第28話 見間違えるワケがない
玄関を出たところで、ふうと一度ため息をつく。
……もうそろそろ日も暮れだす頃か。
そんなことを考えながら、人目につかない建物の影へと向かい、ゲートを開く。
あそこなら、一人で考えごとをするのには最適だろうしな。
――と、そんなワケで、夢幻の箱庭(仮)へとやって来た。
ゲートを開くのにもだいぶ慣れて来たもんだ、マナの込め方のコツ……とでも言えば良いのかね?
おかげで安定して、五分ほどまでに時間を短縮できるようになったからな。
左手を掲げ続ける必要が無いこともわかったし、今や別の作業と並行して……なんてことも可能だ。
……まぁ流石に戦闘中にってワケにはいかんがね。
魔方陣のある建物から一歩外に出る。
相変わらずずっと明るいままで、時間の感覚が狂わされるんだが……。
しかしあれだ、雨の日でも洗濯物がガッツリ乾くのはありがたい。
……トリアにああ言っといてなんだが、俺もたいがい庶民的だねホント。
「……ここも随分、物が増えてきたな」
秘密の隠れ家として活用するために、各々がいろいろなアイテムや予備のあれこれなんかを持ち寄っている。
かくいう俺も存分に活用しているがね。
押し入れにしまっとくにはちょっとばかり不安だったあのレガリアも、ここなら安心して置いとけるしな。
……しかしエテリナのヤツは、どこから持ってきたのか分からんようなもんばかり持ち込んでくるな……。
どこぞの貴族が座るような椅子やら、やたらと豪華な天球儀やら、馬鹿でかい望遠鏡みたいなモンやら……。
ま、スペース自体はほぼ無限にあるから別にいいんだが……『にゃふー!! スペースはあるからあれもこれも買っちゃおー!!』なんて、散財しとらんだろうなアイツ……。
……念のため、近いうちにその辺はちょっとつついておこう。
ひとまずは、ついこの間に急ごしらえで自作ったばかりの、木製のベンチに腰を掛ける。
素人が作ったにしちゃあ、まぁ上等なもんなだろう。
――メロのあのアザ。
間違いない、あれはあん時のアレと同じものだった……。
だとしたら、アイツはなんで黙っている……?
気付いていない、なんてことはないだろう、何せ――。
……だとしたら黙っていなけりゃならん理由があるってことなのか?
そいつはつまり――。
「――ばぁ!!!!」
「うぉわああぁああぁ!!?」
「と、トリア!? お前なんでここに……!?」
「へへーおっちゃんがゲート開くの見えたからさ。閉じる直前にとーうってね?」
ふふんとドヤ顔で胸を張るトリア。
コイツ後ろをつけてきてたのか……。
「ったくなんだよ、一人で静かに考えたいと思ってたっつーのに……」
「うん、きっとそうなのかなーって、でも……えへへ、来ちゃった!」
「! ……お前はホントによ。ほら、横座れよ」
「……おっちゃんはさ、今どんなこと考えてるの?」
ベンチに並んで腰をかけながら、トリアがポツリと口を開く。
「そうだなぁ、自分の弱さなんかを実感してるところだ。……心のっつーのかね」
「えー今さら実感してるのー? ぷふー、おっちゃんがメンタルよわよわさんなのなんて、今に始まったことじゃないじゃん!」
「お前な……。言ってくれるね、まったくよっ……と」
「あ、だめ! 脇腹はダメだってばぁ!!」
煽ってくるトリアの脇腹をつついてやる。
ふはは、さんざんくすぐり倒してやったおかげで、コイツの弱いとこはばっちり把握してるからな!
