一夜開けて
恐怖に怯え眠れぬ一夜を過ごした貴族たちが、フラフラになりながら王城に集まってきた。
その姿は普段の装いとは比べるまでもなくボロボロだ。
自分たちを守る者も、生活を支えてくれる者も、食事を作ってくれる者も、いない。
パンやお菓子を見つけて空腹を満たせた者は運が良い。
料理をするどころか厨房に近寄ったことすらない者は、食べ物を見つけることもできず、汲み置きの水で喉を潤しての登城になった。
当然、馬車の用意もできない。
馬に鞍を着けることもできない。
全て用意されたものを使うだけだったのだから当然だ。
いつ魔物に襲われるとも知れない屋敷に妻子を置いていくわけにもいかず、家族で固まって歩いた。
自分で身支度もできないから、着の身着のままで出発だ。
普段歩くことのない貴族達が、周囲に怯え道程で行き合った貴族と寄り集まりながら、果てしなく遠い王城を目指した。
そこに行けば守って貰えると信じて。
風の音に驚き、羽音に竦み上がり、王城に着いた時には誰もが疲労困憊だった。
城にも、出迎えてくれる使用人はいない。
居るのは貴族だけ。
城内に入るなり座り込むもの、壁際で寝転ぶもの、さながら野戦病院の様相だ。
高位貴族ほど文句を言う余裕もないほど疲れはてており、このような状況であるにも関わらず、静かなものだった。
どこからか馬の嘶きが聞こえた。蹄の音、そして人の話し声。
陰鬱な城内の比べ、場違いなほどに騒々しい声だ。
「おぉ!本当に外門と城門が繋がっていたぞ!」
「貴族限定転移陣とか言ったか?今代の聖女様はものすごいな」
「結界を解いたというが、魔物一匹生まれる気配すらないぞ」
「空襲に備えるくらいだな。『先々代聖女戦線』に比べると、あっけないほど何もない」
初老の男たちが馬上で会話しながら城前まで走り込んできた。
城門は開かれており、門番もいない。城を目指す貴族たちは驚いた眼で見るだけで、誰も咎める者はいない。
勝手知ったるといった風に厩舎まで走らせると、手際よく水と飼葉を準備して、その勢いのまま城内に乗り込んだ。
そして、悲壮な表情で座り込む貴族たちの姿に目を丸くする。
「一体全体、どうなってんだ」
「これは酷いな」
薄汚れた姿で廊下に座り込んでいる。怪我をしている様子はないが、誰もが疲労困憊だ。
「おい!何があった!魔物に襲われたのか!」
問いかけても無言で首を振るだけ。口を開く力もないと言いたげだ。
「国王はお戻りになったのか」
「宰相はどこにいる」
首を振ることすら辞めた男を諦めて周囲を見回すが、誰もが視線を外して壁を向いた。
「仕方ない。少々煩いが我慢してくれ」
一人の老人が口の前に陣を描く。
「おい!サイラス!!キタールから駆けつけてやったぞ!顔を出して状況を説明しろ!!」
拡声魔法により、とんでもない音量で老人の声が城中に響き渡る。その場にいたものは堪らず耳を塞いだ。
暫くして、急ぎの足音と共に白髪の老人が現れた。サイラス宰相だ。
「おぉ!よく来てくれた!思ったより早かったではないか!」
「夜を徹して駆けてきたわ。まだまだ現役じゃから、何てことないわい」
かかかっと笑って、老人たちは固く握手を交わした。
そこらに転がっている若者よりもよほど元気だ。
「それでこれは?魔物に襲われたか」
至極当然の質問に、宰相は苦く笑った。
「昨日、襲われた。魔物化したワイバーンが一匹」
「一匹?」
「学園の卒業生が襲われたが、そこに居合わせた平民の騎士が倒した」
「ほぅ」
「知り合いのお嬢さんを助けに来たそうだ」
「それは幸いだったな。じゃあ、これはどういうことだ」
周りの貴族たちを顎で指すと、宰相は手で額を覆った。
「ここまで歩いてきてお疲れなんですよ」
「なんじゃそりゃ」
呆れて言葉もないとはこのことだ。
宰相も溜息を吐いて、老人たちを誘った。
「こんな所で立ち話もなんですから、こちらへどうぞ。ここにいる皆さま方も、城内の物は自由に使って構いませんぞ。使用人はおりませんから、ご自分で移動するなり用意するなりして、身体を休めてください」
そう言い置くと、後は好きにしろとばかりに、さっさと背を向けた。




