出国しよう!
アリアは学園の外に出ると、拳を天に突き上げた、
「やっっっっっっったーーーーーーー!自由だーーーーーーーーー!!」
《ちょっとちょっとちょっとーーー!アリア本気!?》
喜びの雄たけびを上げるアリアの脳内に声が届いた。
「本気に決まっているじゃない!もう、私を縛るものはないのよ!『聖女ネットワーク』の皆!祝って!!」
機嫌よくスキップを踏みながら、アリアは高らかに喜びの雄叫びを上げた。
◇◇◇
『聖女ネットワーク』とは、各国の聖女が繋がる聖女限定の固定回線だ。
もう少し正確に言うなら、各国の王家が守る聖石がネットワークを構築し、そこにアクセスして運用できる唯一の存在が聖女だ。
聖女は産まれた瞬間にネットワークに捕捉され、存在を認識した王家に確保される。そして聖女は王により聖石に繋がれるのだ。
聖石は国の基盤。国そのものだ。
そこに繋がれた聖女は、国を出ることはできなくなる。
各国による聖女の奪い合いを避けるため、聖女を守るためなど建前はあるが、要は国による囲い込みだ。
聖石を通して国に結界を張り、魔物の被害から国民を守り、豊穣をもたらし、癒しと加護を与える。
国のために尽くし生きるのが聖女であり、生きながらにして信仰の対象だ。
アリアは人の役に立つのなら、聖女として生きるのも悪くないと思っていた。
そりゃ、色んな国に行って、色んなものを食べて、色んな景色を見て、色んな経験をしてみたいとは思った。
でも、皆の笑顔を見るのは何より嬉しいし、それを守る力があるなら、思う存分振るいたいと思った。
だから、王立学園への入学にも前向きだった。
色々と学んで、できることを増やそうと思った。
───聖石に繋がれていても、外に出る裏ワザがないか、調べたり試したり試行錯誤して・・・こっそりチャレンジしていたのは内緒だ───
だから、偽聖女と断罪されたのには驚いた。
まさか、国外追放を言い渡されるとは思ってもみなかった。
ダメもとで『王族の血を継ぐ者の意思』を媒介に、聖石に繋がれた鎖の解除を試みて・・・鎖が外れた瞬間、体が震えた。
これが、普通の人が当たり前に持っている『自由』なのだと。その軽さに心が震えた。
◇◇◇
《アリア?何やってるの?》
「んー?国を出る準備。『真なる聖女』様は、国民の安全を守ってくれそうにないし、当面の結界と加護を付与しておこうと思って」
王に付けられた鎖を外しても、聖女であれば聖石を利用できる。
聖石を使う力は聖女の固有スキルだ。鎖が消えても、聖石との繋がりは消えない。『聖女ネットワーク』の皆と会話できるのもその証拠だ。
本当にただの足枷だったのだな、とアリアは思う。
《それにしても『真なる聖女』ねー》
半笑いの言葉に、次々と同意が上がる。
《私も『真なる聖女』様とお話ししてみたかったー》
《『聖女ネットワーク』に早く参加してくれないかしらん》
《ご自分で『真なる聖女』と名乗りを上げられた時、すぐにお声がけしたのに・・・無視されて悲しかったわー》
《そうよね。私たち『産まれた時から聖女』とは違う、新しいタイプの聖女様かもしれないわね》
ふふふ、と笑いあう聖女たち。
多少、揶揄いや呆れを含んだ物言いになっても、目溢しをお願いしたい。
聖石についても、聖女についても、秘匿された情報は特にない。聖女の役割も、聖石との関係も、幼いころから寝物語として聞かされ、学校でも当然習うのだから。
『偽聖女を騙る』など、突拍子もないこと甚だしい。
まあ、それをやらかしたのが王太子殿下な訳だが。
とはいえ、自分たちと違う聖女の力を彼女が持っているなら素晴らしいことだ。国を守る力は多ければその方がいいに決まってる。自分はお払い箱にされたけど。
ぼんやりと考えを巡らしながらも、アリアはその手を止めない。
卒業パーティの出来事は、最初から『聖女ネットワーク』で共有済だ。
現在の聖女は総勢8人。アリアは最年少の16歳だが、他の聖女たちも比較的若いためノリが良い。
公的には聖女らしさを意識するが、普段は普通の女子と変わらない。よくネット内で集まってはお喋りする仲なのだ。
《つか、聖眼使いの王太子って・・・そもそも聖眼なんて初めて聞いたわよ?》
《それね。なんか、言葉のセンスに独特な感性を持っていらっしゃる、ような?》
『真なる聖女』といい、どこから引っ張ってきたのか、大仰な言い回しが中々恥ずか、いや素晴らしい。
《いや・・・むしろあれは性眼使いの間違いでしょ》
