第14話 冥利に尽きるって話だね
「……良かったのかイルヴィス」
作戦会議後、それぞれリーダーがのパーティの元へ向かっていく中でガングリッドがポツリと呟く。
「あぁ、戦闘力解放のインターバルは約一時間、作戦の決行までにゃなんとか間に合うよ」
「……ム、そうではなく。…………いや、そうか。それならばいい」
……もう付き合いも長いからなぁ。
コイツも俺も、互いに言葉を並べなくても済むってのは……まぁ楽で助かるね。
冒険者にとって、自身の能力を全部さらけ出すことは致命傷にもなりかねない。
レベルクレストが他人から見えないのも、冒険者カードが普段は真っ白になのもそれが理由だ。
俺達の敵は、何も魔物だけってワケじゃねぇからな。
冒険者を狙った……以前ごろつきABCどもが猿マネしていた『ハイエナ』なんかの、いわゆる明確な『悪人』なんかは分かりやすかったりする。
だが……例えば高難易度のダンジョン、極限状態ってのは人を狂わせる。
自分達が生き残るために別のパーティから物資を強奪し、なんとか生還したソイツらが、今度はボロボロと泣きながら後悔する……『自分は決してそんなことをしない』と言っていた奴らのそんな光景も、俺は何度か目にしてきた。
……本当に、気分のいい話じゃあないがな。
ただでさえ、普段から見下されていた俺だ。
わかりやすい弱点なんかをぶら下げていれば……ま、いい想像はできんだろうね。
それだけじゃない。今は他にも『ハック』なんて得体の知れんモンを相手にする可能性だってあるからな。
どこから情報が洩れるかわからん以上、だからこそ『英雄級』と『勇者級』の力は隠したままにしておいたんだが……。
それでもやっぱり、それらの理由は俺の中じゃあ副次的なモンだ。
一番の理由は――。
「――おっちゃん? どしたのぼーっとして……」
ふと目の前に、トリアの顔が現れる。
「……いや、悪い悪い、なんでもねぇよっと」
アンリアット地下水路。……の、とある地点。
例の場所の付近まで、俺達のパーティはやってきている。
スライム、ローパー、テンタクル、マイコニド……。
まさにパラダイム属のオンパレードって感じだったが、ここまでは特に問題も無く、順調に歩を進めてきた。
ここが最後の分帰路だが、さて……。
「予想通り、左の方は影響が薄そうですね。指定のパーティはそちらへ向かってください! 問題はこの先……他の魔物の挙動から察するに、恐らく『エリアボス』がいると思われます」
エリアボス。
稀に出現する、他の魔物を統率しているような動きを見せるヤツらだ。
最近じゃあ、ウィーグルモールのレクイエムシープなんかがそうだったな。
基本的に、一帯の魔物よりもランクが高いってのがお約束だが……。
「……どうだハク?」
「えと、たしかにザーネドさんの言う通り、この奥から他より強い気配がします。それと……左の水路の影響が薄そうだって言うのも……」
「間違いじゃなさそう、か」
実力も経験もある。確かに特出してるワケじゃあないが、その分堅実だ。
……あえて悪く言っちまえば、教科書通りで無難すぎるとも言えるが、それだって個性として磨き上げれば、十分な武器になったりもする。
ヒーローを語るニセモンにしちゃあ、なかなかに優秀だ。
まぁだからこそ、いろいろと腑に落ちんのだが……。
「……お、おっちゃん、ちょ、ちょっといいかな……」
「っと、どうしたネルネ?」
一人思案をしているとネルネがクイクイと裾を引っ張ってきた。
「その……なにがおかしいかって言われると、う、うまく説明できないんだが……。た、確かに、水路のどこかにはエリアボスがい、いると思う……。け、けど、多分それは、こ、この先じゃない……」
「! そうなのか?」
「しゅ、出現したスライムたちの挙動から考えると、た、たぶん……。むしろ左の方が危ないかも……。あの、絶対じゃ、その、な、無いかもしれないけど……」
「なるほどな……。ハクはどうだ? 左の方に、何か特別なモンを感じるか?」
