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まじめな実習生

 これは、幽霊とかオカルトには一切関係の無いハナシである。

 また、一読してもアナタが病院とは無関係な場所で読んでいるのならば、鼻でわらってしまうような出来事であるだろう。


 でもねぇ……。


 いざ直面するとなると、けっこうキビシイ体験なのでありますよ。

 僕は病院ホラーといったらば、真っ先にこの体験を思い出した。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 手術が終わって、晴れて退院した数週間の後に、抜糸ばっしという儀式のために再び病院を訪れなければならない場合がある。

 というか、普通はそうですよね。


 ただし傷口を縫合した糸を抜くだけなんだから、処置室に入るにしても心理的には負担は小さい。

 気分的には、いわゆる『ハナホジ』ってヤツですな。


 滅菌不織布の敷いてあるベッドに横たわって、消毒薬で表皮を殺菌した後に、先生がクーパー(医療用ハサミ)で、ちょいちょいっと縫合糸を切ったあと、ピンセットで抜くだけ。

 簡単なもんです。


 痛さは、どうだろう。例えて言うなら、無精髭ぶしょうひげを抜くときくらいの感じ?

 あるいは鏡を見ていて、不意に見付けた白髪しらがを引っこ抜く程度だろうか。


 仮に糸オンリーじゃなく、医療用ステイプラー(ホチキス)で留めてあったとしても大丈夫。

 ステイプラー、見かけはゴツイですが抜く時は縫合糸より無抵抗。爽やかに抜けてくれます。


 まあ、そんなこんなで無警戒に処置室に入ったらば、どうもその日は様子が違う。

 大体ならば先生の他には、看護師さんが一人、二人という編成が普通であるのに、実習生というネームプレートを付けた看護服の少女がゾロゾロと居る。


 先生が「今日は医療専門学校の研修生が来ているんだよ。見学させてもらうけど、良いよね?」と訊いてくるわけサァ。

 ま、その病院が研修施設にもなっているのは、パンフレットにも病院ロビーにも明記(というか大書)してあるから、それはそれで構わないわけで

「ええ、構いません。」

と先生に答えてから、少女たちにもドウゾヨロシクと挨拶。


 別に異性に見られて恥ずかしがる歳でもないからね。それに異性といっても理系(医療系)のプロを目指している人材だ。上半身裸になって傷口を晒しても、特に問題は無いわけで。


 先生は傷口を調べると「うん。順調、順調。」と言ってから、看護師のタマゴたちに「よし、キミらも見せてもらいなさい。」と場所を譲る。

 タマゴたちは、入れ替わり立ち代わり僕の傷口を至近距離から見分するわけだ。


 なんというかね、僕は自分が異性からモテないタイプであることを自覚しているから、こんな一度に複数の少女たちからシゲシゲと観察されていると、非常に面映おもはゆいわけですよ。

 彼女らが見入っているのが、僕という人物でなくて、一症例に過ぎないと解っていたとしても。


 で、観察会が済んだところで、先生がクーパーで糸を切ってみせる。

 糸を切った瞬間には、絞めてあった表皮が(ミリ単位なんだろうけど)緩むから、肉の中を糸が滑ってチカッとした痛みが走る。

 ただ痛みといっても、皮下注射をする時なぞより、断然軽い感覚に過ぎない。ああ今切ったんだな、と認識出来る程度の痛覚刺激なのですよ。


 切断が終わると、次にピンセットで皮下に残っている縫合糸を引き抜く。

 こっちの方は、ちょっとだけ痛い。が、瞬間的なために我慢するのは簡単だ。

 「痛テッ。」と思う程度。

 痛さから言ったら、不慣れな若手の病棟看護師さんが、点滴の針を上手く血管に入れることが出来なくて、差し込んだままグリグリ血管を探している時の方が、よっぽどイタイ。


 (しかも、不慣れな看護師さんだと「う~ん。じゃ、一旦抜きまーす。」と再チャレンジになる場合がある。僕は血管が細いのか、なかなか点滴の針が入らないことが多くて、両腕・手の甲を試したあげくに、「うまいヒト呼んで来ますネ。」とニッコリされる事がママあるのだ。それが何度か続くと諦めにも似た悟りの心が芽生えて、「いや、この際だから、徹底的に練習してみましょうよ。まだ手首も足の静脈も残ってますから。」なんて言ってしまったりする。――閑話休題それはさておき


 実地に数ヶ所の抜糸を研修生たちの目の前でやってみせた先生は

「じゃ、分かったネ。次はキミたちが抜糸を経験させてもらいなさい。せっかくのチャンスだから。」と彼女たちに命じてから、「協力して欲しいんだけど、良いよね?」と僕に確認を求める。


