第6話 いかにもダウナー
……迂闊だった。
冒険者ギルドを引退する際には冒険者カードを返却する必要があり、それと同時に表示履歴のチェックも行われる。
いやまぁそれ自体にゃなんの問題も無い。
上がったステータスについても守秘義務があるだろうしな。
問題は……。
「まさか、ここまでとはなぁ……」
机の上の書類の束を前に、思わず漏れちまうため息。
これが全部引退用の書類だってんだからなぁホント……。
しかも書類自体が魔法陣を併用したマジックアイテムになっていて、一枚全部記入するのにも結構な労力を必要とするワケで……。
いやもうホント、おっさんには結構つらい作業よコレ?
まぁ上級になるとギルドを抜けるのが途端に難しくなるとは聞いていた。
戦力の流出を防ぐため……なんて言われちゃいるが、高レベルのヤツを管理できなくなるからって理由の方が大きいんだろう。
その力をもし犯罪にでも使われたりしたら、そりゃあ一般人には成す術がないからな。実際、書類の内容もそんな感じのものばかりだ。
現在の俺のマナプールは1600とちょっと。
これは、上級下位クラスの冒険者と同等ってなワケで……。
「……そうだ、おさけ、のもう」
大事だよね息抜き。
……
…………
……………………
冒険者ギルドの施設には決まって酒場が併設されている。
冒険者同士での情報交換のため……なんてのはまぁ昔の話で、今はもっぱら別の理由だ。その理由っつーのが……
「おいおい見ろよ! 役立たずが一丁前に酒を飲みに来てるぜ!」
「酒飲んでる暇があったら荷物持ちに精を出した方がいいんじゃねぇか!? ガキのおこぼれでももらうためによぉ!」
……こういうヤツらがいるからなんだよなぁ。
冒険者っつってもピンキリで、勇者なんて呼ばれるやつがいる反面コイツらみたいなどうしようもないのもいる。
だが腐っても冒険者だ。
一般人とトラブルになったりすりゃあ一方的なワケで……そこいらの酒場で暴れさせるよりは、目に見える場所においとこうっつうことなんだろう。
もちろん街中でマナやスキルを振りかざすのはご法度だが、まぁ酔っ払いに道理が通じるなら苦労はせんわな。
「聞いたぜイルヴィス~? お前、引退を考えてるんだってなぁ?」
「……だから何だよ? アンタらには関係のない話だろ?」
「いーや大アリだね。なんせ早く引退してくれねぇと……お前みたいなやつが視界にいると酒がまずくなるからなぁ! げひゃひゃひゃ!」
うーわ、相変わらず下品な笑い方をするねぇコイツらは。
とりあえず……。
「へぇそうかい、だったらもっとうまい酒を頼むと良い。……ま、荷物持ちへの報酬すら難癖つけてまともに払わねぇ貧乏人にゃ、ちょいと難しい話かもしれんがな?」
「あぁ!?」
「てめぇ調子に乗りやがって!!」
叫びながら胸倉をつかまれる。
……これで、先に手を出してきたのはそっちだ、後悔するなよ。
確かコイツらのマナプールは500より少し多いぐらいだったはず。
今の俺なら――。
……いやいやいや、何考えてんだ落ち着け。
腹が立たないと言えばそりゃ嘘になるが、今まで見下してきたやつが急に態度を変えれば不快な気分になったりもするんだろう。
俺にはよくわからんが、わざわざ同じ土俵に上がってやる必要もないって話だ。
自分でも意識してなかったが、力を持つとこういうこともあるのか……。
よくないねぇこれは、今後は気をつけねぇと……。
「おいなに黙ってやがる! なんとか言えやこの役立たずが!」
あ、忘れてた。
「……いや悪かった。ここは一杯奢らせてもらうからよ、こいつで勘弁してくれ」
机の上に人数分の酒代を置く。
こいつらにゃもったいないが、勉強代とでも思っておこう。
「……はっ! 腰抜けが! 次からは口の利き方を気を付けるんだな!!」
「はいよ、せいぜい肝に銘じておくさ」
俺はそのまま酒場の奥、カウンター席の方へと移動する。
「やぁ、随分大人な対応だったじゃないかイルヴィス?」
「茶化すなよウリメイラ。……ウイスキー、あーロックで」
バーテンダーのウリメイラ。
コイツとはもう二十年来の昔なじみだ。
確か、爺さんがジャイアントだって言ってたか?