「えっと……ごめんなさい、変わったこと何も……。でもおじさま――」
「あぁ、大丈夫だよ、俺もわかってる。……すまんザーネド! 少しいいか?」
「――左の方が危険かもしれない、ですか……」
ネルネの感じた違和感を、ザーネドへと伝えてみる。
……が、あまり良い色を示してる様子じゃなさそうだな。
「つかさー、そいつが勝手に言ってるだけでしょ? ……ひょっとして、向こうに行くのが怖くなっただけじゃんね?」
「ありえるかもー。だってソイツたいして強くないし? 金魚のフンじゃん」
……何の偶然か、ネルネの元パーティもここまで同行してきている。
それほど実力があるワケじゃないが……ここの分岐の左に行けば、位置的には結界魔法の発生装置と割と近い場所へでるからな。
だからこそ、危険度が低いと判断されたワケだが……。
「……っ! ネルネさんはそんな人じゃありません!」
「その通りだ。私の仲間を侮辱するつもりか……?」
「そうじゃないけどさー、けど強くないのは事実じゃん? つか、あんまりアツくなんないでよもー。……ほら、アンタもなんとか言えっての」
「あの……その……。わ、わたし……わたしは……えと……」
「――大丈夫だ。胸を張れネルネ……!」
「……! お、おっちゃん……」
声の弱くなっていくネルネの肩を、グイッと抱きよせてやる。
「ザーネド、確かにネルネは高レベルってわけじゃないが……ことスライムに関しちゃコイツの右に出るやつはいないと俺は思っている」
「そーそー! ネルネはがっかい? とか、そういう場所でだって、こう……スライムでいろいろとしてるんだからね!」
語彙力。……だがまぁトリアの言う通りだ。
こっちも『ただ仲間の言葉だから』なんて理由だけで押し通そうとしているワケじゃあない。……俺としちゃあ、それでも十分なんだがな。
「なるほど……。ですが――やはり、作戦を変更するわけにはいきません……!」
「……っ!」
「グリネルネさん……でしたか。もちろん彼女の言葉を頭ごなしに否定するわけではありません。……ですが、現状から『当初の予定通り』と推察できるのもまた事実なのです!」
……確かにそれは否定できん。
俺もネルネがいなかったら、コイツと同じ行動をとったことだろう。
「こういった特殊な状況となれば、下手をすれば上級でも命にかかわります。そうなれば、作戦全体に影響が出かねません。失礼ですが、まだ経験の浅い彼女の言葉の優先度は……」
「しかしだな……!」
「お、おっちゃん……ありがとう……。も、もういいんだ……、わ、私の経験がまだ浅いのは、じ、事実だしな……」
「ネルネ……」
「で、でも……そ、それならわたしも、そ、そっちのパーティに加えてほしい……!」
「!? けどお前……」
向こうのパーティの中には例のアイツら……ネルネの元パーティもいるんだ。
よく考えなくても、いい気分にはならんだろうことは目に見えてる。
……っつーか、『やっぱり怖くなっただけじゃん』なんて言いながら、現在進行形でクスクスしてるからな。
ただでさえ危機感の無いパーティの中、ヤバい魔物にでも出くわすようなことがあれば……。
「だ、大丈夫だ……。お、おっちゃんが信じてくれたから、わ、わたしもがんばれる……。それに――」
……………………
…………
……
分帰路を進み、例の場所へとさしかかる。
……本当なら俺達も、ネルネと一緒に行きたかったところだが――。
「……あれは……マイコニドグロスか」
こちらの脅威も、放っておくワケにはいかんからな。
マイコニドグロス、巨大なキノコのような姿をしたランクA+の魔物だ。
トリア達ならまず問題はないだろうし、それなら俺だけネルネの方へ向かうこともできる。
……だが、ザーネド・ベルヤン。俺はまだコイツを信頼しきれていない。
このままトリア達を残していくのには、正直抵抗がある。
