第12話 あるもんだなぁ
「……それで? 今の僕を笑いにでも来たのかね?」
「そんなに暇でも悪趣味でもねぇよ。……言ったろ、事情があるってな」
アンリアットの北にある、罪人たちをとらえておく収容所。
その面会室で今、俺はこの男と対面している。
……ケイン・マクラード。
もう二度と、関わり合いになるようなことは無いと思ってたんだがな。
少し前に、コイツが起こした一連の事件。
今思えば、あの事件には不可解な……シーレの言う『起こるべきではない出来事』が多数見受けられた。
――例えば強制的な運命論。
どうやら協力者とやらは、そいつを使って魔物をケインにあてがったらしいが……。あれは適正者でもおいそれは使えないアイテムだと聞いている。
だと言うのにその協力者は、あれほどの数の魔物を用意していた。
――例えばコイツの脱獄。
見張りの目をかいくぐり、何一つ痕跡を残さず脱走したそうだが……普通に考えてそんなことはあり得ない。
魔法やマジックアイテムを使ったとしても魔力痕なんかは残るはずだろうし、そもそも収容所の檻はちょっとやそっとで抜けられるようなもんでもないしな。
他にも……。
「協力者がいるっつってたよな? そいつの話を聞きたいのさ」
「……言ったはずだ。あれを協力者と呼べるかは分からんとな」
「そうそこだ。……聞いたぜ? お前が随分と慎重な男だったってな? ……それなのに、そんな素性のわからん奴の協力を仰いだのは……あの首輪のためか?」
「……」
例の首輪を作るのに必要な『星9の魔石』。
『金でどうこうなる物でもない』なんてセリフがコイツの口から飛び出すほどの代物だ。そして、そんな物をコイツに流したのは恐らく……。
もしハックが何者かによって意図的に起こされた現象だとして……エテリナは『ハッカー』なんて言ってたか。
……コイツの協力者がそうじゃない、なんて、言い切る自信は無いとこだね。
「――くっくく。……相変わらず、猿のような男だな貴様は」
「お、賢いってか? 随分と褒めてくれるじゃねぇか」
「礼儀を知らんと言っているのだ。……話を聞きたければそうだな、地面に頭をこすりつけながら泣いて懇願でもするといい」
なにが『相変わらず』だそっくりそのままお返ししてやるよ。
……ま、ただ煽るような言葉に聞こえるが、意図がわからんわけでもない。
駆け引き……と言うほど高度なもんでないか。だが一種の『交渉』ってワケだ。
得意と言えば嘘にはなるが……俺だってこれでも自力でレベルを60まで上げてんだぜ? それなりに場数も踏んでいる。
さて――。
「……どうした? 情報が欲しいのだろう、ん? ……それとも、貴様にとってはプライドの方が大事かね?」
「はっ、プライドね。そんなんじゃねぇよ」
「なに……?」
俺の反応が意外だったのか、片眉をぴくりと上げるケイン。
「地面に頭をこすりつけろだ? 別にいいさ、いくらでもやってやるよ。なんなら裸踊りをサービスしてやってもいい」
安いもんだよ、今の俺からしたらな。
が――。
「けどな、それをするのはお前の話を聞いてからだ。タダでお前のちっぽけ自尊心を満たしてやれるほど、俺はお人好しじゃねぇのさ」
「……ッ! 貴様……!」
先に要求を呑んじまうのは簡単だ。
だがもしその上ですっとぼけられた時、『知っているがとぼけている』のか、それとも『本当に何も知らない』のかすら、判断する材料を一つ失うことになる。
一見情報を持ってる……かもしれんケインの方が有利なように見えるが、こっちは恐らく世界に唯一人、今のコイツが心から屈服させたい相手だろうからな。
『ケインをヨイショ』なんてくだらねぇカードだが、それでも使い時は重要だ。
「……先に言っておくぞ。悪党相手に無意味に尻尾振るつもりはねぇんだよこっちは。交渉が決裂すんならもう二度とここには来ねぇ。……わかるか、お前にとってもチャンスは今日だけだ」
「…………」
実際、それは本当だ。
少しでも情報が欲しいのは確かだが、だからと言っていつまでもコイツとのシーソーゲームにつき合っている暇はない。
「俺の無様な姿が見てぇならいくらでも道化になってやるっつってんだ! ……だから寄越せよ、知ってる情報を全部な……!」
俺の言葉とともに、一瞬の静寂が訪れる。
そして――。
「……面会は終わりだ。帰ってくれたまえ」
「そうかい、そいつはまぁ……残念だよ」
ケインは椅子から立ち上がると同時に、近づいてきた看守によってそのまま部屋の外へと連れ出されていく。
……交渉は決裂か。ま、いいさ。ハナからある程度ダメ元で――。
「……もしも――」
「……!」
「もしも万が一、……いや億に一か。……僕の家の者が面会に来るようなことがあったなら、伝えておいてやってもいい。――『バンダルガにある地下室への立ち入りの許可を』とな」
「バンダルガ……」
確か、コイツを勇者候補に推薦した冒険者ギルド支部がある街だったな。
「……もっとも、すでに衛兵たちの手が入った後で、何も残ってはいないだろうが。……いいや、そもそも僕の話を聞いてくれるかどうかも分からんか……くくっ」
自嘲気味に肩をゆするケイン。
「勘違いをしてくれるなよ。……僕が憎いと思っているのは貴様だけでは無いということだ。アイツも……」
一転して、苦々しい表情で空を睨む。
『アイツ』……協力者のことか。
