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先々代聖女(グローリア)

R15指定入れました。

残酷な描写があるので、苦手な方はご注意ください。



 白い世界に少女が一人、膝を抱えて蹲っていた。

 星のように煌めく欠片が、少女を囲むように瞬いている。

 少女は顔を伏せたまま、ぽつんとつぶやいた。ごめんなさいと。

 枯れぬ泉のように涙がこぼれ続ける。少女の涙が、波にさらわれるように散っていく。

 少女は光の粒となって消えるまで泣き続けた。


 聖女になれなくてごめんなさい・・・と。



◇◇◇



 その日、ミルトランド王国の貴族たちに衝撃が走った。

 筆頭派閥の一つであるリーヴェン侯爵家から聖女が産まれたのだ。

 その家に連なるものは歓喜し、対立派閥にいるものは苦々しい顔を隠しもしなかった。


 王は慣例に乗っ取り、産まれたばかりの赤子に鎖を繋げた。

 目に見えぬ聖女の鎖。

 我が一族と王家との間に切れぬ縁ができたと、親族はこぞって喜んだ。


 聖女はグローリアと名付けられた。

 産まれて一か月で、2つ年上の第一王子と婚約が結ばれた。

 聖女であり、次期王妃となる。

 国の頂点に立つ事が約束された少女は、それはそれは大切に育てられた。

 

 母譲りの、光を編んだような金の髪と、父譲りの晴れた空の瞳。

 手入れされたミルク色の肌に薔薇のような唇。

 愛らしい少女は年を重ねる毎に、花が開くように美しく成長していく。

 家族に溺愛され、人々に傅かれ、彼女が望むものは全て与えられた。

 産まれた時から全てを手に入れた聖女。

 そのように讃えられたグローリアだったが、年を経るごとに雲行きが怪しくなっていった。



◇◇◇



「───もう10歳になるのに、まだ聖女のお力に目覚めないのですって」

「大体5歳から10歳の間に目覚めると言われているのに、どうしたのかしら」

「今はまだ平民が頑張っているから良いけれど、あまり遅いと・・・・・・ねぇ」


 ひそひそと囁かれる噂話。

 10歳を迎えてから、ひそやかな声が耳に入るようになってきた。


「グローリア。何も気にすることはないんだよ。お前は聖石に認められた聖女なのだから」

「そうよ。愛しいグローリア。外野の声など放っておきなさい」


 父と母がいつものように慰めてくれる。でも、私の心は晴れない。


「お父様、お母様、歴代の聖女は10歳になるまでに聖女の力に目覚めると言われています。それなのに、何故()()()()()()()()()のですか?」


 『聖女になれない』と言う私に、父と母は痛ましそうな顔をした。

 たとえ聖石が私を聖女だと認めても、貴族の使う術式魔法とは異なる聖女の力──結界・癒し・加護──が使えない限り、聖女とは言えない。

 

 どうしたら目覚めることができるのか。

 父も母も知らないというし、王立学園の先生に聞いても誰も知らないという。

 婚約者のフリード殿下に聞いても知らないというし、国王陛下に訊ねて貰っても、知らないという返答が返された。

 聖女は『いつの間にか』力を使えるようになるらしい。

 望めば何でも手に入るのに、何故、聖女の力だけは私のものにならないの?

 焦燥感からイライラする。

 

 そのまま1年経ち、2年経ち・・・

 私は屋敷から出なくなった。



◇◇◇



 聖女になれないまま、私は16歳になった。

 この年まで目覚めないのは過去に例がないそうだ。

 そんなことを言われても知らない。私だって聖女になる方法を教えて欲しい。

 

 いくつかの町や村が魔物に襲われて無くなったらしい。

 家の者は私に話を聞かせまいとするが、使用人の故郷が魔物に滅ぼされたとか、家族が殺されたとか、家に居ても聞こえてくる。


 聖女の力に目覚めないのかと、涙ながらに訴えてくる使用人も何人もいた。

 故郷を、家族を救って欲しいと、縋ってくる彼らが鬱陶しくてイライラした。

 そんなに言うなら、あなたが私を聖女にしなさいよ。

 そう言えば、誰もが悔しそうに唇を噛み締めた。

 

 私に無礼を働くものは、すぐに屋敷を追い出された。

 清々したけど、段々と使用人が減って少し不便になった。



「リア、気分はどうだい?」

「良いわけ無いですわ。殿下」

 

