第31話 心の底から
意識が朦朧とする……。
俺は確か……そうだ、マジューリカさんの声が聞こえて、それで……。
「おじさま!! おじさまぁ!!!」
「な、なんで……!? ヒールスライムが……ヒールスライムが効かない……! ち、違う……追いつかない……!」
「にゃ……!? これは……何かの毒……!?」
「ど、毒なのかエテリナ……!? だ、だったら『キュアスライム』なら……!」
どうやら刺されちまったようだ……。
……血が足りないせいか、頭がうまく働かない。
「――残念だけど無駄よぉ? このナイフはただの出血毒系のマジックアイテムだけど……でもそれだけじゃないの。解毒と回復を同時に行えるような高度なスキルでもない限りは……ううん、それでも間に合わないかしら、ね?」
「まさか……それも『ハック』で……!?」
「あなたたちは、そう呼んでるみたいねぇ。……そして、おねぇさんは『魔物』じゃないから……この意味は、分かるかしら?」
「……! ……そ、そんな……うそ、うそですそんなの…………!!」
――『理不尽な死』。
魔物やダンジョンによる『死』はそう呼ばれていて、蘇生術や復活の加護でよみがえることができる。
逆に言えば、それはつまり――。
「マジューリカさん……!! なんで!? なんでおっちゃんにこんな……!!」
「……こんなこと言うとみんなに怒られちゃうかもしれないけど……おねぇさんね、イルヴィスくんのこと結構気に入ってたわぁ。……これは本当よ?」
「……っ、だったら……!」
「だから安心して? これでイルヴィスくんが死んじゃったら……おねぇさんも消えちゃうの。……ねぇイルヴィスくん、一緒に逝ってあげるわ。……一人だけで逝くよりは、寂しくないでしょう?」
「――――フざけルナァアアァァアアァッッッ!!!!!」
空気を揺るがす、咆哮のような叫び声。
この声は……ガングリッドか……?
「オレは、コんな終わりカタを……!! こんナ結末ヲ望んでいたワケでハ無イィイィ!!!!」
獣のように叫ぶガングリッドに視線を向ける。
……やめろガングリッド、このままだと……。
「……もちろん知ってるわぁ。だからこそこうしたの。……理性を失ったあなたには、もうそれを抑えることはできない……」
ガングリッドの体に、あのアザが広がっていく。
それだけじゃあない、ビキビキと音を立てながら、周りの魔素が何かを形作るようにガングリッドを包みこんでいく。
……?
なんだ? アイツの首元に何か……針……?
「グ、ギ……オレは……! オレ、ハ……! グッ……いる、ヴぃ、す……!!」
「……気高く強いその魂が、限界を超えて狂気に染まった時……きっと生まれるわぁ、新たな『魔王候補』が。……最後までそれを見届けられないのは、残念だけれど、ね」
魔王、候補……?
確かどこかで、そんな言葉を聞いたことがあるような……。
……くそ……だめだ、もう……意識が……。
虚ろな意識の中で最後に目に入ったのは……魔素によって歪なまでに形作られた、巨大な魔物の姿だった――。
……
…………
……………………
「――ん? あれ、ここは……?」
なにも無い、眩しい程に真っ白な空間……どこだここは?
俺は確か……あー、何してたんだっけか?
なんだかものすごく大変な状況だったような気もするんだが……。
いかんな、どうにも思いだせん。
「――こんにちは、イルヴィス・スコードさん?」
ふと後ろから、一人の少女の声が聞こえてくる。
振り向けばそこには……。
「あーっと……だれ?」
「私ですか? ……ふふふ、びっくりしないでくださいね? 何を隠そう、この私こそがあの有名な■■■■なんですよ! イルヴィスさんも、名前ぐらいはご存知ですよね?」
……?
なんて? 良く聞こえないっつーか……。
「あ、あれ? 思ったよりも薄味な反応……。あ、これもしかして聞こえないようになってるのかな……? まったく、■■■は頭が固いんだから……」
なんだか良く分からんが、自己完結するように憤る目の前の少女。
まぁいいか、とりあえずは……。
「……そうだ、俺はアイツらの……アイツらのところに帰らねぇと」
トリアのヤツはまた、腹を空かせてぶーたれてるかもしれん。
ネルネの新しいスライムの実験や、ハクの訓練にも付き合う約束をしてるしな。
エテリナもほっとくと何をしでかすか分からんし……それでクヨウにばっか心労をかけさせるワケにもいかんって話だ。
「ふふ、帰る、かぁ。――ねぇイルヴィスさん? イルヴィスさんは『運命』って信じます?」
「運命……?」
「はい! 運命的な出会いや出来事……それは人だったり物だったりと、様々な形でこの世界にあふれています! とっても素敵なことですよね?」
「え、いやまぁそうね、うん……」
なんだ?
俺今なに聞かされてんのコレ?
あれかな? ひょっとしてそっち系の……正式に教会に属して無いタイプの宗教関係の勧誘の人かな?