……いやよく考えなくてもちょっと自慢できるアレじゃないなコレ。
「もーおっちゃんのばか! えっち!」
「はは、悪い悪い」
ポカポカと抗議してくるトリアをたしなめる。
そして――。
「――『そんなワケがない』ってな、そう思ってるんだ、心ん中ではよ。例えそうだとしても、何か事情があるはずだってな」
そんな風になんとなく、つい心情をこぼしてしまう。
「なんだが……どうにもな、『もしかしたら』って考えが頭から抜けねぇのさ。……ホント嫌になるね、歳をとると余計なことばっか考えちまって……」
俯きながら、目元に手をあてる。
……せめて、今の表情を見られないように。
「……情けねぇ、俺は、こんなに薄情な奴だったのか……。俺は、俺は――」
「――よしよし、おっちゃんはホントに困ったさんだね?」
――不意に、ふわりと柔らかい感覚に包まれた。
気付けば……いつの間にか目の前にいたトリアに、頭をかかえるように抱きしめられていたようだ。
そしてそのまま、あやすような声で髪を撫でられる。
「トリア……?」
「みーんなのことはちゃんと見てるのに、自分のことはぜんぜんなんだもん。良くないって思うな、そーいうの?」
額から、心臓の音が伝わってくる。
それがつい心地よく感じてしまい、自然と瞼を下ろしてしまう。
「……忘れたの? 胸を張れって言ってたのも、話をしようって言ってたのもおっちゃんでしょ? ほかにもたくさん……それ、ボクたちだけにやらせるつもり?」
「それは……」
「でしょーまったく。……だったら、こんなところで一人で考え込んでないで、何があったのかちゃんと皆に言ってくれないと……ね?」
「……! いや……そうだな、その通りだ。……悪かった」
つい最近も、似たようなことを思ったばっかだってのによ。
動揺してたとはいえ……そっちの方がよっぽど情けないって話だね。
「うんうん、ボクってば心が広いから許したげるよ! ……さ、もどろ?」
「ああ、……ありがとよ、トリア」
ポートから元の場所に戻り、そのまま二人で玄関へと向かう。
念のため、呼び鈴……は大げさか? まぁノックぐらいは……。
「イルヴィス! トリアも……よかった、もどってきたか……!」
「っと、……クヨウ? どうしたよそんな……、――なっ!?」
なんだよこの部屋の惨状は……!?
食器や家具なんかが散乱し、まるで、誰かが暴れまわったような――。
「おじさま……! メロちゃんが急に飛び出していっちゃって……ザーネドさんもそれを追って外に――! ……っ!!?」
――突如、ハクの言葉を遮るように、けたたましいまでの騒音が鳴り響く。
俺達は即座に二階へ上がり、窓から外を覗き込んだ。
すると……。
「……っ!? おいおい……なんだよこれ……!?」
……そこには理性を失ったように暴れまわる、町の住民の姿があった。
「暴動……!? しかもこの辺だけじゃねぇ、町のあちこちで起きてるみてぇだ……!!」
なんでこんな急に……!
飛び出していったメロとも何か関係があるのか……!?
「お、おっちゃん……!! あ、あれ……!!」
そうネルネが指を刺した先。
俺達も急いでそこへと向かう。
「――ザーネド!!」
「! イルヴィスさん……!」
なんとかザーネドとは合流できたか。
暴れる住民から、他の住民を守るように立ち回ってくれていたようだが……。
「メロは……!?」
「……っ、それが見失ってしまって……」
「っ! そうか……しかしどうなってんだよコレは……!?」
「わかりません……! 急にメロがすごい力で暴れだして……飛び出していってかと思えば、こんな風に町の人たちも……!」
「にゃ……全員が全員ってワケじゃないみたいだけど……」
「数が多い……! このまま暴れられては被害は広がる一方だぞ!?」
しかもただの住民とは思えんほどの力だ。
二階から見た時も感じたが、恐らく理性も……!
「にゃむむ……ねぇオジサン、メロたんもこんな感じだったんだけど……ひょっとしてこれみんな、あのアザの……」
「……! 『まだ見つかってない人』ってヤツか……! そうだとすれば、もしかして……!!」
「お、おっちゃん……? な、何か考えがあるのか……?」
「……正直、この状況を何とかできるかはまだ分からん……! あそこに行ってみんことには……!」
だがこの状況ではではそれもままならんか……!
ただでさえメロも……。
「イルヴィスさん達は行ってください!! ……どちらにせよ、このままこれが続けば大参事は免れません……!」
「つってもこの状況を放っておくわけにもいかんだろ! それにお前、メロだって……!!」
しかし確かにこのままじゃあ……。
どうする……? どうすりゃいい……!?
