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ピンフ

 マーテン・バー・モロストコロストの村。

 その村は山すそにあって、海にもそれなりに近い。海にある村といった程ではないのだが、それでも歩いて日帰りできるくらいの距離ではある。

 だから、その村の住人達は、海の恵みにも少しはあやかってはいる。だが、完全に頼るといった事ができる訳でもなく、農業や、山中での狩りなどもしていかなくては、生活していく事はできなかった。

 そして、山腹にあるリッピ―・ヤード・ヤードの村。

 この村は、山の恵みに頼って生活をする事しかできなかった。生活手段は、農業と山での狩り、のみだ。

 そしてその事が、問題発生の原因となってしまった。

 お互いが、お互いの生活圏に侵食しようとする現象を、この位置関係はもたらしてしまったのだ。

 だから、この二つの村の間では常に争い事が絶えない。

 狩りに行く時は、両方の村とも、狩りに行く者達の事を心配した。

 事故や遭難を心配した訳ではない。否、もちろん、その事も心配の一つではあったのだが、もし相手の村の人間に遭ってしまったなら、その場で争いが始まる事になる。それを心配したのだ。

 その緊張感は、半ば戦いに行く時と変わらなかった。

 広い山中で、お互いが回り逢う事など少なそうに思えるが、実はそうではなかった。狩りをするのに有利な場所というのは、限られているし、狩りをするのに丁度良い天気や時期というのも大体一緒だからだ。

 もちろん、戦いなどお互いに避けたい事ではあったから、お互いに出遭わないよう、所謂、棲み分けのような事は行っていた。しかし、狩りが不振な時は、どうしても相手の縄張りに入って行く事もせねばならず、そんな時はお互いの血が流れる事もあった。

 しかし、本当に問題なのはそんな事ではない。

 本当に問題があったのは、水の問題である。

 生活に、水は、絶対に欠かせない。

 そして、

 山の頂から、山すそに向かって流れる小川が、この地域の唯一のまともな水源であったのだが、ここの水の量はそれほど多くはないのである。

 雨の少ない時期などは特に問題で、生活に必要な水を確保する為には、やはり争わなければならなかった。

 リッピ―・ヤード・ヤードの村は、水の量が足らなくなると、川をせき止めてしまう。それで、なんとか水を確保しようとするのだが、それではマーテン・バー・モロストコロストの村は堪らない。

 少しも、水を得られなくなってしまう。生活する事ができない。

 文句を言ってくるマーテン・バー・モロストコロストの村に対し、リッピ―・ヤード・ヤードの村は、別の場所に移り住めば良い、もっと海の近くに行け、などと言うのだが、それができていれば、そもそも山すそなどには住んでいないのだ。

 水を奪う為に、マーテン・バー・モロストコロストの村は武器や道具を手に持ち、川をせき止めている堤防を、破壊しに向かう。

 リッピ―・ヤード・ヤードの村にとってみれば、そんな事を簡単にさせる訳にはいかない。もちろん、抵抗をする。

 そうしてそれが原因となって、毎年大きな争い事を、この二つの村は繰り返しているのだ。

 積年の互いに対する恨みや憎しみは激しく、深く、互いを互いが悪魔のように概念化し、罵り合っていた。


 境界線の外の存在を、理解の範疇内に無理矢理に引きずり込む 心的な行動

 わずかな情報のみから、全体像を形作り、自分達の都合の良いように把握する

 自分の内からは排除したまま

 この場合

 敵は、悪でなくてはならなかった

 そして

 固定概念 一度根付いた"それ"を、人は変えたがらない

 この現象

 +

 集団になるという事

 集団という主体の性質

 人は、群れて生活する生き物だから、誰かと一緒にいたがるという欲動を本能的に持っている

 そして

 同じ行動を執る 同じカラーでいる これらは、その作用を促進させる 群れる という悦び を人々に与える

 この場合

 共通の敵がいる事実 共に戦う 団結力

 +

 人は、自分と違うモノを受け入れたがらない という性質を持つ 違うカラーは排除する その事は

 集団へ属していたい という欲動と結びつき 集団は 同じカラーでいようとする 更に固定概念を強くする

 この場合

 敵に譲歩する存在を排除しようとする作用になって現われる

 腰抜け 弱虫 おくびょうもの

 更に

 敵も別カラーである 排除対象となる

 +

 "怒り"は、防衛本能 相手を攻撃する防衛本能 攻撃する 相手に防衛本能が働けば、相手も攻撃で返してくる そして、また、それで自分に防衛本能が働き 相手を攻撃する 

 悪循環

 抑制する力がない 悪循環

 放っておけば、永遠に続いてしまう

 悪循環

 どちらかが、壊れない限り 永遠に


 興奮状態は、判断力を麻痺させる その結果、通常の状態では考えられないような、残酷な行為ですらも、行えてしまえるようになる これを、もたらすのは、怒りばかりとは限らない 集団

