第29話 んなもん全部そぎ落としてやる
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「……イルヴィス、ここに居たか」
「よおガングリッド、どうかしたか?」
薪割りの途中で休憩をしていると、ガングリッドのヤツが声をかけてきた。
父さんと母さんが死んじまってから七年っつーことは……俺が五歳の時か。
確かコイツも同じ時期に孤児院に入って来たんだったな。
……しかしばーさんもいい加減新しい魔導器具でも買えばいいってのに、未だに薪をくべる暖炉なんだもんなぁ。
ま、金に余裕がねぇってのは分かってるけどよ。
「……また、外のヤツらと喧嘩をしたらしいな。……そういうのはよくないと、前にも言ったはずだが……」
「あー……まぁそう言うなって。ほれ、アイツらなんとなく気に入らねぇだろ? いっつも人を見下しやがってよ。そんで――」
「――イルヴィス……!! オレはやめろと言っている……!」
「!」
激しい剣幕ととも、睨み付けてくるガングリッド。
「……お前が、ただ暴れただけで済むのなら何も言わん。だが、それで責任を取らされるのは……、責められるのはばーさんだからな……!」
……なるほどね、そういうことか。
「オレは……オレを受け入れてくれたばーさんには感謝している。孤児院の皆にもだ。……お前の癇癪で皆に迷惑がかかるなら……オレはそれを見過ごせん……」
「……はっそうかよ。……だとしたらどうする? ケンカでもするか?」
「……ム、俺は力ずくでどうこうというのは好かん。だが……」
ざりっと、踏みしめるように距離を詰めてくるガングリッド。
……なにが『好かん』だ、ヤル気満々じゃねぇか。
「お前が、それでしか納得しないと言うのであれば……いいだろう、相手をしてやる……!!」
「いいね、上等だよ……!!」
…………………
…………
……
「……げほ、ごほ……っ! ……っ、ぜはっ、はっ……!!」
「はぁ、はぁ……!! どうする、まだやるか……!? ……っ、ふぅ……こんなことを誇るつもりは無いが、オークであるオレはお前より体格もある。考えを改めるならこれ以上は……」
「……はっ! おいおい冗談だろ? っぐ……! こっちはやっと体があったまってきたとこだ、……こっからだよこっから……!」
口から垂れる血をを拭いながら、倒れ込んじまった体勢をぐぐっと起こす。
まだまだこっから……!
「……そうか、それなら仕方ない。お前が分かると言うまでオレは――!」
「――まって! ガングリッド兄ちゃん!!」
「……!」
「……マーテット? なぜここに……」
マーテットは俺達より二つ下のハーフリングだ。
孤児院へは、俺達よりも先に入ってたみたいだけどな。
しかし……。
「おいマーテット、余計なことを……!」
「イルヴィス兄ちゃんが……イルヴィス兄ちゃんが外の子たちとケンカしたのは僕のせいなんだ……」
「……!? どういうことだ……?」
マーテットそのまま鞄から、一体のぬいぐるみを取り出した。
「外の子に言われたんだ……。男のくせに、ぬいぐるみ持ち歩いてるなんて気持ち悪いって……。捨てといてやるから感謝しろって、それで……ぐすっ……!」
「……あーもう泣くなってのに」
「でも……ヒック、僕のせいで兄ちゃんたちが……」
「お前なぁ、オレが一言でもお前のせいだっつたかよ。ぬいぐるみも無事だったんだし、そんでいいだろうが、ったく……」
ゆっくり立ち上がり、パンパンと膝を払う。
そのままマーテットの頭をぐりぐりと撫でてやる。
「イルヴィスお前……、何故、何故それを先に言わなかった……! そうと知っていればオレもこんな……」
「……ちっ、言ったところで何も変わんねぇだろうが。オレがアイツらにムカついてぶん殴ってやったのも……それでばーさん達に迷惑がかかってんのもよ」
「イルヴィス……」
「それがわかってて、その手段をとったんだ。どう思われようが何を言われようが……たとえ孤児院を追い出されることになろうが言い訳はしねぇ。……ほれ、いつもばーさんが言ってんだろ?」
「行動の責任、か……」
ガングリッドが首に手を当てながら、その言葉を呟く。
ばーさんの口癖だ。耳にタコができるくらいには聞かされたね。
「迷惑をかけちまうってのは知ってたさ。……けどよ、皆が皆良いヤツで、話し合って仲良く解決できるってんなら……。少なくとも、俺達の何人かは孤児院には居なかったはずだろ?」
「……ム、そう、だな……。だが……」
「分かってる、だからってそれを免罪符にするつもりはねぇよ。……ま、俺にもっと力があれば、他の方法もあったんだけどな」
肉体的なモンじゃない。
もっと別の……大きなくくりの話だ。
「で、でも……それで兄ちゃんがホントにここを追い出されちゃったら……」
