もう一つTさんの話
前にも登場したTさんの話。
Tさんの愚痴に飽いた女児の頭が出なくなって、しばらくした頃の事。
Tさんがベッドで大の字になっていたら、窓の外からボソボソ声が聞こえてくる。
「あれか。」
「出よったな。」
聞こえてくるのは年配の男の声なのに、Tさんは話声の少なくとも一方は、女児の頭のもののような気がしたのだという。
カーテンを開けて確かめるのも何となく怖いので、声に出さずに「頭、頭。いつもの頭。」と自分に言い聞かせていたら
「心配せんで、寝ててよい。」
と、割とハッキリした口調で窓の外から言われたそうだ。
「そうじゃ。そうじゃ。」
「あんなモンに入られたら、沽券に関わる。」
「そうじゃ。そうじゃ。」
「ふざけた奴よの。」
「流れモノの分際での。」
「おどかいてやろうかぃ。」
「追い散らしてやろうかの。」
ボソボソ声は延々と続き、「寝ててよい。」と宣言されていた事も有って、大胆というか暢気と呆れるべきか、勉強疲れでグッタリのTさんはそのまま眠ってしまったのだそうだ。
目を覚ましたら、もう朝だったという。
Tさんは声の主を、屋敷神か土地神様のようなモノであるのか、とも考えたが、その後にTさんの住居付近では追い払われたはずの『何か』が、よそで憑依だか良からぬ事をやって通り魔や変質者が出たという噂も無かったし、Tさん自身はその後も、近所も含めて『我が家憑き』の変なモノ以外の気配を感じた事もない。
同じ棟に住んでいる他の住民と挨拶を交わしても、特に話題にもならないので、他の部屋では怪異も起きていないようでもある。
部屋憑きの妖も、Tさんに恩を売って利益を得るつもりでもなさそうなので「気にしないで好きにさせておくのが一番。」と特にお礼もしなかった、という事である。
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さて、もう言うまでもないだろうが、この話も改変が加えてある。
今回は、ちょっと多め。
ぼそぼそ声の会話の部分だ。
実際にはソフト・ヴォ―チェの標準語だったんだそうだ。
Tさんによれば「小指立てて、プリンス・オブ・ウェールズをでも飲んでいそうな人の声。」だったのだという。
ぶち壊しである。
例えば『心配せんで、寝ててよい』の部分は、本当は『おやおや。眠っていただいてて結構ですよ?』
だったのだとか……。
これだと、もう完全にギャグに成ってしまうじゃないか!
今回の改変にはTさんも異存が無く
「記録としてではなく、怪談としてなら、こっちの方が断然良いです。」
と、お墨付きを頂いた。
ただ、外から聞こえてきたのがキザな標準語の発言だったから、Tさんも馬鹿馬鹿しくて気にせず寝る事が出来たのだが、作品にしたような声だったら、どうだろう? ――Tさんは眠ることが可能だったであろうか。
でも……Tさんなら……やっぱり平気で寝ていたのかも知れない。
なんとなれば、引越しもせず、こんな部屋でそのまま暮らしているくらいなのだから。
Tさんは、やはり”Tさん母”の娘なのである。




