最終話
まだ彼と向き合うには時間が必要で、そんな彼女の気持ちを裏切るように彼女の目は彼から一度たりともそらされる事は無く。
彼の目を見つめ続けるにうちに、目を背けて来た恋心に着いてしまった傷がじくじく痛み始める感じがした。
「園田?」と反応のない彼女を再び呼ぶ橋津の目はが少し不安そうに揺れている気がするのは絢の都合のいい勘違いなのだろうっと絢は思う。
ーー何故彼はここにいるんだろう?
そんな瞳で自分の名前を呼ぶのだろう?
嫌いなんでしょ?
だからあの雨のに無視したんでしょう?
次から次へと疑問はわいて来るのに、喉がひりついたかのように動かず彼女の疑問たちが言葉となって出て来る事は無かった。
見つめる続ける彼の目が今度は泣きそうなように見えるのは、自分の恋心が作り出した妄想なのだろうかっと絢は彼を見つめ返す。
嫌われてないのではという期待が勝手に膨らんでくる事を抑えながら、じくじく痛む恋心の傷を撫でるようにあの時を忘れては行けないとグラグラ揺れる自分をただそうと絢はしていた。
でもそれでも、彼と目が合う事で傷から溢れて来てしまうのはあの時の雨のような冷たい雫ではなく、傷を労るようにじわじわと周りを暖かく覆う何かなのだ。
ーーやはり目を背けても、傷ついても彼の事が好きなのだ。
ごくっと唾を飲み込み、傷から後から後から溢れる暖かいものに押されるようにぽろりっと喉から出た「橋津君」と言う言葉に、絢の気持ちが全てのっているようだった。
そんな彼女の返事に揺れる瞳を軽く見開いた橋津は、次の瞬間に頬をゆるめ泣き笑いのような顔だった。
未だに橋津から目をそらせずにいる絢を手招きで側に呼び「話したいことがあって……待ってた」と彼女に告げた。
先ほどの疑問が頭を堂々巡りしていて何とか「うん」とだけ返事した絢に、「始めに聞きたい」と彼女から目をそらした彼の横顔にズキっと心が痛みを思い出す。
しかし、すぐに絢の方に向き直り意を決したように「園田、俺の事嫌い?」と聞いて来た彼に「えっ!?」と絢の頭は更にパニックに落ち入る。
何で私が橋津君の事が嫌いなのと嫌いなのはむしろ「橋津君が私を嫌いなんだよね?」と思わず聞き返していた。
今度は彼が「えっ…」と絢と同じように驚いた顔になり「そんな分けない」と簡潔に答えたのだ。一度膨らませてしまった"橋津君に嫌われてない"という期待が勝手に出て来てしまいそうだったが、何故シカトしたのか?という疑問が最後の一歩で蓋をした。
喉が震えているのだろうか「じゃあ」と呟いた絢の声は掻き消えてしまいそうに響き、「水曜の帰り道に私のこと無視したのは何でなの?」という呟きが弱々しく空気をふるわせた。
その呟きに困惑げな表情を浮かべる橋津が「俺が園田を? そんなことありえない」と答えるが、「先週の雨の日だよ?確かに声かけたのに橋津君は振り返る事も無く行っちゃって……」とその日の事を思い出しながら話す絢の心にその時の気持ちが蘇って来て涙をこらえる為にそれ以上言葉は紡げなかった。
絢の答えに少し息を飲んだような様子の橋津だったが、俯いてしまった絢をしたから伺うように「ごめん!」と彼にしては珍しく大きな声を出す。
その声に驚いて橋津を見ると泣きたいのは絢の方なのに微かな変化ではあったが、絢と同じくらいやそれ以上に辛そうに今にも泣きそうにみえる橋津の顔があった。
少し顔を辛そうに歪めながら「たぶん、聞こえなかっただけで……無視した訳じゃない」と真摯に絢に訴えて来たのだ。
あの距離で聞こえないなんてことあるのだろうかっと少しの疑問が顔に出ていたのだろうか「聞こえなかったって言い訳に聞こえるかもしれない。でも本当だ」と更に表情を微かに歪めた彼に、まるで自分が彼の傷口を抉ってしまっているような感覚に落ち入り今はこれ以上聞けないと絢は思った。