 『やってみせ 言って聞かせて させてみせ 褒めてやらねば 人は動かじ』と詠んだのは、かの山本五十六やまもといそろくだ。


 初めてヒトの身体から糸を抜くのには勇気が必要かも知れないけれど、何事も経験。今後、数限りなく実施することになる作業だろうから、僕にも取り立てて異存は無い。

 むしろ「初めてのケイケンは、あの人だった。」と成るわけだから、ちょっと誇らしい気持ちですらある。

 だから「どうぞ。ご存分に!」と返事も軽い。


 だけど先生から「さあ行こうか。初めは誰から?」と急かされても、一番槍の軍功に輝くのには抵抗があるのか、タマゴたちは譲り合ってモジモジしている。

 そこで先生は「じゃ、キミから。」と一人を指名して、クーパーで縫合糸を切る。


 指名された生徒は、恐る恐るピンセットを手にして傷口と向き合うんだけど――

慎重に、なにより慎重に、糸の切れ端をつまむわけです。


 ……うん。気持ちは分かる。

 切り傷とか傷口って、自分のヤツは(自分で既に痛さが分かっているから)妙に客観視できるトコロがあるのだけれど、他人の創(そう=切り傷・切り口)って、想像が先走ってメチャクチャ痛そうに見える。

 しかも、そこから肉に埋まっている糸を引き抜いちゃうわないとイケナイわけで。


 これ、自分が抜糸された経験があったなら「あ~、たいして痛くないよね。」って余裕でやれるんだろうけど、彼女たちは『看護のプロ(しかもタマゴ)』であって『怪我人・患者のベテランもしくは経験者』ではないんだな。


 だから糸をピンセットで摘んだあとも、極々慎重に『時間をかけて、ゆっくりと』引っ張ってみるわけですよ。


 これはね、痛い。

 うん。すごくイタイ!


 『鬼手仏心きしゅぶっしん』という四字熟語があるんだけれども”ホトケの心を持って鬼の手椀をふるう”という意味で、これはザックリいうと「大胆に思い切ってやっちゃったっ方が、やられる方は楽なのさぁ」みたいな事なんだわ。


 ここは一旦ピンセットで糸を摘んだら、ひとおもいにピッと抜いちゃって欲しい。

 こう……じっくりジワジワ引っ張られると、超絶イタイんですわ。


 ――キミが他人の痛みにも敏感な、こころ優しくて思いやりのある素敵な女の子だということは、よく解った。

 だ・か・ら! 一気に抜いちゃってください! オネガイデス!!


 頭の中ではそう叫んでいたとしても、そこは『武士は喰わねど高楊枝たかようじ』。

 オモテには出せませんよ。

 表情はアルカイック・スマイルを保ちます。そう、ヒネモス・ノタリ・ノタリ・カナ……。

 一生懸命な少女たちに向かって「とっとと抜きヤガレ! 躊躇ちゅうちょしてんじゃネエ!」って当たり散らすわけにもいきませんから。


 先生はね「ほら、遠慮してたら、患者さんは余計にイタイんだよ。思い切ってピッと行きなさい!」って指導を飛ばすんだけど、「ハイっ!」って返事したタマゴ少女のピンセットは、細かく震えている。

 痛さ、倍増。


 「ゴメンね、(僕の名前)くん。この子、初めてなんだよ。」と先生も申し訳なさそう。

 ――判ってマス。これでベテランだったら、僕、暴れてます……。

 まあ、口では「ぜんぜん平気ですよ。余裕です。」って笑っているんですけどね。


 まあ、そうは言っても10mの長さを引っ張るというわけではない。せいぜいが数㎝。

 主観的には10分も20分も掛かっているような気がしても、実際には数秒程度しか経っていないのは間違いの無いところ。


 大役を終えた少女が「ありがとう、ございましたっ!」って頭を下げてくれて、僕も「ご苦労さまでした。」って挨拶をしてオシマイ。

 ま、ちょっと痛かったけど、良い事したなって笑みがこぼれるのを止められませんわ。

 僕みたいな人間でも、人さまの役に立つことが有るんだナァってね。


 余韻よいんに浸っていると

「じゃ、次のヒト!」

って先生の声。


 で、この時、改めて実習生の群れの頭数を再認識するわけです。


 ――おい。ちょっと待て。

……これから、コイツラ全員の相手をするのかよ?


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 このハナシ読んで、鼻で嗤ったキミ。


 キミには、入院した時に、教育実習生の群れに遭遇する呪いを掛けておく。


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