第21話 『都合の悪いモノ』
「……ふぅ、駄目だな。背中の一坪も完全に機能を失っちまってる」
『オーヴァボルド』でバラバラになったベリルドアラクニア。
その足の一本が突き刺さった背中の一坪を探りながら……まぁため息も出ちまうって話だ。
色々と試してみたりはしたが、どうにも中に入っていたアイテムなんかも取り出せなくなってるな。
圧縮空間への繋がりみたいなモンが、バッサリ切れちまったってところかね。
「とりあえず現状の確認だ。今残ってるアイテムは……」
「ボクのアイテムバッグにはえっと……回復系の魔法薬が少しと、ちょっとした食糧ぐらい……? クヨウは?」
「私も似たようなものだ。それと装備品の修復剤が少しあるぐらいか……」
「そっかぁ。あとはイイ匂いのする貝殻とー、綺麗な色の毛糸玉とー、可愛い形の小瓶ぐらいかなぁ……?」
なんで?
いやまぁ別にいいんだけどよ。
トリアとクヨウは聞いたとおり、そんでもってハクとエテリナはスロットを全て装備品にあてているからな。
必然的に、現在所持しているアイテムはこれでほぼすべてってことになる。
「つ、次の特異点は……か、階層図によれば、よ、四十七階みたいだけど……」
「流石に私たちのレベルだと、この量のアイテムでそこまで行くのは難しいわね……」
ミルティーヌの言う通りだ。
デルフォレストは特殊な空間の歪みによって、上の階層へは戻れない。となると特異点を目指すしかないんだが……。
もちろん、ここにいる全員が危険を覚悟してここまで来ている。
……が、それでも無策と無謀はまったくの別物だ。
覚悟を自称するのであれば、万全の態勢を整えてこそ。……少なくとも俺はそう思っている。
ただ目をつぶって闇雲に足を踏み出すのは、自殺行為と変わらんからな。
だがどうする……?
せめてボイドシンドロームさえ無けりゃあ……。
「……ねぇオジサン? あの魔物の最後の悪あがき……あれって何が目的だったのかな?」
ふと、エテリナがそんな疑問を口にする。
「目的? そりゃあ、俺たちを……ダンジョンの外に帰さないためとか?」
実際、的確に踵の道標を狙ってきたように見えるが……。
「にゃむるるる……。でもそれならアイテムじゃなくて、人を狙った方が早いんじゃないかなー? ……ううん、たとえそれがムズかしかったとしても、腑に落ちないのは背中の一坪なんだよねー……? にゃーむ……」
真剣な顔でぶつぶつと、まるで何かを唱えるように考え込むエテリナ。
「え、エテリナ……、な、何か分かりそうなのか……?」
「にゃふふ、出来ることが無いなら出来ることを見つけないとねー? 頭を使うのはウチの得意分野! ……さっきはオジサンにーお株をうばわれちゃったけどー?」
ええい、おでこをぐりぐり擦り付けてくるんじゃないよ。
頭を使うってそういう意味じゃないからね?
「……ずっと考えてたんだー。例えばあのチャラ男くんたちは、剣士なら剣技を、魔法使いなら魔法をって感じで、元々の能力を強化されてたでしょ? まぁ、使いこなせてるとは言えなかったみたいだけど……」
「? チャラ男くん?」
「おっとそうか、あー何から話せばいいか……」
ミルティーヌには、ハックのことをざっくりとしか説明してなかったからな。
どういった経緯で俺達がハックに遭遇したのかを、手短に説明しておく。
「――なるほどね、そんなことがあったんだ」
「にゃふふ、んでんでー。ウィーグルモールのレクイエムシープは『催眠魔法』。モックソルジャーも『冒険者の装備品を使える』っていう、いわば特性の延長上で行動しているみたいだったよね?」
「て、テンタクル系の魔物は、け、気配を消すことに長けてるからな……。そ、そう考えると、わたしも偶然とも思えない……」
目的はどうあれ、その手段は普段とまったく異なるわけじゃあ無いってことか。
「そーなるとー、あのベリルドアラクニアの延長された特性は『糸』……冒険者を操ってたあの糸だと思うんだけどー? ……にゃふふ、だったら気になることがあると思わない?」
「そういえば……あの冒険者たち、私たちがどれだけ逃げてもすぐに追いついてきてたけど……」
「にゃふー! ミルぬーせーかい! いちまんエテリナちゃんポイントをしんてーしませうー!」
「え、なにそのシステム初耳なんだけど……? えっとでも、出会って日も無い私がいきなり一万ポイントも貰って大丈夫かしら……?」
大丈夫、俺もそのシステムは初耳だよ?
