呪われた魔王
何故か私は、自称魔王と膝を突き合わせて話をしていた。私は国外に出られないので、国境越しに向かい合う形で。
紐付きって言ったのは、やっぱり聖石と繋がっている鎖のことみたい。
紐って、軽い感じでいいよね。私にくっついているのは、もっとこう、重い感じで・・・。こればっかりは、付けられた人しか分からないかぁ。
それと、国境を動かしたのを言い当てられたのはびっくりした。ミルトランド王国で、私が聖石や国境を動かしているのに気付いた人は誰もいなかったのに。
この人、聖石に詳しいのかな?
そんなこんなで、お互いの質問に答える形でおしゃべりしていたら、とんでもないことが分かった。
「ということは、誰かを呪っているとか、世界を滅亡させようとか、そういうことでは無いのですか!?」
「当たり前だ。世界を滅亡させていいことあるか?折角穏やかに暮らしてるっていうのに、世界を混沌とさせてどうするよ」
魔王の話は驚きだった。
「では、誰かを呪うとか」
「なんで、呪いなんて実効性も不確かで時間も面倒もかかることをするんだ。嫌な奴がいたら、その場で潰せばすむだろ。じわじわと苦しめるとか性に合わん。そもそも嫌な奴のことなんか考えたくもない。興味のあることをやってた方が楽しいね」
────同意。
アリアは心から賛同した。
相変わらず、呪いに塗れた姿は酷いものだったが、魔王の言葉に嘘は見られない。
「なら、何でそんなに呪い塗れなんですか。あの館もこの場所も酷いです。瘴気と穢れが満ちていて、あなたにそのつもりがなくても呪われた何かが生まれますよ」
魔王が動くたびに、穢れがぼとぼとと落ちる。
「呪い?塗れ?」
「はい」
「どこが」
「全身が。まさか気付いてないとか?」
聖結界で浄化された腕は、また穢れに侵食されている。
「あー・・・これ、呪いかぁ・・・。割と長く眠っていたからな。それで少し汚れているのかと思っていたが」
「いやいや、汚れているのレベルじゃないでしょ」
「何か、重いとか怠いとか、気分悪いなーって感じも、寝起きだからかと思ってた」
「・・・どんだけ寝起きが悪いんですか」
何だか、この魔王と話していると調子が狂う。
ついつい呆れて気安く言い返していると、魔王がごぶぁぐぶぁと音を立てた。
「やはりお前は面白いな。この俺にそんな口を利く奴など、久しくいないぞ」
「魔王だったからですか?でも、もう魔王辞めたんですよね?」
「そういえばそうだったな。いや、魔王になる前から気安い態度をとる奴なんていなかったぞ?」
首を傾げたのか、どろりとしたものが揺れて震えている。
「まあ良い。媚も値踏みもないお前の態度は好ましい。で、お前は何しに来たんだ?」
「何しにって・・・」
理由はない。国境を動かせた喜びのまま、直進してきただけだ。
「聖女の魂の導きのままに、こちらに何かあるかもしれないと赴きました」
少し澄まして、言い方を整えてみた。
ふうん、と目を細める魔王に、愛想笑いを向けておく。
「ふむ。国外の異変を察知するとか、紐付き聖女も進化したものだな。だがちょうどいい。うっとおしい呪いをさっさと浄化してくれ」
「えっ!?」
「そのために来たのだろう?」
いえ違います。ここに来たのは偶々です。
とも言えず、咄嗟に取り繕ってしまったことに後悔した。
「えっと、その、ここまでのものとは思わず・・・私一人の力で浄化するには荷が重すぎるといいますか・・・。あなた様こそ魔王と呼ばれる程なのですから、ご自分でどうにかできないのですか?」
「できんな」
「即答!?」
驚くアリアを前にして、煮凝りが縮んだ。
「通常なら、この程度の呪いを消滅するなど容易い。だが、少し深く寝入っている間に、肉体が汚染されてしまったようでな。これだけ深く侵食されていると、体から弾き出すこともできんし、阻害されて魔力を巡らせることもできん。だから、浄化魔法を使うこともできん」
きまり悪そうに言い訳をする魔王に、アリアは溜息を吐いた。
寝汚いにも程が無い?
「それは困りました・・・。そこまで侵食されていて大丈夫なんですか?その、乗っ取られるとか・・・」
「精神汚染か?それなら問題ない。この俺を乗っ取ることのできるものなど、この世におらんよ」
自信満々に、ごぶわ、ばうぁと身を揺する魔王。
やっぱりこれ、笑ってるんだろうな。
その態度に不安はあるが、あれ程の呪いの集合体、災厄とも言ってよいほどの悪意を身にまとって元気いっぱいなのだ。
彼の精神が無事であれば、まだ、最悪の事態は起きないだろう
「なら、少し時間を貰えますか?今すぐに浄化するには力が足りません。準備をさせて下さい」
「準備だと?」
私は頷いて、先ほど思い付いた考えを魔王に伝えた。




