを自力で払拭する事は難しい」ところで崇拝子。話が脱線してしまったが、では「信じる」とはどういう意味だと思う?)

 崇拝子ちゃんは答えられませんでした。

(やれやれだな崇拝子。よく聞きなさい。信じるとは「確認がとれない事項について、こうだと決めて納得する事」を言う)

「確認が取れたら、信じるとは言わないのですにゃ?」

(確認が取れるなら「それはただの現実」だ。信じるも何もあるまい)

「は!? そういえばそうですにゃ」

(法とはそこに住む全ての人に課せられたルールである。ルールである以上、その適用は厳格でなければならない。曖昧なままの認識でいるなぞ許されぬし、ましてや、金を「よく意味も解らずに支払う」なぞ横行してはならない。よく意味を理解した上で納税するべきで、納税した以上は国民へ還元されるよう要求すべきだ。だがこの国の人々は、殆どが税の用途について関心を持たない。もはや「効果があるかないか分からないのに、ご利益があるらしいからと壺を購入する」のと変わらないレベルで金を支払っている。自分達の生活に還元されている事を確認できないのに、還元されていると信じて支払っているのだ。宗教と変わらない)

「なるほど。だからさっき宗教の話が出てきたんですにゃ。よくわかりましたにゃ」

 さて、そうこうしているうちに崇拝子ちゃんが書類を書く順番が回ってきました。

 崇拝子ちゃんが最近始めたアルバイトであるチラシ配りは、成績毎にお金が振り込まれる歩合制で、給与明細は発行されるものの源泉徴収票なども無く、どの項目に記入するのか分かりませんでした。崇拝子ちゃんは近くの職員に声をかけて質問し、それは雑収入に書くようにと言われたのでそのようにしました。「雑な収入」というカテゴリーがある事を知らなかったので、少しだけ感動しました。何となく言葉のニュアンスが面白くて、しばらくの間、崇拝子ちゃんにとって何気なく思い出す言葉として印象付けられました。

 その日はそういった、崇拝子ちゃんにとって、多くの新たな学びを得る日でした。

 ただそれだけの日であればどんなによかったでしょう。

 確定申告を終えて税務署を出た所で悪魔王様がおっしゃいました。

(ところで崇拝子。気づいているか?)

「はいですにゃ悪魔王様。もちろんですにゃ」

 そう言う崇拝子ちゃんの背後には、剣呑な雰囲気をまとった数人の男女がおりました。

 ぶつぶつと小声で何かを言っており、その全部を聞き取る事は難しいのですが、かろうじて「この非国民め」という言葉を拾う事ができました。これだけで彼らがどのような思想、いえ、信仰をもった人々なのか知れようというものです。さすがの崇拝子ちゃんにも察する事が出来ました。

(どうやら税務署の中でお前と我の会話を拾い、敵視してきた者のようだな)

「先日の女の子といい、最近の悪魔王様は人に気づかれ過ぎじゃないですにゃ? 悪魔の不可視バリアの設定どこにいったのですにゃ」

(こいつらの場合は神への信仰心が理由であろうな。トナカイ教団の連中と同じだ。そして崇拝子。問題はこれだけではない)

「にゃ?」

(この場所以外でも、異常に神の気が高まっている場所が複数ある。祭がもよおされている訳でもないのにこの数はおかしい。5…6…まだ増える)

「ちょっとまって下さいにゃ悪魔王様。このお話は、可愛らしい崇拝子ちゃんの色んなお仕事紹介ノベルではなかったのですにゃ!? 完全にバトルものの展開ですにゃ」

(ならば、実はバトルものだったのだろうな。構えろ崇拝子。これはもしかしたら、今日、世界が終わるのかもしれん)

「うそでしょにゃあ!?」

 そう。悪魔王様が感知された通り。その街の至る所で神の手による作戦が展開していました。ミーちゃんを例として、神官戦士の育成プログラムに修正を加え、即席でも強力な戦力拡充ができるようになった残虐超神が、悪魔王様を叩くべく行動を開始したのです。

 時を同じくして、世界の異変に気付いた元神官戦士のミーちゃんも、崇拝子ちゃんを心配して冷や汗を浮かべます。その背後には敵意を忍ばせた人影がありました。

 ミーちゃんだけではありません。トレーニング中のコメット。電話中のブリクセン。清掃作業に没頭しているダンサー。などなど。今回の戦いに関係する殆どの人の周囲で、戦いの気配が漂い始めました。

 迷子の女の子の父親が神にそそのかされた事なぞ些事に過ぎず、いくつもの悲劇が連続して起きたのです。悪魔王様のおっしゃる通り、これは世界の、命運を決める戦いが始まったのかもしれません。


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