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辺境の大聖女  作者: 華咲香
2/6

突然の求婚

「ここか」


 王都の片隅にある古ぼけた二階建ての宿を見上げ、壮年の男がそう呟いた。

 男は手にしたメモと宿の看板をもう一度だけ見比べると、入り口のスイングドアを押し開き中へ入る。


 一階は簡素なカウンターと部屋が三つほど。

 真正面には二階に上がる階段があるだけの必要最低限な宿である。


 男はカウンターに向かうと、その上に置いてあるベルを振った。


 チリンチリンという涼しげな音が響き渡ってからすぐに、カウンターの奥の扉が開いた。


「いらっしゃいませ。お一人様でしょうか?」


 年の頃十代後半のエプロン姿の娘が男にそう問いかける。

 しかしこんな場末のボロ宿に泊まりに来たにしてはその男の身なりはしっかりしすぎていて。


「お客様……では?」


 娘は訝しげに問いを変えた。


「貴女はリディア様でしょうか?」

「ええ、私はリディアですが……様?」


 前大聖女に連れられて大聖堂に入ってから七年。

 たしかに彼女はその名を様付けで呼ばれていた。

 だが、大神殿を追放されて一年。

 住み込みでこの宿で働き始めてから、すっかりそんな呼ばれ方は忘れていた。


「良かった。少しお話してもよろしいでしょうか?」


 身なりの立派な騎士然とした男にそう言われ、リディアは小さく頷いた。

 いったい自分を様付けで呼ぶこの男は何者なのだろう。

 彼女はそんなことを考えながら、男を宿の中に申し訳程度に設置された机へ案内する。


「それでお話って……」

「単刀直入に言います。我が主が貴女を妻に娶りたいと申しております」

「つ、妻!?」

「はい」

「いったい私なんて、何処のどなたが……」


 大聖女の発表の時に、同時に役立たずだったと彼女の悪評は王都中に広がった。

 そのせいでこの宿の一家に雇って貰うまで、彼女は何軒もの店で断られ続けたのだ。

 そんな女を娶りたいとはいったいどんな酔狂な人物なのだろう。


「リディア様はシードルという辺境領をご存じでしょうか?」

「シードル……シードル……。いいえ、わかりません」

「そうですか。実はそのシードル辺境領の領主であるエリック=シードル様に命を受け、筆頭騎士である私がここに来たのでございます」


 そう言って男は腰の鞄から一通の封書を取り出す。

 立派な封蝋が施されたそれは、この話がとても冗談やイタズラではないことを示していた。


「開封しても?」

「どうぞ。そのために私はここまで貴女を探して来たのですから」


 私は恐る恐る封蝋を割り、中から折りたたまれた一通の手紙を取り出し、その文面に目を走らせた。

 そこには整った美しい文字で、私を娶りたい旨と、そのために辺境領まで来て欲しいという内容が書かれていた。

 そして、本来なら自らが出向くべきだが、先代領主の急死で今はその跡を継ぐために忙しく領地を離れることが出来ない謝罪も。


「この手紙にはどうして私を娶りたいのか書いていませんが」

「それは会った時に、自らの口で伝えたいとエリック様は仰られてました」


 リディアは一つ溜息をつくと封書に手紙を戻し、男の顔を真剣な表情で見つめ、言った。


「もし私の聖女としての力が目当てなのだとすれば、それは見当違いです」

「……」


 聖女の力は、その土地を豊かにし、病を癒やすことも出来る。

 なので何処の土地も聖女をほしがる。

 だが、協会が認める程の力を持つ聖女はたいてい十数人で、その聖女たちは国の有力貴族の元へしか派遣されない。

 つまりリディアはエリックが無所属の元聖女候補である彼女の力を目当てに婚姻を申し出たのだとおもったのである。


 だが、男は少し哀しそうな顔でそれを否定する。


「それこそ見当違いでございますリディア様」

「えっ」

「我が主が貴方様に心を奪われたのはここ数年の話ではないのですから」


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