 集団の黒い影が、踊っている 闇夜で踊っている

 踊っている


 相手の残酷な行為は、更に固定概念を強固にする


 ある日、一人の男が、そんな状態のこの地にやって来た。

 男の名は、ピンフといった。

 ピンフは、まず、マーテン・バー・モロストコロストの村を訪れ、しばらくの間滞在をした。

 ピンフという男は、自分の事を薬売りだと名乗り、病人はいないかと村の各家を回った。その過程で、病人を見つけた場合、ピンフはすぐさまに、薬を処方した。

 しかしもちろん、村の大半は貧しい者達だから、薬を買える程、裕福ではない。

 ところがピンフは、家の者がいくらいらないと断っても、診察代はいらない、薬の代金も効果があった場合だけで良いと言って、無理矢理に薬を飲ました。

 ピンフの処方した薬は、大変によく効いた。病人達は立ち所に回復をし、ピンフに対し大変感謝した。が、同時に困りもした。金額の方は、とても村の者達に払える額ではなかったからだ。

 しかし、そこはもちろん、ピンフの方から無理矢理に飲ませたのである。ピンフは強引無理矢理に取り立てようとはしなかった。

 ただ。自分が頼み事のある時は、それに協力して欲しい。そう、村人達に言った。

 ピンフは、次に、リッピ―・ヤード・ヤードの村に行く予定だった。

 マーテン・バー・モロストコロストの村を出る際、その事を話すと、ピンフは、村の者達から忠告を受けた。

 あの村の人間達は、皆狂暴で恐ろしい。悪い事は言わない。あんな村へ行く事は止めた方が良い、と。

 薬が奪われてしまうぞ、と。

 ピンフは苦笑いを浮かべながら、その忠告を受け取ったが、今更、行き先を変える訳にはいかないと言って、そのままリッピ―・ヤード・ヤードの村へと向かった。

 リッピ―・ヤード・ヤードの村に着くと、ピンフは村人達から心配をされた。来た道から察せられたのであろう。マーテン・バー・モロストコロストの村の連中から、何かされなかったか?と尋ねられた。

 ピンフはそれを聞くと、やはり苦笑いを浮かべたが、自分は薬売りで医者でもある、そんな人間に危害を加える者はいない、と、それに答えた。

 ピンフはそれから、こっちの村でも同じ事を行い、そして、やはり同じ様に感謝され、同じ様に薬の代金は受け取らなかった。

 そして、やはり同じ様に、いつかは協力して欲しいと約束をし、リッピ―・ヤード・ヤードの村を後にした。


 ピンフが次にこの地を訪れた時、彼は大量の蚕の繭を持ってきた。

 そしてマーテン・バー・モロストコロストの村にピンフはそれを持ち込み、村の者達を訝しげに思わせた。

 ピンフは、その他にも数人の者達を引き連れており、彼が言うには、これから絹糸と呼ばれる糸が取れるという事だった。そして更に、彼は驚くべき事を口にした。共にやってきた者達は、その方法を村人たちに教える為に来たのだと言うのだ。

 どういう事なのか?と、当然、村人達はピンフに尋ねた。するとピンフは、この地は蚕の繭を生産している地域と、絹糸が売れる地域の丁度間に位置するのだと答え、更にここで、糸が紡がれれば、絹糸を売るのに都合が良いのだ、と説明をした。

 つまり、ピンフはマーテン・バー・モロストコロストの村人達に仕事を依頼しに来たのだった。

 もちろん賃金は払うし、それで薬の代金も払ってくれれば良い。

 ピンフはそう言った。もちろん、村の者達にこの申し出を断れる訳もなかった。中には、快く思わない者達もいたが、恩のある男の、しかも自分達にとって利益になるかもしれない依頼に、表立って反対できる者はいなかったのだ。

