残念な異世界召還~異世界転移ってもっと楽しいもんだと思ってた~
帰還者のための異世界講座~あっちとこっちのあれこれ編
せっかく考えた設定をお蔵入りさせるのが惜しいので、説明係に説明してもらうことにしました。
だらだら長くなってしまいましたが、お暇つぶしにどうぞ。
『異世界』と呼ばれるものは無数に存在しているが、互いに接点がある世界はごく限られている。
この世界と接点がある異世界はたった一つだけであり、基本的には行き来できない隔絶された状態だ。
しかし、小さな空間の歪みが自然発生することがあり、その歪みを通ってあちらの世界に迷い込んでしまう赤ん坊がいるという。
そんな赤ん坊を直接迎えに行くことは、色々不都合があってできない。
代わりに空間の歪みを人為的に発生させ、対象を探索・補足・強制召還しているのだ。
「というわけで、今回補足されて強制召還された帰還者があなたです。」
「…はぁ。」
説明係のお姉さんは、すごくあっさりした口調で言った。
今からほんの少し前、なんかものすごく眩しくなってめまいがした。と思ったら、知らない石造りの地下室っぽい場所にいたのだ。
そのままファンタジーなローブ姿のお姉さんに促され、別室で『説明』を受けている。
「で、こっちに連れ戻した理由はさっき言ったのがほぼ全部なんだけど。なんか質問ある?」
「とりあえず、異世界とか信じられません。」
「そこは信じてもらわないと話が進まないなー。なんなら外に出て森を散歩してみる?あっという間に魔獣に襲われて、骨になれるよ?」
「笑顔で怖いこと言わないでください。」
そこは守ってくれるんじゃないのか。
「で、無理やり納得した体で、なにか質問はある?」
「えーと…」
「ちなみに良くある質問一覧はこちら。」
「用意が良いですね…」
渡された物を見て、少し驚いた。
それは藁半紙によく似た紙数枚だった。端をクリップっぽいもので留めてある。
実を言うと、異世界だというのは割とすぐに信じていた。だって瞬間移動とか普通にあり得ないし。
でもローブなんか着てるし、建物も石と木だし。勝手に中世ヨーロッパ風な時代背景を想像していたのだ。
そこにまさか紙とクリップが出てくるとは思わなかった。
「召還し始めてからそこそこ年数経ってるからねぇ。色々マニュアル化されてるんだよ。異世界の技術も半端に入って来てるから、部分的に近代的だし。
あと、ごく最近の日本人もちょいちょいいるから、チートだのスキルだの言う奴がみょーに増えてね。」
「あー、異世界召喚や異世界転生で好き放題する物語が流行ってるので。」
「うん、みんな同じこと言ってた。」
じゃあ頭からざっと見ていこうか。と、お姉さん。
良くある質問の頭は『Q なんで異世界なのに日本語通じるの?』『A 説明係は日本育ちの帰還者だからです。』
だった。
「お姉さんは日本人…じゃなくて日本育ちなんですね。」
「そうでーす。説明係は何人もいてね、召還直後の様子で言語が通じそうな人が担当するの。
こっちの世界の言語は日本語と全然違うから、頑張って覚えないと他の人と会話できないんで覚悟してね。」
「不安だー。」
英語だって苦手なのに、全く未知の言語か…。
「あとで今後の生活について説明するけど、言語を覚えるための勉強時間がしっかり組み込まれてるよ。得手不得手はあるだろうけど、サボらず真面目にやれば片言くらいは喋れるようになるはずだから。」
「うう、やるしかないんですね。」
「そういうこと。じゃあ次いこうか。」
続いての良くある質問。
『Q むこうの世界には帰れないの?』
『A 帰しません。』
…わーお。
「…『帰れない』んじゃなくて『帰さない』んですか。」
「ねー、ひどいよね。」
と、あくまで軽いお姉さん。
こんなん誘拐じゃないか。
「簡単に帰してもらえるならそもそも連れてこないって話でね。こっちの人間があっちで死亡すること自体が、二つの世界のバランスを崩しかねない危険なことなの。」
頭痛を押さえるかのように頭を押さえ、悩まし気な溜息と共に言う。
「昔はそんな危険なことだと誰も知らず、そもそも呼び戻す方法がなかったから放置してたんだって。それが長年続いたせいで、バランスの崩れは結構進行しちゃって、今は何とか正常に戻そうってことで積極的に探して呼び戻してるの。」
「世界のバランスが崩れるって怖いですね。最終的に世界丸ごと消滅とかしちゃうんですか?」
「だいたいそんな感じだね。今はまだ余裕があるらしいけど、一定値を超えると割とあっさり世界崩壊するって。」
