1-5 ラック(2024.9.12修正)
白族初の留学性という名目で、俺が地族の王都に来た時は差別が酷かった。
初めて見る白族に奇異の目が集中し、影で日々暴言や暴行が絶えなかった。
白族の特徴である白い肌、乳白色の髪。地族から見れば異様らしい。
俺の赤い瞳から、血に飢えた男女だと表立っても罵しられ始めた頃。見かねた王から特権階級を与えられると、表面上は少しだけ止んだ。
体格は地族の中では細身なので、戦闘訓練と言う名目で絡んでくる奴等もいた。舐められたものだ。片っ端から返り討ちにしたら、粗暴公爵という不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた。
白族の価値を知らしめる為に来ているのに、このままでは駄目だ。
地族のこれからの産業の為にと、慣れない鉱物の研究も着手し。ガラクタだと廃棄されていた水晶の再利用先を提案したが。ガラクタなんぞ必要無いと、資料を見る前から相手にされなかった。
出来る限りの事はやってきた。だが結果が出せない、俺を見る目は何も変わらない。相手にすらされない。共存は不可能だ。
何もかも疲れた。統括に連絡をして長期休暇をもらい、暫く地族の土地から離れる。差別を無くすと、あれだけ息巻いて白族の集落から出てきたのに。何の成果も出せていない。
重い足取りで白族の地に戻ると、同じ部族の人までもが一歩引いて俺を見てきた。逃げ帰ってきたと、視線で俺を攻撃する。疎外感で胸が詰まりそうだった。
俺の居場所はどこにもない。
どこか誰にも開拓されていない地へ行ったら、楽になれるだろうか。でも、この見た目では無理だ。
気が付けば、幼少期によく釣りをしていた川辺に足を運んでいた。夕陽に照らされ茜色に染まり、滞る事なく流れる様は昔から何も変わっていない。川の流れはそれぞれ違うが、その先の広大な海で一つになる。
見た目が違うだけで、同じ時を過ごしているからこそ、誰とでも分かち合えると信じていた。希望に満ちていた、かつての自分がそこに居たはずだった。
あの頃の俺は、どこに隠れてしまったのだろう。消えてしまっているかもしれない。
河原に座っていると、背後から誰か近づいてくる気配を感じ、飛び起き身構えた自分に驚く。
あまりに殺伐とした日々を送り過ぎている為、安全であるはずの集落の中でも、気を緩める事ができなくなっていた。自分に愕然とする。
視線の先には、幼い少女が一人立っていた。
長かったであろう乳白色の髪をぐちゃぐちゃに切った跡があり、全身泥だらけで片足しか靴を履いていない。
それでも、アクアマリンの綺麗な瞳がこちらを見つめている。誰だろう。初めて見るが、誰かの面影がある。こんなに綺麗な瞳を見るのは、初めてだ。
「お兄ちゃん泣いてるの?痛い?」
自分の事は差し置いて、心配そうに見つめてくる。いつ以来だろう。久しぶりに聞く、俺の身を案ずる言葉。胸が苦しくなる。
「泣いてないよ。君こそどうした?その髪は?誰かにやられたのか?」
「ウソ。痛いって泣いてるよ。」
少女が俺に歩み寄ってくると、小さな手で俺の構えている手を握りしめてきた。温かい。ずっと感じていなかった温もりに触れて、不意に泣きそうになる。胸が更に苦しくなる。なんだろう、この感覚は。
「私はいらない子なの。でも、私が居るから皆が纏まっていられるのなら、それは白族の為になるでしょ?だから、私は必要とされている。大丈夫なの。」
悲しみを越えた何かが、少女の瞳に見えた。
凛とした姿勢に縋りたくなる自分がいる。ポツリと口から言葉が出た。
「俺もいらない奴なんだと思う。」
「私は、貴方が居てくれて嬉しい。この夕焼けの綺麗な赤と同じ目だし、私とこうしてお話してくれている。いらなくなんてないよ。」
フワリと笑う少女に、堰き止めていた感情が溢れ出し、思わず抱きしめてしまう。
最後に感じたのがいつだったか思い出せない位の、優しい温もりに触れられた。小さな背中は、戸惑いながらも俺を優しく受け止める。
「汚れちゃうよ?」
「いいんだ。ありがとう……本当に、ありがとう。」
ずっと誰かに言って欲しかった一言が、この泥だらけの少女から与えられるとは思わなかった。
彼女の言葉で、俺は今ここで生きているんだと。俺の存在がやっと実感できた。
ーーー
思ったら体が行動に移していた。レイクという少女と族長の元へ行き、話しをする。
彼女の両親は自分も知っており、とても良い人達だった。その一人娘である彼女が何故爪弾きにされているのか、理由は聞くに堪えない話だった。
馬鹿馬鹿しい。胸糞が悪くなる。
この環境の中でも汚れる事なく、他人を気遣う優しい心を持ち続けていられるレイク。親から沢山の愛情を貰って育ったのだろう。俺の欲しい気持ちや言葉を数多く持つ少女。
俺の心は決まった。
このままレイクを地族の王都に一緒に連れて行くか、任務を放棄するか。勿論前者だ。俺以上の適任者はいない。
族長によると、レイクはこの歳で得意分野もなく落ちこぼれていたらしい。白族のこの環境にいるよりは、俺に託すべきだと判断された。
「レイク、君はどうしたい?
