第9話 俺ってひょっとして……
孤児院の敷地を囲う塀など数ヶ所に、要らないシーツをかぶせておく。
はたから見たら、損傷した個所を隠しているようにも見えるかもな。
……まるで『何かトラブル』でも起きたように感じるヤツもいるだろう。
もちろん、これはカモフラージュとでも言えばいいのか……いわゆるところの『釣り餌』ってヤツだ。
釣り上げるのはもちろん――。
「――拝見しましたよ、随分と大変な目に合われてしまったようですね? いやはやなんとも痛ましい……私としても、もっと強くことを進めておくべきだったと、心苦しく思うばかりです」
「はっ、ぺらぺらとよく回る口だねぇ。心にもないことを吐き出す方が得意なんじゃないのかい?」
応接室でばーさんと話す一人の男。
コイツがここの運営を譲ってほしいとか言ってる『ベレテス・ヘングリア』か。
「いえいえそんな、本心ですとも。……しかしながら、やはりこのご時世、個人で孤児院を運営していくというのは難しいというもの。どうです、やはりここはひとつ、我々に……」
「……何度来ても同じだよ、返事は変わらないさ」
「ふーむ、アナタも強情なお人だ。ですが……またこういったことが起こらないとも限りませんよ? 子供達のことを思うのであれば――」
「――よし、話は聞かせてもらった」
「うわぁっ!? な、なんですか貴方は……!? いつの間に、いったいどこからどうやって……!?」
ついさっき、お前が座ってるのソファの後ろからこっそりゲートを使ってだよ?
ばーさんには、ゲートのことは少し説明してあるからな。
「ど、どなたかは存じませんが、私達はいま大切な話を……」
「まぁまぁまぁまぁ、いやほら、お客さんには『おもてなし』をしねぇと失礼だろ? つーわけで……」
説明しながら、目の前に一皿の料理を置いてやる。
もちろん妙なものは入っちゃいない。ただ、ダンジョンでとったとある食材を使っているだけだ。
「これは……カトブレパス……!? いや、それよりももっと……」
「お、わかるかい? そいつはオッドカトブレパスだよ。どうにも、いつも頼んでるところに『トラブル』があったみたいでなぁ。……普段は使ってない別のルートから仕入れたのさ」
「な……!? 馬鹿なあり得ない、ランクSSの魔物食材だぞ……!? 上級市場にすら滅多には……いやそれよりも……」
なにやらぶつぶつと言うベレテスをよそに、俺も空いてるソファに腰をかける。
……別に本気で歓迎しておもてなししてるってワケじゃあないがな。
あの物騒な連中どもは衛兵につき出しておいたが……どうも話を聞くに、ただ金で雇われただけの様子だった。
『あそこでしばらく暴れてくれれば大金を支払う』と、そう言われたらしい。
まぁ短絡的というかなんというか……とりあえず、それは置いておくとしてだ。
……問題は、誰に頼まれたのかは分からないってことだ。
いわゆるところの『闇クエスト』ってヤツだな。
直接的か間接的かはまだ分からんが、まず間違いなく目の前のこの男が関わっているんだろう。
だが……コイツと繋がってる確定的な証拠がないのも事実だ。
そして恐らくその尻尾は、簡単には掴めない。
あんな分かりやすいやり方をしたのも、逆に考えればそれでも問題ないと踏んでのことだったってワケだ。
一見、お手上げのようにも見えるが……。
「し、失礼、少々取り乱しました……どうにも少し、疲れているようで……」
そりゃそうだろうね、なんせ物流まで止めたと思った相手から、こんなもんが出て来たんだからな。
「いやなに、気にすんなって。このご時世お互い苦労するよなぁ? 外の塀見た? うちも色々と大変でよ」
「! ……えぇ、拝見したしました。実に痛ましく、私も心を痛めていたところです……」
「だろう? なんせ……誕生祭にクレヨンなんかも用意したんだが、子供ってのはすーぐ落書きやらなんやらとしちまうもんだからなぁ」
「えぇ、本当に……。…………は? あ、あの……何かトラブルに見舞われたとか、そういう話では……?」
「ん? あぁ、なんかめんどくさいヤツらがやいのやいのと言ってきたけどな、そっちは軽くあしらってやったよ。こう……上手いことな?」
「か、軽く……ですか……」
「ま、それでもなにかと物騒だろ? そんなワケで、しばらくは友人に護衛を頼んであるんだよ。ガングリッドとシーレっつーんだけど……おたく知ってる?」
「し、『深紅の戦刃』に……、『黄昏の魔卿』……、は、はは……」
流石、アイツら有名だね。
……さて、ここまで話せばもう分かるだろう。
この施設には、ランクSSの魔物素材を調達できる後ろ盾があり、最上級上位、『称号持ち』の護衛がいるって、そう言ってるんだぜ?
