第25話 夢の最中
――デルフォレスト第四十六階層。
「……恐らくこいつが最後だな。燃料も……まぁ思った通りってところか」
左腕の紋様にマナを込めながら、現状を確認する。
特異点は四十七階層、とりあえず、最悪の状況ってのは免れたようだ。
道中ランクの高い魔物と鉢合わせることもあったが、クヨウの助けもあって、それほど危なげなく切り抜けてこれたしな。
……しかし食料も心もとないっつーのに、アイツら遠慮してか俺らにばっか差し出してきたからなぁ。
エテリナのヤツなんぞ、『強制食事魔法』なんていう良く分からん魔法まで駆使してきたからね?
才能の無駄遣いだと思うよ俺は。
しかし育ち盛りの娘っ子たちが、まぁいらん気を回しよってまったく……帰ったらガッツンガツンにうまいモンを食わせてやらんとな。
そのためにも、とっととここを抜け出さねぇと……。
「しかし改めて、そのゲートがなければどうなっていたことか……」
「まぁ確かになぁ。こいつがなけりゃ、いろいろと詰んでたところだ。調べてくれたエテリナにも感謝しねぇと……」
「魔学か……。私はトリアのように機転が利くわけでも、ネルネやハクようにサポートができるわけでも、エテリナのように頭を使えるわけでもないからな。……正直、そういった技能を持つ皆を羨ましく思う時もある」
「……いやぁ? トリアのあれを、機転が利くっつっていいのかはどうかと思うがねぇ俺は」
「ふふ、そう言ってやるな。……というかイルヴィス、お前も似たようなことを感じているのだろう?」
……さて、どうだかね?
「料理とて、家を絶やさぬための花嫁修業……まがいの稽古で身に着けただけだ。トリアは『女子力が高い』などと言ってくれるが……お前のようにダンジョンで仕留めた魔物をその場で、と言うわけにはいかない」
「……」
「私にあるのはこの剣だけだ。――だが、だからこそイルヴィス、私はこの身を呈してでもお前を……!」
「……てい」
「たっ!?」
刀を握りしめながら、何やら決意を新たにするクヨウの頭に、軽く手刀を入れてやる。
「い、イルヴィス……? なにを……」
「なにをじゃあるかい、まったく……。これはもっかい荒療治でもしてやらんといかんかね……」
「荒療治……――なっ!? まさかまたアレをか!? ……だ、だがしかし、お前がどうしてもしたいと言うのであれば、その、わ、私は……」
「おっとまてまて、その解釈はちょっとよろしくないアレよ?」
そんなセリフの後だとおっさん、ただの趣味で女の子をくすぐるような危ないヤツになっちまうからね?
あくまでも荒療治、お前のことを思って……。
……いやなんつーか、言い訳くささみたいなモンが増してく一方だねどうにも。
まぁその辺のことは、ひとまず置いておくとしてもだ。
「お前なぁ、『身を呈して』なんて言うが……。そんでお前に何かあったとして、その後俺が『クヨウが犠牲になってくれたけど無事帰れてよかったー』なんて喜ぶと思うか?」
もしそう思われてんなら、おっさん貧血起こすぐらいにはショックよコレ?
「う、それは……しかしだな――!」
「分かってるよ、言いたいことはな。……その上で勘違せんように言っとくが、何もお前のその気持ちが嬉しくないと言ってるワケじゃあないぜ? ……けどまぁあれだ、お前はもうちょっとワガママになってもいいな」
「わがまま……?」
「あぁ、俺をフォローしてくれつつも、お前もちゃんと無事に帰る。……せめてそんぐらいは言ってもらわんと、おっさん心労がたたっちまうよ?」
昔も、首輪の時も、そして今も。クヨウはどうにも、いろいろと自分だけで抱え込んじまうフシがあるからなぁ。
まぁ、家柄っつーか、そういうモンの影響なのかもしれんが……。
「自分も、か……。そういう風には、あまり考えたことは無かったかもしれん……。――む? だがイルヴィス、そういうお前こそ、あの時は自分を犠牲にしようとしていたではないか」
「ん? そいつはほれ……俺ももう反省してるし……な?」
「『……な?』じゃない、まったく……。どうせそうやってうまくうやむやにすれば、私が引き下がると思っているのだろう?」
「はっはー、……やっぱ駄目?」
「……まぁ、今回だけは特別に、大目に見てやらんこともないが……」
ふいと視線をそらされる。
……厳密に言えば、あの時と今回では少し話が違ってくるんだがな。
『自分のために、誰かの盾になる』ことと『誰かのために、自分が盾になる』こととじゃあ、似ているようで大きく異なる。
まぁ生真面目なコイツのことだ。今そんな話をしたら、また別の意味で考え込んだりしちまうだろうからなぁ……。
今はこれぐらいでちょうどいいだろう。
