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喫煙室

 今では受動喫煙の害がウルサく言われるようになったから、病院敷地内では喫煙できる場所がなくなっちゃんだけど、ひと昔前までは「喫煙所」とか「喫煙室」ってのが有ったんですよ。


 昼間はね、まあ外来の患者とか見舞客なんかも、そこでスパスパやってるんだけど、夜になると入院患者ばかりになる。


 ……ああ、病院ってのは怪談噺かいだんばなしに出て来るほど陰気な場所じゃあなくってね、夜中だろうが台風だろうが、居るトコには人がゾロゾロ居るもんなんだ。


 例えばナースステーションなんて、夜勤の看護師さんなんかが、いつも忙しそうに動き回っているからね。看護師さん、夜中に休むヒマなんか無いわけなんですよ。ホント頭が下がりますよ。


 ま、霊安室なんぞには好んで夜中に近づくヒトなんかは居ないんだろうけど、喫煙室ってぇのは不夜城なんですな。

 タバコ呑みなんて、意地汚いからね、ああ喫いたいなって思いたつと、矢も楯もたまらなくなっちゃう。


 夜勤の看護師さんに「ちょいと一服つけてきます。」って断わりを入れて、「タバコは害しか無いんですから、ほどほどにして下さいよ。」って御小言おこごとを頂戴する一連の儀式を終えたら、いそいそと晴れて出陣なわけです。

 へへへ。黙ってコッソリ出掛けても良いようなものですが、孫娘みたような若い御婦人から、剣突けんつくを喰わされるってぇのも、退屈な入院生活では、一服の清涼剤で悪くないもんなんです。


 入院してしばらく経つと、喫煙室にも顔なじみといいますか、タバコ仲間が増えてくる。

 夜中に喫煙室に出掛けるのはね、タバコ吸いたいって気持ちも嘘ではないんだけど、消灯後にベッドでじいっとしている気の滅入るような状況から解放されたいってのも、確かに有るんだ。


 病院で出来た顔なじみと「よう。今日はどんな感じ?」って挨拶を交わしたり、喫煙中にもラジオのナイター中継を熱心に聴き入ってるヤツと「クワタ、今年はどうよ?」って他愛のない世間話が出来たりとかね。


 他にも、いろんな経験をした人が入院してるから、世間話にもバリエーションが有って面白い。

 造船業の人から「今も船には『舟霊様ふなだまさま』を込めるんですよ。」なんてハナシを聞いた事もあったねェ。舟霊様なんてね……。木造船の時代じゃないんだから。

 でも大工さんから「工事の前には神主さん呼んで、必ず地鎮祭をするでしょう。一緒ですよ。」って言われたら、ああそりゃそうだって納得出来ますでしょ?

 雑談ってぇのは、分野や経験の違う人たちが交わすから面白いんだな。

 しかも病院のタバコ部屋。互いに欲も無く得も無しって間柄だからね。


 タバコ仲間の顔ぶれは、日に日に換わる。

「Aさん、見ないね。」「あ、一昨日おととい退院。」

「Bさん、どうしたんだろ?」「……転院したよ。長期療養のトコ。」

なんて具合にね。

 だから付き合いって言っても、刹那的せつなてきといえば刹那的なんだ。

 だいたいなら判るケド、いつ居なくなっちゃうのかは”神のみぞ知る”ってとこもあるからね。


 そうそう話が脇にそれるけど、ビタミンCってね、構造が確定するまでは糖の一種だと思われていて、初めて単離した学者さんは”神のみぞ知る”っていう意味で、『ゴッドノース』って命名しようとしたんだって! 知ってる?

 Knowsとnoseとを掛けた洒落しゃれなワケ。

 「ふざけ過ぎ!」って、イギリスの学会からは認められなかったそうだけどね。


 これ、タバコ仲間のバケガク屋さんから聞いた耳学問なんだ。

 化学に興味があるわけじゃないけど、なんだか印象に残っててね。


 そのバケガク屋さんとも、最後のお別れを言わないままだったなァ。

 聞いた話だと、終末医療のホスピスへ転院するのが嫌で、どうせなら自宅でってことだったらしいんだ。


 煙っぽい部屋だったけど、喫煙室には、さまざまな人生と一時ひとときの安らぎが詰まってたねぇ。

 ……いや、気障きざな感想になっちゃって、おハズカシイ限りだけどね。


 アタシは、あの部屋が無くなって、地域医療相談室とかいう無粋な――まァ、それはそれで必要なんだろうけど――スペースに改装された今でも、ここにこうして居座っているわけだけど、なんだかあの活況が懐かしいね。

 流石さすがに夜間施錠された部屋の中に居るのはツマラナイから、前の廊下の長椅子に座っているわけだけどさ。


 元タバコ呑みのアタシが言うのもなんだけど、看護師さんの言うとおり、ほどほどにしておいた方が良いと思うよ。

 あの喫煙室も無くなっちゃったんだから。

 この寒い中、敷地の外まで出て行って、一人きりで一本フカシたってツマラナイでしょう?


 タバコもお酒もね、一人きりは……やっぱり、楽しくない。

 味わい半減以下ですよ。

 それに、馬鹿がクルマを飛ばすからね。夜間はさぁ。


 ゴッド・ノース。

 神のみぞ知る、かぁ。

 意訳するなら『誰にも分らない』が正解なんですが、この場合――

 一瞬先は闇、って言い換えても良うございましょう。


 明日は退院って日だったんですよ。

 タバコ、切らしちゃってね。


 喫煙室に行けば、誰ぞ恵んでくれる馴染なじみはいたんだろうけど、退院前に”貰いタバコ”ってのもしゃくでね。

 大通りを渡った先にあるコンビニに、買いに出たんだ。


 神のみぞ知る。


 一瞬だったよ。

 暴走してきた酔っ払いのクルマに、ドカン。

 目の前が病院だから、直ぐに運び込まれたんだけど、頭、打っちゃててね。


 神のみぞ知る。


 だから、それ以来こうして夜中に抜け出そうって人には、話し掛けてみてるって寸法なんですよ。夜間抜け出しで迷惑かけた罪滅ぼしも兼ねてね。

 ことにタバコ呑みの御同類ごどうるいには、ね。

 見かけない顔だから」御新規さんなんだろうけど、小銭を持ってイソイソ出掛けて行くのを見れば、御同類だと見当は付くってもんです。


 神のみぞ知る。


 部屋に戻って、大人しくしておきなさいな。看護師さんの言う通りにね。


 神のみぞ知る。


 アタシは忠告しましたからね。それでは、御機嫌よう。


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