おまけに得体の知れないおっさんまで付いてくるときたもんだ。
俺だったらそんな場所、頼まれてもちょっかいを出そうとは思わんね。
実際のとこ、ガングリッドはまだ安静が必要な状態だが……ま、それをコイツに説明してやる義理も無いだろう。
――尻尾を出さねぇって言うなら、『根本』から解決すればいい。
証拠があろうがなかろうが関係ない。
コイツが二度と、孤児院をどうにかしようなんて考えを持たなくなればいいだけの話だ。
「こんな、こんなことが……。――――っ! ……思いだしましたよ、貴方、イルヴィス・スコードさんですね……?」
「お? 俺のことを知ってんのか、そいつは光栄だね」
「えぇ、お噂はかねがね……。タマッサさん、この男に何を吹き込まれたかはしりませんが、信用するべきではありません! この男は街でも評判のろくでなし……即刻縁を切るべきです!」
急に勝ち誇ったような顔をして声をあげるベレテス。
だが……。
「――ほう、言うに事を欠いて『親子の縁を切れ』と、そうきたかい……」
「…………は? え、お、親子……?」
ギギギとこちらに視線を向けるベルテスに、ピースサインをしてやる。
なんだ、そのへんのことは知らなかったのか。
「確かに、ウチの息子はヤンチャが過ぎることもあるけどねぇ……何も知らないよそ様に、ロクデナシ呼ばわりされる筋合いはないよ!」
「あ、いやその……こ、これはですね……」
「出て行っとくれ! 二度とその顔を見せるんじゃないよ!!」
「――とりあえず、これでもうここに手を出してくることは無いだろ。けどばーさん、やっぱいつも言ってるじゃねぇか。俺らからの金は受け取っとけって……」
せめて使わないにしても、がっつり蓄えておくとかだなぁ……。
「はん、アタシこそいつも言ってんだろうが。その金はアンタたちの『時間』を使って作ったもんだ。だからこそ、アンタたち自身のために使えってね」
「いや、確かに何度も聞いてるが……」
「それにね、ここに居る子たちはみんな『人との縁』に傷ついてここに来てるのさ。アタシはね、そういったものを癒せるのもまた『人との縁』だと信じてる。だから……」
「『金があったから幸せになれたんだ』と、そういう風に思ってほしくない、だろ? ……何度も聞いたよ、その話も」
俺のように、両親と死に別れた奴だけじゃあない。
実の両親にさえ疎まれて、ここへ流れついたって奴もいる。
……ばーさんの言う『縁』ってのは、そういうモンを全部ひっくるめたことを言うんだろうね。
「……誰しもいつか、『ここまで』って時が来る。残酷か、平等か、はたまただからこそ美しいととらえるかは……まぁ個人の裁量さね。……ま、そん時に行くあてのない金を持て余してるようだったら、存分にもらってやるさ」
まったく、相変わらず強情なばーさんだよ。
どんだけ長生きするつもりなんだかね。
「だけど……今回は確かに不甲斐なかったね。……イル坊、本当にありがとうよ、誕生祭のことも……おかげで、あの子らに辛い思いをさせなくて済んだ」
「はっ、俺だけの力じゃねぇさ。アイツら皆がいてくれたおかげだよ」
「ふふ、そうかい。……良い人たちに、良い縁に恵まれたみたいだね。アタシはそれが嬉しいよ。……何よりもアンタが、そういう縁を結べる人間に育ってくれたことがね」
……子供の時のように、俺の手を優しく撫でてくれる。
なんというか……むずがゆいね、ホント。
「しかしあれだね、五人も嫁さん候補を連れて来たかと思えば……イル坊、アンタもすみにおけないねぇ? やっぱりアタシの息子だよ」
「は? 何の話だよ?」
「かっはっは、何とぼけてんだい! パーティに連れてきた子ら、全員女の子だったじゃないか。将来が楽しみだよまったく」
「はぁ!? いやいやいやちげーよ!! あれはなんつーか、たまたまそうなっただけでだなぁ……!!」
そう、たまたまだ、たまたまそうなっただけにすぎん。
ガングリッドはレベル障害で安静状態だし、エータ達には誘うまでもなく先約があったみたいだし……。
他には、他、他に……?
……あれ? え、嘘だろ……!?
俺ってひょっとして…………男友達少ないのか……?




