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辺境の大聖女  作者: 華咲香
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喜びの涙

「みんな疲れ切った顔をしていらっしゃいますね」


 領都の門から中に入って暫く。

 中央通りを進む馬車の窓から町の様子を眺めていたリディアはそう心配そうに呟いた。


「ええ。人口も大噴火以降随分少なくなってしまいました」

「……」


 町行く人々の顔は大人も子供もほとんど笑顔が無い。

 その上、皆痩せこけ足取りもおぼつかない様に見える。


「栄養不足も深刻で……ですがやっとエリック様と先代様の努力で光が見えてきた所だったのです……が」

「何かあったのですか?」


 そういえばガルスシルドが宿に再び現れた時、その顔は初日に会った時よりも随分疲れて見えたのをリディアは思い出した。

 十日間、王都で領主代行として様々な仕事をしてきた。

 その疲れが少し出ただけですと、その時は笑っていたのだけど。


「失言でした……あとは主からお聞き下さい」

「そうですか」


 目をそらし、俯いたガルスシルドの姿を見て、これ以上話を聞き出すことは出来ないと悟ったリディア。

 彼女はその視線をガルスシルドからもう一度外へ向ける。


「あっ、馬車を止めて下さい!」

「どうしてです?」

「いいからっ! 早く!」


 今まで物静かだったリディアが、予想外に大きな声を出したことに驚いたガルスシルド。

 彼女がここまで言うのは余程のことだろうと悟った彼は御者側の小窓を開けると馬車を止めるように指示を出す。


「っ!」


 馬車が速度を落とし、止まる寸前にリディアは扉を開け放ち外へ飛び出していく。


「リディア様っ!」


 慌ててその後を追うために外にでたガルスシルドだったが、リディアの走る先を見て顔をしかめた。

 暗くよどんだ領都の裏路地への入り口。

 そこに一人の老人が倒れていて、ボロボロな身なりをした子供がそれに寄り添うように座っていた。


「流行病の患者かっ。リディア様を近づけては――」


 飢餓による栄養失調と火山灰の影響で、ここ数年領内では流行病がそこかしこで出ていた。

 それは領都でも例外では無い。


「大丈夫ですか?」

「ううっ……」

「お爺ちゃんが……お爺ちゃんが死んじゃうっ」


 老人は服も体も汚れきっていたが、リディアはそんなことは全く気にせずその体に触れる。

 どうやらまだ息はあるようで、老人は骨と皮だけになった手でリディアの手を握った。


「どうかこの子に……この子に病が移る前にワシから離してどこかへ連れて行ってくれ……たのむ」


 涙を浮かべ、そう力なく呟く老人の声に、リディアは同じように涙する。


「リディア様、離れて下さい! 貴女まで流行病にかかてつぃまいますぞ」

「いいのです。私は……大丈夫」


 引き剥がそうと掛けたガルスシルドの手を、リディアは払いのけると老人に向けて優しく声を掛けた。


「大丈夫です。大丈夫。この子も、貴方も……私が助けます」

「リディア様?」


 ゆっくりと老人の手を離し、自らの両手を顔の前で組み合わすリディアの姿にガルスシルドは思わず息をのむ。

 その姿は聖女そのもののようにみえて――


「イリアーナ様、私は今がきっと貴方の仰られた『その時』だと信じます」


 そう呟いた彼女の体が、うっすらと光に包まれていくのを見て、ガルスシルドと子供、そして周りで何が起こったのかと集まってきた人々が驚きの表情を浮かべた。


 その優しい柔らかな光は彼女の全身を覆い尽くすだけでは無かった。

 そのまま光が大きく広がっていくと、周囲に居た人々までもがまとめて光に包まれていく。


「これはいったい」

「暖かい」

「なんだか心が浄化されていくような気分だ」

「ああ……ああっ……」


 周囲から聞こえる声は、どれもこれも優しさに包まれた幸せそうな呟きで。

 ガルスシルドも、自らの体と心に溜まっていた疲れがスッと消えていく感覚に戸惑っていた。


「もしかしてこれが、エリック様がかつて感じたというリディア様の聖女の力……なのか」


 ガルスシルドがそう呟いた次の瞬間。

 一瞬にして光が霧散した。


「……どうしたことじゃ」


 その言葉は先ほど死にかけて生きだおれていた老人の声だった。

 しかしその声からは今にも死にそうだった雰囲気は一切消え去っていて。


「体が苦しくない……痛みも無い……」

「お、お爺ちゃん!!」


 恐る恐るゆっくりと上体を起した老人に、側に居た子供が泣きながら抱きついた。

 かなりの勢いで抱きついたというのに、老人はその体をしっかりと抱き止めるとその背を撫でながら顔を上げる。


「貴方様が助けてくれたのですか?」

「……間に合って良かった……」


 老人の問いかけにリディアはただそれだけ口にすると、自らも老人にすがりつき泣きじゃくる子供と同じように突然涙を流し声を押し殺すように泣き始めた。


 だけどそれは決して悲しみでも悔しさで流れたものでは無く。


 ただただ彼女は自らの力は本当に人々を救えるのだとわかった喜びで涙が溢れたのだった。



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