第24話 もしも私が
「……しかしあれだね。魔導飛行船なんてのにも初めて乗せてもらったが……。その知り合いってなだけあって随分と裕福そうだ」
俺の故郷、アンリアットがある『シルヴァーネ共和国』。
そこからずっと東に行けば、和郷と呼ばれている『ミヤビ』が国を構えている。
俺は現在、とある上客の依頼で、ミヤビにある『ミヅハミ』と言う街まで同行していた。
仕事を終え、後は手配された飛行船で一人帰るだけ……の、筈だったんだが、どうやらその上客の知り合いとやらが、俺に直接クエストを依頼したいと打診してきたそうだ。
ま、俺としちゃあ金になるのであればありがたい。
……つくづく背中の一坪との適性があって助かったねホント。
そんなことを考えながら、この広い部屋でその依頼主を待つ。
「……コイツが畳ってヤツか。いかんね、異国情緒ってのはどうにもこう……心をくすぐってくるっつーか……」
物珍しさについキョロキョロとしてしまう。
すると、少し奥まったスペースに飾られていたあるものが目に入った。
「お、あれが『刀』ってヤツか? その下にあるのは……なにかのアクセサリーみたいだが……」
「――秘刀『雪凪』、そして鬼神装具『玄涜』。フゥーリーン家に代々伝わる、家宝……のようなものです」
「おわ!?」
突然聞こえてきた声に驚いて振り向けば、そこにはお茶を持って立っている、十二、三歳ほどの赤い髪の少女の姿が。
……しかし全然気づかんかったな。
あれか? ひょっとしてこれが噂に聞く『ニンジャ』と言うヤツなのか……?
すごい。
「まぁ、その経緯から家宝と言っても扱われ方は随分とぞんざいです。ですから興味がおありでしたら触っていただいても結構ですよ。……死にますけど」
「いやいや、流石に家宝と聞いちゃあ……え!?」
「……冗談です。お家元もクヨウさまも、間もなくお見えになりますので、もう少々お待ちください」
「あ、あぁ。こいつはどうも……」
少女はカップ……いや、湯飲みっつーんだったか? ともかくそいつを低いテーブルの上に置くと、また静かに部屋を出ていった。
しかしなんつーか……この状況で家宝触れるヤツいる?
いないと思うねぇ俺は。
「――すまぬのう、待たせてしまったようだ」
しばらくすると、これまたいかにもと言った様相の爺さんがやって来る。
この人が依頼人……さっきの少女が言っていた家元って人か。
「早速だが……さぁクヨウ、入りなさい」
「はい、失礼いたします。……クヨウ・フゥーリーンと申します。此度はどうぞ、よろしくお願いいたします」
家元とやらの呼びかけに合わせ、奥の部屋から現れる一人の少女。
深々と下げていた頭をあげれば、切りそろえられた黒髪がさらりと流れる。
……しかしまだ幼いってのに随分と礼儀正しい子だね。
俺がこんぐらいの時は……いや、なんか虚しくなるだけだろうしな。考えるのはよそう。うん。
「さて……依頼と言うのは他でもない、孫のクヨウのことでな。近々修行の一環としてダンジョンへ向かわせることになっておるのだが……客人にはそのパーティへと同行してもらいたいのだ」
「修行、ですか? つっても、俺は正直荷物持ちぐらいしかできませんが……」
「ほっほっほ、うむ、それで構いはせぬ。修行と銘打つからにはこそ、むしろ手を出していただかない方が都合が良い。そういうしきたりでな」
なるほどね。
そんで、俺みたいなヤツに声がかかったってワケか。
「パーティの人員なぞは、すでにこちらで整えておる。肝心の行き先だが――」
――サーリープラトー第七階層。
段々と連なるような階層と、気まぐれに吹き荒れる猛吹雪。
それが、最上級ダンジョンである『サーリープラトー』の特徴だ。
おかげで浅層であれど、その危険度は推して知るべしってヤツなんだが……。
「まさかパーティとはぐれちまうとはな……」
どうしたもんかねホント……。
不幸中の幸いか、比較的浅い階層にもセーフスポットがあって助かった。