そのせいなのか、すらっと長身のコイツは女によくモテる。
……コイツも女なんだけどな。
「君が昼から飲むなんて珍しいね。あ、そういえば聞いたよフルボーンドラゴンのこと。懐が潤ってるならいいのがあるけど……どうする?」
「……ちなみに、おいくらで?」
「相変わらず野暮だねぇ君は。……シングルで8000、どう?」
おたかぁい。
下手したら、俺の食費の数日分だよ? だが……。
「……いこう。一杯たのむ」
「! ホントに珍しいね? ちょっとまってて」
確かに高いが今の俺には、まさにそのフルボーンドラゴンとの戦いで得た報酬もある。たまには贅沢もいいだろう。
……やばい、なんか緊張してきたな。
いや動揺するなイルヴィス、こういうのはカッコよく飲むことも大切だ。
雰囲気っつーかなんつーか、そういうモンがまた酒の味を引き立てて――。
「――おっちゃーん!! いるのー!? ねぇおっちゃんてばー!!」
「すまーんウリメイラそれキャンセルでー」
「おいアレ……」「ああほら、あのフルボーンドラゴンの……」「マジかよあんなガキが……」
入り口でわめくトリアを見ながら、冒険者たちがざわめき立つ。
まぁ無理もない、あの歳でランクAと渡り合えるヤツなんてそうそうは居ないだろうからな。
そんな中、さっき俺に絡んできたごろつきどもが、にやにやとしながらトリアの前へと足を運び……。
「……おいお嬢ちゃん、聞いたぜぇ? お前、あのイルヴィスの奴と組んでるんだってなぁ?」
組んでねぇっつの。
誰だ適当なこと広めてるやつは……。
「うん! そうだよ!」
いやお前かい。
「げっへっへ! 悪いことは言わねぇ、あいつはやめとけって!」
「そうそう! どうせもうすぐ引退する腰抜けだしなぁ!」
「知ってるか、あいつがなんて呼ばれてるか……。『どれだけレベルが上がっても、荷物持ちしかできない役立たず』だぜ!? 笑っちまうよな!! げひゃひゃひゃ……!!」
……随分と好き勝手言ってくれるもんだよホント。
背中越しだが、周りの奴らもにやにやしながら同調してるのが目に浮かぶ。
まぁこの時間からこんなところにいるヤツラはろくでもない奴が多いからな、気にしたら負けってモンだ。
……でも、俺がもうちょっと若かったら泣いてるよ?
「え、うん知ってるけど? 前にもここで聞いたんだし」
「え? ああ、そういやそうだった」
ええ……?
じゃあなんだったんだよ今の一連のやり取りは。
もっとちゃんと頭を使えっての、俺が言うのもなんだけどよ。
「だったらわかるだろ? あいつはお前の力を利用するつもりなんだよ。そんなヤツより俺らと組んだ方がよっぽど……」
「うーん、いいや、ごめんね!」
「え? ま、待てって! お前はまだ若いから大事なことががちゃんと分かってないだけなんだって、な? 俺達がいろいろと教えてやるから……」
「えー……? ていうか、ボクが仲間探ししてる時に『ふざけるな』って言ってきたのはそっちじゃん」
「い、いや、あんときは……」
おーおー、一度無碍にした相手に必死だな。
まぁ最近は『偽造冒険者カード』なんてものもあるし、トリアのステータスが信じられなかったってのも分からん話じゃないが……。
……いやそもそも、ちゃんとカード見せて勧誘したんだろうなアイツ?
「ああそういえばあの彼、『俺の力が借りたければその身体で払うか?』なんてことも言ってたね」
「うわぁ……」
どのツラ晒して説教まがいなセリフを口にしてんだよ……。
これだから『最近の冒険者の質は~』とかなんとか言われるんだ。嘆かわしいねまったく……。
「あっ! 見つけた!! おっちゃーん!!」
……っと、しまったどうやら見つかったようだ。
周りからも『なんであんな奴と……』だの『役立たずのくせにうまくやりやがって……』だのと、そんな声が聞こえてくる。
勘弁してくれ……。
「もーおっちゃん! いるならちゃんと返事してよ!」
「……はいはい、ここにいますよっと」
「おーそーいー! 部屋に行ったけどいなかったし……もっとボクのこと考えてくれてなきゃダメでしょ!」
なんでだ。
俺はお前のなんなんだよ。
「ふふ、随分と懐かれてるみたいじゃないかイルヴィス?」
「だから茶化すなってのに……」
「あ、ウリメイラさん! ボクオレンジジュースね! おっちゃんの奢りだから安い方ので!」
コイツは……。
まぁいいか、もともとフルボーンドラゴンの報酬もコイツが居なかったら手に入らなかったようなもんだしな。
「……おまえさぁ、昼とか深夜とか、そういう時間はあんま一人で酒場来たりすんなよ?」
「え、なんで?」
「なんでってそりゃ……」
「イルヴィスは心配なのさ。可愛い君が、どこぞの男に襲われたりしないかってね」
「なっ……!? ウリメイラお前なぁ……」
オレンジジュースを差し出しながらそんなことを口走るウリメイラ。
コイツは昔からそういうヤツで……。
「えー? なーにーおっちゃん? それならそうって言えばいいのに~?」
……あぁくそ、言うんじゃなかった。
ニヤニヤしながら絡んできやがって……いいからもうこっち見んな。おとなしくオレンジジュースでもすすってろ。
「でもさぁ、確かにああいうこと言う人って多いよねぇ? まぁボクの可愛さも悪いんだろうけど!」
「はいはい、そうですねっと」
「ふふん、でも安心していいよ! ボクってばけっこう強いし、変な誘いに乗っちゃうほど軽い女じゃないからさ!」
「――あ、あの~……」
「何言ってやがる、俺にはパンツがどうだのへそがどうだの言ってたくせによぉ」
おかげで最近、近所の目が冷たい気がするんだぞこっちは。
「それはおっちゃんだからだもん! ……言っとくけど、ボクがあんなにも食い下がったのっておっちゃんだけなんだからね?」
「――あ、き、聞こえてない……。あ、あの……」
「へー、そいつはそいつは」
「ホントだってばもー!」
「あ、あの……、す、少し話を……」
うわ、びっくりした!
急に袖を引っ張られて振り向くと、そこにはいかにもダウナーな様子の一人の少女がぽつんと立っていた。
「あれ、だぁれ? おっちゃんのおともだち?」
「いや……お前の知り合いじゃねぇのか?」
「あ……そ、それじゃあまずは自己紹介を……」
そいつはおずおずといった様子のまま、被っていたフードをまくり上げる。
「――ぐ、グリネルネ・ポットポッドだ……。ね、ネルネとでも呼んでくれ……」
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