王太子の『真なる聖女』を見る目を思い出して、つい口走ったのは隣国の聖女。
だが。
聖女達のおしゃべりが、ぴたりと止まる。
《・・・それ、聖女が言っちゃいけないやつ・・・》
軽口からのブーメランがざっくりと突き刺さった。
確かに聖女が言っては・・・
《えっと、そうそう、あのトンデモ殿下よ!相当ありえないこと口走っていたけど、アリアの国は大丈夫なの?》
東国の聖女が話題を変える。気遣いのできる素敵な人だ。
しかし、その口調にはかなり怒りが込められている。
国民の大多数が平民だ。彼らの労働と税の徴収によって生活が支えられているのに、なんという言い草か。
聖女に対する知識もまるで無い上、アリアへの態度は聖女に対しての宣戦布告といえよう。憐れみなどとうに超えて、更に怒りが倍率ドンだ。
《それに関しては、私も思う所がありまして。・・・よしっと。準備完了です》
ふぅと息をついたアリア。
一転して聖女達はそわそわし始める。
《・・・ねぇ、アリア?何だか、未だかつて感じたことのない、とてつもない力を感じるんですけど?》
《何をする気なの?国を滅ぼすつもりじゃないわよね?》
さすがは聖石と繋がっている聖女達だ。アリアが組んだ術式の波動がすでに伝わっているようだ。
自分たちは国に繋がれていても、その力はネットワーク越しに融通しあえる。
魔物の大量発生や災害など、一人で手に余ることは、皆で解決する。それぞれ魔力を練りこんだ術式を組み、ネットワークを通して送る。受け取った聖女はそれらを適切に起動し、最速で人々を救うことに力を尽くす。聖女の最も大切な仕事である。
アリアの力は聖女の中でも特別に強い。学園では勉強熱心で、様々な研究を行っていたことを皆知っている。
時々こそこそ活動していたのも気づいていたが、これがその成果なのだろうか。
見たことの無い術式からは、例えようのない魔力が滲み出ているのが分かる。
「私は平民の偽聖女。同胞を害するわけがないでしょう?」
にっこりと良い笑顔を浮かべると、アリアはこれから発動する術式の説明を始めた。
「まずは、結界の再構築。王城と貴族街を結界から除外します。『真なる聖女』様の邪魔をしてはいけませんから」
これはパーティで宣言したことだ。
「次に、高貴なる方々は無能な平民とは関わりたくないそうですので、王族ならびに貴族の皆様は、平民の暮らす場所には立ち入れないようにします」
王都への立ち入り禁止宣言。
物理的に国民との繋がりを遮断するというアリアに、聖女達が慌てる。
《ちょ、ちょちょちょ、アリア?》
《え、閉じ込めちゃうの?貴族門を出たらどうなるの?》
「街の外に出ます!勿論、他の町や村でも平民街には入れません!外門から直接貴族街に入れるんです。便利でしょ?」
貴族限定転移機能付き結界を作ってみましたーと、明るく笑うアリアに聖女達は唖然呆然。
そう。アリアは心の底から怒っていた。平民を無能と蔑むならば、有能と自負する者だけで暮らしてみればいい。
「私は追放されるので、今まで通り、国全体を結界で覆うことはできません。残していける魔力で持たせるための選択と集中の結界再構築です。居住区と街道以外は魔物が出るようになると思いますけど、やんごとなき方々は魔法も使えますし、『真なる聖女』様の加護も得られるのですから、問題ないでしょ」
アリアが楽し気に笑うほど、聖女達の背中が寒くなる。
結界を再構築するだけでも相当の力を使うのだ。それになのに、転移陣まで付与するとは。
選択と集中って、余分機能に回される力は無駄ではないのか。
いろんなつっこみも、アリアの続け様の言葉にさえぎられる。
「後、これが一番大変だったんですけど、何とかなりました。王城及び貴族エリアからの平民転移!」
《《《《《《《は?》》》》》》》
聖女達の声がハモる。アリアは一体何を言っているのだ?
「ですから、平民不在の生活を満喫していただこうかと。・・・ゴミムシを視界に入れずに過ごせるとか、気分爽快でしょうねー」
アリアの声が低く冷える。
しかし、直に気を取り直したか、明るい声に戻して説明を続ける。
「あ、別に強要するつもりは無いですよ?貴族エリアにいらっしゃる平民の皆様には一旦転移して貰いますが、ご自分の意思でお仕えしたいと願うなら、戻るのは自由です。忠誠心や絆を断ち切るのは非道ですもの」
にこやかなアリアに、どこから突っ込むべきかも分からない
少なくとも強要しないのは平民限定のようだ。貴族への強要は待ったなし!