一緒に王都に行けば、今のように辛い事が沢山あるけど。俺の全身全霊を懸けて君を守ると約束する。それとも此処に残るか?」
一瞬言葉が詰まった様子だったが、直ぐに俺の目を見てレイクは答えを出した。
「私の両親は死んじゃって、私は一人ぼっちだから。ラック様がずっと一緒に居てくれるのなら、そこに行きたい。」
「俺はレイクとずっと居るよ。離れたりしない。約束だ。」
荷造りにレイクの家に行くと、家の中には描きかけの絵やコップが3個置いてあった。暖かい家庭の温もりの痕跡だ。もう二度と戻る事のない、幸せの象徴達。
レイクの酷く切られた髪。風呂に入れる前に整えてあげようと椅子に座らせハサミを入れる。元は長く綺麗な髪だったろうに、非常に残念だ。全体を肩辺りに切り揃え、そのまま湯浴みに行かせた。
次は俺の番だ。手鏡を用意する。肩までの長さがある、白族では一般的な髪型だ。人に歩み寄ろうと思うなら、まずは相手を理解する事から始めてみる事も大切だ。
先駆けて最初は見た目から変えていこうと、剃刀と鋏で髪を躊躇なく切った。そして地族では一般的なアップバンクに変える。
差別、虐めはどこにでもあるのは分かっている。これからは自分の大切になった者が同様に受けないよう、先回りして阻止しよう。俺が守るんだ。
「ラック様、髪切ったんですか?」
湯浴みから戻ってきたレイクを見て、おもわず息を飲む。
湯上りでほんのり桃色に染まった白く滑らかな肌に、キラキラと光を反射するアクアマリンの瞳がよく映える。こんな美しい少女は見た事がない。
皆が同じ見た目こそ美だという価値観がある白族では、醜い者は庇護される。女性で美し過ぎる者は、理由はわからないが昔から憎悪の対象だ。男性は綺麗であればある程好まれ、女性から選ばれる。だからか、俺は族長の娘の許婚に選ばれていた時期があった。
不思議そうにこちらを見つめてくる少女に、どう言葉をかけたら良いか悩む。俺の胸の鼓動が高鳴り、体があつくなる。初めての感覚だ。
「レイクは今何歳だ?」
「16歳になりました。」
「恋人とか、好きな人はいるのか?」
質問に暗い顔になると、下を向いて首を振る。レイクを好いてくれる人は、家族以外に誰もいなかったらしい。確かに、この見た目では仕方ない。これからは俺が愛そう。
俺は地族の地に行く際に、族長の娘に一緒に付いて行きたくないと婚姻を解消されている。好都合だ。
レイクに少し出てくると言い残し、族長の家に駆け込むと、レイクと婚約させるように凄む。
意気込みに圧倒された族長から、レイクは地族から見たら幼児にしか見えないらしく。婚約者だと地族の土地に連れて行くと、白族は犯罪集団だと思われかねないと説得される。
不服だが、暫くは歳の離れた妹という事で決定された。
レイクは必ず妻にするから他の男を当てがわないように書面を交わして契約をし、晴れてレイクは俺の保護下に置かれる事になった。俺だけのレイク。
その後も色々と困難が立ち塞がったが、こうして現在に至る。これだけレイクと甘い一時を過ごしているのに、未だに兄と呼ばれ続けているのは、嬉しいような寂しさがある。
言い慣れているからなのだろうが、こちらは婚約者としか見ていないので、そこに温度差を感じる。
早くレイクを俺だけのものにしたい。
次のページとの間にピクシブにて、レイクとラックの甘い一時を年齢制限で投稿しています