第32話 幸せもんだよおっさんは
冒険者カードの恩恵の欄から、ウルトラ相思相愛の文字が消えていく。
……あれは、あの少女はひょっとして――。
「ん〰〰〰〰っ!! おっちゃーーーーーーーん!!!!」
「おじさま……! おじさまぁーーー!!」
「にゃっふー!! オジサーーーン!!!」
トリア、ハク、エテリナの三人が同時に飛びついてくる。
いやまってまって、おっさんまだ怪我やら毒やら治ったばっかで……。
「お、おっちゃん……よ、よかった……ぐしゅ……ほ、ほんとうに……」
「イルヴィしゅぅ……、私、ぐす……! 私はぁ……」
あーもう、こっちはこっちでカワイイ顔が台無しだっての……。
……いや、そうだな。
「……本当に、心配かけて悪かったよ。ほらよーしよし……」
これであとは――。
「が、ぎ……!」
「!? おじさま、ガングリッドさんが……!」
トリアの『キラメテオバンキッシュ』で魔物のガワをはがされたガングリッド。
その周りへと、また徐々に魔素が集まっていく。
「おっちゃん!? このままじゃまた……!!」
「ネルネ! エテリナ! 無理やり流し込むぞ!!」
傷も毒も、ネルネの『マーブルスライム』によって全快した俺は、ガングリッド向かって走り出した。
「……! ぐし、わ、わかった……!」
「……! にゃふふ、りょーかい!!」
瞬時に俺の意図を理解してくれた二人が、俺の思った通りの行動をとってくれる。
流石、頼もしいね。
……
…………
……………………
「――オ……ぉ……ォ……。イル、ヴィ……ス……?」
「……よぉ、目が覚めたか?」
「…………オレ、は……すまない……。随分と……迷惑を、かけた……」
「ホントだよまったく。……一杯奢ってもらわにゃ割に合わんね」
「……フッ、あぁ……ウリメイラに頼んで……とびきりのものを……」
そこまで口にしたところで気を失うガングリッドを支えてやる。
これでひとまずは……。
「おっちゃん? えっと、今ガングリッドさんに何したの?」
「ほれ、チャラ男の時も、こんな風に『暴走』状態だっただろ? 最初は、力に耐えきれなくてそうなったのかと思ってたが……」
「そ、そういえば……同じように力を持った魔物たちは、そ、そんな様子は無かった……」
「あ! たしかにそうだね?」
「まぁそう言うことだ。んでもって、ハッカーによる干渉が本当に『性質の延長』だとするなら……恐らく干渉されてたのはチャラ男たち自身じゃなくて、あの『見えない紋章』の方だったんじゃねぇかってな?」
エテリナが『ただの強化魔法にしか見えない』っつってたのはそういうことだ。
特性の延長をされたそれによって、アイツらは力を得ていたってワケだな。
「じゃあなんで暴走したかといえば……」
『狂化の状態異常は体験したことがあるか? それの何倍……いや、何十倍もの破壊衝動によって、な』
『残念だけど無駄よぉ? このナイフはただの毒系のマジックアイテムだけど……でもそれだけじゃないの』
「にゃふふ、なるほどなるほどー! それもまた『性質の延長』……つまりあの暴走状態は、何らかの方法で『狂化』の状態異常を延長させたものだったってカンジ?」
「ま、そういうことだ。んなワケで、エテリナの『むりにでもあーん』とネルネの『回復スライム』で、ありったけ詰め込んでやったのさ。――胃の中に直接な」
「――イノセントリーフ……。 ふふ、なるほどねぇ……」
ふと、感心するような、ため息をつくような、そんな声が聞こえてくる。
イノセントリーフは衝動系の異常状態を回復できる。
ネルネのキュアスライムが回復できるのは、毒や幻覚なんかの反応系の異常状態だけだからな。つまり……。
「……ご名答、とでも言えば良いのかね? そんでもってマジューリカさん……これも、アンタの仕業だろ……?」
俺は拳を開き……ガングリッドの首に刺さっていた『針のようなモノ』を見せつけてやった。
……恐らく何かのマジックアイテム。
これでアイツを……ガングリッドを『狂化』状態にして、最後の理性をとばしたってとこだろう。
「ふふふ、彼、アナタとのやり取りで随分と落ち着いてしまってたみたいだったから……駄目押しのつもりが裏目に出ちゃったみたいねぇ」
くすくすと笑いながら、悪びれる様子もなくそう応えてくる。
「……! そういえばこの感覚……あの時おじさまに感じたのと同じ……! それに……」
あの時、つーと……女の人の気配がするとか言っていたあれか。
そういえばハクは、アンリアットじゃあ直接マジューリカさんに会ったことは無かったな。
……まさか、ハクの能力を警戒していたのか?
