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となりの白旗

作者: 八球磨 奏

短編を書きたかったので

 鼻腔に届くのは本独特の匂い。窓から差し込む光は既に紅い。文字列を追っていた瞳を上げると、辺りには(まば)らに人が見受けられる。


「蓮」


 低すぎはしない男の声が再び目線を本に向けて数分もしないうちに耳に入る。それは俺を


「ん?あー、テツか。終わったのか?」

「終わったよー」

「どーよ、ハーレム初日の感想は?」

「ハーレっ!?違うって言ってんじゃん!」

「うっせー、ここ図書室」


 そう注意すると顔を赤くして周りを見回し、声をすぼめる。


「お前のせいだろうがっ!」

「テンパるお前が面白いのが悪い」


 テツ――桐隅哲馬(きりすみてつま)を落ち着かせるため、席を立ち、借りるかどうかを俊巡して読んでいた本を結局、本棚に戻す。どうせ明日も来ることになるから借りる必要はないという判断だ。帰るために外へと向かう。


「やっぱりなにかあったんだろ?」

「なにもなかったよ」


 顔を逸らしても無駄だ。本当に分かりやすい反応をするやつだことで。というか、廊下は涼しいな。


「そーだなー……例えば副会長が抱きついてきたとか」

「……なにもなかったよ」

「それに一年の会計がどういうわけか対抗してお前の腕を抱えたとか」

「……」


 羞恥で黙って顔を赤く染めるテツ。男のデレなど求めてないです。だけどそんなことはお構い無しと、俺は淡々と続ける。


「それで一瞬険悪な空気が漂うが、それで抱きつく力を強くした二人に顔を真っ赤にしたお前はそれどころじゃなく――」

「もしかして蓮全部見てたの!?」

「そのせいで険悪な空気は一瞬で消え去り、お前は『可愛い』と言われたわけだ。ちなみに俺は生徒会室を出てから一切見ていないし、聞いていない」

「嘘だっ!」

「現に俺は会長と書記の行動は言及していない。それに図書委員に確かめればいい話だ」

「じゃ、じゃあ、なんでそんな知ってるのさ!」

「当てずっぽう」


 まあ本当はあの人達ならテツに好意を抱いてるから性格的にもそうするだろうな、という推測に過ぎないのだが。


「そんなことより!」

「強引だな」

「……そんなことより」


 仕方がない、誤魔化されてやろう。そこまで興味もない。


「なんだ」

「……蓮は彼女とか興味ないの?」


 なんで今更そんなことを聞くんだ。


「ないね」


 俺は即答した。

 女は面倒な生き物だ。なぜ、ちょっとした変化に気づかねばならん。なぜ嫉妬しないように自らを律しないといかん。それに少しかわいいだけで愛嬌だけをばらまいてまで好かれようとする人種までいる。もちろんそういうやつだけでないことは理解はしている。

 でもそれを見抜く方が面倒くさい。

 それに――


「逆に聞くが、お前は好きなやつはいるのか?」

「……いないよ」

「まあどっちでもいいが―――」


 そうして足を止め、こう続ける。


「――哲馬、お前はあの二人から選べるのか?」


 そこだ。こうやって恋愛事は面倒ごとを引っ張ってくる。持てる男の悩みなのかもしれないが、そうじゃなくても面倒ごとは付きまとってくる。


「……」


 俺のほうを振り向いて、痛いところを突かれたというようにテツは顔をしかめ、黙る。口を開こうとはして閉じてを繰り返して。ただただそこに立ち伏せる。


「この質問には答えなくてもいいんだがな。なんならどっちも選ばず第三者を選ぶっていう選択肢もある」


 誰も選ばないという選択肢はない。将来、誰かしらは選ばないといけない。そういう星のもとに生まれたのだこいつは。

 でもないとあいつらは納得しない。


「とはいってもまあ、俺は存外あの二人に関しては気に入ってる。どっちかを選んだ方がいいと思うのは確かだ」


 だってあいつらは俺を介さなかったから

 自らの手で近づいて行ったから


「手痛いブーメランだったな」


 そう独白のように呟く。そうして歩みを進め、テツを置き去りにしていく。


「まあ、そのうち結論を出せ。あいつらは待っていてくれる」


 すれ違ったとき、テツは困ったように俯いていた。



◇ ◇ ◇


「あー…」


 わざわざ一緒に帰るために待っていてやったというのに結局おいてきてしまった。そう後悔する。もう昇降口まで来てしまった。それにもどるのもあいつのためにならん。


(だが……)


 それでも必要なことだった。

 テツがあいつらに好かれ始め、それを自覚し、生徒会に入ったからこそ。


「俺は過保護なんだろうなー……」


 そう、返答など期待せず、一人呟いた。


「それでいいじゃないですか」


 返答など求めていなかったというのに女の声が聞こえた。廊下の冷え冷えとした空気が刺す後ろから。


 振り替えるとそこにいたのは多分、学校の中でも一、二を争うレベルの美少女。

 そしてこの学校の生徒であれば一度は見たことある生徒。


「誰だ、って生徒会長か」

「申し訳ありません、先ほどの会話を聞いてしまいました」


 そういって生徒会長――霞詩葉(かすみうたは)は頭を下げる。先ほどの会話ってなんだ、独白か? いやでも会話って言うならあっちか。


「聞かれて困るのは俺じゃねえ、テツのほうだ」


 答えが出せなかったテツのほうだ。とは思いながらもどこかこっぱずかしくなって頭の後ろをかく。


「よろしければ、一緒に帰りませんか?」


 そうやって、気恥ずかしそうにしていたさなかに、あまりにも突然すぎる誘いが来た。


「……なんでだ?」


 最初に出てきたのは疑問だった。恥ずかしさなんてすでに消え去っていた。


「なんでもです。ではダメでしょうか?」


 霞会長、こいつは多分自分の容姿の良さを分かっていてうまく使うタイプだと確信した。

 だからそう小首をかしげるな……! いくら彼女を作らんと決めてる俺でもかわいいと思ってしまうだろうに。


「理由になってねえな」


 せめてもの抵抗として反論する。反抗する。

 正直に言えばどっちでもいい。哲馬と帰る予定だったから一緒に帰る相手が変わるだけだ。知らん仲でもない。

 だからと言って、素直に頷きたくもない。


「では正直に言ったら一緒に帰ってくれますか?」


 そうやって俺の逃げ道を塞ぐ。

 俺の性格を分かっていて、こういえば頷いてくれると知っていて。

 理由があれば帰ってもいいみたいな言い方をした俺が悪い。

 

「言ったらな」


 もう負けは決まった。今日のところは俺の惨敗。まあこんな戦いは二度と起きないで欲しいが。


「では」


 そういって息を吸って


「あなたに興味がわいたからです」


 えらく綺麗な目で、俺の目をまっすぐ見すえて、そう言ったのだ。


 俺はその目に白旗をあげた。



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