第27話 やることは決まっている
あれから一晩が経ち、俺達はそれぞれの目的地へと向かっていた。
「ふーむそうだな……とりあえず、ギルドとは関係ない酒場にでも行ってみるか?」
昼は大衆食堂なんかをやってるような酒場もよくあるからな。
そいうとこなら、未成年のコイツを連れて行っても大丈夫だろう
「ふふん、おっちゃんはわかってないなー? 噂話だったら、もっと良いところがあるって言うのにさ!」
「もっと良いところ?」
「んふふ、それはねー……?」
「……悪い噂? さぁ、あんまり聞いたことないねぇ。あ、あんた、果物は好きかい? これもうちでとれたのだけど……」
「え、いいの! やったー! むぐむぐ……んふーおいしー!」
「ふふ、トリアちゃんは本当においしそうに食べるわねぇ。うちの子もこんなに素直だといいんだけど、ほら男の子でしょ? どうしても……」
「わかる、ウチの下の坊主なんかもういっつも文句ばっかで……」
「へぇーそうなんだ? こんなにおいしいのにねぇ」
市場の付近の小さな広場。
ここいらの主婦が集まるというそんな場所で、今まさにトリアがその輪に溶け込んでいる。
……いやもう『もともとここの住人だったの?』ってレベルよコレ。
アイツのこういう行動力は心から尊敬するねホント。
俺はといえば、すぐ近くのベンチに座ってその光景を眺めている。
この歳で独身だとこう、ああいう場に入るのはいたたまれんっつーか……。
……もし俺と同じ境遇の奴がここに居たら、この気持ちわかってもらえるんじゃねぇかなぁ。
「むぐむぐごくん……ぷは、それでえっと……じゃあ何か変わった事とかないかな? どんなことでもいいんだけど……」
「変わったこと……うーん何か知ってるかい?」
「いいえ私も……あ! でもほら良い方の話ならあるじゃない? 例の……」
「え、なになにー?」
……! 早速何か引っかかったようだ。
ほんの少しでも、手がかりになる情報だとありがたいんだが、さて……。
「いやウチみたいな小さな町からね、勇者候補が出るかもしれないって話が出てるのさ! ザーネドって言ってねぇ、あの子も妹想いのいい子なんだよこれが」
「え!? ザーネドさんって妹いるんだ!?」
「あら、ザーネド君のこと知ってるの? 外から来た子にも知られてるなんて、有名になったのねぇ。あ、でも……」
明るい話題の途中だったはずが、ふと表情に影が落ちる。
……どうやらそれは他の主婦たちも同じようだ。
「妹ちゃん……メロちゃんっていってね、歳が離れてるからザーネド君はすごくかわいがってたみたいなんだけど……ずっと体調良くないみたいなの」
「もともと体が強い方じゃなかったんだけどさ。ここ数年は部屋にこもりっぱなしで……アタシらも随分顔を見てないねぇ」
「そうなんだぁ、心配だね……?」
「そういや、アンタ達も冒険者なんだって? 冒険者のことはほら、あたしらじゃよくわかんないことも多いからさ……良かったら気にかけてやってくれないかい?」
「……ザーネドの妹、か」
「ね? ……それにさ、おっちゃんの手柄をもってっちゃったときは『もー!!』って思ったけど……」
「そうだなぁ。少なくとも……町の人には好かれてるようなヤツだってことだ」
だからって、他人の手柄をどうのってのが間違ってないとは言わんが……。
アイツはアイツで、何か事情があったのかもしれんね。
「……ねぇおっちゃん? お見舞い、行ってみない? 会えるかどうかはわかんないけどさ」
「つってもお前、どこに住んでるのかも知らんのに……」
「だいじょーぶ! その辺のことは聞いておいたから! ……まったくおっちゃんはボクがいないとだめだめさんだからねー? はふぅー?」
マジかよいつの間に。
「そうだなぁ……よし、行ってみるか。昼までにはまだ時間もあるし……な」
「にゅ……もーなにすんのさー!」
いつものドヤ顔を五割増ほどにしながら胸を張るトリアのほっぺたを、かるく指先でつついてやる。
俺が行っても気まずいだけかもしれんが……。
ま、そん時はそん時ってヤツだ。