「目の前にいるおかげで良く分かります……えと、ちゃらおさん、でしたっけ? ……あの時の気配とよく似ているのが……!」
「!? ならばもしかして、あの『見えない紋章』は……」
「なるほどな……とりあえずあれだ。色々と、話を聞かせて――」
「――ありゃー、マジューリカ結局失敗しちゃったんだ? ま、そういうこともあるよね、しょうがないしょうがない」
「やれやれどやつもこやつも……吾輩がこうも協力をしてやったというのに不甲斐ないヤツらだ、キシシ……!」
「いやいや、それはお互いさまでしょ? ……ていうかよく言うよ、一番デカいことやらかしちゃってるくせにさぁ」
不意に、背後から聞こえる別の声。
咄嗟に振り向けば、そこには黒装束に身を包んだ二人の……いや、ここまで来ると本当に人なのかどうかも怪しくなってきちまうな。
「アーデム、モンステリュウス……」
「やほー、マジューリカ。楽しそうだから来てあげたよ?」
「……ふふ、それにしては、ゼクセーたちの姿がみえないけれど?」
「キシシ……あやつらが来ると思うか? 普段だってろくに顔を出さぬというのに」
「まぁそうねぇ、おねぇさん寂しいわぁ。ひょっとしたら、存在自体まで消えてしまうかもしれなかったのに……」
「マジューリカは急ぎすぎなんだってば。別にそこまでしなくても、失敗なら失敗で次がんばれば良かったのにさー」
場に似つかわしくないような軽口を交わ合う三人。
……存在自体『まで』? どういう……?
「……おっちゃん、もしかしてエテリナの言う『ハッカー』って……!」
「……っと、ああ。確証はないが、恐らくな」
だとすれば、やはりマジューリカさんも……。
「――ふっ、我々が『ハッカー』とはな。……まったくもって皮肉なものだ」
「……!?」
また一人増えた!?
本当にどうなってんだ、こっちはまばたきにすら気を使ってんだぞ……?
「あれ? イヴェルトもこっちに来たんだ?」
「ここには私も手も入っているからな。……それに、その方が楽しそうだろう?」
現れたそいつも、こちらのことなど意に介さぬ様子だ。
余裕、ってワケなのかそれとも……。
「……よぉ、ひょっとしてアンタが親玉かい? 皮肉ってのは……どういう意味だ?」
「さて、な……。理由はともあれ、好きに呼んでくれてかまわない……と、言ってやりたいところではあるのだが……流石にそのような無粋な呼び方をされるのは遠慮してほしいものだ」
イヴェルトと呼ばれたその男は顎に手を当て、考えるような仕草をとる。
「そうだな……。――我々は『フリゲイト』。そう、呼んでもらうとしようか」
「フリ……ゲイト……」
エテリナが確信していた、『不可解な事件』や『不落の難題』につながる存在。
ついにたどり着いた、だが……。
「……アンタらの目的、それに『魔王候補』……。気になることは山ほどあるんだが……今、町じゃあうちのヤツらが大変な目にあっててな。アレがアンタらの仕業だってんなら、なんとかしてくれるとありがたいんだがね……?」
「……ふむ。……断れば、どうだと言うのかね?」
「そん時は……まぁこうするしかねぇかもな」
ホルスターからナイフを引き抜きながら答えてやる。
……そん時はたとえ力づくでも――!
「あーもう戦うつもりは無いってば、こっちはこっちで事情があるからね。……ていうかさ、そっちも結構、満身創痍にみえるけど?」
「……っ」
アーデムと呼ばれた男がそう返してくる。
……正直、それは確かにその通りだ。
もちろん回復用のアイテムなんかも持ってきてはいるが……果たして目の前で大人しく回復をさせてくれるかどうか……。
「キシシ……なぁイヴェルト、断片的ぐらいには情報をやってもよいのではないか? どうせもう、ここにはそう価値もあるまい。それにその方が……見ている分には楽しめるかもしれんぞ?」
「ふむ……『あの方』も喜ぶかもしれん、か。……ならばそれも良いだろう」
『あの方』……? まだ上がいるのか……?
それと……さっきから『楽しむ』だの『喜ぶ』だのと、そんな言葉がよく出てきている。
――『娯楽』、ケインのヤツは、そんなことを言っていたが……。
「……この一連の騒動は云わば『忘れ去られた物語』なのだ。私はそれを、この場所へと呼び覚ましたにすぎん。――『作られなかった歴史』と言ってもよいかもしれんな」
「物語? 歴史? どういう……」
「ふ、断片的に、と言ったはずだ。さて……また、相見えることもあるだろう。その時まで……せいぜい楽しませてほしいものだな」
「……ふふ、じゃあね? イルヴィスくん……?」
「消えた……!? くそっ!」
また一瞬でだ。いったいどうなってる……!?