「こわ!本当に大丈夫なんですか?」
「壊れるのは一瞬で、壊れる前ならまだ何とかなるもんらしいよ。今召還しまくってることで、現状維持から回復傾向に向かってるってわけ。」
「なるほど…」
それじゃあと、次の質問に目を移す。
『Q むこうの人に連絡は取れないの?』
『A できません。』
「ダメなのは当然かもしれないけど、あっちは行方不明者で騒ぎになってるような気が…」
「え、そう?あなたがこっちに来る前に、行方不明者が増えてるなんてニュースあったの?」
「…あれ?言われてみればとくには…」
「でしょ。召還はもうずっと昔からやってるけど、私が召還されたころも、あっちでそんな騒ぎ聞かなかったよ。必死に探してくれる親しい人が居ない限り、人ひとりいなくなっても意外とみんな淡泊なんだよね。」
「わーさみしー。」
棒読みで嘆いてみるが、確かにお姉さんの言う通りなんだろう。
私は親が居ない、児童養護施設育ちだった。
今になれば当然だ。こっちの世界で生まれたのなら、あっちの世界に親がいるはずがない。
同じ施設で育った子供同士は兄弟みたいなものだし、それ以外に友達が居ないわけじゃないけれど、やっぱり他の人とはどこかで線引きしていた。
こんな生い立ちでは、突然いなくなっても誰も深刻には考えないかもしれない。
「逆に、赤ん坊が急に現れたっていうニュースも聞きませんでしたね。」
「目の前に突然出現でもしない限りは、単純に捨て子だと思っちゃうだろうね。」
目の前に突然現れるって、軽くホラーだ。
今までそういうことが無かったのか、あっても見てみぬふりをしたのかどっちだろう。
「…あの、この世界に実の親がいるってことですよね?会えるんですか?」
「んー、残念だけど難しいかな。」
ここ見て。
と指で示されたところを見る。そこには
『Q こちらにいる本当の家族に会えますか?』
『A とても難しいです。過去に数件しか記録がありません。』
「この世界は日本に比べるとかなり治安が悪いから、行方不明の赤ん坊が全部異世界に迷い込んでるとはとても考えられない。そもそも戸籍とかも整備されてないから、厳密に管理してないの。」
他の理由。例えば犯罪に巻き込まれた可能性の方が、よっぽど高いという世界なのだ。
「貴族や大富豪が必死に子供を探して、結果帰還者の中から見つけられたって言うのは過去に何件かある。でも逆に言うとたった数件だし、それももしかしたら特徴が似ている別人だった可能性もあるから。」
赤ん坊が行方不明になった家を一件ずつ確認するのは膨大な数になるし、本当に親子だと確証を得られるとも限らない。
偶然実の親子が出会えたとしても、そうと気づかずスルーしてしまったらそれまでだ。
「見つかるのは奇跡に近いんじゃないかな。」
「そうですか…」
「まぁ帰還者はその辺の事情は全員同じだから、結構仲間意識強いんだよ。きっとすぐ馴染んで、友達もできると思う。あんまり気をおとさないで。」
「はい、ありがとうございます。」
素直に頭を下げれば、お姉さんは穏やかに微笑んでくれた。
この人も『仲間』カウントしても良いんだろうか。話しやすいし仲良くなれそうだ。
「さて、じゃあ気を取り直して。戻って次の質問は…」
「えーと、」
『Q 何で今このタイミングで連れ戻されたんですか?』
『A タイミングは偶然です』
「…偶然?」
「再三言うけど世界のバランスが大事なので、召還対象は常時探索、補足したら即召還なの。本人の状況とか全く考慮してないんだ。
だから、偶然『今』見つけたから、『今』連れ戻されました。」
「強引!」
「私もそう思う。思うけどどうしようもないね。とにかく『世界のバランス大事』だから。今やってる説明を、召還する前にやるとか無理でしょ。」
「世界のバランスのためって言えば、何でも許されると思ってません?」
「それは否めないなー。じゃ、次ね。」
さっきのしんみりした空気はどこへやら。
げんなりする私を他所に、話は進む。
『Q 逆にあっちからこっちに来ちゃう赤ん坊とかいないの?』
『A 現状はまず無いと言われています。』
「なんか曖昧な回答なんですけど。」
「それはね、自然発生した空間の歪みは掃除機みたいなものなの。こっちからあっちに吸い上げる動きをするから、逆流してこっちに来ちゃうことはまず無いって話。」
「へー。そんな一方的なんですか。」
「ついでだから空間の歪みの説明もしとこうか。空間の歪みは、もともとはただの『穴』だったの。」
「え?掃除機じゃなくて?」
「そう、ただの穴。」
