第17話 メモリアルメモリー
アルティラ・ヤーベラム。
ミルティーヌ・クリーマリー。
レン・ターンジャック。
ラフィア・アンブレット・レインティア。
アルティラをリーダーとした四人組のパーティ。
……およそ二年前の、とある雨の日のことだった。彼女たちに誘われて、俺がそのパーティの一員となったのは。
――あの日のことを、俺は今でも忘れられない。
「――ミル、ティーヌ……」
目の前に現れた一人の少女に、自分でもわかりやすいぐらいに動揺してしまう。
「? イルヴィス? ホントに聞こえてる? なんかアンタ様子が……あ! こ、これは別にアンタに会えて安心したからとかじゃなくて! ちょっと探し回って疲れたから! 支えになってもらってただけ!」
寄りかかっていた身体をパッと離し、取り繕うように髪をいじる。
ミルティーヌのその仕草を、もはや懐かしいとすら感じてしまうのは……やっぱり俺がおっさんだからなのかね? それとも……。
「んんっ……、それで、アルティラたちは無事なの……?」
不安と疑問がないまぜになったような顔でこちらを見上げてくる。
さっきからずっと、まるで『あの日』のことなどなかったかのような振舞いだ。
理由は分かっている、なぜなら……。
「ミルティーヌ、お前のその恰好……『教会復活』か――」
「………………うそ」
何も覚えていない様子のミルティーヌへ、今までの経緯を軽く説明する。
……もちろん、あの日のことも含めてだ。
そりゃあ少しオブラートに包んじゃいるが……どうにも、気が滅入らないと言えば嘘になるね。
「うそよね……? ……っ、あはは、流石にその冗談は、わ、笑えないわよ?」
「……これが冗談なら俺だってそう思うさ。だがミルティーヌ――」
「うそよそんな……、だって、だって私、私たちが……! 私がアンタをそんな風に突き放すはずがない!!」
「――落ち着けミルティーヌ」
声を荒げるミルティーヌの肩に、軽く手を添えながら語りかける。
「イルヴィス……」
「大丈夫だ、俺も今じゃ何か理由があったんだと思ってる。……正直、当時は余裕が無くなっちまっててな、そう思ってやれなくてすまなかった」
アルティラの言葉で参っちまっていたとはいえだ。
つーか、女の子にちょっと拒絶されたぐらいでウジウジと……情けないヤツだね過去の俺はよ。
「……ううん、私こそごめん、取り乱しちゃって……」
「気にすんなよ。ひとまずだ、ここで話をってのもアレだろ? ……狭いところで悪いが、詳しい話は俺の部屋でしようかね」
「――――おじさまの、元パーティ……」
「……? ハク? どうしたの?」
「あ、トリアさんその…………えへへ、何でもないんです! なんでも……」
「――あっ! トリアお前ピーマン避けるなって何度言ったら分かるんだよ!」
「おっちゃんこそ! ピーマン入れないでって何度言ったら分かるの!」
「ええい、今日もちゃんとなるべく苦くないようにしてやってるから残さず食わんか! ……ほら! 口あけろっての……!」
「にゅうぅうぅう、やーだー! ハク助けてー!」
「えっと、お残しはダメですよトリアさん! ピーマンはとっても体にいいんですからね?」
「そうだぞトリア、お前もハクを見習ってだな……」
「わーん、味方がいないー!」
今日の昼食はナポリタンのバターオムレツ添えだ。
ギルドの帰りに買い物に行く予定だったからな、材料もあんまりなかったんだが……こういう時にパスタってのは助かるね。
「……むぐぐ……むぐ? ……えへへなぁんだ、あんまり苦くないね! ……でもさーナポリタンの『ナポリ』って何なんだろ?」
「このピーマンのくだり何度目だよまったく……。つーかそれを言うならお前、『タン』は分かるのかって話だろうが」
「タンはほら、牛タンとかの……まぁそういうヤツ?」
「は、入ってるの、そ、ソーセージだけどな……?」
ホントだよ、またコイツはテキトーことを……。
「えーっと……ず、ずいぶんと賑やかなのね? ……もっと深刻になるかと思ってたのにちょっと拍子抜けっていうか……」
「にゃふふ、トリニャーはいつもこんな感じですからなー?」
「それにほれ、俺のモットーは知ってるだろ? ……慎重と深刻は違うってな」
つーかエテリナ?