 リアと私を愛称で呼ぶフリード殿下は、困ったように微笑んだ。



 婚約者である私の元に、殿下は定期的に通ってくれている。

 繊細で心優しい殿下は、何時までたっても聖女になれない私に文句も言わず寄添ってくれる。

 殿下は好きだけど、最近は無言で責められているようにも感じられて、ふいと顔を背けた。

 不機嫌を隠そうともしない私の態度に、殿下は苦笑するけど咎めない。

 侯爵家のサロンで優雅に紅茶に口をつけると、殿下は優しく微笑んだ。


「聖女じゃなくても、私は君が好きだよ」


 殿下の言葉に、私は目を見張った。


「・・・・・・え?」

「口さがない者もいるが、誰も聖女について詳しく知らないんだ。王族である私や父もね。誰も君の力になれないのに、全てを君の所為にするのはおかしいと思う」

「・・・・・・殿下・・・」

「君が心を痛めているのも、努力をしているのも、私は知っている。王家の血を引いているのに、君に何一つ助言ができないのが情けないよ。すまない。リア」


 眉を下げ謝罪する殿下に、私は慌てて顔を上げた。


「謝らないでください殿下! 私が・・・私が不甲斐ないのです。聖女として生まれながら、聖女が何たるかも分からない私がいけないのです。本来なら国を守る要となっているはずなのに・・・・・・申し訳ありません・・・」

「・・・リア」

「でも・・・殿下のお気持ちはとても嬉しいですわ」


 にっこりと笑い、殿下を見つめる。

 ずっと冷えていた心が、少しだけ温まった。

 久しぶりに穏やかな心で殿下と見つめ合う。

 

 柔らかな世界を、怖ろしい咆哮が切り裂いた。


「・・・っ!何だ!?」


 殿下が慌てて立ち上がる。私は聞いたことの無いおぞましい声に、身体が竦んで動けない。


「リア!大丈夫かい!?」

「殿下!お嬢様!こちらへ!!」


 殿下が私を優しく抱きしめる。

 護衛が私と殿下を屋敷の奥へと誘導しようと足早に近づいてくる。

 また得体のしれない何かの叫び声が響き渡り、破壊音が轟いた。

 サロンの窓越しに、侯爵邸の壁を破壊して暴れ狂う化け物が見える。

 真っ黒に染まった眼球に、どす黒い血の色をした瞳が爛々と光る。この世の全てを憎むかのような目で睨まれ、私は血の気を失った。


「殿下!お嬢様!早くこちらへ!!」


 護衛に促され、殿下が動けない私を抱えてサロンの扉をくぐる。


「なぜ、こんな所に魔物が・・・っ!」


 護衛の舌打ちに、あれが魔物なのだと悟る。

 あれが大量に生まれ、町や村を滅ぼしているのだ。禍々しく恐ろしい化け物。私が聖女になれず屋敷に引きこもっている間、多くの人々があんなのと戦い、殺されていたんだ。

 

 泣いていた使用人の顔を思い出す。

 大事に守られ、何でも与えられた私は、そんな彼らを『鬱陶しい』と────


 サロンを出て左手には玄関ホールが見える。

 しかし、そこも滅茶苦茶に破壊されていた。余りの惨状に息を飲む。


「危ないっ!」


 護衛が前に出て剣を振るう。周辺に黒い血が飛び散った。魔物の腕が飛び、壁に当たって落ちる。

 魔物の血は私にも降りかかった。すえた匂いに吐きそうになる。

 護衛が魔物を切り伏せると、父と母の声がした。


「グローリア!!」


 私を心配して駆けつけてくれたのだろう。

 玄関ホールから、こちらに走ってくる二人の姿が見える。

 恐怖に声が出ず、殿下に縋りつきながら両親を見つめていると、破壊された大穴を巨大な何かが塞いだ。

 

 

 そこからは、まさに悪夢だった。

 

 

 音も色も失せた世界で、ゆっくりと殺戮が展開された。

 巨大な爪が、母のドレスを引っかけた。

 母は人形のように放り投げられ、壁に当たると、壁に何かを大量に塗りたくりながら、ゆっくりと床に落ちて動かなくなった。

 

 父は、頭上から落ちてきた何かに押しつぶされた。

 父がいた場所から、大量の何かが溢れ出てきた。

 

 五感を失っている中で、嗅覚だけが働いた。

 つんとした鉄のにおいが鼻を刺す。

 

 恐ろしい何かが私を見た。

 魂の奥底から恐怖が溢れ出る。

 

 怖い。誰か助けて。私を助けて。あいつをやっつけて。おとうさま、おかあさま、わたしをまもって。おねがい、おねがい、おねがい・・・

 

 私の近くには護衛と殿下だけ。

 他に動くのは、怖ろしいものばかり。

 

 どうしようどうしようどうしよう・・・

 

 恐怖に固まる私を、殿下は一度きつく抱きしめ、背に庇った。


「逃げなさい、グローリア」


 震える声で、でもはっきりと殿下は言った。


「聖女は国の希望だ。君が生きていれば国も生きる。逃げなさいグローリア。ここは私が食い止める」


 血の気を無くし、ガクガクと震える足で何とか立っている殿下に、魔物を食い止める力があるようには見えない。

 それでも、私を守ろうと恐ろしい魔物に立ち向かう殿下の背中を見て、涙が溢れ出た。

 

