第30話 大団円に向けて
「――オオオオオオォオォオ!!!」
「……ちぃ!!」
渾身の力で振り下ろされる巨大な斧。
俺はそれをマナを込めたナイフで受け流し、間髪入れずに右手側から懐へと肉迫する。
「――甘い!!」
それを予測していたのか、ガングリッドが肘を引きながら、薙ぎ払うように腕を振るってきた。
ブレードの反対側……いわゆるフルークの部分が、まるで死神の鎌のように襲い掛かるのをギリギリまで見届けながら、体を反るようにそれを躱す。
まさに紙一重ってヤツだ。
恐らく返す刀で、再び斧を振りぬいてくる筈だ……!
すぐさま体勢を立て直し、予想通りの軌道を描く斧を再度かわしながら、ナイフをぶつけてほんの少しだけリズムを崩してやる。
そうしてできた一瞬の隙に合わせ、俺は右足を振り上げると、斧を持つガングリッドの右腕を柄ごと絡み取るように極めあげた。
そのまま空中で体をひねるように、左足で顔面に渾身の蹴りを叩き込む。
……が、それもすんでのところで、逆の腕によって防がれる。
その奥から、鋭い眼光を見せるガングリッド。
流石に、簡単にはいかねぇな……!
肉体強化を駆使し、体を掴まれる前に少し距離をとる。……のだが、まったく同じタイミングで距離を詰められた。
ちっ! 読まれてたか……!
しかもこの距離……完全にコイツの間合いだ。このタイミングじゃ踏み込んでも退いても、恐らく俺にうまみは無い。
だったら打ち合ってやるよ……!
そう覚悟を決めて腰を落とす。
巨大な斧がうねりをあげる。
次々と繰り出される攻撃を、負けじとナイフで弾き返す。
ガキンガキンと鳴り響く金属音が、徐々にそのタイミングを速めていく。
「どうしたイルヴィス!! 『勇者級』の力はその程度か!?」
「はっ!! アレは燃費が悪いから今は使ってねぇよ! つーかお前も時間制限のことは知ってるだろうが!!」
手を抜いているワケじゃあない。
ガングリッドのヤツは最上級の筈だが……あのアザの効果なのか、もはや英雄級とも呼べるほどの力を持っているようだからな。
だが――!
振りかざされる斧を弾きながら、バッシュクラックを叩き込む。
……が、斧に込められた密度の高いマナに遮られて、その衝撃は表面だけをなぞっていく。
こいつが俺のバッシュクラックの弱点……!
ほんの少しの傷痕があれば斬撃を浸透させられるが……逆に言えば、傷をつけられなければこうして無駄打ちに終わってしまう。
コイツは高密度のマナによって、刻んだ傷を埋めるように瞬時に塞いでるってワケだ。……ベリルドアラクニアとの戦いを思いだしちまうね、どうにも。
魔素を使う魔物と違って、同性質のマナを使う相手だとその効果は特に顕著になってくる。
こうなってくると、オーヴァクラックさえ決定打にはなりえない。
かといってオーヴァボルドも使えない。
斧や鎧に、サクッとナイフが刺さるわけがねぇからな。
打ち合いは徐々に激しさを増し、速度を上げてぶつかる金属音が、俺達を早鐘の様にはやしたてる。
それはまるで――。
「す、すごい……」
「これが……ハイクラスの冒険者同士のPvP……」
「でも……でもこんなの見てられません……! だって、おじさまとガングリッドさんは……!」
「……いいや、それは違うぞハク」
「……え?」
――激しい打ち合いが続く。
だが、どれだけ力を持ってるヤツでも、連続して無限に動き続けられるヤツなんていない。
俺とコイツ、どっちが先に限界が来るか……!
……ほんのわずか、ほんの一瞬だけ、俺の方が粘り勝った。
その刹那の隙を狙い、斧を受け流すようにして距離をとる。
これでなんとか、ガングリッドの間合いから脱出できたな……!
