師匠ができました
眩い光が徐々に収まり・・・見えてきたのは、まるで違う世界だった。
あれ程穢れ淀んでいた空気は、すっかり清々しく、深呼吸をしたら肺の中まで浄化されそうだ。
鈍色に沈み威容を誇っていた館は、白亜の宮殿さながらに、白く美しく清楚に佇んでいる。
そして。
白い肌に漆黒の長髪。この世ならざる麗姿の男が、アリアの前に立ちふさがっていた。
「・・・私としたことが、すっかり取り乱してしまった・・・」
眉を寄せ、苦悩する表情すら麗しい。
こほんと咳払いをし、背の高い美丈夫はアリアを黄金の瞳でじっと見つめた。
(誰!?)
アリアは焦った。
「言っておくが、先ほどの私は私ではないからな」
ふいっと顔を反らせ、ぶっきらぼうに話し掛けてくる男に困惑する。
「ええっと、どちら様・・・って煮凝り・・・じゃなくて魔王様?」
そういえば、自称魔王様と先ほどまで会話していた。
世界のあまりの変わりように、思考が彼方に吹っ飛んでいた。
機嫌は悪そうだが、視線を戻して口を開く男に、話はしてくれそうだとほっとする。
「ああ、そのように呼ばれたこともある。・・・先ほどは、お前の聖魔力に呪い共が動揺して、私にあのような振舞いをさせたまで。私自身はお前程度が放つ魔法など、どうということもないのだ」
「それは魔王様なのですから、そうでしょうけど・・・」
さっきから、何を言いたいのか良く分からなくて困惑する。
「どこか気になることでも・・・あ、精神汚染は大丈夫ですか?」
呪いに影響を受けたんだよね、と心配して魔王を見れば、その眉がひくりと動いた。
「・・・問題ない」
何だろう。より不機嫌になったのは気のせい!?
これはやっぱり何かある?
気が逸って、すぐに浄化砲をぶっ放したのがマズかったのかな。そういえば、待てって言っていたような・・・魔王様、慌てていたよね!?
やっぱり、私がいけなかった?やらかした?どうしよう?
先程までの強気の態度はどこへやら。
顔色を悪くし、オロオロしはじめたアリアを見て、魔王は深い溜息を吐いた。
「・・・ベルディモードだ。」
「・・・はい?」
「ベルディモード。私の名だ。もう魔王ではないから、そう呼ぶことを許す」
「べるでぃもーどさん」
言いなれない名をたどたどしく呼んでみるアリアに、魔王改めベルディモードは再び溜息を吐いた。
「こんな子供に、何を言い訳がましいことを言っているんだ、私は・・・よいか小娘。私はあの程度の呪いなどなんてことないし、お前の魔法も大したことではない。ただ、子供のお前があれ程の魔法を放てると思っておらず、それに驚いたまでだ。ただ、予想が少し外れただけだ。・・・それだけだ」
話せば話すほど、雰囲気が険しくなっていくベルディモードに、アリアは泣きそうになる。
それを見て、ベルディモードは緩く頭を振った。
「・・・小娘。何歳だ」
「12歳です。アリアです」
「ほぅ・・・12歳・・・誰に習った」
探るような眼差しに、アリアは首を振った。
「教えてくれる人、いないです。学校で本を読んで試したり、自分で考えて、色々試して、聖石が伝えてくれることもあるけど、分からないことがほとんどで・・・教えてくれたの、ベルディモードさんだけです」
しょんぼりと眉を下げる姿が、ようやく年相応に見えた。
「師事するものがいないだと?独学だと?それで、あの浄化魔法を放ったというのか」
「陣はベルディモードさんが教えてくれたし、他国の聖女様たちが力を貸してくれたから」
ベルディモードはこめかみを押さえた。
「いや・・・まぁいい・・・いつから魔法を使っている」
「3歳で回復魔法を使っていたみたいです。あまり覚えてないんですけど。4歳で小さい結界張れました。それが普通だと思ってたけど、学園に入ったら普通じゃないって知りました・・・」
項垂れる子供を、難しい顔でベルディモードは見つめた。
<聖石と繋がっている聖女>だから、何も知らなくても魔法を使えてしまった。これは稀有で、危うい。
「お前、名は何という」
「アリアです」
純真で真っすぐな目をしたアリアを、ベルディモードは正面から見返す。
「アリア。お前は危険だ」
「えっ?」
「魔力はエネルギー。魔法は力。術式は技術。これらを使えば、とてつもない力で世界を破壊することもできる。お前はこの力をどれだけ知っている?理解し、制御できるのか?」
問われてアリアは蒼褪める。
「先ほどの浄化砲。私でなければ、全てが消し飛んでいた。この場所を呪いごと消し去って、更地にするところだったのだ。お前はそのつもりだったのか?」
アリアは目を見開き、震えながら首を振った。
「お前は強い。だが、あまりに知らなさすぎる。危険も分からず、闇雲に、思うが儘に、暴力を振るう無知な子供だ。いずれ、守るべきものを危険に巻き込むことにもなろう」
淡々と告げるベルディモードの前で、アリアは項垂れた。
「・・・私はどうしたら・・・」
闇雲に、思うが儘に。
思い当たるがゆえに言葉が胸を抉る。
手が震える。
守るための力だと思っていた。それが今は恐ろしい。
「私が教えてやる」
「え?」
「お前をこのまま放置していたら、危険極まりない。きちんと制御できるようになるまで、私が教えてやる」
アリアは、呆けた顔でベルディモードを見上げた。
相変わらず表情から感情は伺えないが、その目に嘘はない。
「・・・師匠になってくれるんですか?」
「ああ」
「師匠」
「なんだ」
「・・・よろしくお願いします」
涙声で、深々と頭を下げた。
色々なことが分からなくて、知りたくて、知る術が無くて、ずっともどかしくて、努力して、でも疑問は尽きなくて。
何で?何で?何で?
頭が、心が、ずっと問いかけてくるのがしんどくて、止まれなかった。
でも、やっと相談できる人ができた。
かつて魔王と呼ばれた人。
それだけしか知らないけど、凄い人だってのは分かる。
「師匠」
「・・・」
「師匠!!」
嬉しくて、何度でも呼びたくなってしまう。
無言で見下ろしてくる師匠を見上げて、アリアは満面の笑みを浮かべた。