ほら穴状の地形のおかげで、こうしてマジックアイテムなんかで火を起こして、暖もとれるからな。
「――イルヴィスどのは体をお休めください。警戒は私が務めます故……」
ごうごうと、横殴りの雪が風を切る音が鳴り響く中、目の前のちっこい黒髪少女が、気丈な様子で俺を気遣う。
……気丈とは言うが、あくまでも表面上はの話だ。
「そういうワケにもいかんっつの。ほれクヨウ、お前も濡れた服や装備品なんかを脱いでだな……」
「いいえ、もし万が一のことがあってしまえば、じじ様の顔に泥を塗ってしまいます。……それに、父上や母上ならこんな状況でも、悠々と切り抜けてみせるはず。私もフゥーリーン家の名に恥じぬよう、務めを果たさなければ……!」
握りしめた拳がぶるぶると震えている。寒さからか、それとも……。
……どうにも、いかんな。ある意味では取り付く島が無い。
この状態で、ただ『落ち着け』なんて言っても逆効果か……。
そんなら――。
「ふーむ……クヨウの両親ってのはそんなにすごい人なのか?」
「……! はい! 父上も母上もとても立派な冒険者です。強くて、聡明で……私の、いえ、私達の憧れです……!」
「ほぉ、そうなのか。俺も冒険者の端くれだからよ、良かったら参考に、両親の話とか聞かせてくれよ。……ほら、こっちに来て、な?」
「で、ですが……」
……少し、態度が軟化してきたな。
よっぽど両親のことを尊敬してるんだろうね、いいことじゃないか。
さて……。
「こんな時に説教みたいでアレだがよ、切羽詰まった状況だからといって、深刻になりすぎるのは良くないぜ? ……慎重さと深刻さは別もんだからな」
「別物……ですか?」
「ここはセーフスポットで、ダメ押しに暁のカンテラも焚いている。動ける状況になった時にきちっと動くためにも、今必要なのは警戒よりも休息だ。……きちんと務めを果たすってんなら、尚更な」
「休息……」
諭すようにして、クヨウの緊張を解いていく。
……少しずつ、肩の力が抜けていっているみたいだ。
頭のいい子で助かるね。
「……わかりました。それでは――」
「――へぇ、そいつはまた随分と剛毅な両親で……」
「だろう! ふふ、父上と母上は凄いのだ! 何せたった二人でランクSSの魔物を相手にしたこともあるのだからな!」
……ある意味では恐ろしい話よコレ?
もし俺の『スーパー大器晩成』が良い方向に向かったとして……果たしてそこまで強くなれるもんか疑問だね。
塗れた服や装備品を乾かしながら、替えの服に袖を通す。
……どうにか少し、落ち着いてくれたようだ。
多めに用意しておいた一晩限りの温もりをそれぞれ毛布代わりにして、身を寄せながらクヨウの話に耳を傾ければ、いつの間にか堅苦しい言葉遣いもはがれていた。
だが……。
「そう凄いのだ、父上も、母上も……。――このまま死んでしまえば、もう会えなくなったりするのだろうか……」
……ここで『ダンジョンによって死んでも復活できるから大丈夫!』なんて言うのが正しくないことぐらい、俺にもわかる。
かといって、なんて声をかけてやればいいもんか……。
「……やっぱり、私では駄目だったのだ……! 才能にも、恩恵にも恵まれなかった私では……ぐす……ち、父上や母上のようには……!」
声に涙が混じっていく。
……もう少しだけ、声をかけるのを待とう。
ひとまずすべてを吐き出しきるまでは、せめてな。
「分かっているのだ、私が影で、こそこそと噂をされていることは……。でも、この修行さえ……修行さえ無事にこなせれば、ひっぐ……そう、思って……!」
……なるほどね。
最初の気丈さはそれで、か。
「……ほれ、ひとまずスープでも飲んで落ち着け、な? ……気持ちは分かる、なんて言うとアレだが……俺も昔は似たようなことを考えてたよ。……いや、そいつは今でもか」
「すんっ……い、イルヴィスも……?」
渡したマグカップを両手で持ちながら、上目遣いでこちらを伺うクヨウ。
……おっと、熱いから気をつけろよ?
