第16話 俺は、知っている
――なんとなく寝付けない。
ひと口酒でも……いいや、水にしておくか。
……別に何が理由ってわけじゃないがな。
グラスに口をつけながらここ数日のことを思いだす。
『なんだか良くないことが起きてるみたいなんだよねー?』
『ヒーローを騙ったことは謝ります……! ですが、その目的は話せません……!』
『もう帰っちまったってのが惜しいねぇ。たしか所属地は……』
「――エンフォーレリア、か」
……………………
…………
……
翌日、俺は朝からハクと二人で、リィンさんの店に顔を出していた。
今日は日曜で、ハクの学校も休みだからな。
「――えへへ! 見てくださいリィンさん! ハクの冒険者カードです!」
冒険者カードをニコニコと両手で持って、自慢げにほっぺの横へ掲げるハク。
そう、先日晴れて正式に、ハクは冒険者としての登録が認められたのだ。
っつーわけで、今まで使っていた訓練兼用のモノではなく、ちゃんとした冒険者用の武器や装備をそろえにやって来ている。
ハクの歳でそういったモンを売ってもらうには、色々と制約があるからな。
今回は保護者代わりの俺の同意と、冒険者ギルドへの本登録とで条件を満たしたってワケだ。
「ふふ、ハクちゃんは凄いね? 訓練だってつい最近始めたばかりなのに、もう冒険者だなんて……」
「えへへ……! えと、練習やクエストなんかをたくさん頑張ったら、ご褒美におじさまに抱いてもらえるんです……! だからハク頑張っちゃいました!」
「えぇえぇぇーー!!!?」
「ぶーーー!!!」
いやがっつり!! がっつりストレートなヤツ来たよコレ!?
例の小説の真似事……抱きしめながら耳元でセリフを呟くあれだが、ハクの中ではそのブームがまだ去ってなかったりするワケで……。
しかしそれをどううまく説明すればよいものか……。
――いいや、きっとねぇちゃんなら誤解だと気づいてくれるはず……!
「だだだダメだよイルヴィスくん!? こ、こんな小さい子にそんな……! ど、どうしても我慢できないんだったら、お、おねぇちゃんに言ってくれればちょっとぐらいは……!!」
はいだめだったー。
完全にダメだったよこれ。おっさんの信用死んでんの?
「いや誤解誤解! 誤解だよ……じゃなくて誤解ですって……!」
「あれ……? えっと、イルヴィスくん……? おねぇちゃん……? おじさま、なんだかリィンさんいつもと……」
「おっとー!?」
こっちはこっちで鋭くいらっしゃるね!
……いかんぞ、このままではおっさんの残り少なげな威厳みたいなもんが、消し飛ぶ恐れがある……! かくなる上は……!
「……んんっ、なぁハク? なんだかおっさん急に腰が痛くなっちまってなぁ? ……ちょーっとこの辺りさすったりしてくれると助かるんだが……?」
「……! はいまかせてください! ……えへへ、痛くなくなるように、ハクがたくさんなでなでしてあげますからねー?」
よーしなんとかごまかせた。
……悪いなぁハク、大人って言うのは時にずるいものなのさ……少し、罪悪感があるのは否めんがね。
あーでも腰さすられるの普通にすげー気持ちいい……。
「――あ、どうやら鑑定が終わったみたいですね。少し見てきます」
店の奥から呼び出し音が鳴り響くと、ねぇちゃんはそう言い残して自動鑑定室へと向かっていった。
……何とか誤解も解けたみたいで一安心ってところか。
テンタクルグリーデアを倒した際、触手の中からドロップアイテムとして見つかった、二組の巨大な古い鎧。
一応背中の一坪に詰め込んでおいたそれも、ついでに鑑定してもらっていた。
今じゃもう使い手なんかはいないかもしれんが……物自体は良いモノのはず。
もし価値がありそうなら、骨董品のコレクターだとかそういった相手になんとか……っと、どうやら戻って来たみたいだな。
「あーっと、それで……どうでした?」
「えっと……残念ながら、値段はつけられなかったみたいです……」
ダメだったかー。……まぁね、仕方がない仕方がない。
別に損をしたってワケでもないんだ、さくっと気分を切り替えて――。
「ですけど……少し気になることがあるんです。イルヴィスさん、ちょっと鑑定室の方まで来てもらえませんか?」
「え? あぁ、そいつは構いませんけど……じゃあハク、少し待っててくれな?」
「あ、はい!」
呼び出しに応じて自動鑑定室へと足を踏み入れる。
しかし特に何でもないような話なら、あの場でだってできたはずだが……。
「そんでねぇちゃん、気になることってのは……?」
「……は」
「……は?」
は?