「――ほっほ、ならばここは……愛するワシに任せるがよい」
瞬間、暴れまわる住民をけん制するように、ぱきんと一筋の雷が走った。
しかも誰一人傷つけることなく、隙間を縫うようにだ……こんな芸当ができるのは……!
「おししょー!!」
「シーレ!? なんでここに……!?」
「ふむ、フーとウリメイラにこちらに来ていると聞いてな。流石に、まさかこれほどまでに騒がしい状況になっているとは思わなんだがのぅ? ……状況は?」
そう言いながら、ふわりと俺の肩へ腰を下ろす。
俺はすぐに、今分かっている情報をかいつまんでシーレに伝える。
「なるほど分かった。ならば――『チャネリングチャット』……!」
「? おししょー誰に……?」
「じきに分かるじゃろうて。……さてイルヴィス、どうやらお主には行くところがあるようじゃな? ……ここは任せて、トリア達と共に行くがよい」
「!? しかしだな……!!」
「だ、だめだよおししょー! いくらおししょーが強くても一人じゃ……!」
トリアの言う通りだ。
確かにシーレの強さは俺も知っているが、相手は魔物ってワケじゃない。
いつかのチャラ男の時もそうだったが、討伐と鎮圧じゃあ後者の方が断然に厄介だ。理性を失ってるヤツらを相手にするなら尚更な。
下手をすれば逆に……!
「おやおやトリア? ワシがなぜ『黄昏の魔卿』と呼ばれておるのか、ついこの間話してやったばかりじゃろうに? それにの――」
輝く軌跡を引き連れながら、シーレがひらりと俺の肩を後にする。
そのまま暴れているやつらの前へ躍り出ると……。
「――『一人で駆けつけた』と、言うた覚えは無いのじゃがな?」
「――『グランフォート』……!」
暴れまわるヤツらが他の住民に襲い掛かった瞬間。
――それを遮るように、巨大なマナの盾が現れる。
俺はとっさに、声の方向へと振り向いた。
……あぁ、俺はアイツを、アイツらを知っている。
このスキル……。
この『大盾』のスキルは――!
「――……久しぶりだな、イルヴィス……!」
「アルティラ……!! それに――」
「――はっ! 随分ぞろぞろと居るもんじゃねぇか。……ま、オレとしちゃあ寝起きの運動にはちょうどイイがな?」
「……レン、これはみんな街の人たち。魔物じゃないから、必要以上に傷つけるのはダメ……」
「はいはいわかってるっつーの。ラフィアお前こそ、寝ぼけて加減を間違えるんじゃねぇぞ? ……いつかの時みたいにな?」
「……むぅ、レンはいっつもそうやって意地悪な言い方する。良くないと思う、ね? ミルティーヌ?」
「あーもうほら、二人ともこんな時までケンカしないのまったく……」
……相変わらずのやり取りだ。
それほど昔の話じゃあないってのに……懐かしさすらこみあげてくる。
「レン……! ラフィア……! ミルティーヌ……!」
「ふふ、来てあげたわよ? まさかこんな状況だとは思ってなかったけど……でもどう? ……頼もしいかって、そう聞いてるんだけど?」
「……あぁ、百人力なんて言葉じゃ足りないね」
「イルヴィス、ミルティーヌから色々と聞いた。……話したいことも、謝りたいこともある。でもまずは……貴方がそれでも私達を救ってくれたことを、私はとても嬉しく思う」
「アルティラ……」
「ほっほ……! ほれよく見よ、まだ終わりではないぞ?」
シーレの声で気付いてみれば、また別の方向からも冒険者がやってきていた。
五人の少女で、その首元には……!