俺は肉体強化を足回りに集中し、速度を上げて飛びかかるように切りつける。
さらにそのまま距離を取り、再び同じことを繰り返す。
何度も、何度も……いわゆるヒット&アウェイってヤツだ。
「ぐぅ……!? これは……!? だが!!」
一瞬怯んだガングリッドだったが、斧の柄を体に這わせるように取り回し、最小限の動きで俺の攻撃をいなしていく。
相変わらず、図体のわりに器用な戦い方をするヤツだね……!!
だったらこっちも手を、足を、攻撃を止めてやらんだけだ!
無駄打ちに終わるバッシュクラックだが、だからといって無駄骨と言うわけじゃあ無い。
高密度のマナは厄介だが、その分消費も激しいはず。
先に尽きるのは、はたしてどっちかね……!!
「――イルヴィス!! オレはずっと……ずっと待っていたぞ!! お前とまたこうして、思い切りぶつかれるこの時を!!」
「そいつはまた物騒な話だね……! ……ま、随分と待たせちまったのは悪かったけどよ!!」
打ち合いながら、切り合いながら、それでも俺達は――。
「にゃふふ、あれはきっとー、……ああやって会話してるんだね?」
「うん……だからちゃんと見守ってあげよ? おっちゃんが頑張ってるところをさ!」
「トリアさん……はい!」
徐々にではあるが、攻撃を防ぐタイミングを合わせてくるガングリッド。
……が、残念ながらまだ反撃はさせん!!
「……ぐぅ!? これは……!!」
オーヴァクラック……!!
マナの消費がバカでかいんで乱用はできんが、攻撃の中に織り交ぜれば、かく乱には持ってこいだ。
このままいけば……!!
「どうしたガングリッド、もう終わりか!? だったら――……がっ!!!?」
――瞬間、今までとは比べ物にならん衝撃が俺を襲った。
なりふり構わず防御態勢をとったおかげで、間一髪に直撃は防げたが……。
ビリビリと、ナイフで受け止めた両手に余韻が走る。
……そういやコイツには、まだ『コレ』があったな……!!
「お前こそ忘れたかイルヴィス……!! オレの恩恵は『背水リベンジャー』!! ただ追いつめられるだけでは終わらんぞ……!!」
ガングリッドの『背水リベンジャー』は自身のダメージに比例するように、攻撃力をはじめとするステータスを増していく。
傷を受ければ受けるほど、戦神のごとく立ち上がる。
――『深紅の戦刃』、その称号は伊達じゃあないってことか。
だが――!!
「はっ! 忘れてねぇよ! ――こっちも燃費の悪い『勇者級』を温存してたのはこのためだっての!!」
「……フッ、なるほどな……! ならばこちらも遠慮はせんぞ……!!」
「そういうセリフは、少しでも遠慮しようとしてから言えってんだ!!」
――それから、どれだけの時間が経っただろうか。
……いいや、時間にすれば数分だ。
それでも俺には、途方もなく長い時間だったようにも思えてしまう。
それはきっと……コイツも、同じなんじゃないかね。
「オオォオオォォオォっ!!!!!!」
「ぬううぅうぅううぅんっ!!!!!!」
ガキンッ!! ……と、ひときわ大きく響くような音を立てて、俺のナイフとガングリッドの斧が弾き合う。
そして……。
「ぜぇ、はぁ……ぜぇ……!!」
「はぁ……! はぁ……!!」
これで俺は時間切れ、マナもほとんど空っぽだ。
……どうやらそれは、ガングリッドのヤツも同じようだがな。
俺はナイフをホルスターに仕舞うと、ぐっと拳を握り締める。
ここからは……!
「っ!! ガングリッドォォオォォオオッ!!!!!」
搾りかすのようなマナを拳に込めて、ガングリッドの顔に叩き込む。
「……っ!! イルヴィィィイィスッ!!!!!」
左頬に衝撃が走る。
視界が揺れ、足がふらつきそうになるのをぐっとこらえる。
まだだ、まだ倒れてやるわけにはいかない……!