ほんのりオロオロするミルティーヌにそう教えてやる。
お前はそういうとこ真面目だねホント。
「……あの冒険者たちはさー、まるで『空間を飛び越えるように』現れてたんだよねー? そんでもってデルフォレストの一番の特徴は『空間の歪み』……これってホントにただの偶然かなーって」
「そいつはつまり……デルフォレストの特性を利用して、俺達の行く手に『空間を飛び越えて先回り』してたっつーのかよ? しかしそんなことをどうやって……」
「にゃーん、そこは残念ながらまだまだ情報が足りませぬー……。でもでも、もしその方法がわかったりすれば……」
「わ、わたしたちも同じように、モ、魔物と戦わずに特異点まで移動できるかもしれないってことか……!」
「にゃふー! そのとーり!」
確かに、もし本当にそんな方法があるっつうなら、そいつを探す方が闇雲に動くよりよっぽど建設的かもしれんが……。
「しかしエテリナ、こう言っては水を差すようになってしまうのだが……現実問題として、めぼしい手がかりが無いのだろう?」
「おやおやクーよん? ウチは『足りないー』とは言ったけど『無い』とは言っておりませぬぞー? ……ねーオジサン?」
「……なるほどね。確かに、そろそろ時間みたいだ。……クヨウ、ハクを頼めるか?」
「む? あぁ、それは構わないが……」
眠ったままのハクをそっとクヨウに預けておく。
魔物は本能的に、魔素の薄い場所には近づかない。
自身の体を構成し、さらに力の源である魔素が薄いと言うことは、万が一の場合が即、致命的になりかねないと知っているからだ。
……なんて、言われてるんだったかね?
ランクの高い魔物は特にそれが顕著だ。
だからこそ深層で生まれた高ランク魔物が浅層に現れることは稀で、セーフスポットのような場所も生まれてくる。
……そうだってのにあのベリルドアラクニアは、わざわざこの『セーフスポット』に陣取っていた。
つまり逆に言えば、ここに陣取る必要があったっつーワケだ。
「――だったらそいつを探り出す……! 『戦闘力解放』!」
勇者級までリミッターを解放して、『傾向限界突破』で感覚を研ぎ澄ます。
視覚と、聴覚と、触覚とをフル動員して、ほんのわずかな異変も見逃さないように空間を感じ取る。
……ぐっ!? ……相変わらず、このやり方はきついねホント。
押し寄せる情報が多すぎて、頭の中でガンガンと暴れまわってるようだ。
だが必ず何かがあるはずだ。なんせ……。
――うちのエテリナが、そう言ってるんだからな!
――――――――――――!!
「――ぶはっ!! はぁ……! はぁ……!」
「お、おっちゃん……!? だ、だいじょうぶか……?」
「あぁ、ちょっとばかしクラッときただけだ、心配すんな。さて……」
俺は立ち上がると、洞窟の中の壁へと歩を進めていく。
そしてそのまま壁を探るように手を這わせ……ふーむ、このへんか?
