館にて(騎士団)
色とりどりの光に包まれ、あまりの眩しさに目を閉じた。
直後に浮遊感を感じ───恐る恐る目を開けると、見たことのない広間に立っていた。
「・・・ここは・・・どこだ・・・?」
ぼんやりとした視界が徐々にクリアになっていく。
少し暗めの室内のあちこちに人が立っているのが見えた。
「おい、ハイデンか?」
見知った顔を見つけたと思ったら、先に名前を呼ばれた。
男は足早に近寄ってくると、存在を確かめるように肩をバンバンと叩いてきた。
「あぁ、クロードか」
こちらも負けずに、クロードの胸板を拳で殴りつける。
かふっと小さなうめき声をあげると、クロードは苦笑いをして両手を上にあげた。
いつも通りの様子に安心して、俺は周囲を見渡した。
「なあ、ここって・・・」
「アリア様が言っていた『転移先』ってやつじゃねーの?」
こともなげに答える同僚に、やっぱりそうだよな、と俺も頷く。
殿下による断罪から聖女様の報復(だよな?)まで強制的に見せられて、相当頭が混乱している。
視覚も聴覚も奪われ、脳に大量の情報が流し込まれ、頭を使うことが得意でない自分など、完全にオーバーヒートだ。
「よぉ、クロード、ハイデン」
「おぅ、アーカム」
「キースにチャリオット、キンブル、アイリーンも来てるな」
同じ小隊に属する同僚たちが、次々に集まってくる。
「お貴族様はいないようだな」
一通り見てきたのだろう。情報統括部のコンラートが輪に入ってきた。
「お貴族様どころか、騎士しかいなくね?」
「そうだな。騎士と騎士団に関わる仕事をしている者たちばかりだ。団長と副団長、各部隊長が向こうに集まってたぞ」
「おぉ、良かった!で、なんだって?」
「何かどころか、頭かかえてたよ」
コンラートが笑いながら話す。
「突然なんか始まって、いきなり訳わかんない場所に飛ばされて、なんも情報ねーし、脳筋にはきついよなー。取り敢えず見たものの擦り合わせしてたわ」
からからと笑うコンラートに、全員深く頷いた。
「見たものって、あれだよな。殿下と聖女様の」
「そ。殿下が衝撃的すぎて、隊長たち目が虚ろだったぜ。隊長職を拝命するときに王族に忠誠誓うじゃん?一応。そのせいか知んねーけど、悪夢だーって現実逃避してたわ。この人数に同じ悪夢だか幻覚だか見せる魔物とかいたら、恐怖しかねーけどな」
「ははっあれが幻覚とか、うちの国の内情、魔物にバレすぎ」
「いっそ殿下が魔物説」
「国が滅亡する未来しか見えない」
「今の殿下でも、滅亡一択」
「違いない」
皆ではははーと笑いあい・・・深いため息をついた
「俺たち、これからどうなるんだろうな。ていうか、俺、これからどうしよう・・・」
つい、本音が零れ落ちた。
仲間たちも、一様に無言になる。
心から忠誠を誓ったアリア様が、国からいなくなる。それこそが酷い悪夢だ。
◇◇◇
聖女は、国に一人しか現れない。聖女が亡くなると、新たな聖女が生まれる。
聖女の魂が、天と国を循環しているのだと言われている。
でもそれって、聖女様の魂が国に繋がれているということで。聖女様は辛くないのかなと俺は幼心に思ってた。
ただ、聖女様がいなければ、国は魔物に滅ぼされてしまうわけで。
代替わりの期間は、まさに国の存亡をかけた戦いとなる。
魔力を多く持たず、嫡男でもなく、特別な才もない貴族の子息は、王宮を守る近衛師団に入隊する。言うまでもなく、お飾り職だ。
対して、平民で構成される騎士団は、魔物討伐が主な任務だ。
聖女が成長して、その力を使えるようになるまで、国の守りは騎士団に委ねられる。
自警団や冒険者では手に負えない凶悪な魔物を討伐するのが騎士団の役目。
当然、命を落とす者もいるし、大怪我を負って騎士を続けられなくなる者も多い。
聖女が聖女の力を使えるようになるまでには個人差があり、早くて5年、遅いと10年を超えることもある。
その間、数千人の鍛えられた騎士たちが、命を懸けて魔物から国を守るのだ。
