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先代聖女(ユーリカ)4

鬱展開です。

人の死が出てきます。

苦手な方はお気を付けください。




「くそっ、何故コブラー家に入れないんだ」


 イライラしながらステイン公爵が毒づいた。

 コブラー家の娘が聖女に目覚めた日。

 王城に急ぎの報告が入り、瞬く間に貴族たちに情報が流れた。そして、1か月で聖女として目覚めさせたステイン公爵に称賛が集まった。

 ステイン公爵は意気揚々と聖女に会いに出かけ、しかし聖女に会うどころかコブラー家に近づくこともできなかった。

 

 翌日、王都に結界が張られ、聖女が目覚めた事が平民にも知れ渡った。

 王都は喜びに沸き、有力貴族は勿論、王家もコブラー家に使いを出したが、何故か誰一人として聖女に会うことはできなかった。



◇◇◇



 ユーリカは塞ぎこんでいた。

 父と母にどれだけ癒しの力を使っても、二人とも虚ろな瞳で虚空を見つめるばかりで、ユーリカを見ることも話すこともなくなった。

 肉体は治せても、魂が傷つき心が壊れてしまえば、聖女であろうとも癒せない。

 聖女は万能ではないのだ。

 そんなことを知らないユーリカは、毎日両親に癒しの魔法をかけて、話しかけた。

 家令とメイド、二人の力を借りながら、ユーリカは懸命に両親の世話をした。

 

 悪意や二心のある者は勿論、貴族の接触をユーリカは拒絶した。

 両親に負担を掛けたくなかった。

 ユーリカにとって、貴族は魔物よりも悍ましい存在だった。

 聖石はユーリカの願いを叶え、ユーリカの許しが無い限り、何人たりともケブラー家に近寄らせなかった。

 それは王族にも及んだ。

 二十歳で即位した若き王、レイノルドがケブラー家に向かったが、訪問は叶わなかった。

 聖石の管理を任されている王族ですら聖女に会えない異常に、ステイン公爵への称賛は、一転して疑惑となる。

 

 ステイン公爵は焦った。

 表向きは穏やかに振舞っていたが、水面下では貴族平民問わず、あらゆる手段でもって聖女に接触しようと試みた。

 しかし聖女は勿論、ケブラー家の使用人や騎士団員との接触すら阻まれた。

 レイノルド王に、どのような手段で聖女を目覚めさせたのか問われ、誤魔化すのに苦労した。

 騎士団には、自分たちがケブラー夫妻と聖女におこなったことが知られているため、強引な手段を取って藪蛇になるのも困る。

 打つ手がないまま、ステイン公爵は貴族の噂を聞き流し、機会を伺うことにした。

 

 

 

 ユーリカはまるで回復する様子の無い父母に心が削られながらも、様子を見に来てくれるザリクに励まされ、時折連れ出される騎士団や王都の人々に感謝されることで何とか心を保つ。

 いつか両親が自分を見て、笑顔で抱きしめてくれる日を夢見て、ユーリカは頑張った。

 

 しかし、その思いは届かないまま、母親が天に召された。

 「あの日」から2年が経過していた。

 一度もユーリカと目を合わせることなく、ぼんやりとしたまま、蝋燭が燃え尽きて炎が消えるように、静かに息を引き取った。

 

 母が亡くなったことを、父は気付くこともなかった。

 ぼんやりと息をして生きるだけの父。

 そんな両親に涙も出なかった。

 心が動かない自分に、ユーリカは動揺した。


 ザリクに相談して王都の教会から神父を呼んでもらい、騎士団員の手を借りて自宅に埋葬した。

 貴族と関わりたくなかった。

 敷地内なら、貴族に煩わされることもないだろう。

 届け出だけ、家令に手続きをしてもらった。

 

 聖女からの完全なる拒絶に、貴族たちはざわついた。

 目覚めてから2年経っても、聖女の結界は王都から広がらない。

 母親が亡くなった日は、王都の結界が不安定に揺らいだ。

 魔物を産み出す瘴気も、年々濃くなっていて、北からは強い魔物が襲来する。

 守られている筈なのに、漠然とした不安が王都を包む。

 聖女を中心に淀んだ時が静かに流れ、「あの日」から5年後、父が母の元に旅立った。

 

 

 

 父を埋葬し、ユーリカはほっと息を吐いた。

 悲しみも何もない。安堵していた。

 ずっと両親が自分の元に戻ってくることを願っていた。

 期待し続けるのに、5年は長かった。もう疲れ果てていた。それでも諦めきれなかった。

 だけど、漸く終わった。

 

 「あの日」父と母は死んでいたのだ。

 自分は両親を助けられなかった。守れなかったのだ。

 それを認めることができなくて足掻いたけれど、あれから一度も視線を交わすことも声を交わすこともできなかった。

 

 守りたい人はもういない。

 心がからっぽになった。

 誰の言葉も耳に入らない。

 世界は壊れた。

 

 ─────そして、王都を包む結界は消えうせた。

 

 


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