館にて3
「魔力酔いか。久しぶりに見たな」
苦しみ呻く魔力持ちの姿を見て呟いた。
言うまでもなく、アリアの術式に留め置かれた影響だろう。あれだけの魔力に晒されて、あの程度で済んだことは、むしろ僥倖だ。
以前、アリアには雑談で話している。
さて、覚えているかな、と紅茶を飲みながらモニターを見ていたら、いきなり人の腕が生えて紅茶を噴いた。
「な!腕!?・・・アリアか!?」
いや、それしか無いだろう。
何をやらかした?
俺は急いで通信室に入り、モニターに腕を突っ込むアリアの姿に頭を抱えた。
◇◇◇
「師匠?」
瞬きをするアリアに、師匠ことベルディモードはわざとらしい溜息を吐いた。
「うっかりしていた。お前が滅茶苦茶やらかすアブネー奴だってのを忘れていた。考えなしの行動は、俺のいる所ではやめてくれ」
はてなを飛ばすアリアに手を振って下がらせると、ベルディモードは全ての部屋の通信をONにして口を開いた。
「私はこの館の主だ。アリアには以前世話になったことがあり、この館の使用を許可した。事情は知らぬが、自由に滞在して構わぬ。それでだ。滞在にあたって、この館の使い方を教えてやる」
尊大な物言いが実に似合うベルディモードの隣で、アリアが笑顔でグッジョブと親指を立てた。
「まず、お前達のいる部屋では、願いを口にすれば形となって現れる。・・・ふむ、既に使用した者がいるようだな」
ベルディモードの視線は、王城部屋に向いている。
「飲食にしろ、娯楽にしろ、好きに願えばよい。ただし、願いはその部屋でのみ有効だ。また、個人の部屋も用意した。壁に設置した扉を開ければ、個人に割り振られた部屋に繋がるようになっている。一人になりたい時や睡眠には、その部屋を使うといいだろう」
ベルディモードが話すと、合わせたように壁にいくつもの扉が現れた。
「最後に、部屋の四隅に転移陣を設置した。頭の中に行きたい場所を思い浮かべれば、その場所に転移する。ただし、この陣で外に出ると、こちらに戻ってくることはできない。他に分からないことがあれば、部屋に置いた人形に聞くが良い。私からは以上だ」
言い終わると、部屋の四隅に、青く光る魔法陣が床に浮かび上がった。その隣には、メイド服を着た女性が佇んでいる。
ぽかんとしたまま反応のない人々に、アリアは言葉を繋げた。
「あの、この館の主は、私の魔術の師匠なんです。だから、不思議が一杯ですけど大丈夫です。この度は、私の勝手で皆さんを巻き込んでしまって本当にすみませんでした。私は皆さんに害を与えるつもりは全くなくって・・・。なので、今まで通りを望むなら、そのようにします。・・・えっと、私も気持ちがまだ落ち着いていなくって。皆さんも混乱されていると思います。ですので、もう少し落ち着いたら皆さんに会いに行きますので、お気持ちを聞かせてください。よろしくお願いします」
精一杯に頭を下げると、ぱち、ぱち、とまばらな拍手が、すぐに部屋全体に広がり、スタンディングオベーションのようになり、拍手のうねりの中に声援が飛び交った。
「アリアちゃんは悪くない!」
「そうだ!悪いのは殿下だ!!」
「アリア様は女神ーーーぃ!!」
「アリアちゃんは怒っていいよ!」
「殿下がアリエナイーーーアレにお仕えするとかムリーーー!」
「アリアちゃん!迷惑とか巻き込むとか思わなくていいぞ!むしろ巻き込んでくれ!俺はアリアちゃんの役に立てるなら嬉しい!!」
「我が女神よ!至高の体験に最大の感謝をーーー!!」
「アリアちゃん、元気出すのよ!私たちはアリアちゃんに感謝しているのよー!」
様々な声が飛び交うなか、ベルディモードが通信をOFFにした。アリアの前に立ち、伏せた頭を見下ろす。
「結論を急ぐことはないが・・・皆が元通りを望むなら、お前はまた紐付きになるのか?」
「・・・それは嫌かな」
自由を知らなかった頃は不自由に気付かなかった。でも今、心の軽さを知ってしまったら、あの鎖の重さに身震いがする。
「ならば、それも含めて話をせねばな」
「私、国の為に働くのは嫌じゃないの」
「それも含めて話せばよい。それに、ここだけで決められる話でもなかろう」
腹立ちまぎれに拒否したが、国王とは話をしなくてはならないだろう。
誰に何と言われようと、国そのものがアリアを聖女と認めているのだから。
外遊先の聖女に国王との面会をお願いしようか。
うーんと眉根を寄せるアリアの頭を、ベルディモードはぽんぽんと撫でた。
「師匠がやさしい・・・?」
訝し気なアリアに、ベルディモードは口端を上げた。
「時にアリア。どうやって紐を外した」
楽しそうなベルディモードに、アリアはへにょんと眉尻を下げる。
「それが、よく分からないんですよね」
王太子の言葉と意思、それに自分が試みたことを伝えると、ベルディモードは目を見張った。
「ほう。システム登録前の、有資格者の権限を奪ったのか。システム未登録というのがポイントだな。管理下にないキーを行使者が使って外したと。当然、有資格者の意思が重要ではあるが、これは完全に血族主義システムの穴だな。実に面白い」
ベルディモードは乱暴にアリアの頭を掻きまわした。
「はははっ、アリア、お前は実に面白い!紐付きなんかになるなよ!俺にもっと面白い「やらかし」を見せてくれ!」
「私は師匠のおもちゃじゃないですぅ」
「はははっ何でもいい。面白ければな!」
ぐりぐりと撫でまわしてくる上機嫌なベルディモードにアリアは嘆息する。
気分屋なベルディモードは兎も角、これだけ多くの人を巻き込んで、知らんぷりして逃げるのはダメだよね。。。
勢いで動くのも良し悪しだなぁ。
ふと、師匠に出会った時のことを、アリアは思い出すのだった。