一人の聖女の力が、どれほど凄いのか。代替わりの度に、人々は思い知らされる。
そんな中で、アリアは特別だった。
3歳で治癒魔法を使えるようになった。
4歳で王都に結界を張り、日ごとに結界の範囲を広げていった。
5歳になると、結界はほぼ国土の全域を覆っていた。これも異例だ。
これまでの聖女は、そこまで大きな結界を展開・維持することはできなくて、町や村、主要街道に結界を展開するのが常だった。
だから、聖女が在位中も騎士団の仕事は無くならない。聖女の力の及ばない部分を、騎士団が担うのだ。
だが、アリアは「面倒くさい」の一言で、国をすっぽりと結界で覆ってしまった。そして、その強度もどんどん増していった。
6歳になるころには、聖女の仕事は盤石だった。本人は、仕事をしているという感覚はなさそうだったが。
俺も、魔物討伐で怪我を負ったとき、アリア様のお世話になった。
アリア様は4歳くらいだったと思う。喋り方も舌足らずな年端のいかぬ幼女で、妹たちを思い出した。
俺は騎士団見習いの15歳で、王都近辺に現れた魔物討伐に加わっていた。
王都周辺の魔物は弱いものが多い。討伐体験的な意味合いで、後方支援として見習いたちも派遣される。
そこで魔物に奇襲を受けた。
幸い近くにいた騎士が駆けつけて倒してくれたおかげで命は助かったが、俺は右半身をズタズタに切り裂かれてしまった。
同行していた治癒術士が止血と痛み止めを施してくれたが、半身はぐちゃぐちゃだ。
再び剣を握るどころか、日常生活にも支障が出るだろう。
先の人生に絶望していた俺が担ぎ込まれた先に、アリア様がいた。
教会にいた幼い聖女様は、俺を見て泣きそうな顔をした。身体の残骸がかろうじてぶら下がっているような状態だ。幼子には恐ろしい光景だろう。
だが、アリア様は口を引き結ぶと、俺に近寄り、手を翳して「痛いの痛いの飛んでけ!」と呪文を唱えた。
するとぼろ布のようだった半身が光に包まれ、瞬きをする間に綺麗に治ってしまった。
ぽかんと自分の腕を眺める俺に、アリア様は心配そうに、痛くないか聞いてきた。
大丈夫だと、つい、妹たちにするように頭を撫でると、幼女は弾けるような笑顔を浮かべ、「良かった!」と叫んだ。その後すぐに頬を膨らませ「まものはメッね!」と怒りだす。
素直で、ころころと変わる表情が可愛らしくて、その姿に見合わぬ程の奇跡の御業を体験した俺は、気づいたらアリア様に騎士の忠誠を誓っていた。
後で聞いたが、俺のようにアリア様に忠誠を誓った騎士はたくさんいるらしい。
その日から、アリア様の結界は王都を中心にしてどんどん広がっていった。
もしかして、俺のために頑張ってくれているのかと、あの日の可愛らしく怒っていたアリア様を思い出してほっこりしたり。
でも、無理していたらいけないと、様子を見にいっていみれば、アリア様はいつも元気で笑っていた。
8歳で幼年学校に通う頃には、王国内に魔物が発生することは無くなっていた。
結界が強すぎて、国外から魔物が侵入することもない。
騎士団は、他国との合同魔物討伐や、国外に出るときの護衛が任務になった。
怪我をしてもアリア様が治してくれるし、命の危険も大幅に減った。
騎士団だけではない。
国民にとって、アリア様は平穏をもたらしてくれた女神なのだ。
だからこそ。
・・・俺たちのアリア様を愚弄した王太子。どうしてくれようか。
◇◇◇
沸々と怒りが沸いてくる。暗い怒りに気持ちが飲み込まれそうになる。
そんな時。
「みなさーん、元聖女のアリアですー!強制的に巻き込んでしまってごめんなさいっ!気分の悪い方、いたら挙手してくださいねー」
場違いに明るい声が天井から降ってきた。
驚いて上を見上げると、キラキラした白い光が部屋の中央に集まり、光の中に聖女様が現れた。
「アリア様!!」
あちこちから声が上がる。
全ての騎士が、最上級の騎士の礼を聖女様に捧げた。勿論俺も同様に、聖女様に最上の礼をとる。
いつもと変わらぬ笑顔のアリア様に、俺は少しだけ、気持ちを落ち着けた。




