1-8 ミクル(2024.9.14修正)
あれから。街の宿泊場に泊まっていたラックとレイクは、軍上層部の宿泊施設に住まいを移された。
表向きは王の客人だからというが、内実はラックを監視しレイクに実害が及ば無い様にするためだ。ラックはベッドまで別にする必要ないじゃないかと不貞腐れていた。反省の色が全くない。駄目だコイツ。
2週間振りに再開された塾だったが。レイクはショックを隠しきれず過食になったようで、お腹に白い浮き輪を付けた見た目になってた。
ポインポイン跳ねる後ろ姿が、これはこれで可愛い。
今日は野外演習場で水晶を使った訓練になり、茶色の水晶のカケラを各自渡される。
水晶に属性の力を宿して、それを媒介して炎や水を出すとはいっても。家庭の台所で使う程度の物で、戦いに使うにはあまり威力が無い。
火の力が籠もった水晶を置き刺激を与えると炎が上がり、その上で煮炊きする。その程度だ。
力を使い切ると炎が出なくなり、また力を吸わせると使用できる。水晶が壊れるまで使えるとても便利な物だ。
土の水晶は土壌に水晶を埋め、半年かけて土の力を水晶に吸収させて使う。主な使い先は畑を耕したり開拓作業を行う時だ。比較的安定した力なので暴走する事はあまりない。
「自分の体内の軸と上手く混ぜ合わせる事で、力が出せるようになる。まずは見本からだ。」
ラックが水晶を握りながら土に触れると、触った所がゴボッと盛り上がる。見る見るうちに2メートル程の真四角の土の塊りができた。
「操作盤になりきるのが、上手く力を使うコツだ。調子に乗って土を盛り上げすぎると地形が変形するから、気をつけるように。」
人差し指をスポッと差し込むと、均衡を失った土塊りはバサっと音を立てて崩れる。中は殆ど空洞だった。こんな術を地族で使える者はいない。ラックはそれだけの才能がある。今だけ尊敬しよう。
私も水晶を握って土に触れてみるが、アリの巣の穴がポッカリ空いただけだった。昔からセンスが無く、落ち込む。
隣を見れば。カムイは竹の子のような物を、カナは雪だるまを作り上げていた。ゴロウに至っては、美しいクマを造り上げている。羨ましい。悔しい。
黙って皆を見ていたレイクが、徐にラックのもとへ近寄る。2週間避けられていたラックは微笑んでいるが。
「どうしたレイク?難しいなら一緒にやってみるか?」
「……落ちろ。」
レイクが冷たい声でラックを指差すと、彼の立っている周りに音もなく丁度良い大きさの穴が開く。叫び声と共に深く落ちていった。驚き駆け寄って穴を覗くが、先は真っ暗で何も見えない。
「ラック先生は消えたから、今日は皆でゆっくり自習しようね。」
スッキリした笑顔で振り向く姿に、この子は怒らせてはいけないと皆が悟った。
ーーー
教室で各自自習をしていると、カムイからラックが反省していないという話が出た。全員が頷く。
「絶対変な物持っていると思うから、アイツの荷物漁ってやろうぜ。」
ラックの荷物鞄を机に雑にひっくり返し、中身を全て出す。
中は薬品の入った数個の小瓶、袋に入った数種類の水晶、刃渡り30センチの鋼の短剣、教材に紛れて手記が出てきた。開いて中を読んで見れば、小さな妖精さんの続編のようだ。
小さな妖精さんシリーズは販売予約数だけで2000万部を売りあげ、活版印刷機が稼働し過ぎて壊れたと逸話がある。製本された側から売り切れる人気小説だ。
白くて小さな可愛い妖精さんの日常が書かれており、3作目の『白い妖精さんのはじめてのお使い』では、病気の兄の為マンドラゴラを命がけで採りに行く妖精さんの姿に涙無くしては読めない。
カムイがパラパラと手帳を捲りながら、舌を巻く。
「箇条書きで書き溜めてあると思ったけど、しっかりとした内容だな。このまま出版できそうだ。」
これら全てをラックが一人で書いていたのか。あの見た目から反して、こんな感動物語を書くとか。人は見た目によらないとはこういう時に使うんだな。
私の好きな本の作者がアレとは、真実を知ってしまうと今後の購買意欲が失せた。
私は袋の中に入っていた紫色の水晶が気になり、指で摘む。綺麗な色だ。何かわからないので、取り敢えずカムイに聞いてみる。
「この水晶何か知ってる?」
「それ音の水晶だよ。音を大きくしたり、声とか入れておけるんだ。」
何か録音されているのだろうか。水晶を机の上にコンと置いてみると、淡く光が輝く。
『可愛い妖精さん。モエ作。』
ラックの声で朗読されたものが入っている。なんだ、怪しいものじゃなかったのか。ほっと一安心する。
『可愛い妖精さんは言いました「私はお兄様の全てが好きよ」』
そう思っていたのも束の間、何だか音声が怪しくなっていく。背中がムズムズする感じだ。気持ち悪い。
「これって『可愛い妖精さん』を『俺のレイク』に置き換えたらしっくりくる内容な気がしない?」
カナの発言で違和感を覚えていた理由が判明した。
大人気の小説、ラックの心の妄想を具現化したものだったのだ。ずっと好きで読んできた小説に、こんな隠された意味があったのか。
ゴロウは窓に走り外に向かってオェーと吐いた。妹がいる彼に衝撃は計り知れないだろう。
何てもの作ってんだアイツ。モエの世界、闇が深すぎる。
レイクは文字通り真っ白になっていた。
暫くして、どう這い上がってきたのか泥だらけのラックが教室に戻ってきたが。生徒全員から再びゴミを見る目で見られ、同じ惨劇が起こった。自業自得ってやつだな。