 マーテン・バー・モロストコロストの村の住人達は、蚕から、糸を紡ぐ技術を学びはじめた。

 幾許かの時が過ぎると、ピンフは再びマーテン・バー・モロストコロストの村を訪れた。もう、住人達は糸を紡ぐ作業に慣れていて、だいぶ上質な糸を紡げるようになっていた。

 ピンフはその糸を回収すると、村人達に賃金を支払った。

 村人はその金額が自分達にとってかなりの額であったので、大変に驚き、再びピンフに大変な感謝をした。

 もちろん、それで村人達は、薬代をピンフに払った。

 それからピンフはマーテン・バー・モロストコロストの村を出ると、次に、回収した糸を持ったままリッピ―・ヤード・ヤードの村へと向かった。もちろん、マーテン・バー・モロストコロストの村の住人達に、その事は知らせなかった。

 リッピ―・ヤード・ヤードの村へ着くと、ピンフは前の村の時と同じ様に、村人達に仕事の依頼をした。

 蚕の繭からこの絹糸を紡ぐ生産地と、この絹糸を使って作る布が売れる地域の間にこの村は位置する。ここで、布を作ってくれれば、布を売るのに都合が良い。この村で、絹糸から布を作ってくれはしないだろうか?もちろん、賃金は払う。それで、薬の代金も払ってくれれば良い。ピンフは前と同じ様にそう言って、村人達を説得した。

 もちろん、ここでも表立って反対できる者などいなかった。そうしてだから、リッピ―・ヤード・ヤードの村の住人達は、マーテン・バー・モロストコロストの村の住人達が繭から糸を紡ぐ技術を学習したように、絹糸から布を作る技術を学び始めた。

 それから、やはり幾許かの時が流れると、リッピ―・ヤード・ヤードの村の住人達は、布を作る技術をほぼ身に付けていた。

 ピンフは村人達にとっては高額な賃金を支払い、その布を回収した。村人達はやはりピンフに感謝をし、それで薬代を払った。

 そうして、こういった経緯をへて、ピンフはこの地域の人々から篤く信頼を受けるようになっていった。


 ピンフが次にこの地を訪れた時、彼はある別々の提案を双方の村にした。

 まずピンフが訪れたのはリッピ―・ヤード・ヤードの村で、ここで織った布をそのまま売るよりも、この布を更に加工して洋服などにして売れば更に収入が得られる、と彼は村人達に持ちかけた。

 村の生活は、元々それほど忙しくはない。むしろ暇であった。村人達が貧乏であるのは仕事がないからで、食料などに困るのはこの地域の天候の為である。

 時間ならばあるし、収入が増えれば生活を豊かにする事ができる。ピンフの事をすっかり信用していたリッピ―・ヤード・ヤードの村人達は、この提案を受け入れる事にした。

 さて、一方マーテン・バー・モロストコロストの村人達は、糸を紡ぐ技術を更に発展させていた。

 単に糸を紡ぐのではなく、良質な繭を見分け丁寧に紡ぐ事により、上質な糸を作り出す方法を身に付けていた。

 ピンフはこれに目を付けた。商品価値の高い布を作るのには、この上質な糸は最適である。ピンフは、織りあがった布をマーテン・バー・モロストコロストの村人達に見せると、こう提案をした。

 どういった布を作るのに、どういった糸を利用するのが良いのかもっと色々と工夫をして考えて欲しい。それで、上手くいけば更に支払う賃金も多くする事ができる、と。

 マーテン・バー・モロストコロストの村の住人達は自分達の仕事を認められた事と、収入が増える事に喜び、この提案をあっさりと承諾した。

 そうして、この提案を双方が納得した事によって、新たな動きがこの地域に必要になったのである。


 ピンフがこの地域を訪れるようになってから、二つの村の住人達の暮らしは随分と良くなった。

 病気で苦しむ者はかなり減った。取り分け子供が病気で苦しむ事が少なくなったのは、村人達にとって喜ばしい事実だった。中には、その事で涙まで流してピンフに感謝する者さえいた。

 食料などの生活必需品も、水を除けば随分と外から仕入れる事ができるようになっていて、そのお陰で両方の村とも、以前ほど必死になって食料集めをする必要がなくなっていた。

 もう、ピンフのもたらす仕事なしでは、村人達の生活は考えられないものになっていた。


 根差した影響 ピンフ 固定概念 


 まず一つ


 リッピ―・ヤード・ヤードの村が、商品としてきちんと加工された服を作る為には、マーテン・バー・モロストコロストの村に、上質な糸の注文をしなくてはならない。

 また、マーテン・バー・モロストコロストの村が、布の材質に合わせた品質の糸を作る為には、生産量を決定する観点からも、リッピ―・ヤード・ヤードの村からの情報が不可欠であった。