 

 私を好きだと言ってくれた殿下。

 すまないと頭を下げた殿下。

 黙って寄添い続けてくれた殿下。

 


 今まで当たり前と思っていた殿下の思いが、温かな輝きを伴って私の心を満たしてゆく。


 殿下を置いて逃げるなんてできない。

 この大事な、愛しい人を守りたい。

 私が本当に『聖女』なら、お願い、この人を守らせて。

 

 心から湧き出る思いが体中を駆け巡る。

 殿下が驚いた顔で振り返った。

 あぁ、その表情も、なんて愛おしい・・・。

 

 私は殿下の顔に手を伸ばした。その手は何故か光って見える。

 音も色も絶えた世界で、殿下だけが色付いて見える。

 優しい殿下の頬を掌で包み、私は微笑んだ。


「愛しています。フリード様───────」


 あぁ、私の声は殿下に届いただろうか。

 荒れ狂う体内の熱を解き放ち、私は白い闇に身を委ねた。



◇◇◇



「よくやってくれた」

「大変でしたよ。おかげで大事な手ごまを随分失ってしまった」


 とある屋敷で、男たちが談笑している。

 だが、その内容は少々不穏だ。


「力を使えない聖女に価値など無い」

「おっしゃる通りです。16年も無能な聖女を放置した王家にも問題があるが・・・」

「王が手を出さぬなら、王家を支える我らが手を下すのが臣下の務め」

「そう。無能な聖女などさっさと排除して、新たな聖女を誕生させればすむこと」


 くつくつと男たちはくぐもった笑いを洩らす。

 この者たちの手の者が、魔物を巧妙に誘導しグローリアたちを襲わせた。


「しかし、あの娘。本当に聖女だったんですなぁ」

「偽物だと疑っておりましたが・・・」

「おかげで国中の魔物が消えたし、後始末をせずにすみました」

「しかもあの娘、あと数日の命のようですよ」


 男たちは、にんまりと笑いあう。


「実に都合よく働いてくれた聖女に乾杯!」

「新たに産まれる聖女に乾杯!」


 ワインを注いだグラスを掲げ、男たちは一息にワインを煽った。



◇◇◇



 ────ここはどこだろう。

 グローリアはぼんやりと周囲を見回した。

 白い世界。近くで何かが瞬いている。

 

 殿下・・・・・・フリード様は無事かしら・・・・・・

 

 瞬きと共に、フリードとの思い出が浮かんでは消える。

 最後の、驚いた顔と、泣きそうな顔の殿下を思い出して、グローリアは瞳を閉じた。

 

(殿下を守りたい。そう思ったら力が湧いてきた・・・・・・)


 グローリアは膝を抱えた。

 なぜ聖女になれなかったのか、分かった気がした。

 

 ずっとグローリアは守られる存在だった。世話をされ、傅かれて生きてきた。

 誰かを守りたいなんて、あの時まで思ったことも無かった。


(私が聖女になんてなれるわけなかったんだ)


 グローリアは抱えた膝に顔を埋めた。

 聖女は国を守る存在。何度も言葉にしていたのに、何も分かっていなかった。

 守りたいという思い無くして、何を守れるのか。

 

(ごめんなさい)

 

 ほろほろと涙が零れる。

 

(聖女の心を持てなくてごめんなさい)

 

 呟きは誰にも届かず消えていく。

 聖女のなりかたを誰も知らないのも当然だった。きっと教えられてもなれない。心から湧き出る強い思いがなければ、きっと聖石は応えてくれないから。

 なぜ自分が聖女に選ばれてしまったんだろう。完全な人選ミスだ。

 それでも────

 

(それでも、フリード様だけでも無事でいてくれたら・・・私は聖女として産まれて良かったと思う・・・・・・)


 そんな思いに、グローリアは口を歪めた。

 こんな利己的な自分は聖女に相応しくない。


(やっぱり私は聖女にはなれないわ・・・・・・)


 ごめんなさいと、何度も呟く。

 何れ自分は消えてしまうのだろう。

 それまでは、せめてもの謝罪とフリード様の幸せを願おう。

 止まることの無い涙を世界に散らし、グローリアはゆっくりと白い闇に溶けていった、

 

 

 


1週間ぶりに開いたら、ブックマークが千を超えていて目を剥きました。(ナニガオコッタ)

ありがとうございます。読んで頂けて本当に嬉しいです。(震え声)

感想、評価もありがとうございます!

誤字報告も、とても助かっています!


本編(プロローグ?)で書けなかった話を、ちょこちょこと投稿していこうと思っています。

まずは先々代の聖女のお話です。

この時点で、相当国民は死んでますので、何ともはや・・・。


次は先代聖女のお話を投稿予定です。

引き続き見て頂けると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] うん、国の守りを個人の資質に頼りきりとかやっぱりろくでもないシステムだから本編で改変したのは正解だね
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