お前はあんまり人のこと言えないよ? ん?
「……でもそっかぁ、さっきの話が本当なら、この子たちが今のアンタのパーティってことね。……なんとなく、そんな気はしてたんだけど……」
そんな中、こぼすようにぽつりと呟くミルティーヌ。
「実感、わかないなぁ……。だって、私の中では昨日までアンタと一緒に……あ、あれ? ごめんねこんな……こんな……」
少しずつ、ミルティーヌの声が震えていく。
その理由は……まぁ頬をつたう雫を見なくても、な。
「……えと、こ、こういうことを聞くのはその、つ、辛いとは思うんだが……。み、ミルティーヌはおっちゃんの話に、こ、心当たりとかはあるのか……?」
「わかんない、本当に何も覚えてないの。……ぐし、記憶をなくすのって、こんなにも辛いんだ……」
「……なぁミルティーヌ、きついだろうが聞いてくれるか? ……お前の言う通り、俺は今コイツらとパーティを組んでいる。そいつをほっぽり出してどうのってのは……正直今の俺には考えられん」
「……うん、わかってる。だから気にしないで――」
「――しかしだ、今のお前を放っておくことも俺にはできん」
「え……?」
『追い出された元パーティのことなんてもう知らん』とでも言うと思ったか?
……だから、そんな顔してくれるなよ。
「あの日……俺がフラれた日のことな? 今の俺たちがちゃんと前に進むには、多分あの日の『真相』を知ることが必要不可欠だ」
「あの日の、真相……」
何故あの日、俺は突然パーティから外されたのか。
たとえどんなに小さな理由だったとしても、それを知ることにはきっと意味があるはずだ。
「そしてそいつはもしかしたら……今ここに、アルティラ達がいないこととも、何か関係があるのかもしれん。だから――」
……………………
…………
……
「……イルヴィス? 珍しいね、イルヴィスの方からうちに来るなんて?」
「悪いなウリメイラ、休みの日だってのによ」
翌日、俺は一人ウリメイラの部屋を訪ねていた。
ミルティーヌにはトリアたち三人に付き添いを頼み、アルティラ達が宿泊していたであろう宿屋へと向かわせている。
死んじまってれば宿泊期間の更新も出来んからな。
期限なんかは過ぎちまってるだろうが……冒険者用の宿屋はそういったケースも想定して、一定期間は荷物を預かってくれているはずだ。
……流石に、女の子の荷物を俺があれこれとするワケにもいかんからなぁ。
それに少し、俺がいないところで整理する時間も必要だろう。
荷物の話だけじゃない、頭の中と……心の話だ。
ちなみにネルネには、俺の部屋で留守番を頼まれてもらっている。
無いとは思うが……もしかしたら『ミルティーヌとアルティラ達との復活のタイミングが著しくずれちまっていた』なんてこともあるかもしれんからな。
入れ違いにならねぇよう、念には念をというワケだ。
「お前が髪をおろしてるの、久しぶりに見た気がするよ」
「ふふ、そうかい? まぁ普段はまとめてるからね。何か飲む?」
「いや、せっかくだがな。……今日は少し頼みがあって来たんだ」
「――そうか、ミルティーヌは教会復活で……」
「ああ、だが復活したのはどうやらミルティーヌ一人だけみたいなんだよ。アルティラ達は今も生きてるのか、それとも……」
真相云々を抜きにしても、やはりアイツらのことは心配だ。
なにも無いってんなら、そいつに越したことはないんだが……。
「記憶が無い以上、どうにも手詰まり気味でな。頼ってばかりで悪いんだが……お前のツテで、情報屋なんかに話を聞けないかと思ってよ」
「なるほどね……」
ウリメイラの恩恵『百面相キラー』は、人の人相や特徴なんかを記憶する能力に長けている。
併せてバーテンダーなんて仕事をしているためか、コイツの顔は驚くほどに広く、今回もそいつを頼ってきたわけだが……。
「いいよ、引き受けよう。でもその前にひとついいかい? ……イルヴィス、君に謝らなくちゃいけないことがあってね」
「? なんだよ改まって……」
「私は……ううん、私とフーは知っていたんだ。『事情があってイルヴィスをパーティから離脱させる。もし彼が傷ついていたら支えてあげてほしい』と、アルティラ達にそう言われてね」
「なっ!!? ……いや、そうか。なんとなく、色々と合点がいったよ」
ウリメイラとフーは俺がフラれた後も、その辺の事情なんかを話題にしてくることがなかったからな。
……もちろん、俺に気を使ってくれてたって部分もあったんだろうがね。
「……黙っていたこと、怒らないのかい?」
「驚いちゃあいるさ。けどまぁ、お前らが理由もなくそんなことをする奴じゃないことぐらい俺だってわかってるよ。……しかしなんだ、その様子じゃあ……」
「うん、私達も理由までは知らされてない。聞かされたのはその話と、『どうか黙っていてほしい』ってことだけだよ。……事情があるってことをね」