 お互いの村に、お互いが交流しなくてはならない理由ができた事になる。


 新時代


 ピンフからその事実を聞いた時、二つの村の住人達はそれに反発をした。お互いが、お互いを悪魔の様に概念化しているのだ、無理もない。

 しかしピンフは、それを聞くと厳とした口調でこう言い放った。

 この条件を飲まなければ、これ以上仕事を依頼する気はない。別に行く。私は常にこの地に留まっている訳にはいかないのだ、お互いの村の住人達で自主的に交流してもらわなければ、商売にはならない、と。

 それは、ピンフがこの地域の人々に初めて見せる厳しさだった。

 興奮して異を唱えた人達も、それを聞いて色をなくした。二つの村の人々は一方的にピンフに依存しており、見捨てられたなら、村人達には一切抵抗ができないのだ。

 村人達が戸惑っていると、ピンフは次に穏やかな口調でこう言った。

 取り敢えずは実行をしてみて、それでも上手くいかなかったのならやめれば良い。断るのは、それからでも遅くはない。

 そのピンフの態度に少し安心した村人達は、自分達の主張を詳しく述べだ。

 ピンフの意見はもっともだ。もっともだがしかし、ピンフはあの連中を知らな過ぎる。あの連中はとても狂暴で危険なのだ。上手くいくいかない以前の問題として、あの連中と出会えば、我々は殺されてしまうかもしれない。そんな危険は犯せない。

 それを聞くとピンフは、こう提案してきた。

 なるほど、ならば仕事場は二つの村の中間に置こう。山の道で平らな場所があったはずだ。そして仕事をする者、情報を交換する者達は、互いの村とも武器を持ってはいけないという事にしよう。そして、更にこの仕事場内では決して怒ってはいけない、という事にもしよう。

 それならば、間違っても人死にが起きる事はないはずである。ピンフのこの提案に、二つの村の住人達は渋々納得せざるを得なかった。


 嫌いな相手を、真に理解するという事は、不可能である (あるカウンセラーの主張)


 さて、実際にこの仕事場が始動すると、ピンフが最初に言った以上に、奇妙な規則が幾つもあった。

 まず、基本的に一対一でこの面接は行われた。しかも、最初の数時間はお互いがお互いの仕事を適当に行い、それから話し合いが行われるという手順になっていた。

 更に、食料や水が常備されており、これはピンフが準備したモノであったのだが、仕事場を利用する者が空腹状態にならないよう気を使われていた。


 二人きりの空間 お互いにとって普段自分を取り巻く集団を排除した空間 

 つまり 

 集団を基底にした心理が働かない………


 集団に属しているという快感の排除

 別カラーでいる事を恐れる感覚の排除

 さらに

 この場での"集団"は、相手一人である 境界線の外の人間である 相手一人である 

 長時間の滞在

 興奮状態の鎮静化 もちろん怒りの感情もその中に含まれる そして 

 食事も興奮状態を落ち着かせる作用がある

 新しい試みは、固定概念を崩す という側面を持つ

 孤独感 相手を取り入れる心理作用に結びつく それを行うのに邪魔な集団の心理作用 また、怒りの感情も極力抑えてある状態 仕事を行う為には、相手と協力していかなければいけない という思考 理性も働く