なんでも、一番最初に空間の歪みが発見されたとき、それは空中にぽっかり浮かんだ穴で、その穴の向こうは鉱山だったらしい。
単純に手つかずの鉱山と繋がっていると思い込み、資源取り放題だということで大喜びしたそうだ。
しかし、その穴はすぐに消えてしまった。
その穴はいったい何なのか。穴を探したり調べたり作ったり安定させたりする研究が始まった。
そして研究を進めるうちに、穴の向こうが異世界だということが判明した。
「そこで止めておけばよかったのにね。」
穴の向こうが異世界でも問題ないと考え、そのまま研究は続行。穴を自由に作って行き来する技術を確立させて、異世界の資源を大量に採取しだしたのだ。
「…それ大丈夫なんですか?あっちの人に会ったりとか。」
「人には会わないように注意してたみたい。でも採取は全然大丈夫じゃ無かったね。百年くらいそんなことしてたら、急に世界各地で掃除機状態の穴が頻出するようになったらしいから。」
「原因が明らか!」
「この話しすると大体みんな叫ぶねー。」
お姉さんはどこまでものんきだった。
「それこっちが取っちゃった分を向こうで取り戻そうとしてるってことですよね?」
「うん。崩れたバランスを戻すために吸い上げてるんだろうって言うのが通説。掃除機穴が発生すると、そこにあるものなんでもかんでも吸い上げるんだよ。赤ん坊が向こうに行っちゃうのは誰かが故意にやってるんじゃなくて、副作用というか不幸な事故。」
一気に大穴が開いていたら即座に世界崩壊してしまったはずだというから、なかなか恐ろしい話だ。
小さな歪みが大量にランダムに出現するのは、世界自体が世界を壊さないように自己防衛しているからだそうで、逆にちょっとずつしか吸えないから、いまだに掃除機状態の穴の発生が収まらないんだとか。
「だから、向こうから何かがこっちに来るのはまずないだろうと。」
過去に採取しまくった人、世界規模の大迷惑だな。
「あれ?でもおかしくないですか?」
「何が?」
「だって、まずあっちからこっちにたくさんの物を持ってきちゃって、バランスを取り戻すために掃除機穴であっちに吸い上げてるんですよね?なのに、それをまたこっちに召還しちゃってる…」
「世界が自主的にバランス調整してるのに、人間が反対のことをしているように見えるってこと?」
「はい。」
これはかなりの矛盾ではなかろうか?
「良いところに気づいたねー。そこがかなりの重要ポイントなんだよ。」
「はあ…」
「その答えは『魂』です。」
「魂?」
「そう、こっちは『魂』がちゃんと存在するの。あっちにはそういう概念がないし、他の物理的なものは両方の世界で『同質』とみなされてる。でも、『魂』だけはこちら特有の物。
あっちで不足しているのはとにかく『物質』だから、単純に何でもかんでも吸い上げちゃえば補える。だけど、こちらの生き物があちらで死亡すると、本来こっちにしかない『魂』があっちに行ったまま戻ってこなくなる。」
「あっちに元々無い『魂』が増えるのも、こっちで『魂』が減るのもバランスが崩れる原因になっちゃうと。」
「あったりー。理解はやーい。」
「…いっそ害にならない土とかを大量に送っちゃえば、掃除機穴は収まるんじゃ?」
「あー、どうなんだろうね?その辺の詳しいことは研究者が相談してると思うんだけど。」
一応伝えてみる、とメモを取るお姉さん。結構律義な人かもしれない。
「さて、脱線したけど次で最後かな?」
『Q 大人や危険な物があっちに行っちゃったりしないの?』
『A おそらく無いでしょう。』
「また曖昧な。」
「過去に目撃された掃除機穴は結構小さくて、大人は通れないって言われてるの。
危険な生き物については、帰還者からあっちの話を聞く分には行ってないだろうっていうのが学者の主張。
…個人的にはUMAがそうじゃないかと思ってるんだけど。」
「あー。ありそう。そうだとしたら回収しないんですか?」
「探索に引っかからないと無理だね。そもそも引っかかるかどうか…」
難しい顔で首をかしげると、ぶつぶつ言いながらメモを取る。
この会話全部報告?されるんだろうか。
ちょっと嫌だ。
「あと、厳重管理されてる危険物が突如消えたって話は聞かないなぁ。」
「怖いんですけど。」
「情報が来ないものは知りようが無いね。」
「だから怖いですって。」
「ま、本当に消えてても、情報は来ないだろうね。」
「…そーですか。」
笑顔でさらっと言われても、頬を引きつらせて黙るしかないのだった。
というわけで、異世界講座第1段。
こんなどうでも良いやり取りがもうちょっとだけ続きます。