……事情、か。
やはり俺は、あの時食い下がってでも話を聞くべきだったんだな。
自分の馬鹿さ加減に、改めて腹が立つって話だよホント。
「あの様子じゃあ恐らく、私たち以外の誰かにその話をしていることも無いだろうね。となると……」
……
…………
……………………
――筋肉だ。
あちこちの筋肉をぴくぴくさせながら、およそオーソドックスとは思えん自己紹介をする大男が目の前にいる。
「うふ、モーヅィード・スラブハートよぉ、よ・ろ・し・く・ねぇ?」
……まーた随分とインパクトのあるヤツが出てきたもんだねホント。
なんでおっさんの周りにはこんな尖ってる奴らが多いのかな?
結構な疑問だよ割とマジで。
あれから二日後、俺はウリメイラの紹介でとある酒場をたずねていた。
といっても、今回は酒が目当てってワケじゃないがな。
「イルヴィス・スコードだ。知人の紹介で来たんだが……」
「ウリメイラちゃんねぇ、連絡は受けているわん。……んもう、こっちのお仕事はナイショにしておいてって言っておいたのにぃ!」
くねくねぷりぷりと、わかりやすく体で憤りを表現するモーヅィード。
しかしこう言っちゃアレなんだろうが……体がデカいおかげか圧がすごい。
「……っと、そうなのか? だったらすまん、そいつは俺が頼み込んだせいだ。アイツを責めないでやってくれ」
「うん? ……うふふ、あなた良いオトコねぇ? 評判とは大違い。アタクシそういうオトコキライじゃないわぁ。……どう一杯?」
「そうかい? そいつは光栄だが……あいにくと飲んでる時間も惜しくてな、気持ちだけ受け取っとくよ」
「あらぁそれはざんねんねぇ。……さ、奥へどうぞ。外で待たせてるコたちも、ウチのコに案内させておくわぁ」
……! 気付いてたのか。
ここはギルド備え付けの、いわゆる冒険者用の酒場とは違うからな。
ひとまず話をつけるまでは、未成年者のアイツらは外で待機してもらっていたんだが……モーヅィードは元冒険者だって話だ、その辺は流石ってところかね。
奥の部屋に通されると、すでにトリア達は大きな机を囲むように集められていた。……ちなみに、ハクはいつも通り学校だ。
「……さぁて早速だけど、アタクシの契約魔法『メモリアルメモリー』は、戦女神セイヴとの契約により、過去の出来事を再現することができるの。……まぁその辺は、知っていてたずねて来たんだとは思うけど」
まったくもってその通りだ。
過去の再現……その力を借りればアルティラ達のことが何か分かるかもしれん。
「でもいいこと? 再現できる『場面』は、失った記憶ごとに一度きり。さ・ら・に、必ずしも、望んだものが見られるとは限らない。ある程度は絞られるようにしてあるけどね?」
机の上に巨大な鏡を用意しながら、モーヅィードが説明を続けていく。
「もちろん、その場合でもお代はきっちりいただくわぁ。心苦しいけど、慈善事業ってワケにもいかないの。それでも……」
「あぁ、頼む」
「そう、わかった。それで記憶を失ったのは……そのコねぇ? 鏡の飾りに手を当てて……そうそれでいいわ。それじゃあいくわよ? ――『メモリアルメモリー』……!」
モーヅィードがそう唱えると、鏡の中に場面とやらが映し出される。
こいつは……ミルティーヌ達か。
場面ってのはこんな風に見えるのか、さながら映画の様だね。
アルティラ以外の三人が森の中で……どうやら食事をしているようだ。
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『……むぅ、おいしくない。……イルヴィスの作ったご飯が食べたい……』
『仕方がないでしょ。……アイツは私たちが追い出したんだから』
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「……ッ」
鏡の中の自分が放った一言に、ミルティーヌが一瞬身をこわばらせる。
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『……ハッ、追い出した、ねぇ。……オレたちの中で、本気でアイツを追い出したいなんて思ってたヤツがいるのかよ』
『それは……』
『まぁいいさ。それよりもラフィア、お前、アルティラの前ではイルヴィスの名前を出すんじゃ――』
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『――イルヴィスだと?』
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「! アルティラ……? まさか……!」
突如その場に現れたであろうアルティラの姿に、動揺するミルティーヌ。
なんだ……? もしかしてアルティラがなにか――!