「……っげほ! こんの……!! なんで俺にまで黙ってやがった!? おかげで無駄な勘繰りをしちまったじゃねぇか!!」
また一発入れてやりながら、合わせて憤りもをぶつけてやる。
「ぐぅ……!! お前が……お前がそれを言うのか……! いつもすべてを飲み込んで、抱え込もうとしていたそのお前が!!」
負けじと一発入れられる。
お互いにもう避ける気力もない、どろっどろの根比べだ。
「がっ……! ……はっ! 悪ぃけど今の俺はちょっと考えが変わったんだよ! ……つーか少なくともだ!! 今までも俺は、お前より倍は口に出して発散してたっつーの!!」
「ごっ……ムゥ!? いいや……! 確かにオレはおしゃべりな方ではなかったが、オレの方がお前の三倍はきちんと口に出していたはずだ……!!」
「ぐっ……!! だったら俺はその五倍は――!」
「がっ……!! ならばオレは更にその十倍は――!」
「……あーあ、まったくおっちゃんたち子供みたい」
「にゃふふ、男のヒトってたんじゅーん。……ま、ウチはオジサンのそーいうとこもカワイーっておもうけどねー?」
「か、可愛いか……ふふっ。わ、わたしも……お、おっちゃんのそういうところはキライじゃないけどな……」
また一発、ガングリッドのヤツに拳を叩き込んでやる。
すると――ぐらり、とガングリッドの体が傾きはじめ……。
そのままずしんと音を立てて、地面へと横たわった。
「……ぶはっ!! はっ、はぁ……! ……どーよ、今回は俺の勝ちみたいだな?」
「……っ、はぁ、はぁ……! ……ム。……あぁ、どうやらそうみたいだ」
潔く、負けを認めるガングリッド。
……あーあ、最後はひっどい泥仕合だったねホント。
「……んで? ちったぁ破壊衝動とやらも収まったか?」
「……ム。……正直、わからん。だが少し、すがすがしい気分だ……」
「ったく、こっちは満身創痍だっつーのによ。……ほれ」
手を差し出して立たせてやる。
……あれだけ広がっていたアザも、少し収まっている。
これでひとまず、きちんと話ができるはずってヤツだ。
さてと、そんじゃ大団円に向けて……。
「とりあえずいろいろと聞かせてもらうぞ? 今エンフォーレリアじゃ、シーレたちが頑張ってくれてるからな」
「……ム? エンフォーレリアで……? どういうことだ……!?」
「どうにもな……。恐らくお前と同じアザを持ってるヤツが暴れまわってるんだよ」
町の現状を、かいつまんでガングリッドに説明してやる。
「な……!? だが、魔物化の浸食は収まっているはず……!?」
「あぁ、確かにそれは本当みたいだ、メロも……ザーネドの妹もそうだったらしいしな。……その上で理性を失っちまってるみたいなんだよ、何か心当たりはねぇか?」
「いや、オレもそれは……。とにかく一度、町の方へ向かおう。――それとイルヴィス、オレに接触してきたハッカーだが……」
――とん。
……と、そんな風に突如、背後から右の脇腹に衝撃が走った。
なんだ? 誰かがぶつかってきたような……またトリアのヤツか?
……つか、なんでガングリッドのヤツはそんなに目を見開いてんだ?
「――――残念だわぁ。もうあとほんの少しの時間さえあれば、このまま手を出さなくても上手くいっていたはずなのに……。時間稼ぎ、足りなかったみたいねぇ」
この声は……マジューリカさん?
なんでこんなところに、と、振り向こうとするが……。
あれ、なんでだ?
何故か体がうまく動かんぞ。
……ただぽたぽたと、足元に赤い雫が落ちていく。
これは……?
「……ごめんなさいねぇイルヴィスくん。おねぇさんも、本当はこんなやり方はしたくなかったのだけれど……。――ううん、アナタが『ソレ』を手に入れてしまった以上、いずれはこうしなければならなかったのかしらね……?」
こんなやり方? ソレ?
一体何を……。
考えている間にも、赤い雫はぽたぽたと、地面を赤く染めていく。
いやいやいや、おいまさか……。
瞬間、ぐるりと視界が歪みだし……そして急激に襲い来る鋭い痛み。
こいつは……この赤い雫は、俺、の――。
「――――っ!? ……おっちゃんっ!!!!」