「ん? バッカお前、もし追い出されちまったら、もうやりたい放題だぜ? なんせ薪割りも掃除も洗濯も、サボってたってだーれにも叱られねぇんだからな!」
「……ぷ、そんなこと言ってイルヴィス兄ちゃん、文句ばっか言ってるのにサボってることなんてないくせに」
「見つからねぇようにやってんだよ、こう……上手いことな?」
ま、どうやってるかは極秘事項ってヤツだがね。
「……イルヴィス、オレは。オレには、お前のやり方が全く正しいなんてことは考えられん。だが……一方的な判断で、感情的な行動をしまったのはオレの落ち度だ。……すまなかった」
「そんでいいさ。……つか謝るなってのに、そうされたくねぇなら最初っから言い訳でも何でもするっつの」
俺だって、自分が100%正しいなんて思っちゃいないんだ。
だから……。
「ま、俺が正しくないっつーならよ、どうしようもなく道を踏み外しそうになった時には……お前が止めてくれよな? ガングリッド――」
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――昔の、孤児院にいた時のことを思いだす。
そういやあの時からだったな、ガングリッドのヤツと、互いにPvPでの特訓なんかを始めたのは。
その内どんどん差が開いちまって……いつの間にか、随分と水をあけられちまったなぁホント。
かたや『役立たず』、かたや『称号持ち』だ。
だが今は――。
「……お前なら、必ずここへたどり着くと、……たどり着いてくれると思っていた」
「……そうかい、そいつは期待に応えられて何よりだね。……ま、それにしちゃあ、歓迎会の準備は進んでねぇみたいだけどよ?」
「……フッ、どうにも時間が足りなくてな。……酒も食事も無いが、まぁゆっくりしていけ」
いつもの軽口を飛ばし合う。
……こんな場所、こんな枯れかけのダンジョンの中でなけりゃあ、な。
「今思えば……お前の昔っからのあのクセ。アレもトリアに『ガングリッドさんにもあの紋章が~』なんて言われてから一度も見てなかったな。……意識的なのかそうじゃねぇかは分からんがね」
「……ム? ……なるほど、確かにそれは無意識だった。同じような紋章が有るわけでは無いんだが……」
背中を向けたままのガングリッドが、自嘲するように首に手を当てる。
大方、『少しでも怪しまれることの無いように』なんて考えが、無意識にそうさせていたってとこだろう。
「それで……それがここへたどり着くことになったきっかけか?」
「いいや、一番は地下水路の……パニティンサイドのダンジョンアウトだ。……ここまで言や、お前ならわかるだろ?」
「……フッ、そうだな」
返事と共に、やっと踵を返すようにこちらへ振りかえるガングリッド。
そしてその顔には……。
「にゃ!? あのアザって……!?」
「メロちゃんとおなじ……!?」
ま、そういうことだ。
あん時のコイツは『油断した』なんて言っていたが……。
果たしてそれは、何に対しての油断だったのかね?
「さて……聞かせろよガングリッド。お前は今、どっち側にいる?」
覚悟は決まっている……トリアのおかげでな。
お前がどちら側だとしても、俺は――。
「……エンフォーレリアへ来る途中、『体調が優れない奴がいる』、と言ったのを覚えているか? ……そいつもな、最初はほんの小さなアザだったんだ」
……! ガングリッドのパーティの一人……恐らくはドワーフのサポーターのことだろう。
まさかそいつも……。
「見つけたのは、こちらに来てまだそれほど経ってない時期のことだ。……それから徐々に広がっていき、やがて気付いた時にはもう……」
「魔物化が始まってたってワケだな」
「あぁ。首元から始まったそれは、表面だけでなく内部まで浸食しているようでな。……今はもう上手く言葉を話すことすらままならん」
個人差はあると聞いていたが……。
数ヵ月でそこまで、か。
「町の中で同じことが起きていることを聞きつけてな、色々と調べたりもしてみたんだが……。結局、成果という成果を見つけることはできなかった」
……ザーネドのヤツも、似たようなことを言っていたな。
「人でなくなってしまうかもしれん不安の中、声も出せず、そいつは苦しんでいたよ。……手だても無く、鬱屈としていたそんな時だ。恐らく、お前たちが『ハッカー』と呼ぶヤツに出会ったのはな」
ハッカー――。
不落の難題や不可思議な事件との関わり、そして……ケインの『協力者』だったかもしれん存在……。
やはりここでも……。
「そいつは言っていた。この枯れかけのダンジョンから溢れ出る大量の魔素……それこそが、魔物化の原因だと。そして……それを俺が一身に請け負えば、少なくともこれ以上の浸食は抑えられる、ともな」
「!? んなバカな! 魔素にそんな効果があるなんて話聞いたこともねぇぞ!?」
それに、仮に魔素が原因だってのなら、ハクが気付くはずだ……!