「はわわわわわわわわわわわわわわ……!!!」
「うおぉ!!? ね、ねぇちゃん!? いきなりどうしたんだよ!?」
なんだかすっごいぷるぷるしとる!!
なんだかすっごいぷるぷるしてるんだが!?
「いいいイルヴィスくん……! おお、お、おち、おち、おちついて……! おおおおちついてね……!?」
「いやいや! それ今のねぇちゃんが言っちゃう!? 逆だと思うね俺は!?」
俺の目には相当落ち着いてないように見えるが……。
「そう逆! 逆だったの!! この鎧に値段が付かなかった理由……古いとか、使われてないからとかじゃなくて……!!」
すぅはぁと一度息を整えてから、ねぇちゃんが再び口を開く。
「ほ、『星10』!! これ二組とも『レガリア』だったんだよぅ!!」
「…………は?」
……え? いや、あれ……?
よーしよし、落ち着け落ち着け……。
商人ギルドにおいてのアイテムの鑑定には、大まかに1から10までの星を用いてランク付けが行われる。
もちろん同じ星の中でも、価値の差ってのはピンキリだがな。
俺のオーヴァナイフは星7の中でも下の方だが、これだって相当に良いものだ。
星8となればさらに上、価値にして最低でも家が建つレベルだし、星9ともなればケインのヤツが言っていた通り、金でどうのって話でもなくなってくる。
そしてその最高ランク、星10のアイテムは『レガリア』と呼ばれていて、博物館にでも行かない限り『人生を二度繰り返しても、やっと出会えるかどうか』なんて言われているほどだ。
よーし、大丈夫だ、理解してる理解してる。
つまり……。
「……………………まじかー」
こういう時って、逆に声が出なくなったりもするんだなぁ……。
「……ただいまーっと」
「ただいまです!」
レガリアについてのあれこれなんかはとりあえず保留にしておいて、ひとまず俺達は家へと帰って来ていた。
「お、おっちゃん、ハク、おかえり……。い、良い装備はみつかったか……?」
「はい! 近いうちに届くそうです!」
「適性が合えばの話だけどな、まぁ恐らく大丈夫だとは思うが。……クヨウ達は? 三人で行ってくれたのか?」
ソファで本を読んでいるネルネにそう問いかける。
ねぇちゃんの店を出る前に、俺は店の電話を借りてここに連絡を入れていた。
『どっかの店で新しい背中の一坪を買ってきておいてほしい』なんて風にな。
使い走らせるようで悪いとは思ったんだが……ねぇちゃんの店には現物が置いてなかったうえ、流石に『レガリア』級のアイテム背負ったままあちこち歩き回るっつーのは……。
おっさんの心臓がもたないよって話だ。
「い、いや……、エテリナとクヨウだけだ……。と、トリアは……」
すいっと袖を向けた先を見ると……なんだかベッドがこんもりとしてるね?
まーたコイツは人んちのベッドでスヤスヤと……。
「……むにゅう……? あ、おかえりーおっちゃん」
「『あ、おかえりー』じゃねぇよまったく……。 ……ん? いやお前……スカートはどうしたよ?」
もぞもぞのそのそと布団から這い出てきたトリアの恰好を見て、思わずそんな言葉が口をつく。
「え……? ……〰〰わぁっ!? あれ!? あ、あった!! ……むー、おっちゃんのえっち! えーっち!」
……いやどう考えても理不尽よコレ?