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『――イルヴィス、イルヴィ……うぅうぅう、うぇえぇぇイルヴィスぅ……』
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…………は?
急にしゃがみ込んで膝を抱えだすアルティラ。
……しかもぼろぼろ泣きながらだ、アイツのあんな姿、見たことないが……。
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『いやほら泣くなって……! あのオッサンのことだぜ? 全部終わった後にきっちり説明すりゃ、ちゃんと許してくれるって、な?』
『でも……私が一番イルヴィスを傷つけるような言葉を言ったし、きっと、きっと嫌われた……! うぅえぇぇ……!』
『だ、だいじょうぶよ! それはみんなでね? みんなで謝りましょ?』
『……わ、私も! 私からもイルヴィスに言ってあげるから……!』
『ホント……? それなら――』
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そこまで再現されたところでパキンと鏡に亀裂が入り、映像は終了した。
「……えーっと」
トリアがめずらしく『どうしたもんかなーコレ』みたいな顔をしている。
……まぁ気持ちは分からんでもない。なんつーか……。
「あーっと……ミルティーヌ? ひょっとしてアルティラの奴、ここ最近でガラッと性格の方が……?」
「……はぁ、そんなわけないでしょ。……まぁ仕方がないか。アルティラは普段はだいたいあんな感じよ。アンタの前では、いつも格好つけてたみたいだけれどね」
マジかよ……。
いや二年よ二年? 二年間パーティ組んでてそれに気づかんとか……俺どんだけアホなん?
「まぁおっちゃんはそういうトコけっこう鈍いからねー?」
「う、うん……。に、にぶちんさんだ……」
……くっそう。流石に今は言い返せん。
「でも残念ねぇ……? アタクシが言うのもなんだけど、あんまり良い情報がなかったって言うか……」
「たしかにな……。どこかの森にいたことぐらいは把握できたのだが……」
クヨウの言う通りだ。
ダンジョンなのか、あるいは何か理由があって普通の森の中で野営でもしていたのか、せめてその辺だけでもわからんことには――。
「……うにゃ? そんなことないよ?」
頭を抱える俺達をよそに、ケロッとそう言ってのけるエテリナ。
「え、エテリナ……? い、今ので何か、わ、分かったのか……?」
「にゃふふ、まぁねー? ミルぬーの座ってた石にー、苔みたいなのが生えてたでしょ? あれ『マゥルモス』っていって、一部のダンジョンにしか生息しないものなんだよねー?」
「み、ミルぬーって私……?」
コイツ誰にでもすぐこうやって呼び名つけるからなぁ。
……なのになんでおっさんだけはそのまま『オジサン』呼ばわりなのかな?
いや別にいいんだけどね?
「んでんでー、ちらっと見えた携帯食料の包み紙! あれもアンリアットにある個人経営のお店特製のモノだったんだー」
「あ! あのマズい上にあんまり日持ちしないけど、安くて栄養価はバツグンだよってヤツ!?」
あー、あそこの店か、ガッツリストレートにそう宣伝しとるからな。
つーか、食ったことあるからねおっさん。むしろ金のない俺にとっては生命線の一つだったわ。
「あらぁ、あの短い間にそこまで……このコってばスゴイのねぇ?」
「しかし、これで場所ははっきりしたようだな。アンリアット付近の、森のようなダンジョン……」
そいつはつまり――。
「――デルフォレストか……!!」