「ダンジョンアウトでこれ以上の魔物が出現することはほぼ無いでしょう。……グリネルネさんには申し訳ないですが、やはりこちらが当たりだったようですね」
確かに、定石ならばそうなるだろう。
だがやはり俺は――。
「――なぁザーネド、一つ教えてくれ。……お前が、あんな風に『ヒーロー』を騙った目的はなんなんだ……?」
「……! ……まさか――!」
俺の言葉に目の色を変えるザーネド。
いろいろと察したんだろう。例えば……『ホンモノ』は誰なのか、なんてな。
「先に言っておくぞ? 俺はその件についちゃ、糾弾しようだの言いふらそうだのと、そんなことを考えてるわけじゃあない」
その証拠に、今ここに居るのはザーネドを含めて俺達六人だけだ。
もしその気なら、もっと早く問い詰めている。
――俺の狙いはただ一つ。
「…………嘘をついて、ヒーローを騙ったことは謝ります……! ですが……その目的は話せません……!」
「話せない、ね。……そいつはあれか、『後ろめたいことがある』って解釈でいいのかい……!」
「……っ!」
睨んでやると口をつぐんでしまうザーネド。
……なるほどな『それさえも話せない』ってところか。
残念ながら、その返答じゃあ不信感は募るばかりだ。
コイツだってそれはわかっているハズだろう……。
――だってのによ。なんでそんなまっすぐな目をしてんだよコイツは。
どうにも……どうにもなぁホント。
「……はぁ。トリア、ハク、エテリナ、クヨウ。……俺は――」
「とーう!」
「ごっ!?」
俺が言葉を続ける前に、トリアがまた腰に飛びついてきた。
魔物に見つからないようにするためか、いつもよりは若干控えめだ。……コイツにも、そんな配慮ができるもんなんだね?
……それはそれとして、後でくすぐり倒すけどな?
「トリア、お前な……」
「えへへ、おーっちゃん! ……ボクはさ、それでいいと思うよ?」
「! 俺はまだなんも……」
「……ばかもの。今のお前の考えなど、私でもわかるというものだ」
「えと、ハクはおじさまを……おじさまの判断を信じます……!」
「にゃふふ、いざとなったらー、みんなで『パンドラボックス』に引きこもっちゃう?」
…………あーホント。
本当に、かなわんモンだねまったくよ。
だが――。
「――おかげで腹は決まったよ。『戦闘力解放』……!」
「イルヴィスさん!? なにを――!?」
「聞けザーネド。俺はお前を心底信頼したワケじゃあないが、俺を信じてくれたコイツらを信じることにした。だから……」
胸のホルスターからナイフを引き抜き、マナを込める。
「頼むぜ? それを裏切るような真似はしてくれるなよ……!! ――『オーヴァクラック』!!!!」
俺は叫びながら、マイコニドグロスにオーヴァクラックを叩き込んだ。
爆裂的な斬撃が、キノコ状の体を破壊していく。
「なっ……!? ま、マイコニドグロスが……ランクA+の魔物が一撃で……!!? これは……この力はもはや最上級どころか――!!」
「っつーワケだ! 残党処理は任せたぜ!!」
「うん! おっちゃんもがんばってね!!」
驚くザーネドを尻目に、俺は元来た道へと走りだした。
最後の分帰路を左側へ進んだその先。
本来であれば、ここにネルネ達は待機しているはずなんだが……!
「やはり……なにかあったんだな……!!」
誰もいない空間に、俺の声がこだまする。
……ネルネの予想は間違っちゃいなかったってことだ。
ここから分岐している道は四本。感覚を研ぎ澄ませて行き先を探る。
本来であれば、正直感覚系の肉体強化は俺には向いてない。が――!
――パッシブスキル『傾向限界突破』。
最近発現したそれのおかげで、今の俺は不向きをマナでゴリ押せる。
しかもマナをつぎ込むだけ、際限なく能力は向上されるときたもんだ。
水路に響く、あらゆる物の音や声が、頭の中にガンガンと反響する。
……まるで音の拷問だ。限界が無いってのも考えモンだね。
……落ち着け。
……研ぎ澄ませ。
……轟音の海から拾い上げろ。
アイツの声を――!!