つか、いくらなんでも寝てる間にスカート脱ぐかねコイツは……。
暖かくなってきたからって腹壊しても知らんよおっさん。
「あ、あのおじさま……? ハクは……ハクはおじさまがその……え、えっちな人でも平気ですからね……?」
はっは、うーんハクは懐が広いなぁ。
でもそれお外で言っちゃダメよ? ……ホント切実にね?
「――れ、レガリアだと!? 本当なのか!?」
「にゃははー、だからわざわざウチらに電話してまで、新しい背中の一坪を用意したんだねぇ」
帰ってきた二人を交えて、みんなに鎧の鑑定結果を伝えておく。
リィンさんが俺だけに伝えたのは、あくまでもパーティリーダーである俺の判断に任せるってことだったからな。
それなら今の俺は、ちゃんとコイツらにも話す方を選ぶ。
もちろん、それで発生する責任についてもきちんと飲み込むつもりだ。
……が、流石にこのまま押し入れに仕舞っとく度胸は無いわけで。
とりあえず、背中の一坪にいれて金庫にでもつないでおけば、そのまま放置しておくよりはずっとマシだろう。
とはいえ自宅にこんだけのモンを置いとくってのは、どうにも心臓に良くないぞホント。
どうにかしたいところではあるんだが……。
普通の防具屋なんかに持っていっても価値が高すぎて、『それを買い取るなんてとんでもない!』とか言われちまうだろうしなぁ……。
「……ま、とりあえずコイツの処遇については後回しだ。めでたくハクも正式に冒険者になって、来週からは夏休み……」
「い、いよいよ本格的に、ぼ、冒険なんかに出発ってわけだな……!」
「えへへ……! おじさま! ハク、すっごい頑張っちゃいますからね!」
「うーんボクなんだかワクワクしてきた!! ……でもやっぱり、部屋にそんな凄いものがあるって考えると……ちょっと落ち着かないっていうか……ね?」
いや話を戻してくれるなってのホントに。
……まぁその気持ちは恐ろしい程に良く分かるがな。
「ひとまず今までの情報をまとめておくか。まずエテリナが集めてくれたのが……」
『エンフォーレリアで何か良くないことが起きている』
『バンダルガでの小説家の謎の失踪』
『デルフォレストに出現する謎の存在』
「……この三つだな」
テーブルの上に広げた紙に、それらの情報を書き出していく。
「他に気になることと言えば……あの軽薄な連中の豹変ぶりと、その首元にあった謎の紋章、それに……」
「にゃふーむ、あのレクイエムシープの『夢幻の箱庭もどき』もー、やっぱりウチとしては気になっちゃうってカンジかなー?」
「も、魔物と言えば、この間のテンタクルグリーデア……。た、探知魔法にもハクの能力にも引っかからないってのは……や、やっぱり普通じゃないかもって……」
「なるほどな……と」
『チャラ男たちの首元にあった謎の紋章』
『ウィーグルモールの夢幻の箱庭もどき』
『パニティンサイドの特殊なテンタクルグリーデア』
それらの項目も書き加えていく。
この辺は俺も気になっていたところだ。
「ふーむ……。バンダルガ、デルフォレスト、パニティンサイド……あの一連の、ケインの事件にも関わりがあった場所が三つか……」
バンダルガの地下室の話も、すでに皆にはしてあるからな。
偶然の一致と切り捨てちまうのは簡単だが……。
「やっぱり、ケインさんの協力者だったっていう人は、エテリナさんの言う『ハッカー』なんでしょうか……?」
「まだ確信はできんが……これらの情報が本当に『ハック』や『不落の難題』につながっていればあるいは、な」
「あ! ねぇねぇおっちゃん! 不可思議なことって言えばさぁ、おっちゃんもそうなんじゃない?」
「俺も……? っつーと……」
……おっさんなんかしたっけか?
