帰還
ミルトランド王国に国王が帰ってくる。
この日のために、国民が一丸となって準備をしてきた。
沿道は、国王の帰還を待ちわびる人々で埋め尽くされている。
「国王がいらしたぞー!!」
外門の方から歓声が地響きのように伝わってくる。
興奮の坩堝と化した王城への道を、国王は馬にまたがり堂々と闊歩した。
王の背中を旧友のルードルフ伯爵、メルリンガー子爵、ノーヴィス男爵が守る。
威風堂々たる彼らにも歓声が飛ぶ。
王と共に、ミルトランド王国を魔物から守り抜いた英傑だ。皆、歓迎と感謝の言葉を声の限りに叫ぶ。
たった四人の凱旋パレード。王の帰還にしては余りに少なすぎる人数。
権威も華々しさもない。
しかし、人々は熱狂する。
彼らが何を行い、何を成し遂げようとしているか、皆が知っているから。
国民の声援を受けて、王たちは王城に入った。そのままの姿で大広間に向かう。
サイラスから、準備が終わり場が整っているとの連絡を受けて王都入りしたのだ。
国民の声も広間に届いているだろう。
皆の熱を全身で受け、その思いと共に貴族たちと対決する決意を固め、国王は王族専用に作られた広間への扉を自ら開いた。
広間は静寂に包まれていた。
王の入室を告げる声が高らかに響く。一斉に貴族たちが頭を垂れた。
国王陛下へ臣下の礼を取り、衣擦れの音一つたたない静けさの中、王はゆっくりと歩く。
玉座の隣にはサイラスが控え、その隣には息子のレオパルドがいる。
貴族と同様に臣下の礼をとる彼らを横に、王は玉座の前に来ると堂々と腰を下ろした。
「─────面を上げよ」
王の言葉で姿勢を戻す。
王は壇上から久しぶりに会う高位貴族の面々を見渡した。
随分と身体も顔も引き締まったように見える。
一か月、自分たちだけでの生活は彼らにとって過酷だったのだろうか。
大分雰囲気が変わっているのに驚きながらも、王は腹に力を入れた。
「今日よりミルトランドは変わる。仔細は既に申し伝えた通りである。この場にいるということは全てに同意したと見做すが相違ないか」
王としての威厳、覇気。それらを声に乗せて臣下を見据える。
かつては欲や利権、地位や派閥などで争い、いがみ合い、国や民を顧みることの無かった貴族たちが、何一つ反論を述べることもなく従順に了承の意を示す。その姿に、内心で王は首を傾げた。
「・・・うむ。それならば良い。では、聖女殿!大賢者ベルディモード殿!」
いよいよ、国を変える。
真に聖女を解放し、永続的に国を守るために。
王の隣に魔法陣が現れ、アリアとベルディモードが姿を現した。
広間の空気がざわりと動いた。
貴族たちが一様に蒼褪め、ガタガタと震えだした。ほとんどの者は顔を伏せ、一部の者が怯えた視線をベルディモードに向けている。
ベルディモードは貴族たちの姿を見て、美しい笑みを浮かべた。
アリアは小さく溜息を吐き、王は、何となく察した。
ベルディモードが魔道具を起動した。
壇上に大きく、ミルトランドの国が映し出される。
その国を光の膜がすっぽりと覆っている。
滑らかなドーム型の光。今、魔物から国を守る聖女の結界だ。
「それでは聖女アリア殿。結界を解いてくれるか」
アリアは頷いた。
この模様は、全ての国民が見ている。アリアの聖女チャンネルではない。ベルディモードが作った魔道具でだ。
各所に設置した魔道具によって描かれた魔法陣の中に入ると、まるで広間にいるようにこの光景が見えるはずだ。
国民会議を行うために作った道具だが、このような式典にも利用できる。
ミルトランドに住まう全ての人の目の前で、アリアは国を守護する結界を解いた。
ドーム型の結界の頂上に穴が開き、光の粒子を散らしながら地上に向かって解かれていく。
魔力の粒子が国中に降り注ぐ。
窓の外で光が煌めき、幻想的な光景にあちこちで溜息が上がった。
「レオパルド!こちらへ来い!」
王の命令にレオパルドは顔を強張らせ、王の前に進み出た。
「何用にございますか、陛下」
「お前には王の血を継ぐ者として、これから私と共に仕事をしてもらう」
はっと顔を上げるレオパルドに頷き、王はベルディモードを見た。
ベルディモードが右腕を振るうと、巨大な水晶のような宝石が空中に現れた。
くるくると回る透明な石の中に、星のように煌めく無数の光が清浄な輝きを放っている。
場がどよめいた。
「普段は王城の地下深くに安置されている聖石である。今日は国が変わる記念すべき日であると共に、国の礎であり、今後は我々が聖石に魔力を捧げ国を守っていくことを皆の目で見て、知って貰いたい。そのために皆に披露目をすることにした」
王族しか見ることが叶わなかった聖石の美しさに、皆が見惚れる。
王はレオパルドを呼び寄せ、聖石に手を触れるように促した。
「今から私とレオパルドで国に結界を張る。その後、貴族たちに魔力を奉納して貰い、維持と強化が行えることを確認する!」
高らかに宣言し、王は聖石と息子に触れた。そして息子の身体に魔力を流す。
莫大な聖石の聖魔力が流れるように、体内の魔力回路を押し開く。