ホルスターからナイフを引き抜き、キンっと一度壁を弾いてやる。
そしてその反応をもとにマナを調整し……。
「――爆ぜろ、『オーヴァクラック』!」
少し離れた位置からナイフを振りぬけば、ガラガラと音を立てて崩壊していく壁の一部。
そして……。
「!? これは……!?」
崩れた壁の向こうからは門のような『何か』と、そこに張られた目に見える程の空間の歪みが現れた。
……
…………
……………………
「――どうだエテリナ?」
「にゃふーむ……。どうやらこれはダンジョンから見つかるアイテムなんかとおんなじで、人工的に作られた物みたいってカンジかなー? 統計的に考えれば、危険は少ないと思うけど……」
前にリィンねぇちゃんが言っていた、『人以外に作られたモノ』ってヤツだな。
「そうか、それならひとまずは……よっと!」
空間の歪みに向かって上着を投げ込んでみる。
……いやー、しかしなんだな。
「まさかお前の毛糸玉が、ここで役に立つとはなぁ」
「えへん! ほらほらおっちゃん! ボクのこと、もっと褒めても良いんだよ? ねぇねぇねぇってばー!」
「あーわかったわかったっての。ほら、よーしよし……」
「えへへー!」
トリアの頭を撫でながら、投げ込んだ上着に括り付けた毛糸を手繰り寄せる。
……どうやらそのまま戻って来たようだ。
少なくとも、一方通行ってワケじゃあ無いらしい。
「とりあえず一度、俺が入って様子を見てくるか」
リミッターを上級にまでに抑えておいたおかげで、戦闘力解放の時間切れまでにはもう少し余裕も――。
「おじさまー!」
「……っと、ようハク! 目が覚めたのか!」
「はい! ……えへへ! おじさまー?」
「なんだよ随分甘えん坊だね? よーしよし……」
てててと飛びついてきたハクの頭を撫でてやる。
以前先祖返りを起こした時はもっと長く眠っていたが……やっぱりハクも成長しているってことかね、色々とな。
「にゃーん! ハクちータイミングばっちり! 寝起きさんのところきょーしゅくなのですがー……」
「あ、はい! クヨウさんから聞きました、この門ですね? えっと…………うーん、特にイヤな感じはしないみたいです。あ、でも……」
「わかってるよ、向こう側を感知できてるワケじゃないかもってことだろ?」
とりあえず、この門自体に害が無いとわかればそれで十分だ。
……………………
…………
……
「――ここは……何かの研究施設のように見えるが……?」
一度門をくぐり、安全を確認した後、全員をこちら側まで呼び寄せる。
そこそこな広さをもつ黒い壁の空間に、……あー俺には正直良く分からんが、魔術や錬金術で使うような魔導器具なんかが並べられている。
クヨウの言う通り、何かの研究施設みたいだが……。
「……にゃふふ、これはひょっとしてー、古代文明が残した『遺跡』だったりするのかもしれませんなー」
「えっと、遺跡、ですか?」
「そうそう! 残されてる資料も古代語ばっかりでー、ほとんどは劣化しちゃってて読み取れないんだけど……。にゃむにゃむ、どーやらここはデルフォレストの中に作られた施設で、『空間歪曲』について研究してたみたいだねー?」
散乱している資料に目を走らせていくエテリナ。
しかし古代語まで読めるのか。流石に完璧にとはいかんようだが……。
「それで……ここで倒れてるこの人って……」
施設の一角で息絶えている一人の冒険者と、その傍らで破壊されている一つのマジックアイテム。
装備を見る限り、古代人を大発見……なんてワケじゃあなさそうだ。
恐らくこいつもあの糸によって操られていたんだろう。
「となるとこのマジックアイテム……もうすでに壊されちまってるみたいだが、恐らくコイツを使って冒険者たちを空間移動させていたってことなのかね?」
「み、見たことも無いアイテムだ……。た、多分、直したりするのは、む、難しいだろうな……」
