邂逅
「人か?こんなところに珍しい・・・」
アリアは悲鳴をぐっと飲みこんだ。
魔物が人語を話すなど、聞いたことがない。
まさか、呪いが人を取り込んで、形を成してしまったのか。
知能を得ていれば、厄介なことこの上ない。抵抗と反撃をされれば、浄化の成功率が著しく下がる。
「・・・あなたは、人?」
危険だ。
危険だけど、少しでも情報が欲しい。
震える足に力を込めて、アリアはソレに対峙した。
「人?」
ごぽり、と音を立てて、大きな塊が持ち上がった。
見上げる先には、赤黒い二つの光。濁った血の色をした瞳が、アリアを見下ろす。
思わずアリアは後ずさった。
「人か、と聞かれたのは久しぶりだ」
赤い瞳が細められる。
ごぶっごぼっという音は、まさか笑っているのか?
「では、あなたは何?」
「俺は、俺だ。以前は魔王と呼ばれていたな」
魔王!
物語にしか存在しない魔王!!
予想外の回答に、アリアはまじまじと呪いの煮凝りを見つめた。
魔王がいるんなら、勇者出てこい!
今すぐ魔王もろとも、この呪いをぶっ飛ばせ!!
◇◇◇
毒気が抜かれたのと共に恐怖も消え失せ、アリアは平静を取り戻した。
こんな環境で、可視化するほど濃い呪いを纏っているのに『魔王』本人からの害意が感じられない。
何だか会話できてるし、見た目はこんなだけど、理性はありそう。
警戒は怠らないものの、もう少し、自称呪いの魔王と話をしてみたいと、アリアは思った。
「魔王様が、こんな所で何をしているんですか?世界を呪って、滅亡させようとか?」
「呪い?滅亡?なんだそれ。魔王などと呼ばれたのは昔の話だ。それに、面倒だから魔王もやめている」
魔王ってやめれるんだ。
というか、私の思う物語の魔王と違くて、そんな名前の職業とかかな。
あ、冒険者の二つ名とか?
こてりと、アリアは首を傾げた。
「お前、聖女か?」
魔王はアリアを眺め、ついっと腕を伸ばしてきた。
思わず結界陣に魔力を込める。清冽な白銀の魔力が円を描いてアリアを守る。
だが、魔王は委細構わず陣に触れた。
じゅわじゅわと音を立てて、穢れが焼かれ、浄化されて天に上る。
「中々良い聖結界だ」
ごぶわっと音を立て、煮凝りが周囲に飛び散った。
魔王が更に近付く。
「だが、この程度の結界で俺を阻むことはできん」
魔王の手が結界内に侵入してきた。
穢れが焼かれ、闇色の肌が露わになる。
そのまま、長い指でアリアの腕をつかみ、引き寄せた。禍々しく光る血色の爪がぎらりと光る。
だが、アリアは国外に『出られない』。
見えない壁にぺたりと張り付くように動けなくなったアリアを見て、魔王は手を離した。
「お前、『紐付き』か?いつの間にこんなとこまで国が拡大したんだ?」
驚きの声音は、直に訝し気な声に変わる。
「いや、違うな。お前の後ろにあるのは、ただの細い道だ。────お前、国を動かしたな?」
確信に満ちた声。魔王の目がこれまでになく細まる。
「お前、面白いな。ちょっと話をしようぜ」
アリアさんの思い出話。
さくっと終わらせるつもりが、どうも終わりそうにありません。
もう暫くお付き合いください。