……ドアの前に立ち、呼び鈴を鳴らす。
見舞いの品ってワケじゃあないが、市場で適当な果物の詰合せも用意してきた。
「はいどなたで――!? イルヴィスさん!? トリアさんも……!?」
扉を開いて出てきたザーネドが目を見開くような顔を見せる。
まぁ動揺するわなぁ。俺が同じ立場でもそうなるわ。
「へへー、こんにちは!」
「よう、悪いね急に。……町の人たちからいろいろと聞いたもんでな、お見舞いでもと思ったんだが……」
「あーおっちゃん! いろいろ聞いてあげたのはボクでしょー!」
「いや今はいいだろその辺は……」
さっきさんざん撫でくりまわしてやったろうが。
「あの、お気持ちはとても……ですが私はあの時、いろいろとご迷惑をおかけしてしまい……しかも皆さんに一言も無くそのまま……」
「前にも言ったろ? 別にその辺を糾弾だのするつもりはねぇってよ。ま、事情を話せないっつーならいいのさ。本当に、ただ見舞いに来ただけだしな」
どっちにしろ、俺は元々名乗り出るつもりもなかったんだ。
警戒していたのも、『トリア達に何かあったら』って部分だけだからな。
それがないのであれば、そのまま手柄を持っていかれちまってもかまわん。
それにまぁなんだ……どうにも俺には、コイツがそれほど悪人には思えんしな。
……あの時のまっすぐな目。
ことの是非はどうあれ、ただ後ろ暗いだけのヤツが、あんな決意を込めたような表情ができるもんか、なんて風に思っちまうんだよなぁ。
そう思っちまうのは歳のせいじゃあないと言い切れんのはアレなとこだが……。
ま、コイツは町の人間にも好かれてるみたいだし、そのへんはな。
「あっと、もちろん見舞いが迷惑だとか……まぁ不都合だっつーなら大人しく帰るからよ、それならそうと言ってくれよ?」
「そうそう! 妹ちゃんの体調が最優先だしね!」
「イルヴィスさん、トリアさん……」
ポツリと一度呟くと、目を閉じて少し考えるようなそぶりを見せるザーネド。
そして――。
「――どうぞ、紅茶しか無くて申し訳ないんですけど……」
「どもどもお構いなくー。……あ、おっちゃんおさとういれてー?」
「お前はホントに……それぐらい自分でやれっつの」
「えー? だっておっちゃんが一番ボク好みの量を把握してくれてるんだもん」
だもん、じゃねぇよまったく……。
おっさんいなくなったら、コイツホントに一人で生きていけんのか?
――まぁそれは置いとくとしてだ。
「そんでザーネド……なにか、話したいことでもあるんじゃねぇのか?」
「! ……やはり、お見通しですか」
俺達を家へ通す時、コイツはなんつーか、意を決したような表情をしていた。
ま、あんな顔をされちゃあね。
「その……こんなことをいきなり聞くのも失礼だとは思うんですが、あの時……あのランクA+のマイコニドグロスを一撃で討伐したあの力……! イルヴィスさんはもしかして最上級よりも……」
「……ま、お察しってヤツだ。時間が限られてるってのは嘘じゃあないがな」
「やはりそうですか……、あ! もちろんこのことは誰にも話していません! 私がこう言ってもその、保身のように聞こえてしまうかもしれませんが……」
「んなこたねぇよ。助かるさ、ありがとな」
むやみに情報が広がるのは、俺としても望むところじゃあないからな。
「えっと、おっちゃんに話があるっていうならボク席を外した方がいい? あ! もしよかったら、妹ちゃんのお見舞い先に行ってよっかな?」
「あ、いえそんなことは……! しかし……そうですね、先にお二人を案内します。今は多分、妹は眠ってると思うので……」
一瞬何かを考えるようなそぶりを見せてから、ザーネドが立ち上がる。
「え? 寝てるっていうならムリしなくていいよ? 起きてからでも……」
「いえ……お二人ともに、見ていただきたいものがあるんです」
――階段をのぼり、二階へと案内される。
そうやって通された部屋に足を踏み入れれば……窓際のベッドで横になっている、ちいさな女の子の姿が目に入った。
ハクと同い年ぐらいか? 静かに眠ってるようだが……。
……っ!?
