Tさんの話
某医療技術短大に受かったTさんは、一人暮らしを始めるにあたって、その建物に「過去が無い」のを重要視し、学生向け新築アパートの1Kに部屋を決めた。
引越しも終わって、手伝いに来ていてくれた両親がターミナル駅そばのホテルに戻ると、最初にやった事はテレビを点ける事と、パソコンを立ち上げる事だったのだとか。
シャワーをさっと浴び、出来合いの弁当で夕食を済ませると、Tさんはパソコンに向かったのだが一人きりのはずなのに妙な気配を感じる。
振り返ると、キッチンの排水口から幼稚園児くらいの女児の頭がニュウと伸びていて、シンクに置きっぱなしにしていた弁当殻を覗き込んでいる。
Tさんは、これはヒト由来のモノではないな、と感じたそうだ。
女児の頭は、Tさんが見ているのに気付くと、ニッと笑ってすぐに排水口に引っ込んでしまったから、Tさんはホテルに宿泊している両親に電話を掛けた。
母親は予期していたかのように間髪入れずに電話に出ると「出た?」と訊ねてきた。
「気が付いていたのなら、何で何も言ってくれなかったん!」とTさんは癇癪を起したが、母親は「今更言っても、新学期に間に合わんでしょうが。」と、さも当然の事のように返してきたそうだ。
「変に悪いモノがおるトコよりも、あのくらいなら可愛げが有って良いでしょう。だいたい、建物を気にするよりも、より歴史の長い”地面”の方が様々なモノの憑き場になっとるくらい、考えておきなさい。」
そう断言した母親は「じゃあ、お父さんとゴハンに行って来るから。」と通話を切ってしまった。
Tさんは弁当の空き容器を片付けると、排水口にアジ塩をぶち込んだ。(粗塩は持っていなかった。)
ついでに中性洗剤も流し込んで、しばらく様子を見たが何の反応も無い。
その後もTさんが食後の後片付けをサボっていると、女児の頭はときおり姿を現したが、学校に慣れてきたTさんが、授業の愚痴を女児の頭に向かって溢すようになると、いつしか出て来なくなってしまったのだそうだ。
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特に断わりを入れる必要も無いとは思うが、一応ふれておくと、この話には創作部分がまじえてある。
女児の首が『ニッと笑って』という件だ。
正確には『無表情のまま』なのだけど、女児の首が出るだけというオチらしいオチが無い話なので、せっかく読んでくれた人がジンワリ頭の中で想像しやすいよう、怪奇実話に有りがちなベタな描写を入れてみた。
テコ入れしてみたのは、”Tさん母”のキャラが濃過ぎて、全部持って行かれてしまう(結果、ホラーではなくなってしまう)気がしたためなのだけど、この改変で少しでも話が怖くなったかどうかは、ちょっと僕には判断が付かない。
話を聞かせてくれたTさんは「どうなんでしょう? あんまり変わらないような気がしますが。」という感想だった。
それと『幼稚園児くらいの女児の頭』という部分も、『市松人形みたいな女児の頭』という鉄板アイテムに変更しようかと考えたのだが、スタンダードに拘ると、かえって怖さが薄れる様な気かして、元の聞き書きに戻している。
別案としては、長崎県の郷土玩具である『古賀人形』というレトロな風合いの土人形を比喩対象に使ってみるというのも考えた。
この古賀人形、検索画像を見せたらTさんも
「ああ素朴で、なんだろう、昭和感がある感じで、市松人形より良いんじゃないですか?」
と好感触だった。
ちなみに古賀人形という人形は、伏見人形と並ぶ日本三大土人形の一つで、江戸時代から作られているんだから、Tさんの言う”昭和レトロ”とは、ちょっと違う。
結局、古賀人形を採用しなかったのは
「でも、読んでくれる人は、古賀人形なんて一々検索しないで流しちゃうんだから、伝わらないんじゃないでしょうか?」
というTさんのアドバイスに従ったためである。
女児の頭も、さぞ苦笑いしていることだろう。