「そんな……。じゃあ振出しに戻っちゃったってこと……?」
「あ、で、でもほら! 他にも何かあるかもしれないよ! 例えばこの辺とかに……」
「まてまてトリア、不用意に触るなっての! 魔学や錬金術の中には触媒が必要になる儀式もあるんだ。なんかの拍子でうっかり巻き込まれたら……お前もアイテムになっちまうかもしれんぞ?」
「ふわぁー!? こ、こあいこと言わないでよおっちゃん!?」
ま、儀式によって必要になる触媒は決まっているらしいし、流石にそんなことは無いと思うがね。
「『触媒』……? ――――にゃーーー!!!!!!」
「わぁーーーー!!!?」
唐突に大声をあげるエテリナと、つられるように叫び声をあげるトリア。
「なるほど触媒……! にゃふふ、そっかだから……!!」
「び、びっくりしたー! もーどしたのエテリナそんな大きい声出して!」
「にゃーん、ごめんねトリニャー! ……んとねー? あのベリルドアラクニアの最後の悪あがき、ウチってばそれがずっと引っかかってたんだよねー?」
そういや、さっきもそんなことを言ってたな。
背中の一坪がどうのとか……。
「もしオジサンの言う通り、ウチらを地上へ帰さないためにって言うのなら……なんでわざわざ『背中の一坪』まで狙ったのかなーって」
「……! そっか、私達と違ってイルヴィスは、持ってた踵の道標を使った後だったものね」
そういえばそうだな……。
となると……例えば次の特異点へ向かう邪魔をするためとかか?
……いやそうか、それで『人を狙った方が早い』、か。
「あれは多分、とあるマジックアイテムに反応してたんだと思うんだよねー? 踵の道標に背中の一坪……それと恐らく、ここにあったマジックアイテムも同じように壊されちゃったんだとすれば――」
「『空間干渉系』のアイテムか……!」
「にゃふー! オジサンごめいとー!! ひゃくまんエテリナちゃんポイントをしんてーしませうー!」
いやインフレヤバくね?
さっき一万だったろうが。
「えっとでも……ハクは寝ていたので直接は見てないんですが、あの魔物さんは何のためにそんなことを……?」
「にゃふふ、そこだよハクちー! えっとー……」
エテリナがくるりと踵を返す。
そしてそのまま、ぐるぐると辺りの様子を見渡していく。
「アレがこうなってあーなるから……、さっきの資料と照らし合わせて……。――うん多分これ。この空間はおそらく、この魔導器具のために作られたんだと思う」
腰の高さほどの、台座のような魔導器具を指し示すエテリナ。
「この魔導器具で儀式を起動させるにはー、きっと『触媒となるアイテム』が必要なんだー。そんでもってあのベリルドアラクニア……もしくはその後ろにいる『誰かさん』としては、この魔導器具を起動させたくなかったんだとしたら……?」
「触媒となるアイテムの破壊か、なるほどな……」
つまりは破壊された『空間干渉系のアイテム』こそが、この魔導器具での儀式に必要な『触媒』だったっつーワケか。
しかしなんでまたそんなことを……。
……ん? まてよ……?
「あれ? ……ねぇえっと、ちょっと待ってね? 前にもこんな感じの……似たような話とかしなかったっけ……?」
「にゃふふ……! 正直ウチもまだはっきりとはわかんないけどー? ……もしあのベリルドアラクニアが『ハッカー』に関係あるんだとしたら――この魔導器具はハッカーにとっても『都合の悪いモノ』ってことになるのかもね?」
そんなエテリナの言葉を聞き、トリアの言う『似たような話』が脳裏によぎる。
『――ハッカーにとって、ホンモノの不落の難題を解き明かされるのが不都合なことだったりしたら……?』
……こんな時だってのに、ドクンと高鳴りをみせる俺の心臓。
ハッカーにとって都合の悪いモノ。
――すなわちそいつは……!