「……! まさか……!」
それを見たクヨウが、自分の首元へ手を添える。
……彼女たちと同じく、『輪っか状の痕』が残ってしまった自分の首元にだ。
「イルヴィスさん! クヨウさん! お久しぶりです!」
「よっと! あたしたちも参加しちゃいますよー!! だからここは任せちゃってください!!」
「あの時のご恩ー、やっと少しはー、返せる時が来ましたー。他の二人もー、けが人の手当てにあたってますからー」
「おじさま、首輪事件の皆さんまで……! それに……」
「うぇーい! エータクンってば義理堅いねー? わざわざこんなトコまでさー」
「うるせぇな、お前らだって自分がどうなってたのかぐらい覚えてんだろうが。……借りは返す、っつーか、だいたいお前らもついてきてんじゃねぇか」
「オレはほら、コイツと違って熱いハートの持ち主じゃん? つい出ちゃうよねーそういうトコで違いっつーかさー?」
「うっわその後出しハイパーずっこくね!? オレだってそうですー、めちゃめちゃ熱いオトコですー」
「にゃ……!? あの時のチャラ男くんたち……!?」
「はー、こんな大変そうだなんて聞いてないんですけどー……?」
「ホントだし、ちょっと情報集めを手伝って、それで終わりって話だったのにさー」
「し、シズレッタたちまで……なんで……」
「……勘違いしないでよ? あたしらも借りを作ったまんまじゃ気持ち悪いからってだけ。……アンタにも、あのおっさんにもさ」
「ふ、ふふ……そっか……」
そんな風に、次々と現れた何人もの冒険者たち。
こいつは……。
「ほっほっほ……。皆、おぬしらに救われた者たちばかりじゃよ。……そんなワケで、少しばかり勧誘をの?」
「……はは、最近姿が見えなかったのはこういうことかよ」
「ほらよオッサン、行くところがあるんだろ? ここはオレらに任せてとっとと行けよ!」
「……私達もがんばる。だからイルヴィス、無事に帰ってきたら、撫でてくれてもいい」
「レン……! ラフィア……!」
「おししょー……」
「……トリア、覚えておるな? 戦うための力、その次は――」
「うん、でもボクにはまだ……」
「ほっほ、覚えておるならよい。……心に刻み込むことこそが、道を切り開くときもある。――さあゆけい、イルヴィスを頼んだぞ?」
「……うん! まっかせて! おっちゃんはボクがいないとダメだからね! ……いこ! おっちゃん!!」
「……! あぁ、そうだな!!」
「ふふ、それでよい。愛するものを守るのも、女の甲斐性じゃからのう?」
パンっと、扇を開くシーレ。
……それを横目に、俺達は目的地へと走り出す。
「シーレ、みんな。月並みな言葉しか出てこねぇが……信じて任せる、だから……!」
「うむ、任されようて。……さて、ワシの恩恵は『夕方鳴流』。この逢魔ヶ時において、ワシを降せると思うでないぞ……?」
シーレたちに町を任せ、俺達はとある場所へとやって来た。
……道中でなぜここに来たのかも説明しながら、だ。
アイツは……入り口にはいない、か。
「……行こう」
立ち入り禁止の警告を無視して中へと踏み出す。
中は洞窟のようになっているが、あちこちひびだらけで今にも崩壊しそうだ。
「……っ! 魔素の濃度がすごいです……えと、こういうものなんですか……?」
少し進んだところで、ハクがそう口にする。
「にゃ……!? ううん、本来はむしろ逆……だからこそ、枯れちゃうんだからね?」
「やっぱりそうなんですね……。魔素に混じって、べつのぞわぞわも感じますから……」
「つ、つまりそれって――」
「――予定通り、だな」
さらに進んでいくと、大きく開けた場所にたどり着いた。
そしてそこには……こちらに背を向けて佇んでいる、一人の大男。
「はっ、どこがだよ。……落ち合うのは二日後のはずだったろうが」
「……ム? フッ、まぁ細かいことを言うな。時間はぴったりじゃないか」
「お前な……、二日で細かいっつってたらフーのヤツにどやされるぞ?」
あいつ時間とかには結構厳しいからなぁ。
いや二日もずれてたらもう『時間にルーズ』とかそういう話じゃなくなってくるだろうがね。
「さぁて、……お前たちはここで待っててくれ、ひとまず俺だけで行く」
「で、でもおっちゃん……」
「本当にあの人が……」
「あぁ。……原因がどうのってはまだ分からんが、少なくとも、この件に関係してたってのは確かだろうな」
そう返しながら、男の元へ歩を進める。
男はまだ振り向かない。……が、その背中を、俺が見間違えるワケがない。
「なぁそうだろ? ――ガングリッド……!」