《うん。アリアの説明を脳が拒否するんだけど!》
《大体、そんな大人数をどこに飛ばすつもりなのよ!》
《突然知らない場所に飛ばされたらパニックよ!?》
「大丈夫ですよー!私だって、ぼんやりと学園生活を送っていたわけではないのです!国民全員を収容するお屋敷の当てはあります!」
《《《《《《《・・・》》》》》》》
ミルトランド国の国民はおよそ1千万人。それを収容できるお屋敷とは。意味不明である。
「それに、突然の転移だとびっくりしちゃうと思いますけど、今説明していますから!王城と貴族街で働いている皆さーん、心の準備をしてくださいねー!」
《《《《《《《・・・は?》》》》》》》
再び、声がハモる。
《・・・アリア?》
「『真なる聖女』のご紹介あたりから、ミルトランド国民に向けて、聖女チャンネル全力オープンです!!」
《それって、ほとんど最初っからじゃない!!!》
力強く言い切ったアリアに、聖女が吠える。
《もしかして今も・・・》
「はい!ずーっと全力オープンです!!」
《いやあぁあああ!!!》
《さっきの会話も!》
「大丈夫です!映像は私が見ている光景を一方的に送り付けているだけですし、音声もそうです。誰が何を言ったかまでは分かりません!大した事言ってないし、むしろ、親しみやすくなって良いと思います!」
《そそそそそそそれなら、だだだだいじょうぶかしらららら》
《どどどどどドウヨウしすぎですわよ、皆さま、オホホホホ・・・》
《あぁぁぁあ・・・聖女のイメージがあぁぁ・・・》
うろたえまくる聖女達。
その中の1人がはっと息を飲む。
《もしかして、外遊中の国王にも・・・》
「勿論、強制送信してます!送信のみなので、向こうの様子は分かりませんが、なんか慌てているみたい?さっきから転移陣がバンバン飛んでくるので、弾き返すのが面倒です・・・」
《《《《《《《あんた何やってんの!》》》》》》》
3度のハモりに、聖女連合の心は一つ。見事な統合にアリアは感心する。
「まぁそんなわけで、王様、聞こえてますかー?私は偽聖女で国外追放されたので、野良聖女として気ままに生きていきます!学園生活は楽しかったです。たくさん勉強をさせてくれてありがとうございました!それから、転移陣を弾くのが面倒になっちゃったので、国内を転移陣無効にしちゃいました。王様くらいしか使う人いないので、問題ないですよね?あと、平民無用を満喫して頂きたいので、私の結界が解けるまで、現居住地からの遠出はできません。大体一か月くらいだと思うので、慌てずにゆっくりとお戻りくださいね。早く戻りたければ『真なる聖女』様に私の結界を打ち消すようにお願いしてくださいね!」
問題発言を一方的に送り付けて、アリアは言葉を止めた。
聖女チャンネルの映像が、澄み渡った青い空になる。
「聖女の皆、今までありがとう。そしてフォローよろしくね!先のことは考えていないけど・・・皆と会って、顔を見てお話しできたらって思ってる。だから、私が行ったら会ってくれると嬉しいな」
明るい声で、ちゃっかりとフォローまで依頼してくるアリアに、聖女達は苦笑する。
《アリア・・・》
《いいわ。国民へのフォローは任せなさい》
《絶対に、会いにきなさいよ。待っているわ》
《あなたの思うとおりにおやりなさい》
《困ったら、すぐに相談するのよ》
《無理無茶はだめよ。これを最後にしなさいよ》
《アリア。あなたは私たちの仲間よ。絆は消えない。それを忘れないで》
優しく、温かく、忠言をくれる皆に、アリアの目がじわりと熱くなる。
生まれ育った国を離れるのは、やはり寂しい。
だけど、この空は、国を超えてどこまでも続いている。繋がっている。
鎖は消えても絆は消えない。思いだってそう。むしろ、人の為に生きたいという想いは増しているかもしれない。
どこに行っても自分は自分。今までは国の為にと頑張ってきた。これからは、世界の為にできることをしよう!
「では、貴族エリアの皆さん! 取り敢えず平民チェックは聖石まかせで紐付けしましたが、間違っているといけません。各自、心の中で平民です! とか貴族です! とかアピールしてくださいねー。再チェックしたら飛びますからねー」
ネットワーク内がもぞもぞするのは、紐付けしなおしているからか。
ほんの数秒で、アリアは深く呼吸を吐いた。そして、目の前に構築したいくつもの術式を一気に起動した。
展開した術式から放たれる色とりどりの光。それが太い柱となって、天まで届くほど高く伸びてゆく。
その光景は、全聖女、そして貴族も平民も含めた全ミルトランド国民の目に届けられる。
天に向けて伸び切った光柱は幾本にも分かたれ、光の線となり、国中に飛んで行く。たくさんの光が交差し、世界は光の洪水に飲み込まれる。
「それでは皆様、ごきげんよう!」
明るいアリアの声が、光の中から届く。その直後、映像と音声は打ち切られ、唐突に日常が目の前に戻ってきた。
すぐに王国は大騒ぎになる。
ただ、王立学園卒業パーティの参加者達は、断罪劇をリアルで見ていた者達は、聖女チャンネルから外されていたため、会場を後にしたアリアの動向を知ることはできなかった。
彼らが国を挙げての騒動を知るまで、もう少し時間が必要であった。