「あぁ。俺の恩恵も……まぁなんつーか、恵まれてんのかそうじゃないのか分からん代物でなぁ。周りのヤツらからも、随分と笑われたりしてるもんだが……それでもいつかは、なんて風にな、思っちまうのさ」
「ぐし……。そう、なのか……。……イルヴィスは……そうやって冒険者を続けていて、その……辛くは、ないのか?」
「辛くない……と、言っちまえば、まったくの本音ってワケじゃあなくなっちまうがね。……ただまぁ、そうだな――」
ズズっと一呼吸を置く様に、自分のマグカップの熱で舌をほぐしていく。
「――笑われるほど弱かろうが、笑っちまうほど絶望的だろうが……諦めなきゃならん理由にはちっとばかし足りねぇと、そう思ってるってだけの話だ」
「――! ……そう、か、イルヴィスは強いのだな。……ふふっ、魔物との戦闘では、あんなに弱いのに……」
……うーんお子様は遠慮が無いね。
いや確かに事実よ? 事実なんだが……。
ま、この状況だ。笑ってくれるならそれはそれでってヤツだな。
「言ってくれるねまったく。……ほら、体が冷えちまわんように見ていてやるからよ。スープを飲んだら少し休め、な?」
「え……? し、しかしイルヴィスは……?」
「俺は羊除けの小瓶も飲んでるから大丈夫だ。……それによ、吹雪が止んだらクヨウに頑張ってもらわねぇと……おっさん一人だとほれ、帰る前に魔物にやられちまうよ?」
「……ふふふっ! 仕方がないな! イルヴィスは私が守ってあげないとな!」
「あぁ、頼りにしてるぜ?」
――数日後。
あれから紆余曲折とあったが……俺とクヨウはなんとか無事、フゥーリーン家の屋敷へと戻ってきていた。
念のため、色々とアイテムなんかを持って行ったのが功を奏したな。
備えあればなんとやらってヤツだ。
「……じじ様。ご心配をおかけしてしまい、改めて申し訳ございませんでした」
「うむ、無事であればそれでよい。修行はまた、日を改めて行うとしよう」
「ありがたきお言葉です……! クヨウは次こそ……次こそはご期待に沿えるようやってみせます!」
おっとやる気に満ちてるね。
いいことじゃないか。こういうモチベーションはうまくすれば、実力の後押しになるからな。
「そ、それでその……じじ様の許しをいただけるのであれば、次の同行者もイルヴィスに、じゃなかった、イルヴィスどのにお願いしたく思うのですが……」
「ほっほっほ……どれクヨウよ、少し向こうへ行っておれ。儂はもう少し客人と話があるのでな。一緒に頼んでみてやろう」
「! はい! それでは失礼します!」
元気に返事をしながら、部屋を後にするクヨウ。
その様子を見送った後、家元の爺さんがゆっくりと口を開く。
「……ふぅ。……さて客人よ、まずは一言礼を言うところであろうな」
「いや、俺は――」
「――だが。……聞き及んでいたよりも少々、有能すぎたようだ」
……ん? なんだ?
