ありふれた断罪
「アリア・ノベール。お前は自らを聖女と偽り、我が国を謀った!」
ミルトランド王立学園の卒業パーティで、突然王太子による断罪が始まった。
王太子の前には、驚いた表情の小柄な少女。素朴な雰囲気が可愛らしい、いたって普通の少女だ。
隣には、煌びやかなドレスを纏い、優雅に微笑む御令嬢。華やかな美貌は自信に満ちており、美しく結い上げられたプラチナブロンドの髪には一筋の乱れもない。
「真の聖女は、私の隣にいるミラルダ侯爵令嬢である。ミラルダ嬢」
少女への冷えた眼差しも、隣の令嬢に向けられた途端、とろりと緩む。
王太子から差し出された手に、令嬢はそっと指を重ね、一歩前に出ると美しくお辞儀をした。
「私が『真なる聖女』のミラルダ・フォン・オーグストです。レオパルド殿下の聖眼により、私が聖女で、この平民の女が偽聖女であることが判明致しました」
女の艶やかな声が、広間に響く。
突然始まった断罪劇に固まっていた卒業生たちが、ざわり、としだす。
『偽聖女』とされた少女アリアは、困惑の表情を浮かべたまま、こてりと首を傾げた。少し癖のある柔らかな栗色の髪が肩口で揺れる。
「あなたが『真なる聖女』様ですか?」
困ったような、何とも言えない表情で問いかけるアリアに、レオパルドは不快を顕わにする。
「そうだ。ミラルダこそが、本物の聖女だ。父上も神殿の者も、このような平民に騙されて嘆かわしい。そもそも、国を守る要ともなる聖女が平民であるのがおかしいと思っていたのだ。どのようにして父上を始めとする聡慧なる者達を騙したのか知らぬが・・・国王が外交にて不在の今、王太子の俺が断ずる。アリア・ノベール。聖女を騙った罪により、国籍を剥奪の上、国外追放を命じる!」
高らかに宣言をしたレオパルド。
シンと静まった広間の中央で、誇らしげに胸を張り、レオパルドはミラルダに目を向ける。
その瞳は実に熱っぽい。
対するミラルダも頬を染め、潤んだ瞳でレオパルドを見つめる。
「素敵ですわ・・・レオパルド様・・・」
「聖女とは、そなたのように美しく高貴な存在なのだ・・・。無能で役たたずで、力ある我々の庇護を受けねば生きられぬ愚民がなれるものではない。平民が聖女を騙るなど、本来ならば拷問のうえ死罪を申しつける所だが・・・」
「私はどのような罪であれ、血が流れることは望みません」
「そなたは優しいな。まさに聖女だ・・・」
「お優しいのはレオパルド様ですわ・・・」
手を握り合い、お互いを褒め称え、熱く視線を絡め合う。まったくどんな茶番だと、しらじらと流れた空気を、アリアはさっくり打ち払った。
「あのー、お取込み中すみませんがー、国外追放ということは、私はこの国から出て良いのですね?」
二人の世界に入りかけたところに水を差され、レオパルドもミラルダも憮然とする。
しかし、今は断罪途中であったと気を取り直し、こほんと一つ咳払いをした。
「これだから礼儀を知らない平民は・・・その通りだ。さっさと荷物をまとめて国から出ていけ。ぐずぐずしていたら、その身一つで放り出す。死刑でないのを感謝するのだな」
「分かりました!すぐに出ていきます!お手間は取らせません!あの、国を出る前に少しだけ確認させて頂きたいことがあるのですが・・・それさえ終われば秒で出ます!!」
若干投げやり気味な王太子の命令を、アリアは全力で受け入れた。ただ、気がかりを残して国を去るのは落ち着かないので、その旨願い出てみる。
素直に己の意に従う少女に、レオパルドの気分も上向いた。
次期国王として、寛容な姿を見せるのもよいだろう。
そう思い、レオパルドは鷹揚に頷いた。
「まあよい。許す」
「『聖女の結界』はこれから『真なる聖女』様が引き継いで下さるのですか?」
「当然だ。ミラルダこそが聖女だからな」
「安心しました。結界が無くなると魔物が入ってきちゃうんで。ただ、慣れない内は国全体に結界を張るのは大変なので、人の住む所には結界と加護をかけ直しておきますね!一か月程は持つと思うので、それまでには対策をお願いします!」
偽聖女が何をほざくかと、冷笑する王太子。だが、アリアは全く気にしない。
「あと、殿下の先ほどのお言葉ですが、平民は不要ですか?」
「なんだ愚民。本当のことを言われて腹でも立てたか」
「いえ、有事の際に優先して守るのは王族や貴族の皆様なのかなと。───殿下にとっての平民とは、王族や貴族ではない者、全てを指すのでしょうか?」
「ふっ、当たり前のことをわざわざ問うのか。平民がこれほど無知とはな。・・・高貴な血が流れていないから平民なのだ。国を動かすのが王族であり、支え守るのが貴族だ。どちらが欠けても国は立ち行かぬ。ならば、国の為に誰を守らねばならぬのか、考えるまでもなかろう?国さえ無事であれば、平民など減ってもそのうち増える。あぁ、使える者がいたら使ってやる。栄誉だろう」
国民を馬鹿にしたレオパルドの言葉に、多くの者が顔を顰めた。
いくら貴族の子弟が通う王立学園とはいえ、それほど選民思想は酷くない。
それにアリアを平民と蔑むが、国から聖女認定されてこの場にいるのだ。生ける女神と信仰対象にもなっている存在に、人の定めた身分など無意味なのだが。
しかし、次期国王が確定しているレオパルドに物申す者は誰もいない。
なるほどなるほど、とアリアは頷く。
「平民は価値がないという殿下のお考えはよくわかりました。そのお考えに異議のある方は・・・いないようですね」
ぐるりと見まわすアリアの視線から、皆目を逸らす。
「『真なる聖女』様も殿下と同じお考えのようですし、高貴なる方々の守りは『真なる聖女』様のお役目ですね!では・・・殿下。大事なことなので、お願いします。私を国外追放にすると、もう一度、宣言頂けないでしょうか」
真剣な顔で願う少女に、レオパルドは口を歪めた。
隣には、熱く潤んだ瞳で己を見つめる愛しい女がいる。
ミラルダが女神と謳われる至高の存在となり、自分の隣でほほ笑む未来を想像し、緩みそうな頬を気合で引き締めた。
「ああ、何度でも言ってやろう。お前は聖女を騙った大罪人だ。国籍を剥奪の上、国外追放を命じる!」
レオパルドは胸を張ると、次期国王として相応しい威厳でもって言い放った。
言葉を受けて、少女はぶるりと体を震わせた。強く拳を握り締め、息を大きく吐く。
そして、深々とお辞儀をした。
「殿下。私を解放して下さってありがとうございました」
頭を上げた少女の顔には、満面の笑みが浮かんでいた。
一部の者が焦ったように口を開きかけるが、王太子を見て、諦めたように口を閉ざす。揺れる瞳で少女を見つめるが、声なき彼らの思いは届かない。
少女はふわりとドレスを翻すと、確かな足取りで会場を出て行った。
断罪したのにお礼を言われ、レオパルドは不思議そうに少女の背中を見たが、すぐに興味を失った。