あれもアイツらの能力なのか……?
……いや落ち着け、こうなった以上、今はそれはいい。
問題はエンフォーレリアの……。
「にゃむむ……『この場所へと呼び覚ました』、か。……ねぇハクちー? さっきオジサンたちが二人でケンカしてるとき……ガンさんからいつもの『ぞわぞわ』を感じたりした?」
「え……? そういえば、ガングリッドさんからは何も……」
「! そうなのか?」
「にゃふふ、あの時のテンタクルグリーデアの能力なんかは別としてー、ハクちーが探知できるのはハッカー……ううん、『フリゲイト』と……その干渉で『特性の延長』が起きてる『対象』自体に限るんじゃないかなー?」
対象……。
つまりアイツら『フリゲイト』は、ガングリッドやあのアザ自体に直接手を下したわけじゃあないってことか?
「しかしエテリナ、『特性の延長』といっても、何に干渉すればあのような『魔物化』が起きるというのだ? それがわからねば……」
「うん、そこなんだよねー? ……『忘れ去られた物語』『作られなかった歴史』……これはきっと、ウチらが知らないもっと高度な『何か』に干渉してるんだと思う……でーもー?」
エテリナがぴょこんと指を突き上げる。
「多分そのためにはー、なにか『条件』がいるってカンジ? そうじゃなかったら、わざわざガンさんに接触する理由が無いハズだもん」
「じょ、条件……?」
「そうそうー! にゃふふ、とりあえず古代語からとって『フラグ』とでも呼んじゃおっかな? それを成立させることによって、はじめてあの『魔物化』は起きてるんだと思うんだー」
魔物化を起こさせる条件……フラグ、か。
ということは……!
「その『フラグ』ってやつさえ成立しなけりゃ、町のヤツらの『魔物化』は止められるかもしれんってことか!?」
「にゃーん! オジサンだいせーかい! んでんでー、ハクちーがここにぞわぞわを感じてたってことは……」
「フリゲイトの『干渉』は確実に行われている……! それによって、このダンジョンでフラグとやらを成立させたということだな!」
ひとまず繋がった……!
これなら――!
「さてさてー! ここまで長々とお話ししたのには理由がありましてー? んーハクちー! ガンさんの言葉通りなら、きっとこのダンジョンのどこかにガンさんに魔素を集中させる『特殊な術式』があるハズ! それを……」
「! はい、任せてください! 必ず見つけ出してみせます!」
「そ、それも……何かのフラグなのかな……?」
「じゃあそれを壊しちゃえば、もうガングリッドさんがあんなふうになっちゃうことは無いってワケだね!!」
「にゃふふ! おそらくそのとーり! そんでもってー……オジサン! それが終わったら……ちょうどいい時間なんじゃないかな?」
「? ちょうどいい時間……?」
……………………
…………
……
「――メロ!!」
「あ、おにいちゃん!!」
再開して抱き合うザーネドとメロ。
全てを終え、ガングリッドを担いで町へ戻ってみると、ちょうどそんな場面に出くわした。
……いやコイツおっもい。とっとと目を覚ませってのに、ったく……。
「ほっほっほ。どうやらうまくやったようじゃな?」
「シーレ! ……まぁなんとか、な。こっちの状況は?」
ガングリッドを担ぐ肩とは反対側へ座るシーレ。
……フリゲイトは取り逃がしちまったし、完璧にうまくやったとは言えんがね。
だが――。
「怪我人はいるが……取り返しのつかないような者は出ておらぬ。それにほれ……」
「あぁ……みたいだな」
ザーネドと抱き合うメロの左腕。
――そこに有るのはもう、普通の女の子の……。
「……皆を連れてきてくれた、お前のおかげだね」
「ほっほ、言うたじゃろう? 愛するものを守るのも、女の甲斐性じゃからの? どうじゃ? 惚れ直したか? ん?」
「お前なぁ。いや、そうだな…………愛してるよ、俺もな」
「ほっほ、そうかそう……か? ……い、イルヴィス? 今なんと……?」
「……ん? ……いやぁさて、なんつったかねぇ?」
「な!? ぜ、絶対覚えておるじゃろお主! ほ、ほれ! もう一度――」
――エテリナの言う『フラグ』。
ガングリッドのヤツは言っていた。
『枯れかけのダンジョンから溢れ出る大量の魔素が原因』だと。
エテリナの話によれば、魔素が外へ流れていない以上、恐らく『その状況のダンジョン』こそがフラグだったのだそうだ。
恐らくフリゲイトの干渉によって、枯れかけのダンジョンの魔素が増やされていたってワケだな。
基本的に、魔素はダンジョンの奥から流れてくる。
そんなワケで、インターバルを終えた俺は『勇者級』まで力を解放し……。
……全員で、そりゃあもうこれでもかってぐらいに暴れてやった。
崩れたダンジョンによって奥への通路なんかが塞がれ、それにより、魔素が溢れてくることもなくなった。