「……もちろん、オレもそう思ったとも。……だが実際、他のヤツらの浸食は止まったよ。治ることも無かったが、少なくともそれ以上広がることも無かったからな」
それが数か月前……。
メロの浸食が収まっていたってのもそういうことか。
「もちろん、オレの体に集められた魔素はやはり、オレの体も……いずれ心すらも魔物へと蝕んでいく……。だが、施された『特殊な術式』により、理性さえ保っていられれば少しずつそれを抑えられると説明された」
なるほどな……。
コイツの顔のアザが消えてたのはそう言うことか。
「……このまま、オレならやれると思った。衝動を、魔物化を理性で抑えこみ、人として時間を稼げれば、いつか治療法も見つかるかもしれんとな。……己惚れていたんだ」
ガングリッドが静かに目を閉じる。
……まるで、懺悔でもするように。
「だがやがて、自分でも気付かぬうちに、綻びが見え始めた。…………『狂化』の状態異常は体験したことがあるか? それの何倍……いや、何十倍もの破壊衝動によって、な。……もう限界だろうと、仲間にそう言われたよ」
巨大な斧をぎしりと引き連れ……。
そのままゆっくりと、こちらへ近づいてくる。
「そして……一度アンリアットに帰ってからイルヴィス、……お前の力、『スーパー大器晩成』のことを知った時、オレは天啓だと思った」
「……天啓だと?」
「あぁ。たとえオレがオレでなくなってしまったとしても……必ずお前が止めてくれる。――いいや、『終わらせてくれる』とな」
やがて俺の目の前で立ち止まると……。
微笑む様に、再び静かに目を開く。
「そして恐らく、それは今日この時だ。……オレはきっと、もう人ではいられなくなる。だからイルヴィス、オレを人のまま――――人として終わらせてくれ……」
「やーーーーーーーなこった」
「……………………ム?」
俺の返答に、ぽかんとした表情を見せるガングリッド。
結構な間抜け面だぜ?
「……ごほん、いいかイルヴィス? こういう時は空気を読んでだな。こう……『親友の俺の手で眠らせてやる』とか、そういうことを言ったりするものだぞ……?」
「はっ! なに言ってんだよって話だね。ヒトゴロシなんぞ、たとえ大金を積まれても御免だっつーの」
「……イルヴィス、さっきも言ったはずだ。俺はもう――」
「『人じゃない』なんてことは言わせねぇぞ? ……つーかお前、自分でも言ってたじゃねぇか、『人として終わらせてくれ』ってよ」
「……ム? い、いや、それはだな……」
若干のしどろもどろ感を見せるガングリッド。
「先に謝っとくけどよ。……俺は、ほんの少しだけ疑っちまったんだ。お前が、この騒動の原因……とまではいかなくても、そいつと繋がってるんじゃねぇかってな」
「……ム、間違ってはいないが……」
「ニュアンスが違うだろニュアンスが。……正直、まぁほっとしたよ。お前が意図的に、あんなことに加担するわけないって分かってたはずなんだがなぁ……、情けねぇ情けねぇ」
いやでもあれよ?
一度顔に出てたあのアザも、いつの間にか消えちまってたしよ。
つーことはアザの浸食を『コントロールできている』なんて考えちまったワケで……、その上で、エンフォーレリアの『良くない噂』に心当たりが無いときたもんだ。
あとはまぁ……ドツボよドツボ。
「けどな、俺もついさっき言われちまったよ。『一人で抱え込むのはよくない』ってな? ――いや、それだけじゃあない……」
軽く後ろを振り向き、アイツらの顔を見る。
「……だた言葉で言われただけじゃねぇのさ。アイツらがいて、アイツらといて……おかげで腐りかけてた俺はまた立ち上がれたんだ。……自分を見限ることなく、な」
トリア。
ネルネ。
ハク。
エテリナ。
クヨウ。
……そうだ。
まだたった数ヶ月だが……俺にとっては――。
「自分を見限る……か。今の俺には、随分と身につまされる言葉だ。しかし……」
「だろう? ……ま、そんなワケで、お前の自己犠牲的な意見なんぞ却下だ却下」
何か言おうとするガングリッドの言葉を遮ってやりながら、俺はホルスターからナイフを抜き取り、逆手に軽く構えをとる。
……ガングリッドは『それがここへたどり着くきっかけか?』と聞いてきた。
つまり……恐らくコイツは今エンフォーレリアで起こっている暴動を知らない。
俺達がここへ来たのも、魔物化の真相を辿ったうえで、と、そんな風に考えてるはずだ。
……理性がどうとか言ってたな。
いま暴動のことを話すのは得策じゃあない、か。
シーレたちを信じて任せて来たんだ。
今俺がやるべきことは……なんにせよ、まずはコイツを何とかしねぇとな。
それに――。
「……破壊衝動だか何だか知らねぇけどよ、んなもん全部そぎ落としてやる。何回でも、何十回でも、それこそ何百回でも……くだらねぇことなんざ考えられないくらい、コテンパンにノしてやるよ」
「イルヴィス……?」
「全部ぶつけて来いっつってんだ。だからどんだけ苦しくてもどんだけ辛くても耐えてみせろ。……いくらでも、付き合ってやるからよ」
「……! ――フッ、そうか」
ガングリッドのヤツもぎしりと斧を構える。
いいね、そうこなくっちゃあな。
……もう、迷うことは無い。
「さぁてガングリッド……!! 随分と間が空いちまったが……久々に特訓の続きと行こうじゃねぇか!!」
「あぁ……!! 望むところだ……!!」