……いずれはきっとその意味を、自分自身で見つけられる時が来る。
それまで俺は、こうしてちょっとばかりおせっかいでも焼きながら見守ってやればいいさ。
また一つ、楽しみが増えちまったねホント。
「……お、どうやらゲートも開き切ったみたいだな。とりあえず、いったん皆のところへ戻ろうぜ」
「うむ、そうだな。……――わがまま、か」
――デルフォレスト第四十七階層。
結局その後、特異点までは問題なくたどり着くことができた。
空間の歪みに足踏み入れれば……あっという間にもう地上、ナザリアの森へご到着ってワケだ。
そのまま数日ぶりに自分の部屋へ戻り、再びここでゲートを開く。
そうすりゃあ……。
「ん〰〰!! やったぁ!! おっちゃんもクヨウもえらい! とーう!!」
「うおっと、急に飛びついてくるなっつってんのにお前は……。……ま、お前達もよく我慢してくれたよホント」
受け止めたトリアの頭を撫でてやる。
食料なんかもそうだが……何もできないってのも、それはそれで苦しいもんだ。
それでもあれから誰一人文句も言わず、いつも通りの接し方で俺達に任せてくれたからな。
……そういうのは、思った以上に力になる。
「えへへ、おじさま! おつかれさまです!」
「お疲れ様イルヴィス。……本当によかった、いろいろと……」
「ハク、ミルティーヌ……そうだな。……さて! アルティラ達にも良い蘇生屋を見つけてやらねぇと!」
「にゃふふ! それならばー、ウチの知り合いの蘇生屋さんをご紹介してしんぜよー! ちょーっと変わってるんだけどー、腕はばっちし確かだよ?」
……コイツの言う『ちょっと変わってる』ってのが、どんだけあてになるかは疑問なところだが……ま、腕に関しては信頼しても大丈夫だろう。
「とりあえずだ、一度ポートで外へ……」
「イルヴィス、少しいいか? ……他の皆は、先に外へ行って休んでいてくれ。私達もすぐに戻る」
「そんで……、どうしたよクヨウ?」
わざわざ二人で残って話をしようって言うんだ。
よっぽどのことかそれとも……。
「……なぁイルヴィス。四十七階層に向かう道中、無理につき添う形になってしまったが……私は役に立てていただろうか?」
「……っと、なんだよ当たり前だろ? 肉体的にも精神的にも、随分と助けられたよホント」
「……! そ、そうか、逆に足手まといにならず、それならその、よかった……! それでだな、役に立てたのなら、その……」
なんだ?
随分歯切れが悪いっつーか……。
「その……と、トリアやハクみたいに……わ、私もだな……! あ、あ、あ………………あたまを、その、なでて、ほしぃ……」
…………!?
一瞬聞き間違えかとも思ったが、顔を耳まで真っ赤にしたクヨウを見るにそうじゃないらしい。
「だ、だめ、だろうか……?」
「いや、俺としちゃあそんなことはねぇが……、いいのか? その……」
以前、一度だけクヨウを撫でてやったことがあったが……。
あん時は、……まぁいろいろとあって、その後すぐに真っ赤になってぶっ倒れちまったからな。
気を使ってっつーとアレだが、クヨウにはあんまりそういうことをせんように配慮してたんだが……。
「い、いいから!! ……わ、私とて頑張って申し出たのだ。 だから、ほ、ほら、はやく……」
「はふぅ…………すき……これすき……」
とろんとした顔で目を細めるクヨウの頭を撫でてやる。
というか……あぁ、なるほどな。あん時の『すき』ってのは、『撫でられるのが』とかそういう意味か。
てっきりおっさん、別の意味かと思って無駄に気を使っちまったよ。
……なんつーかこう、恥ずかしい勘違いだねホント。思春期でもあるまいに。
「よーしよし。……つってもほれ、いつまでもこうしてるワケにもいかんだろ? お前だって疲弊してるだろうし、とりあえず一度……」
「――と言った……」
そろそろ引き上げようかとしたところ、クヨウがぎゅっとしがみついてきた。
……おかげで顔は見えんが、相変わらず、耳まで赤いのは見てわかる。
「お、お前がわがままになってもいいと言ったんだ……! だ、だから責任というかだな……! せ、せめてその、もう少し……」
……ま、クヨウはあんまり自分から弱みを見せんからな。
これがコイツの気晴らしにになるんなら……。
「――あ、あの……」
「きゃあっ!!?」
不意に聞こえて来た声に、飛び跳ねるように反応するクヨウ。
「ね、ねね、ネルネ!!? いいい、一体いつから……!?」
「ちょ、ちょっと、わ、忘れ物をして……。だ、大丈夫だクヨウ……! わ、わたしは何も聞いてないし、お、おっちゃんに甘えてたこともその……し、知らないから……。ほ、ほら、ちょうど両目と両耳にスライムが入って……」
いやそんな状況ある?