枯れる直前のダンジョンだ、今後修復されるってことも無いだろう。
……これで、『魔物化』事件は幕を下ろしたってワケだ。
そして――。
「もう少し、ゆっくりしていってくださっても……」
「はは、ま、気持ちはありがたいけどな」
駅馬車の停留所で、ザーネドとあいさつを済ませる。
向こうではメロとトリア達が別れを惜しんでいるみたいだ。
……もう人目なんかを気にせず、外を出歩けるってワケだな。
「……っ、本当に、なんとお礼を言ったらいいか……!」
「何度も聞いたよそいつはな。……大切にしてやれよ? 元気でな、また気が向いたら顔を出すよ」
「――はい! イルヴィスさん達もお元気で……!」
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『イルヴィス、私達は一足先にアンリアットへ戻るとするよ』
『ま、蘇生したばっかで色々やんなきゃだしな。しっかし初めて蘇生されてみたが……二度とアレは味わいたくねぇな……』
『私も……。イルヴィス、向こうへ帰ったらまた撫でてくれてもいい』
『戻ったら話し合いなんだから忘れちゃだめよ! ……今度こそ、みんなでね?』
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『実は私たち、あの時の七人でパーティを組んだんです』
『辛いこととか思いだしちゃうかなぁって思ったんですけどー、その分結束できるかなーって思いましてー』
『私は冒険者じゃないのでサポーターとしてなんですけど……これからよろしくお願いしますね!』
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『うぇーい、つかさーコレ割に合わなくね? 今回コレ割に合わなくなくなくね?』
『それなー! わかりみ過ぎてヤバいってレベルよこれマジで。もっとこうオンナノコとかがさー?』
『あーもうお前らえるせぇよ! ……これで、借りは返したかんな。助けてやった、なんてデカいツラすんじゃねぇぞ』
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『はぁーもうサイアクなんですけど? こんな大変って聞いてないし……』
『ほんとほんとー。……でもシズレッタさー、そんなこと言って途中から結構マジだったよねー? ……おっさんの影響?』
『はぁ!? ん、んなことねぇし……! 終始メンドかったっつーの!!』
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そんなこんなで、アンリアットへ戻ってくる俺達。
ガングリッドのヤツは当分、安静が必要らしい。
大量の魔素を浴びていた影響で『レベル障害』を起こしてたみたいだしな。
とはいえ、アイツのパーティのサポーターも、無事元の姿に戻れたそうだ。
……結局、あそこには不落の難題の手がかりは無かったな。
だがマジューリカさんの言っていた『ソレ』ってのは……やっぱりこの左腕の紋様のことなのかね?
フリゲイト、アイツらの目的は――。
「……おっちゃんおはよーーーーー!!」
「ごうっ!? ……お前トリアァアァ!! 人が寝てるときに飛び乗ってくるなっつってるだろうがぁあぁぁ!!」
それおっさんいつかホントに死ぬからね!?
いや、それよりも問題なのが……。
「えー? いいじゃんかー。……んふふ、ボクのことー、大好きなくせにー!」
……これだ。
くっそう、いや間違っちゃいない、いないんだが……。
ええい、ニヨニヨとするんじゃないよまったく。
「にゃ!? トリニャーばっかりかまってずるーい!! にゃーんウチもウチもー!!」
「あ、こら二人とも! ……………………わ、私だって、普段はガマンしているのに……」
「えへへ、ハクはおじさまが起きてからゆっくりでいいですからね? だってハクはおじさまの……えへへ、えへへへ……!」
「わ、わたしはその、あとで……ちょ、ちょこっとだけかまってくれれば、えと、それで……」
……ま、なんのかんのと言っちゃあいるが、幸せもんだよおっさんは。
娘を持つ父親なんかは、こういう気分だったりするのかね?
「ほらほら、次はどこいこっか! フリゲイトなんかに負けてらんないよ! だってボク達みーんなで『勇者』になるんだもん! ね? おっちゃん!」
「お前な……、帰ってきてから言ってやったろ? 俺は、お前らが『勇者』なるのを見届けられればそれでいいってよ」
なんせ最近、ずっとさっきみたいな感じだからなぁ。
気恥ずかしいついでに、もう言っちまったって話だ。
「だからまぁなんだ。――勇者になるには遅すぎる」