有能なんて言われてんのに褒められてる気がせんのだが……。
「――余計なことをしてくれたな。申したはずだ、『何も手を出してくれるな』と」
「…………は?」
冒険者は引退していると聞いていたが……そうは思えんほどの眼光で、睨みつけられる。
しかしこれは……。
「いや、そいつは確かに聞いてましたが……しかしあの状況じゃあ――」
「それでかまわなかったと、そう言っておるのだ。そもそもあれはそのための『儀式』……」
即座に、まるで頭の中を察したかのような反応が返って来る。
……いやいやまてまて、嘘だろ……!? つまりこの爺さんは……!!
「……自らの無力さ故に、自分だけではなく他人の命をも犠牲にする。そうした無常と虚無を、『自身の死』をもって学ぶことこそが、今回の目的だったのだ」
「――〰〰っ!!」
――クヨウを見殺しにしてほしかったと、そう言ってるってことか……!?
「……っ、おい待てよ爺さん……! そんじゃあなにか……!? アンタは最初からクヨウを……!!」
「……問題はない。フゥーリーンの家には、優れた腕を持つ蘇生士も数多くおる。クヨウはもちろん、お主も蘇生を――」
「そういうことを言ってんじゃねぇ!!!」
腹の中で煮えたぎってるもんが、口を割って叫び出る。
『思わず』なんて言葉はこういうときに使うんだろうね……!
ともすれば、あのはぐれちまった状況も人為的にか……!
「クヨウには悪いが……これ以上は御免だな……! 契約違反だっつーなら金も要らん。……俺はそれで目の前のアイツを見殺しにできるほど、人間ができてないもんでね……!」
立ち上がって部屋を後にしようとするが……。
しかしどうする……? どうすればクヨウを……!
「……そうか、残念だ。……まぁ、クヨウはお主に随分と気を許しておるようだしな、どちらにせよ――」
――かたん。
……爺さんがすべてを言い終わる前に、ふすまの向こうでちいさな音がした。
まさかと思い、ふすまを開けてみれば……。
「……っ、クヨウ……」
「あ、あの……お、お茶を持ってきたのだ……イルヴィスのために、わ、私が自分で淹れて、その、それで……。……〰〰っ!!」
「……クヨウ!!」
踵を返すように、走っていってしまうクヨウ。
くそ、聞かれてたか……! どこからだ……?
……いや、あの様子じゃあ、考えなくてもわかるか……!
とにかく追いかけねぇと――。
「…………幼子の気配一つ感じ取れんとは、な。儂も随分と、耄碌をしたものだ――」
「……クヨウ、ここに居たのか。探しちまったよ、まったく……」
「イルヴィス……」
薄暗い倉庫のような場所で一人、膝を抱えていたクヨウを見つける。
途中、どこからともなく現れたあの赤い髪の少女に、この場所を聞くことができた。……あの子ホントに『ニンジャ』なんじゃないのかね?
……ま、そいつは今はいいか。
ひとまず俺も、クヨウの隣に腰を下ろす。
「……じじ様は、じじ様は私のことが嫌いなのだろうか……。だからあんな……」
「……んなことねぇよ。やり方が正しいかって聞かれりゃ、正直、俺もどうかと思っちまうが……」
クヨウが音を立てる前。
あの爺さんは確かに、『俺に気を許しているからどちらにせよ』みたいなことを言いかけていた。つまり――。
「お前のことを思ってないかと聞かれりゃあ……そいつは違うと断言してやるよ」
「イルヴィス……」
縁もゆかりもない俺を同行者として選んだのはそういうことなんだろう。
少しでも情がわいてない方が、クヨウの傷も少なくて済む……俺としては、そもそもの修行自体がと思わんでもないが……。
「ただその、なんだ。儀式だのしきたりだのと……お前の爺さんもいろんなモンに縛られてんのかもしれねぇなぁ」
「しきたり、か……。皆がいつも言っている、家や伝統を守るのは大変で大切だと。もしかしたらじじ様も……」
いろいろと、思うところはあったんだろうね。
……だからと言って、俺はあのやり方には賛同できんが。
「……なぁイルヴィス。もし、もしも私が――」