「え!? …………えと、これって……?」
「はい。……それが、お二人に見ていただきたいと言ったものです」
妹の『左腕の肘から先』を、神妙な面持ちで見つめるザーネド。
俺とトリアも、まさに同じ場所に視線を向けている。
――こいつはまるで『魔物』の……。
「先祖返り……? いや、それとは違うか……?」
先祖返りには魔素が必要不可欠だからな。
だが亜人として見ても、いくら何でもそのまま過ぎる。
それに肘から肩にかけてのこのアザ……確かどっかで見たような……。
「……数年前からのことだそうです。この町でこうして、体の一部が魔物のように変化していく症状が現れ始めたのは……」
「えっと……この町でっていうと他にも?」
「はい……町の中でも知っているのはごく一部ですが……。人が魔物変わっていくとなれば、どんな境遇にさらされるかわかりませんので……」
……確かに、この世には良いヤツばかりってワケじゃないからなぁ。
少なくとも伝染するような症状じゃなさそうだし、賢明な判断かもしれん。
もしそうなら、真っ先にザーネドに症状が出ているはずだろうしな。
「それでもなんとか、口の堅い有識者の方に見てもらえたそうなのですが……結果として、原因は何も――」
「――おにい、ちゃん……?」
布団の中からか細い声がする。
どうにも目を覚ませちまったようだ。
「メロ、起きたのか? 体調はどうだ、辛いところは無いか?」
「うん、大丈夫……。……あっ!」
返事をしながら俺達に気付いたのか、とっさに布団で左腕を隠す。
「あ……メロごめんな? いきなり知らない人を連れてきちゃって……。けど大丈夫、この人たちは全部知ってるから」
「え、そうなの……? ……おじさんたち、メロの手、怖くない……?」
「! ……あぁぜーんぜん怖くねぇとも。メロだったか? おっさんはイルヴィスっつーんだ、よろしくな」
握手をするために、左手を差し出しながら応えてやる。
「あ……! えへへ、メロです。よろしくおねがいします」
メロの部屋にトリアを残し、オレとザーネドは話をするために一階へと戻る。
さっき会ったばっかりだってのにもう仲良くなっちまってたからなぁ。
……こういう時、アイツの明るさには救われるね。
「もともとメロは体が強くなくて、父と母も三年前に……。幸い貯蓄がなかったわけでもなく、私も冒険者として生計を立てていけていたので、その後は二人で暮らしていたんです。町の人たちや他の冒険者の方々も協力してくれて……」
……両親を同時に、か。
それでもこうしてやってるっつーんだから、立派なもんだね。
「……一年半ほど前の話です。最初は、ほんの小さなアザだったのですが、それが徐々にあそこまで……手だても無く、藁にもすがる思いでアンリアットに行きました」
「アンリアットっつーと……あの時か?」
「はい、その前にも何度か……。万病に効くと言う『フラモネの花』のおとぎ話……メロも好きでしたから、せめてそれぐらいは、と。そして……」
「……ヒーローの噂話を耳にした、か」
「……正直あんなこと、うまくいくと思っていたわけでは無いんです。でも、どうしてもやらずにはいられなかった……! 僅かでも、可能性があるならと……!」
うつむきながら、拳を握りしめるザーネド。
「メロの腕は今も、今も少しずつ……!! 勇者候補に……勇者にさえなれば、お金も、いろんな権限も手に入る……!! そうすれば、もっと専門的な場所や人……もしかしたら治すための手段も見つかるかもしれないって……!」
それで、切羽詰まってヒーローを騙ったってワケだな。
……合点がいったよ、色々と。
「しかしもう……もうこれ以上は私の力では……! こんなこと、頼める義理ではないことは分かっています……!! しかしどうか……どうか力を貸していただけないでしょうか!!?」
「……っ!? おいやめろって……!!」