不思議と最近、評判がどんどんよろしくなくなっていってるんだが……そういう感じのアレかな?
「そうか『ボイドシンドローム』……! 原因が不明だと言っていたな!」
あ、違ったわ。
そっち、そっちね。
「にゃ!? ……なるほど盲点だったかも。もしボイドシンドロームも『ハック』や『不落の難題』に関係してるとしたら……」
「ほ、本人が意識していなくても……な、何かしらのきっかけなんかがあるかもしれないってことか……」
「きっかけ、ねぇ……うーむ、心当たりはないんだが……」
しいて言えば、なんだか不思議な『夢』を見た。
……ような気がするってぐらいのもんか?
「にゃむにゃむ、まぁまだその辺は、あくまでも仮定の話だからねー? とりあえずは分かりやすいところから攻めていくのが良いんじゃないかな?」
分かりやすいところ……か。
まだ意識の戻ってないチャラ男たちや、俺のボイドシンドロームのことは置いておくとして……。
「バンダルガへと向かうのは……ケインに面会者が来た後の方がよさそうだな。同時に取り掛かった方が都合は良いだろう」
「俺としては、エンフォーレリアも少し後回しにしておきたい。ガングリッドの奴にも、まだ詳しい話を聞いてねぇしな」
ただでさえ『なんだか良くないことが起きている』なんて不穏な情報があるってのに、ここに来てさらにザーネドの存在……。
できれば後回しにして、先に少しでもハクに経験を積ませてやりたいって話だ。
「ってなるとー、『ウィーグルモール』『デルフォレスト』『パニティンサイド』の三ヶ所ってところかな?」
と、そんなワケで俺達は、とりあえず冒険者ギルドへ向かうことにした。
何か新しく、そのあたりに関連するようなクエストが発注されてるかもしれんしな。
「ねぇねぇオジサンそういえばー……トリニャーのぱんつは拝めましたかな?」
「ふわぁ!!? え、エテリナ!?」
「エテリナお前ね……。気付いてたんなら教えてやれっつの」
「にゃふふ……! いやはや気持ちよさそうに寝ていたものでしてー」
いや悪魔かな?
部屋を後にして階段を下っていると、急にそんな話題が飛びかかって来た。
……しかしこの話題は外ではマズいよ? 早く切り上げんと……。
「イルヴィス……またお前はそんな――!」
「おっとクヨウ大丈夫だ。……大丈夫だからな? うん、俺は何もやましい気持ちは抱いていないし大丈夫、全て大丈夫なんだ。……だから大丈夫、わかるな?」
「え、あ、えっと……、そ、そうか……。大丈夫……なのか。お前がそこまで言うなら、大丈夫、なのかも……?」
「うえぇ!!? ダメだよクヨウしっかりして! 全然大丈夫じゃないよ!? ていうか、何もやましい気持ちが無いってなんなのおっちゃん!! もっとちゃんとボクのぱんつに心を動かされてよ!!」
「えぇ……?」
お前のツッコミはそれでいいの?
ホントにあってる? ねぇ?
「――イルヴィス!!」
そんな考えを巡らせながら建物を出た瞬間、俺の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
かと思えば、不意に一人の少女が柔らかく飛びついてきて……。
「っ! よかった見つかって……! 近くにいなかったから何かあったんじゃないかって心配したんだから……!」
……ドクンと一度、心臓が大きく波を打つ。
この声を、この髪の色を、俺は、知っている。
――少女が顔をあげたその瞬間。
自分の意思とは関係なく、あの時の光景が、あの時の言葉が、脳裏にフラッシュバックする。
『聞こえなかった? クビだって、そう言ってるのよ』
「聞こえてる? ……心配したって、そう言ってるんだけど? まったく……!」
「ミル、ティーヌ……」
……自分ではもう随分と、整理がついたもんだなんて思ってたんだがな。