おっさん高価なツボとかいらないよ?
「けれど……突き詰めちゃえば、そういった出会いだってただの『確立』なんです。……それでもその出会いを、『運命』だと定義づけるモノはなんなのか……」
「いやなんつーか、俺はそういうのは……」
「私はね、こう思うんです――それはきっと『愛』なんじゃないかって」
俺の言葉を待たずに、少女はそう口にする。
「…………愛」
随分と、ロマンチシズムにあふれた答えだ。
だが……。
「……イルヴィスさんはどうですか? あの子たちのこと、愛してるっていえますか?」
「あの子たちっつーと……。いやいや、どんだけ歳が離れてると思ってんだよ。下手をすれば犯罪だっつの」
……いや、下手をしなくても犯罪か?
「ふふふ、またまたぁ、分かってるくせにとぼけちゃって! 何も男女の中だけが愛ってワケじゃないでしょう? 家族、友人、宝物……もちろん私としては、恋人としてでも全然かまわないんですけど?」
家族、友人、宝物、恋人……。
聞き流せばいいってのに、目の前の少女の言葉はどうにもそれをさせてくれそうにないようだ。
そして……何故だろうね。
最近ずっと顔を合わせてるはずなんだが……今この瞬間、どうしようもなくアイツらの顔が見たくて仕方ない。
俺は――。
「……ふふ、それじゃあもう一度聞きますね? イルヴィスさんはあの子たちのことを――」
「――わぁあぁぁぁあああ!!!! なんで!? なんでぇ!!?」
ハクの……ハクの叫び声が聞こえてくる……。
俺、は……。
「ハク! 落ち着け!! 皆も……!! く……ダメだ、私も……私ももう心が……感情が制御できない……こんな、こんな……イルヴィス……なんで………!」
「あ、あぁ……ウチの、せいだ……。ウチが……ウチが不落の難題を調べようなんて、ワガママ、言ったり、したから……」
「ひぐ……! お、おっちゃん……、ぐしゅ、い、いやだぁ……し、しなないで……!」
……そうだ思いだした。
俺はあの時、マジューリカさんに刺されて、それで……。
「ク……ヨウ……、エテ……リナ……、……ネ……ルネ……」
「! おっちゃん……!? め、目が覚めて……、で、でも……でもぉ……んああぁぁあぁ……!!」
子供のように泣きだすネルネ。
その後ろから、ずしんと地響きのような音が鳴り響く。
巨大な角と歪な牙をもつ獣のような頭。
そしてそれを、ダンジョンの天井にこすりつけそうなほどの巨大な体躯。
……あれが、あのバケモンがガングリッドかよ。
おいおい、歓迎会の仮装にしちゃあ……度が過ぎてるって話だぜホント。
そして……。
「きっと……! 絶対ネルネが何とかしてくれる……! そしたらみんなもまた元気になるもん! だからそれまで、ボクがぜったい、守るんだぁ!!」
――――トリア……!
そうだ……寝てる、場合かよ……!
俺は、俺は――!
「……! ぐしゅ、お、おっちゃん……!? だ、だめだ……今そんな風に、か、体を起こしたりなんかしたら……!!」
――大丈夫だネルネ、心配してくれてありがとよ。
それと……悪かったな、そんなに泣かせちまって。
「――――え……? い、今、おっちゃんの声……」
――ハク……また不安にさせちまって先祖返りまで……。
もう暴れなくても大丈夫だ、ほら、こっちおいで。
「……! おじ、さま……?」
――エテリナ、前にも言ったろうが、見くびるなって。
だから、いつもみたいににゃふにゃふ笑っててくれよ。
「…………オジサン……? ホントに……? ウチの幻聴じゃないよね……?」
――クヨウ、お前だって辛くて、苦しいはずなのに……。
必死に皆をまとめようとしてくれたんだな。
「イルヴィス……!? 私、私は……!」
「――――おっちゃん……?」
――トリアお前、よく頑張ったな?
あんなデカいバケモンに一人で立ち向かって……驚いたぜ?
「……うぅぅう、ぐしゅ、だって、だってボク……! だってボクは……いつか勇者になるんだもん……!!」
……あぁ、お前なら。
いや、お前らならきっと――。
「……!? これは、一体何が……?」
――口の中も血だらけで、どうやら喉もボロボロだ。
毒ってのは怖いねホント。
それでも何故かアイツらに、声を届けられていることだけは分かる。
……皆、悪かったな、心配かけちまって。
そんでもってこんな時になんなんだけどよ、伝えたいことがあるんだ。
――今この瞬間に、どうしてもな。
なんつーかほれ、気恥ずかしいから一度しか言わねぇぞ?
