トップ会談5
国王様の息を飲む音が室内に溶けた。
そのまま静寂が満ちる。
師匠は挑むように国王様を見ている。私はそんな二人を黙って見ていた。
正直、師匠の言葉は難しくて良く分からなかったけれど、聖女任せでない国、聖女がいなくても良い国にしないかって言っている?
できるのかな。でも、師匠ならできる気がする。
国王様は何て言うのかな。
「・・・それは、いや、しかし、できるのか。そんなことが・・・」
国王様が呻くように呟いた。
「・・・私とて、聖女一人に負担を押し付けるような、そんな非情な国の在り方を変えたいと、かつては思った。しかし、国の現状を知るほどに、そして国外の状況を知るほどに、無理だと。聖女を失えば国は滅びると。何度も思い知らされた」
国王様が顔を上げた。
眉根を寄せ、師匠を見上げる。
「それを出来るというのか?大賢者殿!」
師匠の視線を真っ向から見返して、国王様は声を上げた。
一転して、その目は力強く師匠を見据える。
本当にできるのか。そんな力がお前にあるのか。
挑戦するように、問い質すように。為政者の迫力を持って師匠に対峙する。
そんな国王様を見て、師匠は満足気に頷いた。
「できる。聖石システムに頼りきりの者共だけでは無理だがな。しかし、ここに王と聖女と俺が集まった。我々が協力し合えばシステムの改変は可能だ」
ニヤリと師匠が笑った。
外向きでない笑顔だ。
国王様を認めたんだ。自分のことを「俺」って言ってるし。
何だか嬉しくなって笑ったら、人事じゃねぇぞと小突かれた。
そんな私たちの様子に、国王様は目を丸くしていた。
「お二人は仲がよろしいんですなぁ」
突然、国王様が近所のおじさん感を出してきた。
微笑ましいものを見るような笑顔が、何故だろう。いたたまれない。
師匠がフンと鼻を鳴らした。
「見ての通り、こいつは全く聖女っぽくねぇし、今更俺も大賢者なんて呼ばれたくない。大賢者って色々と面倒くせぇんだよ。だからアンタも俺のことを”大賢者”とか”ベルディモード”呼びするの禁止な」
「面倒くさい、ですか。確かに『名』が付くと面倒事が増えますな。国王という名も実に面倒だ」
楽し気に笑う国王様。
すごい!師匠と通じ合ってる!
驚いていると、師匠が呆れた眼差しを向けてきた。
「それでは、私は貴方のことを何とお呼びすればよろしいですかな?」
国王様の問いかけに、師匠は顎に指をかけて暫し考え込んだ。
そうだよね。国王様が師匠のことを師匠って呼ぶのは、ちょっとおかしいよね。
師匠は直に顔を上げた。
「他国では、俺のことは『ベイル』と呼べ。遥か東の国から来たことにしておこう」
「王国向けは別にあるのですか?」
「国内では『大賢者ベルディモード』で良い」
「・・・宜しいので?」
「貴族共への説明も、その名を使った方がやりやすいだろう。抵抗勢力を潰すのも、その名を使った方が効果が上がるだろうしな。勿論、国外で公言できないように細工はさせて貰うが」
師匠の悪い笑みに、国王が苦笑う。
「精々お手柔らかにお願いします」
「手荒にはしないさ。システムを維持する大事な要員だからな」
ふむ、と国王様が思案する。
師匠には、やることのイメージが出来上がっているのかな。
首を傾げていたら、師匠が意図を汲んでくれた。
「俺の考えはこれから説明するが、聖石システムは無くさない。あれは有用だ。管理者と実行者を限定せざるを得なかった点を改善する為に、新たなシステムを上に乗っける。現システムと新システムの連携には王の権限が、新システムの詳細を詰めるのに、王と聖女の知識と経験が必要だ。俺はデータでしか国のことを知らないからな」
「『大賢者ベルディモード』殿は国の在り方を変えるつもりは無いとおっしゃるか」
「そうだ。国の在り方は変えない。変えるのは『人の在り方』だ」
師匠と国王様が真剣な顔で見合う。
ふっと、国王様の顔が和らいだ。
目覚めてから、どこか張り詰めた雰囲気が抜けなかった国王様だったけど、今、その緊張感が消えた。
国王様は静かに目を閉じると頭を下げた。
「願ってもないことです。私は貴方様に全てを委ね、協力いたしましょう」
「一国の王が軽々しくそのようなことを言って大丈夫か」
揶揄うような師匠に、国王様は柔らかく微笑んだ。
「貴方様だからです。大賢者とは斯くも偉大な者なのかと瞠目しています」
「買い被りだ。『大賢者』なんて大したことない。少し知恵が回って小狡く立ち回れる俗人な連中の蔑称だ」
『大賢者』を讃えた途端、師匠から表情が消えた。
冷たい表情で淡々と言い捨てた師匠に、私も国王様も、それ以上は言及しなかった。
◇◇◇
それから、私達は動き出した。
国王様は、対外的には私の結界が消えるまでスグナン公国に滞在することに。実際は師匠の館で計画を進める運びとなった。
この計画にはロザリー様が全面的に支援してくれた。
私がロザリー様を巻き込もうと主張したのだ。
もう、ミルトランド王国だけで収まる話では無いし、事情に通じている信頼できる人がいた方がいいと思ったから。
師匠は難色を示したけど、国王様は理解してくれた。
ロザリー様は、細かいことは何も聞かずに私のお願いを聞いてくれた。
鈴を転がすような声で笑いながら「アリアの言うことなら、仕方ないから聞いてあげる」と。
あまりにあっさりしていて、師匠も驚いていた。
「それでいいのか」と問う師匠に「アリアのすることを見たいのよ」と素敵な笑顔で返すロザリー様。
加えて「アリアは危うい所もあるけれど、貴方が野放しにはしないのでしょう?」と言われて、師匠が黙り込んでしまった。
あれ?もしかしてロザリー様は師匠をやり込めたの?すごい!
尊敬の眼差しでロザリー様を見つめていたら、むつっとした師匠にデコピンされた。
暴力に訴えるのは良くないと思います!
実行前に、他の聖女達にも話すことを約束した。
これは国に、そして聖女に対する革命だもの。誤解や不安を与えないように、きちんと説明しなくてはいけない。
皆が穏やかに暮らせる国へ。
これが正解かは分からないけど、思いを叶えるために精一杯頑張ろうと気合を入れた。