つーか、もうガッツリと自白してるようなもんよこれ?
しかしこいつはひょっとして……。
そんな風に考えたりしながら、クヨウの方へ視線を戻せば……。
「あ、や、違、これは違くて、その、あの……あ……あ……っ! ――――はふぅ……」
「やばいやっぱぶっ倒れた!! おいクヨウしっかりしろ! おーい!」
……………………
…………
……
――数日後。
「えと……それじゃあアルティラさんたちの蘇生には、もう少し時間がかかりそうってことですか?」
「あぁ。あの蜘蛛の糸、ほとんどはダンジョンに吸収されたみたいなんだが……切り離された魔物素材なんかと一緒で、脳や神経に一部残っちまってるみたいでな」
とはいえ、除去に時間はかかるが難しい処置じゃないそうだ。
ミルティーヌにも付き添ってもらっているし、大きな問題はないだろう。
俺も付き添いを、とは思ったんだが……あの真剣な顔で『まかせてほしい』なんて言われちゃあな。
……本当に、俺の周りは強い子ばっかで誇らしいね。
……しかしあれだ、やっぱりエテリナのちょっとはあてにならんかったな……。
んで、そんな名蘇生屋を紹介してくれた当の本人はと言えば……
「にゃむむむむ……」
ベッドの上に座り込んで、うんうんと唸るようにゆらゆら揺れていた。
どこぞの民芸品みたいだぞ?
デルフォレストから帰ってきてこっち、エテリナのヤツはどうにもちょくちょくこうなっている。原因は……。
「え、エテリナ。またハッカーの目的について、か、考えてるのか……?」
「にゃむぅ……こんなこと言っちゃうとアレだけどー、ウチらがあの『夢幻の箱(仮)』にたどり着いたのは、ある意味あの魔物……ベリルドアラクニアがいたおかげなんだよねー?」
「そいつはまぁ……言われてみりゃあ確かにそうかもな?」
そうでなけりゃ、わざわざセーフスポットの壁をぶっ壊してまで、その向こうを調べようとは思わんかっただろうし……。
「あの魔導器具も直接破壊してなかったりー、いろいろと不用意だったり……ただ不落の難題への『通せんぼ』をするだけなら悪手すぎる……。にゃむむむむ……やっぱり他に何か理由が……?」
まぁここしばらくはずっとこんな感じなワケだ。
「……うにゃにゃー!! やっぱり情報が足りなすぎー!! ……そもそもあんな特殊な魔物、噂でしか情報が流れてこないってことがまずおかしいんだよねー」
うーむ……そいつは確かに。
エテリナが情報を持ってくるまでは、俺も話を聞いたことすらなかったからな。
「ふむ……。全員が同じ目に……すなわち、あの蜘蛛の糸に操られてしまったというのであれば、そもそも噂が流れない……」
「そ、遭遇しても、な、なんとか逃げ出せたって人がいたら……う、噂なんかじゃなくて、ちゃ、ちゃんとした情報として流れるはず、ってわけか……」
「にゃふにゃふそのとーり! つまり噂の出どころはー、『あれ、なんかヘンだな? いや気のせいかな? うーんでも……』って程度の遭遇だったと思うんだけど……だったらなんでウチらはあんなに情熱的にあぷろーちされたのかなーって」
「えっと、ボクたちみたいに、ハッカーや不落の難題に近づこうとする相手を狙った……とかは?」
「にゃふふ、ウチもちょびっとそう考えたんだー。……でも人間の目的なんて魔物にはわかんないだろうし、仮にわかるって話になっても、ウチらの目的はそれじゃなかったでしょー?」
「あそっか、今回の探索目的は、アルティラさんたちの手がかりを探すことだったもんね?」
「えと、じゃあ空間干渉系のアイテム……背中の一坪なんかを持っていたから、とかはどうですか?」
「にゃー、それが不都合なら最初からそっちを狙うと思うんだー。……ターゲットになった冒険者たちに何か共通点があるのか、それとも……。にゃむむむむ……」
再び思考の海へと潜り込んでいくエテリナ。
しかしだ……。
「お前のそういう熱心ところは尊敬できるが……、つってもほれ、自分でも言った通り情報が足りねぇんだろ? そいつはひとまず保留にして――」
「あ、そーだよ夢幻の箱庭(仮)! これがあれば、探索中にいつでも帰ってこれるよね!」
例の紋様を確認するように、トリアが腕に絡みついてくる。
確かにコイツの言う通りなんだが……。
「いや、しばらくはその使い方はしないつもりだ。……考えても見ろ? 朝ダンジョンに向かいますーっつって潜って行ったヤツらが、夜は自分の部屋からぞろぞろと出てきたら……」
「あー……確かにそれはちょっとしたサスペンスかも……」
だろう? もちろん、緊急時なんかは別だが……ダンジョンで考えていた二つの問題のうちの一つってのはこれだ。
そうじゃなくてもこんなヤバいモン、持ってると知られるだけでも何を言われるかわかったもんじゃないからな。
……おっさんが悪人だったら、それこそ世界の危機レベルの代物よ?