なので疑問たちは飲み込み「わかった」と少し微笑みながら返事をすると、顔をあげた橋津は少しほっとしたような表情を浮かべて「ありがとう」と呟く。
そしてしばしの沈黙の後「園田は?」と再び呟いたのだ。質問の無いようが掴めず首を掲げてしまう絢の様子に「園田は、俺の事嫌いか?」と1番最初の質問を繰り返した。
質問に質問で答える何て自分の気持ちを優先したのを恥じた絢は「そんな分けない!」とハッキリ答えたのだが顔が熱くてとてもじゃないが橋津を見られず、今度は絢が俯いてしまう。
下を向いた絢の視界に橋津の手であろうものが伸びて来て、所在無さげにスカートをいじっていた彼女の指先をを壊れものに触るかのように優しく彼の手が握った。
絢が何時でもほどける程に柔く包まれる指先から熱が灯り、その熱が全身に巡るように絢の顔を更に赤く灯らせる。
「園田 絢」と思わず呼ばれた自分のフルネームに思わず顔が赤いのも忘れて橋津の方を見てしまう。
どこか彼らしからぬ力強い声で「さっきの答えを訂正する」と言われ、嫌いじゃないを訂正するって事はやはり嫌いって事なのではとギシリと絢の心がきしむ。
そんな少し青ざめた絢の目をまっすぐ見抜きながらと橋津は告げた。
「園田絢、俺はお前が好きだ」
そんな彼の言葉が耳には音として入って来たが、まるで外国語のように意味としては入ってこらす響きだけが頭の中にこだまする。
ーー橋津君が?好き?私を?
一単語ずつ噛み砕いていくと、噛み砕いた言葉が胸に染み渡って行く。さっき傷口から溢れ出て来たものの日でない暖かな何かが絢の恋心を傷ごとすっぽり覆ってしまった。
身体を汚染するように広がるそれは、トクトクと脈打ちながらもドクドクと熱い鼓動に代わって行った。
そんな彼女の変化を穏やかな瞳で橋津は見つめながら「何時からだろう……園田の声がCDみたいにずっと再生されて耳から消えないんだ」と続ける。
絢は「うん」と返すだけで精一杯だったが、橋津は「気づいたCDじゃ我慢出来ず実際の園田の声を近くで聴きてたいって思った」と少し熱がこもった目が何かを切実に彼女に伝えてきた。
「実際に聴いたら今度は声だけじゃなくて、園田といる時間が心地よくて……ただ園田の隣にいたいって」と今度は切なそうに見つめてくる橋津に、絢は涙をこらえきれずに「うん」と涙声の返事をする。
そして決心したように橋津を見つめ返し「私も気づいたら橋津くんの背中目で追っ手って」と行き場を失っていたと思った自分の思いを紡いで行った。
「水曜日のあの時間が本当特別で……何でだろうって思ってたんだけど気づいたの」っと一度言葉を切ると、今も柔らかく自分の指先を拘束している橋津の手を包むように握り返し「私も橋津君の事が好きだって」っとこの心ごと全部見せれたら良いのにっと思いの丈を載せて彼に伝えたのだ。
その絢の言葉に今度は橋津は固まる。
そして、瞳は雄弁に彼の思いを語りながらも綻ぶように嬉しくて仕方が無いように満面の笑みを見せたのだった。
絢は思う。
好きだと言ってからも、この満面の笑みの彼も自分はまた古い映画フィルムのような映像に足して大切なものとしてずっと取っておくのだろうと。
満面の橋津の笑みに絢自身も幸せそうに蕩けるような笑顔を見せた事に絢は気づいてない。
そんな彼女を見た橋津が抱きしめたいとばかりにもう一方の手で彼女を囲い込もうとしているのにも。
ただ幸せそうな表情にちょっぴりの不安を載せながら橋津は「園田に……絢に話したい事があるんだ」と言葉を紡いだのだった。
最後まで読んでいただき誠にありがとうございす。
橋津サイドの話も作者サイトで緩く更新してますので、よければどうぞ
http://tsuledzule.seesaa.net/article/fluky-waon-1.html