だからよーく聞いてくれ。
俺はお前たちを――。
お前たち皆を――。
「――――愛してる。心の底からだ」
――瞬間、足元からあふれ出るように光が立ち上り始める。
驚きはない、なんとなくこうなるような気がしていたからな。
「こ、これって……?」
「にゃあ……? 恩恵の……、光……?」
『……ふふ、やっぱり、イルヴィスさんを選んだ■■■は間違ってなかったみたい。だからほんの少しの間だけ、力を貸してあげますね?』
俺が右手をかざすと、荷物の中から冒険者カードが飛び出してくる。
そしてそのままレベルクレストの上で、しゅるしゅると静かに回り始めた
『――心から愛し、愛されるものとつながった時、その相手の潜在能力を《想いの分》だけ引き出すことができる……』
……光が、恩恵の光が徐々にカードへ集まっていく。
そしてそのまま、とある文字を刻んでいく――。
『それこそが私の……戦女神■■■■の、《愛と運命の恩恵》――!』
――――『ウルトラ相思相愛』
キンッと、冴えるような音と共に、自分の感覚が外まで広がっていき……それが皆と、アイツらと繋がっていくのが鮮やかなほどに感じられる。
「……っ!? これは……! ……イルヴィスくん、やっぱりあなたは――!」
「……わ、わかる……! お、おっちゃんがわたしを……わ、わたしの力を、後押ししてくれるのが……!」
グイッと涙をぬぐいながら、ネルネが袖を構える。
「か、回復のための『ヒールスライム』……解毒のための『キュアスライム』……そ、そして……毒の浸食を食い止める『ウォールスライム』……! い、今のわたしならできる……ううん、やってみせる……! だから――!!」
「――ミックス……!! 『マーブルスライム:HCW……!!』」
ネルネの手によって新しく生まれたスライムが、俺の傷口を癒していく。
……相変わらず、感触はアレだがね?
「お、おっちゃんは絶対、わ、わたしが治して見せる……! だからみんな……!」
「……あぁ、任せておけネルネ」
凛とした雰囲気を引き連れるように、クヨウが一歩前へと踏み出す。
「……私は弱い。だから恐ろしいのだ、イルヴィスを、そして皆を失うことが……。しかしだからこそ……その最悪の結末から『逃げる』ために、私は自らの足で、自らの意思で前へと突き進む……!」
巨大な魔物を相手にしても、微塵も怯む様子は無い。
……いいや、それどころか威風堂々としたもんだよ。
「イルヴィス、お前と共にならそれができる……なればこそ! 今この場にて決意は成った!! これが、これこそが私の――!!」
「――『雪花の太刀……真髄ッ!!!』」
いつものカウンターとは違う、自身の意思による踏み込み。
その一刀が、巨大な魔物片足を切り崩す。
「――グオオオアオアオオアオオオオォォオオオ!!!!!!!」
「にゃふっふ……!! 足が止まったね!! ……ハクちー!!」
「! はい! エテリナさん!!」
声をかけあった二人が、それぞれ魔物の左右へと陣取った。
「にゃっふー!! ウチいますっごい頭がさえてるんだー! あつかい切れなかった構成式なんかの組み込み方もビシバシ湧いてきてー! 不安なんて全部吹き飛んじゃう! ……にゃふふ、オジサンのおかげかな?」
エテリナが杖を構えると、今まで見たことのない程の魔法陣が広がっていく。
「コレ、覚えてるーオジサン? でもでも同じじゃないよ? あの時よりも、もっともっともーっと……!! これが今のウチの、正真正銘のとっておき――!」
「――この姿のハクは、どうなってるのか自分でも良く分かってなくて……これまではずっと無我夢中でした。――けど、今は違います! あの時凄いって言ってもらえたこれを……おじさまと一緒に初めてのスキルにしてみせます!!」
ハクの口元に、いつかよりももっと激しく、白い光が集まっていく。
「だから、だから見ていてください……!! ハクの……ハクの『はじめて』を、おじさまのために捧げますから!!」
そして、まるで示し合わせたかのように、二人が同時にスペルを叫んだ。
「――『イグナリオン……コア!!!』」
「――『ホワイトォ……フレーズ!!!』」
白い火球と白い閃光が、魔物の両腕を吹き飛ばす。
残るは……。
「にゃ! トリニャー!!」
「トリアさん! あとは……!」
「――うん! まっかせて!!」
軽やかな足取りで、たんたんたんと駆けていく。
そのまま一気に、魔物の目の前へと飛びあがる。
「おっちゃん、おししょー、闘うための力の次……!」
巨大な魔物と、空中で睨み合うちっこいトリア。
随分と対照的だがそれでも……はっ、負ける気がしないね。
「おっちゃんの『オーヴァボルド』も覚えてる……! そこから相手の体内にマナを集中させて、『力をぶつける対象』と『それ以外』とを区別する……!」
トリアの右腕に眩しい程のマナが集まっていく。
「おっちゃんと一緒の今のボクなら絶対……絶対使いこなせる……! 闘うための次……『救うための力』!!」
「『キ! ラ! メ! テ! オ! ――バンキッシュ!!!!』」
まるで星が弾けるように、光と音が炸裂する。
――その光の中で、ガングリッドを包み込む巨大な魔物のみが、崩れるように崩壊していった。