「虫のいいことを言っているのは分かっています!!! ですがどうか、どうか……!! お願いします!! お願い、します……!!」
俺の制止を振りきるように、がたりと椅子から身を乗り出したザーネドが、床にぶつかるほどに頭を下げる。
思いだしてみれば確かに、コイツは『自分がヒーロー』だのと嘘吹いちゃいたが、それ以外の部分でまったく筋の通らん主張をすることは無かった。
あのテンタクルグリーデアのことしても、特殊な状況だったしな。
……俺の問いに口をつぐんでいたのも、全部妹のため、か。
なんつーかなぁこう……正直、俺を騙ったのがお前でよかったとすら思っちまうね、ホント。
そして――おそらくこれがこの町の……エンフォーレリアの『良くないことが起きてる』という噂の正体だ。
……だったらやることは決まっている。
俺も片膝をついて姿勢を下ろし、ザーネドの肩に手を添えてやる。
「頭をあげろよザーネド。……偶然っつーとアレだがな、恐らく俺達はそのために来たんだ」
「…………え?」
「ま、お前に頭を下げられたから嫌々やるんじゃないってことさ。……これは俺達自身の目的でもある。だから――」
「……あ、ほんとだ! ハクちゃんにも角があるんだね?」
「うん! だからメロちゃんのこと、ぜんぜん怖くないよ?」
「ほんとに? ……へへーよかったぁ、トリアちゃんの言う通りだったね? だーれも怖いって言わないもん」
「ふふーん、でしょでしょー? ボクってばやっぱり……」
「……なーんでアイツが自慢気になってんだよまったく。ま、いいけどよ」
俺達は一度合流した後、再びザーネドの家へと集まっていた。
色々と調べるためってのと……メロの希望で、今日は全員でここで泊まることになったからだ。
「すみません、妹がわがままを言ってしまい……」
「気にすんなって、少しでも気が晴れるってんならそれでな。しかし……」
『えっと……魔素みたいなものは感じられません……。おじさまの言った通り、ハクの先祖返りとも違うみたいです』
……メロの左腕に視線を移しながら、さっきのハクの言葉を思い出す。
「となると……性質が近いのはやっぱり亜人っつーことになるのかね?」
「にゃうーん、けどけどー、先祖返りも起こさず、こんなに魔物そのままの特徴が出るなんてことは……」
「まぁそうだよなぁ……。ザーネドにも聞いてみたんだが、身内に亜人がいたり、なんてことも無いらしい」
「となるとやはり……これもハッカーの仕業なのだろうか?」
「その可能性は、まぁゼロじゃないっつーところかね」
メロには聞こえないように、少し小声で相談する。
「ざ、ザーネドさんはその、な、なにか少しでも分かってることとかは無いのか……?」
「いえ、残念ながら……。症状の進行には個人差はあるということぐらいで……」
「個人差か……そういや、他にも同じ症状が出ているやつがいるっつってたな」
「あ、はい。私が聞いているのは十五人ほどです。……ですがもしかしたら」
「……まだアザが見つかっていない人もいるかもしれん、か」
小さい町とはいえ、人口は数千をくだらんはずだ。
それだけの人間を全部、理由を伏せたまま体の隅から隅まで調べましょうっつーのは……まぁ難しいだろうな。
「……それでも最近、それこそ数か月ほど前から、アザが広がるのも収まっていて……。このまま治ったりしないだろうか、なんて希望的観測を持ったりしてしまうのです。……ダメですね、これじゃ……」
「んなこたねぇよ、ずっと気丈なままでいられるなヤツなんていねぇんだ。……そう思っちまうのも無理はねぇさ」
しかし数か月前か……。
それにあのアザ、確かにどこかで――。
「……――――――――っ!!!」
……ズクンと心臓が跳ね上がる。
思いだした……! あれは、あのアザは――!!
「? お、おっちゃん……? ど、どうかしたのか……?」
「……いや、ちょっとな。悪い、少し風に当たって考えてくるわ」
そう言い残し、俺は一人家の外へと向かった。