下手をすれば、また国家反逆者だのなんだのと因縁をつけられかねん。
なるべく目立たねぇようにしねぇと……。
「じゃ、じゃあその、た、宝の持ち腐れってヤツかな……? なんだか、も、もったいない気はするけど……」
「……ふっふっふ、そんなことはねぇさ。帰還手段としては多用せんが、人目につかんダンジョン内であれば話は別だ。つまり――」
「――あそこに拠点、すなわち『秘密の隠れ家』を作ろうと思う!」
「ほ……ほわぁあぁぁ!! 秘密の隠れ家!? すごい!! それすごくいいよぉおっちゃん!!」
「ふふふ、だーろう?」
色々持ち込んどけば補充や休息もできる。
さらにゲートとポートを併用すれば、レベリングや探索の効率も飛躍的に向上するってヤツだ。
「じゃあ早速持ち込むものを決めないと! 緊急隠れ家会議だね! えっとえっとぉー……」
「えへへ、なんだかこういうのってワクワクします!」
「う、うん、そうだな……。 わ、私もいろいろと、た、試してみたいことがあるし……」
「えとえとー、そんじゃあウチはー……!」
「……隠れ家か。私も落ち込んだ時は、よく家の倉に隠れていたものだ。……覚えているかイルヴィス、あの時のこと……」
「ん? ……あぁ、そりゃもちろん覚えてるさ」
そう返しながら、あの時のクヨウの言葉を思い出す。
『――もし、もしも私が自身の道を極めて、それこそ勇者になんて呼ばれるほどに強くなれば……じじ様達にも、あんなことをさせなくて済むのだろうか』
……まだ幼いクヨウの放った、そんな決意の言葉を。
「私は……昔の自分の言葉を忘れていた。手段としての強さを求めた筈だというのに、いつの間にか、強くなること自体が目的となってしまっていたようだ」
なんとなく、それはわかる。
『頼られることはあっても頼ることは無い』……もしかしたら、そんな風に考えていたのかもしれんな。
「昔を思い出して、……そ、それと、わ、わがままを言っていいと言われて……こほん、とにかくだ。……少しだけ、それに気付けた気がするよ」
「そうかい? そいつは何よりだ。……そういやあん時も、何か小さくぶつぶつと抗議してきてたよな? 確かあーっと……だめだ、肝心のその辺が思いだせん……」
「なっ!? そ、そんなことまで思いださなくていい! まったく、お前はまったく……!」
えぇ……? なんか怒られたぞ……?
そう言われるとおっさん無性に気になるんだが……?
「……そうだな。私もお前も、共に『勇者』に至った時、その時には――」
「にゃふふ、クーよん!! ほらほらー、クーよんも早く決めないと!」
「あ、こらエテリナ抱き着いてくるんじゃない、おい、まったくもう……!」
やれやれといった様子で、隠れ家会議とやらに参加を始めるクヨウ。
……昔の自分、ね。
『――不落の難題かぁ。そういえば、イルヴィスくんも昔は言ってたね? ぜったい俺が解明してやるーって?』
左腕の紋様に手を当てながら、いつかのリィンねぇちゃんの言葉を思い出す。
俺が強く……それこそ、勇者なんて呼ばれるようになりたかったその根っこ。
冒険と、その先に待ち構える未知への挑戦……。
――俺は今、まさにあの時の夢の最中にいる。……アイツらと一緒にな。
共に進み、冒険し、……さらには成長まで見守ることができる。
これ以上無い特等席だ、俺はやっぱりここがいい。だから――。
「――勇者になるには遅すぎる、ってな」
なんて、相変わらずそんな一言が口をつく。
……ま、ちっこいクヨウの抗議内容なんかは、気になるところではあるけどな。