「僕を見捨てたアイツも決して許しはしない……貴様と同じくな……! せいぜい、僕と同じ目に合わせてくれるのを期待させてもらおうか。……もちろん、返り討ちにあってくれても構わんがね? くくっ……くははははッ……!」
「……ケイン」
歪んだ顔で笑いながら部屋を後にするケインを、少しだけ呼び止める。
「俺はお前がクヨウ達にしたことを許すつもりはない。多分それはこれからも同じだ。――が、……今回のことは恩に着ておくよ」
「……! …………つくづくと、イラつく男だよ、貴様は――」
……
…………
……………………
「――なるほどなぁ、バンダルガの地下室か……」
「あぁ、そこに何があるかまでは教えちゃくれなかったけどな」
だがそれでも一歩は一歩だ。
せいぜい堅実にいくとするさ。
……もしも、……あくまでもしもの話だが。
もし協力者とやらが現れず、アイツが星9の魔石なんてものを手に入れられなかったとしたら――。
アイツはそれでも首輪を作るために研究を続けていたんだろうか。
それともどこかで改心して、今とは違う、まったく別の道を歩んでいたりしたんだろうか。
……ま、考えたって答えが出るわけじゃねぇか。
どっちにしろ、アイツはもうコトを起こしちまったんだしな。
「しかしバンダルガか。ケインの面会者がいつ来るかもわからんってのもあるが……どっちにしろすぐには行けそうにねぇなぁ」
「? なんでや? バンダルガは確かに近いわけやあらへんけど……魔導列車なら半日もあれば行ける距離やろ?」
「なんでって、そりゃ――」
「……あ! こんにちはおじさま!」
「お、なんだハクもう来てたのか。悪いな、俺の方が待たせちまって」
とりあえずフーとの話はひと段落が付いたので、酒場の方へと向かってみる。
するとすでに、ハクもトリア達に合流していたようだ。
「そんなこと……それにぜんぜん待ってないです、ハクも今来たところですから! ……えへへ、なんだか今のってその、こ、恋人みたい……」
「そうかい? ハクみたいな子が恋人だったら、みんなに自慢できちまうなぁ」
「そんなぁ……! えへへ、えへへ……!」
顔をほころばせるハクの頭をくしくしと撫でてやる。
「ほらほらー、あんまりイチャイチャしてるとクーよんが寂しがっちゃうよー?」
「なっ!? エテリナ何を勝手に……!!」
「にゃふふまぁまぁ! ……さーてさて~? ハクちーもオジサンもそろったことだし、さっそくエテリナちゃんの集めた情報を大公開といきませうかねー?」
「おい待て! さらりと流すんじゃない! お前はいつもそうやって……!」
「ふふふ……。ふ、二人とも、な、仲がいい……」
まったくだねホント。
「とりあえずー、アンリアットからそう遠くないところまでエテリナちゃんネットワークを伸ばしてみたところー? ……なんと三つの情報を入手しましたー! にゃふー! エテリナちゃんえらい! すごい! ね、オージサン?」
「わかったわかった、後でイヤってほど褒めてやるから」
「にゃふふ、やくそくだよー? まず一つ目ね。エンフォーレリアの方でー、なんだか良くないことが起きてるみたいなんだよねー? といっても、その内容までは……うにゃあ、わかんなかったんだけど……」
「エンフォーレリアっつーと……ガングリッドが遠征に行ってた場所だな」
何か心当たりが無いか、後で少し話でも聞いてみるか。
「んでんで二つ目ー。数か月前からバンダルガでー、『一人の小説家が謎の失踪を遂げた』って話が出てるみたい。……それも、ただの失踪じゃないらしいってカンジ?」
「バンダルガだと? 私もアンリアットへ来る前はそこにいたのだが、それらしい話は聞いたことが無いな……」
バンダルガか……。
ケインを推薦したギルドと、そのケインが口にした『地下室』とがある街。
果たして偶然なのかそれとも……。
「最後に三つ目はここアンリアット! 灯台モトクラシーってやつだねー?」
「アンリアットに? えっと、夢幻の箱庭のあれのこと?」
「にゃっふっふ……それとはまた違うのだよトリニャーくん? どうやらデルフォレストの結構深層にー、何やら新種の魔物らしき『何か』が出現しているって話があるみたいなんだよねー?」
「魔物らしき『何か』ねぇ。……ふっふ、いいじゃねぇか。どれもこれも怪しすぎて、解き明かす側としちゃあ上等だ」
「にゃふー! さっすがオジサン! わかっておりますなー?」
「だろー? つってもまぁ、まだすぐには動けんが……」
「えと、そうなんですか?」
「そうなんですかって……そりゃあハク、お前も一緒に行くだろ?」
「……え?」
俺の言葉にきょとんと眼を丸くするハク。
「遠出に探索……どっちにしろ流石に何日も学校をサボらせちまうわけにはいかんからな。……どうせ行くなら、みんな一緒が良いだろ?」
「もうすぐ夏休みだからさ、そしたらハクも、もっと一緒に冒険できるよね!」
「ふ、ふふ……そうだな……。や、やっぱりみんな一緒じゃないと……」
「おじさま……! みなさん……!」
まぁそう言うことだ。
ハクはまだ小さいが、立派な俺達の仲間だからな。
「ハク、たくさん頑張りますね! おじさまに気持ちよくなってもらう時と同じぐらいに頑張りますから!」
「うーんマッサージね! 腰やら肩やらのマッサージしてくれる時と同じぐらいってことだねー!」
身体の小さなハクにとっては大仕事だもんなー? でもお外でこれはアウトよ?