「――『ウォールスライム』……、た、盾ぐらいは作れないかと研究してたんだが……や、やっぱりわたしには、こ、こういうのは向いてないみたいだ……」
「……っ! ならムダな足掻きなんかしてんじゃねぇよ! 逃げきれるワケもねぇし、いっそひと思いに……」
「はぁ……はぁ……、だ、だめだ……! す、少しでも足止めをしないと……!」
「意味わかんない……! どうせいつかは復活できるじゃん!? もうあきらめて……」
「わ、わたしはあきらめない……! がんばるって、お、おっちゃんと約束したんだ……! それに、こ、ここであきらめたら、わ、私は絶対後悔する……! だから……!」
「――よく言ったネルネ!!」
ネルネに迫っていた触手を弾き飛ばす。
……我ながら、カッコイイタイミングで駆けつけたもんだね!
「全部聞いてたぜ! ……悪いな、待たせちまった……!」
「……っ!! う、ううん、い、言っただろ……? な、何かあったら、ぜ、絶対おっちゃんが来てくれる……そ、そう信じてるって……!」
まったく、冥利に尽きるって話だね。
胸の奥にじんわりしたものを感じながら、俺は改めて魔物へと対峙する。
「テンタクルグリーデア……!? ダンジョンアウトでランク『SS』の魔物が出てくるなんて話、それこそ歴史の教科書ぐらいでしか聞いたことねぇぞ……!?」
「わ、わたし達があの場所に来た時にはもう……。た、たぶんすでに何人か飲み込まれてると思う……それに……」
……ネルネと一緒にいた冒険者達の姿が見えない。
そこで腰を抜かしている二人を除いてな。つまりはそういうことだろう。
「けほ……、ご、ごめんおっちゃん……が、がんばったつもりだったけど……わたしだけの力じゃ……」
「『つもり』なんかじゃねぇさ、お前が頑張ってくれたから俺も間に合ったんだ。……悪いけど、もう少しだけ力を貸してくれるか?」
「おっちゃん……! う、うん……! わ、わたしがいないと、お、おっちゃんはダメだからな……!」
「おいおい、トリアみたいなこと言うんじゃねぇよまったく……」
飲み込まれちまったってヤツらも、今ならまだ間に合うはずだ。
完全に消化されちまってたら、教会復活を待つしかなかったところだろうがな。
「アンタら何言ってんの……!? 相手はランクSSだってのに……なんで助けに来たのがよりによってこんな役立たずのおっさんなんだよ……!! ムダに期待させて……こんなのもうダメにきまってんじゃん……!」
おおう辛辣……。
もうちょっとこうさぁ……オブラートって知ってる?
「いやまぁいいけどよ。さて……」
ランクSのエルダースライムでさえ、少し暴れただけであれだったからな。
SSのコイツが本気で暴れたら、それこそ水路が使いモンにならなくなるどころか地盤沈下レベルの災害になっちまうかもしれん。
飲み込まれた奴らを巻き込まないように攻撃し、水路の破壊を完全に防ぎながら、そこでうなだれてるソイツらを守りつつも、残り時間は少ないときたもんだ。
……あれ? ちょっとこれシビアが過ぎない?
おっさん過労死も視野にってレベルよ?
「ま、だからって怯んでやるつもりはないけどな……! ――ネルネ!! 久しぶりにアレ頼むぞ!!」
「……!! わ、わかった……! ま、まかせておけ……!」
ネルネが袖をこちらに向ける。
その間に、俺はステータスのリミッターを少し引き下げておく。
このまま『勇者級』の力で戦えば、残り時間は一分ほどだが……リミッターを『英雄級』まで引き下げれば恐らく三分ほどは持つはずだ。
その分ステータスは下がっちまうが……こっちにはそれを補うコイツがあるからな……!
「――い、いくぞおっちゃん……! す、『スライムマン』……!!」