身体を作り替えるかのような聖魔力の奔流にレオパルドは唇を噛み締め必死に耐える。その姿に、王の口元が綻んだ。
息子の魔力を導き出し、指令と共に聖石へ流し込む。
ベルディモードが指示し、アリアが聖石を動かして作った、国中に張り巡らされた結界のための道を魔力が走る。
幾何学模様を作り出し、巨大な魔法陣を描きながら国境に辿り着くと、国境沿いにぐるりと光が走った。
全ての光が繋がり、ひときわ強く輝くと、大地から結界が作り上げられていく。
それはアリアが作った結界とは違っていた。
まるでステンドグラスのように、幾つもの透明な小片が組み合わさって国全体を覆っていく。
全ての小片が隙間なく埋められ、結界が完成した瞬間、レオパルドが崩れ落ち、王がその身体を受け止めた。
「よく頑張った」
ねぎらいの言葉をかけ侍従を呼ぼうとした王に、レオパルドは首を振り自分の足で立った。
「最後までこの場に居させて下さい」
強い瞳を向けて請う息子に、王は破顔した。
「よかろう。そなたが始めた事だ。最後まで見届けるが良い」
レオパルドを下がらせ、王はベルディモードを見る。
ベルディモードが右腕を振るうと、聖石は元の地下へと戻り、貴族からは落胆の吐息が漏れた。
「次は、貴族位を持つもの全てに魔力を奉納して貰う。これは義務である」
王の言葉と共に、先ほどの聖石を小さくしたような石が台の上に乗せられて現れた。
「この聖石に触れ、魔力を流して貰う。さすれば国を守る力となるであろう。まずはサイラス宰相、やってみせてくれ」
国王の指示にサイラスは恭しく腰を折った。そして王の前まで行き、聖石に手を乗せた。
魔力を流すと、石がふわりと光る。すると、魔道具が映し出す国の映像に光が走った。それは結界まで行きつくと一帯の小片を青く染めた。
「ほう。宰相の魔力は中々のものだな。一人の魔力でこれほど染まるとは想定外だ。量、質共に素晴らしい」
ベルディモードの評価に、広間がざわついた。
「聖女の結界をお前たちで作り出すには、王族の力でベースの結界を構築し、お前たちの魔力を上にのせて強化するしか方法はない。強化された結界部分は、見ての通り色がつく。誰がどれ程貢献しているのか、一目瞭然だな」
くくっと笑ってベルディモードは貴族を見渡す。
「当然、結界を染めるには、宰相のように質の良い魔力が多く必要だ。さて、誰が多くの欠片を染めることができるかな?」
ベルディモードの挑発に貴族魂に火が付いた。
序列順に、高位貴族から魔力を奉納していく。
誇らしげに胸を張る者、悔し気な顔をする者、奉納した者は様々な表情を浮かべて戻っていく。
広間は、自慢したり、褒め称えたり、次こそはと気炎を上げたりする者で熱気に包まれていた。
欠片を染める色は様々だが、色の傾向は属性に寄り、即ち派閥色となる。いずれ派閥の陣取り合戦となっていくのだが、今はまだ個人の貢献度に注目が集まっている。
その様子を楽しそうに眺めるベルディモードと、苦笑いを浮かべる国王。
「其方は貴族の扱いに長けているのだな」
「彼らは厄介ではあるが、行動原理は単純だ。競争心を煽り名誉欲を刺激してやればあの通り。国を守るために力を尽くしてくれるだろうよ」
くつくつと笑うベルディモードに国王も笑った。
「本当に感謝してもしたりない。ベルディモード殿にも、アリア殿にも。私ができることあれば何なりと申しつけて貰いたい」
王の心からの感謝に、アリアもベルディモードも微笑んだ。
「俺は十分に楽しませて貰った。こんな愉快な出来事はそうそう無いからな。全ては王が決断した結果だ。恩を感じる必要などないぞ」
「私はすでに、最高の『自由』を頂いています。これ以上を望んだら罰が当たっちゃいますよ!」
王は二人に頭を下げた。それ以外に感謝を伝える方法が思い浮かばなかった。
しかし、すぐにベルディモードに窘められる。
「王たるもの、軽々しく臣下の前で頭を下げるものではない。もうすぐ奉納も終わる。これからは其方らが国を作っていくのだ。やれるな?」
ベルディモードに王はしっかりと答えた。
「勿論だ。これからは聖女の代替わり毎に民が傷つくこともなくなる。安心して暮らせる豊かな国にすると誓う。息子と共にな」
アリアはレオパルドを見た。
卒業パーティで断罪してきた彼とはまるで顔つきが違う。
彼の中で何が変わったのか分からないけど、良い王様になってくれたらいいなと思う。
最後の奉納が終わった。
半分は透明だが、まずまずといっていいだろう。
月の奉納量は個人の資質によって決められる。
一度に奉納するか分割するかは個人の裁量に任せられているし、余分に奉納するのも自由だ。
いずれ欠片は誰かの色に染まり、何度も塗り替えられていくだろう。
「ご苦労であった!今日はこれで解散とする。皆も疲れたであろう。よく休むがよい!」
広間が拍手で満たされる。
きっと式典を見届けた国民も拍手をしているだろう。
こうしてミルトランドの聖女は、その役割を完全に終えた。