……端っこの机でよかったよホント。
「ま、とりあえずはだ。それまではクエストやレベリングなんかで……」
「い、いやいやおっちゃん……。お、おっちゃんはもっと、や、やらなきゃいけないことがあるだろう……」
「……う、まぁな」
お部屋探しは現在絶賛難航中。
つらい。
「…………。な、なぁおっちゃん……? や、やっぱり新しい部屋を見つけないと、だ、ダメかな……?」
「えーっと……それはあれか? おっさんにホームレスになれっていう……」
「あわわ、そ、そうじゃなくて……! え、えと……。わ、わたしもほら、あ、あの部屋にはけっこう、お、思い入れがあるというか……。」
「あ……、ハクも、ハクもおんなじです。初めておじさまと夜を過ごしたお部屋ですし……」
お泊りでね。みんなでお泊りなんかしてって話ね。
ホントにおっさんつかまっちゃうよ?
「にゃふふ、ねーオジサン? オジサンがお部屋を追い出されそうなのはー、簡単に言っちゃえば『体裁が悪いから』ってことだよねー? だったら……」
「なるほどな。つまりイルヴィスに対するマイナスの噂や評判がなくなれば……」
「おっちゃんが、へ、部屋を出ていく必要も、な、なくなるってことか……!」
いやまぁ確かに理屈は分からんでもないが……。
そううまくいくもんかね……?
「だったらすっごく大変ですっごく人のためになるようなクエストをこなせばいいんじゃない!? そしたら噂なんてあっという間になくなっちゃうよ!」
「つってもお前、そんな都合よく全部まかなえるようなクエストなんぞ――」
「――た、たいへんだぁ!!」
そんな話をしていると、俺達の会話を遮るように、バタバタと数人の冒険者がギルドへとやってきた。
様子から察するに、只事じゃあないようだが……。
「ダンジョンアウトだ!! パニティンサイドでデカいダンジョンアウトが起こってるみたいだ!」
「ダンジョンアウト!? 確かなのか!?」
「あぁ、今別のヤツがギルドの方へも報告しているが……もう地下水路はあちこち魔物だらけで、結界魔法も長くは持たないかもしれん……!」
ダンジョンアウト。
何らかの原因で、ダンジョン内の魔物が外へと出現する現象だ。
俺達も以前、デルフォレストのそれに巻き込まれたことがあったな……。
「場所が場所だけに、なにかあったら影響がヤバいからな、恐らくギルドから共同の大規模クエストが発注されるはずだ! とりあえず手が空いてるやつはロビーへ……」
にわかに騒がしくなっていく酒場内。
確かに地下水路がおしゃかになればライフラインが滞るうえ、もし結界魔法が破られちまえば街に魔物が出現することになっちまう。
迅速な対応が必要になる以上、すぐにでもギルドから大規模クエストの発注がされることだろう。
しかしなんつーか……。
「……あるもんだなぁ、都合よく全部まかなえそうなクエスト」
「にゃふふ、だねー?」
「いやイルヴィス、エテリナも! そんな風に達観している場合か!? ほら、私達も急ぐぞ!!」
クヨウにはやしたてられる様に、俺達もロビーへと向かっていく。
……さて、これがいろいろと良いように転んでくれるとありがたいんだがな。
「ぱ、パニティンサイドのダンジョンアウトか……。も、もしかしたら、し、新種のスライムなんかも見つかるかも……ふふふ……ふふふ……!」
「……お前はお前で相変わらずだねホント」