 それは少しずつの変化だった。

 幾人かの者が仕事場に通うようなってから、微妙にその者達の様子は変化していった。

 最初。いつもはにこにこと笑い、よく喋る者でも、何故か相手の村の話題になると、どっしりと押し黙るようになった。

 それからしばらくが経つと、徐々にだがポツリポツリと相手の村人の事を語り出すようになっていった。

 今まで思っていたよりも、そんなに悪い連中でもないかもしれない。仕事を協力して行うくらいなら、できるかもしれない。

 また隠れて、相手の村から何か品物を手に入れる者達も出始めた。お互い、相手の村でなくては手に入れられない物。

 隠れて塩気のある貝等の干物を食べるリッピ―・ヤード・ヤードの村の若者。山の上でしか採る事のできない珍しい山菜を食べるマーテン・バー・モロストコロストの村の女性。

 その動きに、反発をする者もやはりいた。

 村の古い人間。戦闘で負傷や死を経験してきた者。自分の固定概念を変える事ができない、恨みを忘れられない、新しい時代の変化を恐れる者達。

 喧騒が起きた。二つの村の間にではなく、各々の村での内乱。

 しばしの葛藤。

 やがてそのストレスは、やはり外部へと向けられていった。

 山間の仕事場。面接の場。

 両方の村の住人達は、ピンフに特別に多人数での話し合いの許可を求めた。ピンフはそれを許可した。

 ただし、怒ってはいけない。というルールと食料の供給だけは、条件として絶対なモノとした。まただから、あからさまに相手を怒らせるような発言も禁止にした。

 そして話し合いの方法にも、ピンフは干渉をした。

 ピンフの弁。

 できるだけ自分達の主張をよく纏めてから、相手に伝えるのが良い。その為には、いきなり話し合いに臨むのではなく、文章などに纏めてからそれを伝えるという形が有効だろう。

 もし話し合いで、どちらかが怒り出しそうな雰囲気になったなら、その場合も一時は話し合いを中断し、文章に纏めて整理してから、それを相手に伝えると良い。

 原則として、自分がどうしてそういった行動を執ったのかを相手に説明し、自分の立場を良く理解してもらうおうとする事。相手に自分の立場になったつもりになって理解してもらうのが、相手に何かを要求する場合には、摩擦が起き難くなり有効だからだ。結果だけで、相手が悪い、と議論していても何もならない。不毛な言い争いが続くだけだ。


 文章を書くという行為 人間は自分の本当に伝えたい事を、瞬時に言葉として表現できる機能は持っていない

 文章を書くという行為 自分自身との話し合いの内に、それを纏め上げ、それは本当にすっきりとした形となる

 きちんと自分の考え方が整理されていれば議論はスムーズに行える

 また、自分の本当に伝えたい事を言葉にできず伝えられなければ、それはストレスの原因となる

 ストレスは怒りの原因となる

 怒りは、議論を破壊してしまう事の原因となる 感情論に走らせる事の原因となる

 それを排除する

 更に 文章にまとめる行為 考えるという行為 思考の働きには、怒りを抑えるという効果がある


 自分の立場を考える行為 相手の立場に立って考えるという行為 それは同時に自分を客観的に見つめる という行為でもある 

 文章を書く 自分を客観的に見つめる 客観的な思考を整理し、纏め上げるという行為に発展する

 自己中心的な発想の排除


 相手の心中の憤りを聴く 自分の胸の内の情動に置換させ 感じる

 相手に共感をする それは、相手を許せるという心的な行動になる

 感情での納得


 建設的な議論の実現

 それらをもたらす


 また、それは境界線の外の人間 理解の外の存在を、自分の内に取り込みつつ 理解の範疇内に持ってくるという行動でもある


 話し合いは三日三晩に渡って行われた。

 熟考し、長い時間をかけて行われた議論の末に出た結論は、至極当たり前のモノだった。それは議論をする前から分かりきっていた事でもあった。つまり、どちらもどっち、反省すべき点はお互いにあった、と、そう二つの村の村人達は納得をした。

 漸く。

 もちろん、そんな結論は本当は誰でも気付いてはいたのだろう。ただし、それは飽くまで思考の機能での事であって、所謂、感情という機能の範疇では、それを納得する事ができていなかった。否、納得したくなかったのだろう。お互い、その結論を避けていた。これも当たり前の事ではあるが、人は自分が信じたがるモノを信じる生き物だ。

 だが、そう結論が出ても、その話し合いの後で、二つの村の関係はいきなり劇的に変化をした、という訳でもなかった。

 それは、相変わらず緩慢とした変化だった。しかし、新しい流れに、反発をする力が弱くなった事もまた事実だった。確実に良い方向に二つの村の関係は向かっていった。理解の範疇外の存在を受け入れるのだ。取り込み、同じ主体となるのには時間が掛かる。また、そういった二つの社会の融合は時間を掛けた方が良いのでもあろう。隠された問題点などの存在もあるかもしれない。そういった事々を少しずつ探り、解決していく、その方が悲劇も生まれ難い。

 そうして、ある一点を迎える。

 お互いを受け入れるある一点を迎える。

 すると、互いの社会、文化の融合は急激に起こった。

 この一点とは、お互いの村を受け入れる事が固定概念を打ち砕く事でなくなる一点である。つまり、お互いの村の文化が近くに存在する事が固定された一点。

 もう同カラーでいる事が、相手に反発する事ではなく相手と協力する事になった、要するに、今度は逆に、相手の悪口を言う者が異分子として排除される文化に生まれ変わったのだ。


 平等理想


 すると、今度は相手と戦争をしていたのと同じ現象で、相手を受け入れなくてはダメだ、とするルールが加速度的に、定着をする。ただ一つ、怒りという興奮状態だけはこの心理作用には存在しないが。


 そして二つの村には、物理的な問題だけが残った。

 水の供給である。

 争いがなくなっても、水不足はなくならない。しかし、この問題も意外な方向から解決をされた。

 少ない水をどう分け合うか、が議論されると考えられていたのだが、そうはならなかったのだ。

 二つの村は、仕事によって得られた賃金を共同で貯め、それを井戸を掘る費用に当てた。村の地下には、かなり深く掘らなくてはならないのだが、地下水が多量にある事がわかったのだ。川を流れる雨水は微量で、そのほとんどは地下に吸収され、流れていたのだ。

 今までは費用などなかった。だから、井戸が掘れなかった。

 カクシテ、水は供給をされた。

 こうして、最後の争い事の原因は排除された。

 それからの二つの村の暮らしぶりは、随分と変化を遂げた。

 それまでは得る事ができなかった互いの村の物を手に入れる事ができるようになった。海産物。山菜。文化的な物。絹織物の衣服などは、更にオリジナルデザインが施されるようになり、もちろんそれは二つの村が協力してやった。

 生活は、裕福にとまでは言わないが随分と楽になり、精神的な不安も解消された。もう、水不足を恐れる必要もないし、狩りの時に諍いによって傷つく心配もなくなった。

 二つの村は、こうして一つの社会、文化として融合して、一つの主体となった。

 これは、まあ、それだけの物語である。


 ………ピンフに、どんな意図があったのかは結局の所、誰にも分からなかった。別に、地域社会の仕合せの事など、考えてなかったのかもしれない。彼は本当は医術の心得のあるただの商人であったのかもしれない。

 実際、彼はこの地域社会が安定した事によって利益を得たのだ。純粋な慈善行動だ、と言いきってしまう訳にはいかないだろう。

 ただし。

 彼の行為、与えた影響によってこの地域の社会が良い方向に転がった事だけは、確かな事実である。

 それは、単なる現象としては、確かに真実なのだ。

 ピンフには、モラルも、理想も、イデオロギーも関係ない。単なる現象だからだ。


 勘違いがないよう断っておくが、僕は、別にこの物語に、経済活動が社会を良い方向に発展させるのだ、とかいった理念を込めた訳ではない。ただ、良い方向に進める場合もあるから、利用しろ。という意味は込めたつもりではある。人間の心理など所詮、現象に過ぎない。この世の法則の範疇を超えたモノではない。ならば、難解な部分もあるだろうが、その性質を知りさえすれば、ある程度は利用できるのだ。


 最後に、ある集団心理実験の話を綴ろう。


 (ロバーズ・ケーヴの実験)概略


 ある交流のない"似ている"少年達を集め、AとBのグループに分ける。

 それぞれAとBのグループ別々で、ハイキング等、一緒に遊ばせ、グループ内で仲良くさせる。

 次に、AとBにスポーツなどで競わせる。AとBの間に、対抗意識が生まれたのだが、それだけではなく。A・Bとも、メンバーで自分達のグループに愛団心を抱かない者を許さないようになった。

 そして、AとBの対立が酷くなり、ケンカが起こる事もあった。

 次にA・Bを仲良くさせようとした。まずは食事会などを開いたが効果がなかった。却ってケンカを激化させた。

 そこで、お互いに"協力"しなければならない情況を作り"一緒"に行わせた。するとAとBの両集団は友情関係を作り上げた.つまり、仲良くなるという現象が確認できたのだ。


 大きな社会で、これと同じ作用を起こすべく活用するのはかなり難しい事であろう。直接に触れ合わせる事がし難いからだ。が、少なくとも、何も参考にしないよりはましであろう。

 平和だって、一つの心理現象である事に間違いはないのだから。

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― 新着の感想 ―
[一言] 小説というより、論文のように感じました。仕方のないことですが、ずっと説明口調であったことと誤字が少し目についたのが残念でした。作者の言いたい事は伝わる文章であったと思います。
2009/06/19 09:54 退会済み
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